神前契約Ⅱ
「『神前契約』をお話しするんにちょうど宜しいさかいに、このミールはんを例にお話しまひょうなぁ。」
そうウルティナ様はおっしゃると、横になっている体勢から、そのばかでかいソファーに座り直した。
―その度にその魅惑的なお胸やしっぽ、それにおミミ様が揺れる!動く!
それに俺は釘付けになるが、横の方から鋭い殺気を感じた!
うおっ!柱の影からアルシェーナちゃんが睨んでる。
しかも手に持っているのが、箒からトゲトゲ付きの凶悪なメイス(たしかモーニングスターとか言われるヤツだ)に替わっている!
あんなので殴られたら、間違いなく死んでしまう。
彼女はヤる気だ!
俺はウルティナ様の素敵部分から目線を引き剥がすと、彼女の話に必死に集中した。
「まずミールはんは『神前契約』の条件を全て満たしとりました。」
その条件とは
①ウルティナ様の信者であること。
信者であれば、職業やレベル、年齢すら関係がないそうだ。
②ウルティナ様の住まう、この地まで届くような、極めて強く純粋な願いであること。
これがなかなか難しいそうで、かなり強い願いでないとダメなんだそうだ。
③その願いを念じながら、キーワードを唱える。
―キーワードって、何ですか?
「一種のまじない言葉みたいなモンどすぅ。
『父と母、祖先の精霊に御名をかけて申す…』というような内容どすわぁ。
ちなみに、この言葉は他の神はんでも大体同じどすぅ。」
―ああ、確かミールさんがこんな事を言って、バルストさんが『神前契約』の名を言ったんだった。
「この三つが揃っとぉっとったら、『神前契約』は可能どすぅ。
ただ可能やからて、皆叶うわけでは、おへんのどすぇ。」
このあたりは『神の奇跡』と同じ、気まぐれな所があるらしい。
「神はんにもよりますなぁ。
例えばセレアルトはんトコとかは、けっこう真面目にやっとりますなぁ。」
…なるほど、あの熱血ヒーロー神ね。
確かにアレなら、こっちが要らなくても愛と正義の為なら、喜んで首を突っ込んできそうだ。
「あとは届いた願いと『代償』を審査して、それが妥当どしたらウチんとこにきますのぇ。」
―そう!その『代償』だっ!
ミールさんは、神に命を捧げるとかそう言うものでは無いって言ってたけど?
そこでウルティナ様は、何かに気付いたような顔をした。
「あんさん、『神前契約』もそうやけど、願いを叶える代わりに、ウチらは何かよこせ言うたりしまへんぇ。」
―え?
「そんなモン求めるのは、邪神や魔神のような外道モンだけどすぅ。
まっとうなモンどしたら、信者の願いは無償で叶えるもんどすぅ。」
―でもさっき、『代償』っておっしゃいましたよね?
「そうどすぇ。
なんの苦労もなく、ウチらが願いを叶えとぉしたら、ヒトは堕落しますようてにねぇ。」
―無償で願いを叶えるのに代償が必要って、意味が判りません!
俺、国語も成績悪かったんで、も少しわかりやすくお願いします!
女神様は、俺の言葉に鈴の音のような声で笑った。
「まだいまの話だけやったら、わかりまへんわなぁ。
もう少し、お待ちなはれ。」
「願いを望むモンは、代償を払ろぅてもらいます。
でもそれを支払う相手はウチやのぅて、今回ならあんさんどすぅ。」
―っ!
「…『神前契約』いぅんは、望みを求めるモンが、その望みが叶ぅた時、その為に犠牲になったモンに代償を支払う事を神さんの前で確約する儀式どす。」
―……
「ウチらは望みを叶える為に、一番ええふうになるよう事象をちょっと変えるだけなんぇ。」
―…じゃあ、ミールさんは俺に何か代償を支払うつもりなんすね。
「そうどすなぁ。
ミールはんが今回望まはったんは、妹はんを生きて脱出させる事どした。
…『神前契約』を望まはった時、妹はんの生存確率はほぼ絶望的どした。」
―どうして絶望的だって解るんすか?
もしかしたら、誰か偶然にも出会えるかもしれない…
そこまで言って、女神様の銀色の瞳が、じっと俺を見つめているのに気付いた。
その瞳は何故だかとても悲しそうに、俺には思えた。
…そうだった。
俺は、ゲームだったときの事を思い出した。
彼女は月と時の女神様だ。
時間を司り、過去・現在、そして未来の事を観る事が出来る。
ゲーム時代、彼女の謎めいたアドバイスに随分振り回された挙げ句、結局最後は彼女の言った通りになる事が往々にしてあった。
「『ウチのは予言やのぉて、一番高い確率の未来を言ぅてるだけや』でしたっけ?」
俺はゲームでの彼女の口癖を真似て言ってみる。
彼女は随分驚いた顔をしたあと、呆れたような表情になった。
「ホンマいややわぁ、『向こう』でのウチ、ちゃんとキレイどしたかぁ?」
―もちろんっす!
…じゃああと俺が知りたいのは、ミールさんが支払う俺への『代償』についてだ。
もちろん俺は受け取る気なんて、まったく無いがな!
「そう言わはるけど、あのコはもう支払ろうてますぇ。」
―ええっ?
「あんさんが彼女の望み通り、妹はんを救えた時点で契約は完了どすぅ。
あとはあんさんが、受け取るだけどすぇ。」
―ちょっ、ちょっと待って下さい!
どーゆーことっ?
「まあウチも説明するの、面倒になってきたし、ちょうどよろしいゎ。
これからの事考えて、今面通ししまひょぉか。」
―は?えーと、話がぶっ飛んでるよーに思えるのは俺だけ?
ウルティナ様は俺の反応を無視して、バカ高い天井の方を見つめる。
俺も思わず、顔を上げる。
「アルキエラ、よろしおすかぁ?
大丈夫やったら、ちょっとウチとこ来てくれはるぅ?」
女神様の誰もいない空中への呼びかけに、これまたどこからともなく女の人の声で返事が返ってきた。
《は、はいぃっ!ただいま参りますぅぅっ!》
「ああっ、アルキエラ、そんなに慌てんでよろしいぇ。
また慌てたら、この前みたいに…」
たが女神様の言葉が終る前に、突然見上げていた俺の頭上に、肌色と白い三角の何かが現れ、そのまま覆い被さってきた!
「おおおっ?」