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8.お散歩はリード必須

 

 なんだかスースーする。寒いってほどじゃないけど、できれば一枚、羽織るものが欲しいような……。


「おかしいな、どこにいるんだ」


 ばさばさ。近くで誰かが何かを振っている。あのー、風が来るからやめて欲しいんですけどー。

 うう……頭が重い……眠い。

 誰かがあたしの肩に触った。と思った直後、


「ウワァ! 何やってるンですか、マスター!」


 甲高い悲鳴が耳をつんざき、ばっちり目が覚めた。何だ何だ、何事だ!

 身を起こしたと同時に、肩に触れていた誰かの気配が遠のく。


「ヘンタイだヘンタイだと思ってましたケド、とうとう! こんな女の子さらって来てどうしようってンですか!」

「ええい離せ、わけのわからん言いがかりをつけるな! 小娘なんぞどうでもいい、それよりおまえも探せ! 魔獣を連れているはずなのに、見当たらん!」

「モウロクしたンじゃないですかー?」

「やかましい!」

「あんたがうるさいよ……」


 あたしがうめくと、ぴたりと口論が止んだ。うー、気持ち悪い。なんだこれ。

 不機嫌なまま、あたしは声の主ふたりを睨む。

 一人は路地裏で出くわしたあの男だ。黒っぽい焦茶色の髪はぼさぼさのくしゃくしゃで、なんかヘアバンドっぽいもので留めている。変なの。最初に思ったよりは、だいぶ若いかも。あんまりこの国の人の年齢って分からないけど、たぶんまだ二十代だろう。

 もう一人はツヤツヤした栗色の髪の女の子だった。あたしと同じぐらいの歳かな? きれいな青い目がぱっちりしてて、すごく可愛い。

 その美少女が、男の手から何かを奪い取った。って、ぅおいソレあたしの服だよ! なんでそこにあるの! スースーすると思ったら、肌着一枚にされてる! ぎゃー!


「ごめんなさい、ハイこれ。マスターはヘンタイですけど悪気はないんです」


 美少女が服を返してくれたので、あたしは急いで袖を通した。後ろで変態さんが「違うと言っているだろうが!」とか怒ってるけど、人を攫って服脱がせたんじゃ言い訳の余地なく変態です。

 とは思うけど、でも、


「導士だから仕方ないよね……」


 あたしは諦めまじりにつぶやいた。

 王宮で騎獣の世話をしている導士さん達も、たいがい変態さんばっかりだ。馴らした獣とキャッキャウフフしていられたら、後はどうでもいい、みたいな。

 魔獣について専門の勉学を修めた“導師”さんは辛うじて良識の砦なんだけど、それも一人二人で陥落寸前だしね。

 金銭や名声に無欲だし、政治的な立場とかもどうでもいい。どころか、人間全般が眼中にないと言ってもいいぐらいだ。奇行も日常茶飯事、でも全部「導士だから」で諦められている。

 美少女も当然同意してくれるものと思っていたら、なんでかきょとんと首を傾げていた。


「そうなンですか?」

「あれ?」


 思わぬ反応にあたしも首を傾げて、一緒になって目をぱちくりさせる。そういやこの子、さっきから微妙に喋り方がおかしい。日本語ペラペラなんだけど発音だけは外国語訛りが抜けてない人、みたいな……ってことは。


「ねえ、もしかして地球の人?」

「ワァ! アナタも!?」


 ビンゴ。美少女はぱっと眩しいぐらいの笑顔になって、がばっとあたしに抱きついた。おおぉ、ハグですか、ハイハイ。むぎゅー。


「良かったァ、話が通じる人にやっと会えた、嬉しい! ジョギングしてたらいきなりマンホールに落ちちゃって、なのにこんなトコにいてビックリだよ! マスターは言葉は通じるけど、話が通じなくって困ってたンだー! あ、ワタシはアリッサ=ライト。家はニュージャージー! アナタは?」

「高尾遥、日本人だけど今はこっちの世界に住んでますー。よろしく! アリッサはいつこっちに来たの? そんなに昔じゃなくて、最近?」


 ちょっと前に『客人』が来たはずなんだけど、ってセンが言ってたの、彼女のことかな。ところでニュージャージーってアメリカのどこだっけ。


「ん、二週間ぐらい前、かな? こっち来てから、カレンダーもないし、わかンなくって。ハルカはこっちに住んで長いの?」

「アリッサよりは長いけど、まだ半年ちょっとぐらい。ねぇ、なんであの変態さんをマスターって呼んでるの。まさか早々に弟子入りしちゃったとか言う? やめた方がいいよー、魔獣を馴らす才能がある人って、大概常識も良識もぶっとんでるから」


 あたしが親切心で忠告した途端、


「余計な事をぐだぐだ喋るな! さっさと魔獣を寄越せ!」


 怒声と同時に、ズシッと体に重いものがのしかかる感覚がした。うぅ、なんだこれ、さっきから気持ち悪い!

 おなかの底の方でラグの気配が揺らぐのが感じられて、あたしは反射的にそれを隠そうと抑えつけた。出て来ちゃ駄目だ。きっとこの重たい気配はあいつの力で、半分とは言え人間じゃないあたしにも効果があらわれているんだろう。ぬぐぐぐぐ腹立つなぁ!

 ニケが導士嫌いなのも分かるよ! こんな問答無用の強制力で従わされるなんて、冗談じゃない!


 あたしが精一杯の反抗心を込めて睨みつけてやると、変態男はちょっと怯んで後ずさった。体にかかる重圧がフッと軽くなる。やれやれ。

 軽く肩を回して自由を確かめてから、あたしは真っ直ぐに導士の顔を見て言った。


「あたしの大事な友達を、ハイどうぞ、って差し出せるわけないでしょ。手当たり次第に魔獣を欲しがるの、やめなよね。当の魔獣から嫌われるだけだよ。まぁ好き勝手やってそのうち手を噛まれても自業自得だけど、とにかくあたしは帰らせてもらうから。アリッサも『客人』なんだったら、王宮に連れてって帰り道探してあげなきゃいけないし」

「帰れるの!? あっ、モーリーも一緒じゃないと!」


 アリッサが食いついてきた。あたしは振り向いて、曖昧に首を傾げる。


「調べてもらわないと分からないけど……モーリーって?」

「ゴールデンの女の子。ワタシの大事な家族ね。でもこっちに落っこちた時、怖がって逃げ出して……リード着けてなかったから。それで、必死で探し回っていたら、マスターが捕まえてくれてたの」


 捕まえてくれていた、というか、捕まってしまった、と言うべきか。アリッサの少し恨みがましい表情からして、なんとなく状況が読めた。

 犬の散歩中にこっちと接触しちゃったんだね。それでパニックを起こしたモーリーは、闇雲に走り出しちゃったんだ。雷に怯えて大脱走する時みたいに。

 ――で、やっと見つけたと思ったら姫は変態導士の虜にされていた、と。

 あたし達のジト目を受けて、導士は自分の優位を思い出したらしい。偉そうにそっくり返って、鼻で笑った。


「あの犬を返して欲しければ、そっちの小娘、貴様が連れている魔獣と交換だ。異界産とはいえ、ありふれて愚鈍でつまらん犬なんぞ惜しくないが、触手を持つ魔獣というのは初耳だからな。そいつさえ寄越せば、残りはまとめて放り出してやる」

「だから、渡せないって言ってるでしょ! 人の話を聞け!」

「モーリーは馬鹿じゃないもン!」


 あたしとアリッサが同時に抗議の声を上げる。でも当然、まったく相手にされなかった。しれっとした顔で、「おっと餌の時間だ」とか言うなり、あたし達を無視して部屋から出て行ってしまった。

 うあぁもう、どうしてくれよう!


 あいつが出て行った途端、空気がすっと晴れたような気がして、あたしは思わず両手をそこらの台についた。大きなため息をついてから、改めて室内を見回す。

 一言で表現するなら、ごっちゃごちゃ。

 あたしが転がされていたのは長椅子みたいなモノで、今手をついているのはそれとセットになっていたらしきテーブル。なんだけど、どっちもすごく汚れているし、色んなものがごっちゃに積み上がって惨憺たるありさまだ。

 鳥の糞みたいな汚れとか、いろんな動物の毛がそこらじゅうについていて、


「ふぇ……っっくしょん、へぶしっ!!」


 アレルギーじゃなくてもくしゃみのひとつふたつ、出るってもんですよ! うー。

 あたしは鼻をこすりながら、目をしょぼつかせてアリッサに向き直った。


「あのね、あたし達みたいな『客人』って、昔からこの世界にはよく来たんだって。別に呼ばれたとかそういうんじゃなくて、ちょくちょく接触事故起こしてるみたいなものらしくって。だから、王宮に行って調べてもらったら、アリッサが落っこちてきた穴と近い場所にまた接触するかどうか、分かるんだよ。うまくいけばあんまり行方不明にならずに帰れるんだけど」

「でも、モーリーが……あいつに懐いちゃって。あんなに苦労してトレーニングしたのに、伏せも待ても初対面で完璧とか、どんな動物マスターなのよぉ! ひどいっ!」

「あー、それでマスターって呼んでるんだ。本当はあいつの名前、何なの?」

「知らない」


 アリッサは首を振った。そもそも最初からまともに話が通じたためしがない、らしい。自分の都合だけで話を進められるから、右も左も分からないアリッサは、モーリーと離れたくない一心で、とにかくあいつに付いて行くしかなかったとか。


〈導士ですから、『名』で縛られるのを嫌って隠しているんでしょうね〉


 ラグが小さな声でささやく。あたしも心の中でうなずいた。細かいことは分からないけど、とにかくこの国では『名』がちょっと特別なものだから、ニケも自分の名前を持った時からあの“ニケ”になったんだし、村で導士に出くわした時も名を知られるまでは服従させられなかった。

 そういうことを生まれつきの才能で分かっている導士は、自分の名前を滅多に言わないし、そもそも名前を捨ててしまう人もいるんだとか。

 ……よし、あいつは今日からゴン太に決定。名無しのゴン太にしてやる。


〈あたしとラグだけなら、逃げ出せるよね?〉

〈ええ。村では不覚をとりましたが、次は負けませんよ〉


 ラグの闘志と一緒に、あたしにも理解が浸透してくる。あいつはあたし達の名前を知らない。村でやったように、名を呼ばなくても強制力を叩きつけるぐらいはできるんだろうけど、こっちが構えて防御したら跳ね返せる。

 仮にあいつがあたし達の正体に気付いたとしても、幸か不幸か、あたしとラグはテルセアでもテセアでもない、中途半端だ。種族の名前で縛ることもできない。

 一旦ここから逃げられたら、近くの役場に頼んで救出隊を出してもらえるだろう。

 よぉし、見てろよ!

 なんて密かに戦意を高めて握り拳を作ったところで、意外な出来事が起こった。

 開けっ放しのドアから何かいい匂いが漂ってきたと思ったら、


「そらガキども、餌だ」

「えっ」


 ゴン太が二人分のごはんを持ってきた! ええぇぇ!?

 呆気にとられているあたしの前で、アリッサが慣れた様子でお盆を受け取る。ほかほか湯気の立つ煮込みが入ったボウルふたつと、大きくて固そうなパンがごろんと一個。えーと。

 アリッサがお盆をテーブルに置くのを確かめもせずに、ゴン太はくるっと背を向けてスタスタ出て行く。えぇと。えーっと。


「……なんか、反応に困るね」


 あたしは曖昧な顔で言いながら、とりあえず食欲に負けてボウルをひとつ手前に移す。冷蔵庫にあった野菜全部ぶち込みました、みたいな煮込みなんだけど、すごくいい匂い。おなかがいっぺんに空いてきて、ぐうぐう鳴きだした。

 パンは予想通り固かったけど、ラグの力をちょっとだけ借りたら素手で簡単に割れた。うわ、生地がボソボソだ。スープに浸さないと喉につまりそう。

 アリッサは半分のパンを受け取って、苦笑した。


「そうなのー。初日からずっとこの調子。話は通じないしヘンタイだし困っちゃうンだけど、悪い人じゃないのよねー」

「いやいや、魔獣欲しさに誘拐するとか、充分悪い人だから。ごはんくれるからって、ほだされちゃいけないよ」


 そう。ほだされちゃいけない。煮込みがどんなに美味しくても……っく、それとこれとは別問題!

 お芋も人参も甘くて美味しいじゃないかっ! 密かに牛肉っぽいお肉のかけらも入ってるし、こってりしたスープは固いパンに染み込ませると、すごいご馳走。うう、お、美味しい……。

 この煮込み、ゴン太が作ったんだよね。動物好きで、美味しいごはんを作れる人、って条件だけ聞けば本当、いい人にしか思えないんだけど。


〈悪い人ですよ、騙されないでください遥。煮込みに睡眠薬が入ってます〉

〈ぬなっ!?〉

〈お酒と同様、私達には効きませんけどね〉

〈…………〉


 胡乱な顔でボウルを見つめたあたしの横で、アリッサの頭が早くも揺れ始める。それでも半分ぐらいは食べたけど、とうとう我慢できなくなったアリッサはその辺に適当に横たわって、ぐっすり眠り込んでしまった。

 おのれゴン太。未成年に何をしようってんだ変態め!


 そんなわけで、じきにゴン太がこっそり様子を見に来た時には、あたしがアリッサの分の煮込みも片付けているところだった。ぎょっとなって廊下に立ち尽くした後、ゴン太は何も言わずにそのまま退散する。お生憎様でしたー。

 さてと。おなかも膨れたし、そろそろお暇しましょうかね。


 ……とはいえ、アリッサとモーリーを残していくのはやっぱり、ちょっと心配。救出隊をすぐに連れて戻れたらいいけど、まわりの状況が分からないからなぁ。

 よし、とりあえず偵察だ!


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