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文学

空の歌声

作者: 純白米

 その村には、古くからの言い伝えが存在していた。それは「空が歌う」ということだった。でも、実際は本当に空が歌うわけなどない。今では、歌声に聞こえるような音を聞いた人すらも、村中で1人もいない。その言い伝えがいつから存在しているのか、一体何をさしているのか、村の誰にも分からなかった。


 音と聞いて、一番関係が深そうなことと言えば、この村が風鈴の名産地であるということだ。この村には風鈴を作る職人がたくさん住んでいて、村中のどの家にも、風鈴がぶら下がっていた。風鈴を下げていない家は一つもないと言うほど、風鈴はこの村の名産物であった。


 しかし、きっとそのことは言い伝えとは関係ないと村人の誰もが思っていた。なぜなら、この村には、風が吹かない。それは、この村が存在する土地の環境のせいである。いろいろな環境の条件があいまって、この村には全く風が吹かないのである。風が吹かないこの村では、風鈴は決して鳴ることがない。つまり、ここの村の住人は、風鈴を作っているにも関わらず、風鈴が風で鳴る音を今まで聞いたことがなかった。


 何故、風鈴が鳴らない土地であるにも関わらず、風鈴が名産となっているのだろうか。その理由は、村人の誰にも分からない。村人の間では、風鈴の音を知らないからこそ、それが聴きたくて作り始め、やがて名産になったのではないかという考えが一般的であった。


 ある時、村がざわつき始めた。空の様子がおかしい、と。遠くから、見たこともない大きな雲が村に向かって迫ってきている。村のお年寄りによると、昔の書物に、200年前にもこのような雲が迫ってきたという内容が書かれているらしい。しかし、この雲が村の上を通り過ぎる時に何が起こったということは、文字がにじんでしまっていてよく読めないということだった。


 村はパニックに陥り、村の終わりだと嘆く人も現れた。神に祈る人もいた。そして、いよいよ雲が村の上空を通過しようというその時だった。


――チリン。


どこからともなく、鐘の鳴るような音が聞こえた。村人には、何の音か分からなかった。その綺麗な音色を、村人は聞いたことがなかったのだ。


チリンチリン、チリン。


音は段々多くなっていった。そしてある1人の村人が音の正体に気がついた。

「風鈴だ。」

音が多くなるにつれて、村に強い風が吹き始めた。村に風が吹くことなど、村人からしてみれば生まれて初めての経験だった。風が強く吹くと、村中の風鈴が一斉に鳴りだした。


チリンチリンチリンチリン。チリンチリンチリンチリン。


村中の風鈴が鳴る音は、村中に響き渡る。それは、とても美しいものだった。

それを聞いて、村人は口を揃えてこう言った。


「まるで、空が歌っているようだ……。」


 大きな雲が村の上を通り過ぎると、風はやんで、風鈴の音もしなくなった。

この村は、風が吹かない村ではなかった。200年に1度だけ、強い風が吹く村だったのだ。


その時、村中につるしてあった風鈴が、一斉に鳴り響く。

この村の昔の人は、風鈴の音を知らないわけではなかったのだ。風鈴の音の美しさを知っていたからこそ、後世に残そうと、職人たちが風鈴をこの土地の名産にしてきたのである。

それからというものの、その意志を継ごうと、この村人ではより一層風鈴作りに精を注ぐようになった。


こうして村の職人は

200年後の風を待ち

今日もまた、風鈴を作る。


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