剣閃き実は落ちる
鉄の閃光が、舞い散る葉のすべてを断つ。
薄暗い林の中に二度、三度。木漏れ日を反射する長刀の煌きが踊る。
「……意義、無し」
身の丈六尺以上はある細身の大男、しかしその身体は獣のように鍛え上げられている。
構えすらとらず、両手で刀を持つのみ。されどその身は殺気を纏い、事実散っていた葉は残らず切られているのだ。
まさしく異形。まさしく天の御技。まさしく、死の顕現。
男は膝の上まで捲り上げた袴の裾で手汗を拭い、男は数歩歩き一本の竹へと正対する。
「…………」
世間に知られる剣道の構えではない。我流であり、己が力で断つことのみを主軸としたその構えは、獲物を刈り取る寸前の爪であった。
瞬間、振り上げられた刀は閃きとともに消える。
例え何人刈り取った剣豪であろうと、表舞台に居る程度であれば視認できない疾さ。
「この程度か」
落日の城主のような声色で呟き、男は刀を腰へ収める。当然、意義のない鞘などという物は存在せず、男は鉄の牙をそのまま帯に下げている。
視線の先、あるがまま立つ竹に男が触れると竹は一尺分、元々存在しなかったように掻き消え、空いた空間を上部が押しつぶし、まるで元来そうであったかのようにその場に立っている。
「この程度か」
再び男がつぶやくと、まるで忘れていたかのように光が散り、上空から小さな木ノ実が落ちてくる。
虫食いのものはなく、地に落ちれば新たな芽吹きを迎えるモノのみであった。
そして、男は振り返り、一つの木ノ実を拾い上げ。
「この程度か」
嘲笑い、木ノ実を口へ放る。
同時、天より鳥が、樹上より黒衣のサムライが、赤い尾を引き落ちてくる。
「不愉快」
この男こそ剣仙。常世の理すらも超えた剣の御子であった。
死を与えるのも常であり、断つという事実は日常無くてはならないもの。
なればこそ、強者を呼ぶのもまた常か。
同じ殺意を纏う青年が、死骸の山へと踏み入る。
衣は無地、黒ではなく藍に染められたもの。男と同じく刀は抜き身。
「言葉は不要であるか」
「応」
狂ったような歪んだ笑みで剣仙は振り返る。
「名乗りを上げよう」
児戯を楽しむように、互いに笑みを浮かべて告げる。
「我、人は斬らず刀を折る物なり。故に我が名は折刀斎」
「我、無意義に命を刈る獣なり。故に我が名は獣兵衛」
無機を狩る青年が名乗り、生命を狩る獣が名乗る。
互いに剣仙、剣の御子。つまるところ、死が満ちる。
「 」
言葉無く、されど語るは殺意の気。
殺す。殺す。断ち切り刈り取る。
鉄の刃を振り上げ、沈黙。
『いざ』
声はない、しかし互いにその意を交わす。
立ち位置は変わらず、しかし剣は三度鳴る。
技は変わり、互いに踏み込み剣撃を叩き込む。
腕を狙う一撃は剣で弾かれ、滑るように心臓を狙えば柄が腹へと捻り込まれる。苦し紛れに首を狙えば、かわりに髪がひと房舞い、返す刀で足を狙えば下駄の鼻緒が斬れる。
しかし、それでも剣仙。全十二合、交わし終えれば死は目前。
「カカカカカ、善きかな!」
「ククククク、これこそわれらが十善か!」
構えた刀を下げ、笑い声を張り上げる。
「やるかのう」
「それしかあるまい」
そう言った二人の剣仙は歩み寄る。
「無意義などとは」
「言わんよ強者」
そして、互いに首を断つ。
赤い筋が、白い肉が、黒い髪をなびかせて地に落ちた二つの頭が。
振り上げられた刀の照り返す光を浴びて、喜んでいた。




