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4.特産品は丸いアレ


 いよいよ明日は目当ての村に着く。あたしは宿屋さんで早めの夕食をとりながら、地図を広げていた。一通り眺めた後は、雑炊のお汁が跳ねたらいけないから、空いている隣席に置く。

 ここの晩ごはんは、ほかほか雑炊でした! お米だけじゃなくて雑穀がいろいろ入ってます。ぷちぷちころころした食感が面白いし、香ばしくて美味しいんだー。干し茸を戻したのを使ってるのかな、お出汁はこくがあるのにさっぱり。卵焼きとお漬物もついてるよ! 今まで泊まった宿屋さんの中では、ここの食事が一番美味しいかも。


 最初の宿ではちょっと失敗した。大食いなのがばれたら困るから、宿に入る前に町のお店を渡り歩いて色々買い食いしちゃったのだ。いや実際おなか空いてたんだけどさ、でも案外さっさと満腹になっちゃって、宿屋さんのごはんが美味しく食べられなかったんだ。うう、無念。

 やっぱり、普通に歩いてるぐらいだと、腹ペコも普通程度なんだねぇ。王宮にいる間、どれだけラグがせっせとストレス解消してくれていたのか、よく分かりました。ありがとうねー。


 お匙にすくった雑炊を吹いて冷ましながら、あたしは向かいのセンに確認した。


「明日には、この村に着くんだよね。アワジ村って書いてあるみたいだけど……合ってる?」

「はい、合うてますよ」

「もしかして、『客人』が何か関係してる?」

「あれ、知ってはるんですか? 昔、この村の辺りを開拓した人らの中に『客人』がおって、その人がふるさとにちなんで村の名前をつけはったとかいう話ですよ」

「……もしかしてもしかすると、特産品が玉ネギだったりとか」

「さいです。あれぇ、ハルカはんもアワジゆうとこの人ですのん?」

「違うけど、知ってる」


 うわぁ。あたしは眉間を押さえて唸った。どうやら淡路島から落っこちてきた日本人がいたらしい。玉ネギ持参だったんだろうか。村の開拓までしちゃったってことは、あたし同様、帰れなかったクチなんだろうなぁ。気の毒に。


 居残り『客人』は意外と多い。元いた時間・場所に近い接点が二度と生じないだとか、あるけどこっちの時間で何十年も経ってからだとか、大陸の端っこのド辺境で国外に出ちゃうから身の安全は保証できないとか、様々な理由で帰還を諦めざるを得ないのだ。

 中にはお約束で、こっちの人と恋に落ちたから帰らないことにした、って人もいるみたいだけど、最初からそういう理由で残る人はやっぱり少ない。残った結果、こっちの人と結婚するのはよくあるみたいだけど。人の名前にちょくちょく、明らかに地球由来だろうってのがまじってるからね。


「もちろん玉ネギだけやのうて、他にも色々作ってると思いますけど、有名なんはやっぱり玉ネギやね。ハルカはんは好き嫌いあらへんですやろ?」

「多分、一応は。この世界の食べ物、全部知ってるわけじゃないし、あんまりゲテモノは無理だよ。玉ネギは普通に好きだけど……美味しいお菓子はあんまり期待できないかなー」


 砂糖の塊みたいな羊羹とかあったら、ぜひ買って帰ろうと思ってたんだけどね! ヤツのために!

 それは別としても、玉ネギかぁ。今まであんまり、そそられたことがないからなぁ。玉ネギ農家の皆さんごめんなさい。

 何か新しい味覚を開拓できたらいいんだけどね! 美味しい玉ネギ料理があったら、レシピ教えてもらって食堂のおばちゃんに作ってもらおうっと。


     *


 さて翌日。

 今まで通り、道中は何事もなく過ぎていった。王都からこっちの方は広い平野になっていて、ちょっとした起伏とか、森や川といった地形の変化はあるけれど、すんごい山道を登り下りしなきゃならないってこともなく、楽な旅だ。

 目的地が近いからと安心して無意識に歩みが遅れていたのか、まだ村が見えていないうちに、日が傾いてきた。変化の乏しい川沿いの土手道をてくてく歩いている内に、気付くと影がだいぶ長くなっている。


「ねえセン、ちょっとペース上げた方が良くない?」

「大丈夫ですやろ、もうそんなに遠くないですよって」


 のんきに答えて、センは辺りを見回す。あたしもつられて首を巡らせたけど、特に何も変わったものは見当たらない。というか、人影も随分少なくなっている。やっぱりちょっと急いだほうがいいんじゃないの? いやまぁ、あたしは別に野宿でも風邪ひかないからいいけどね?

 あたしの気遣いに、センは全然気がついてないらしい。何やらつくづくとあたしを見てから言った。


「そういやハルカはん、しばらく王宮でもあんまり顔合わせる機会がありまへんでしたけど、だいぶ雰囲気が変わらはったね」

「え、そう?」

「はァ。貫禄ついたって言うか」


 よし川にダイブしたいんだな遠慮せず飛ぶがいい!


「あー! ちょ、あぶ、危ない!! すんまへん堪忍や、悪い意味で言うたんちゃいますって!」

「乙女に貫禄とか、悪い意味以外の何があるかー!!」


 結構な段差のある土手から川原に突き落としてやろうと、あたしはぐいぐいセンを押す。

 ほんっっとに、失礼な!

 あ、逃げられた。無駄に敏捷性高いなこいつめ!


「間違えました! つまりその、落ち着きが出てきやはったとか、せや、大人っぽくならはった、て言いたかったんです!」

「突き飛ばされかけて落ち着きとか、よく言えるわー。白々しーい」

「ああもう、ほんま堪忍しとくんなはれ……。自覚ありまへんのん? 最初にこっちに来やはった時は、もっとこう……全然世間ずれしてへんのが明らかで、雛鳥みたいに見えましてんで」


 安全な位置まで逃げてから、センがやれやれと息をつく。あたしはちょっと首を傾げて、ごまかすように川の流れへ目を向けた。


 そりゃそうだろう。学校と家だけが生活のすべてで、かろうじて社会に触れた経験といったら、短期間ちょこっとだけお邪魔させてもらう『職業体験』なんてお遊びだけ。

 生徒会やってたとか、校外学習でいろんな地域活動に参加してた生徒ならまだしも、あたしはなんにもしてなかった。知らない大人と接するのも、外見や文化が全然違う人たちと接するのも、ほとんど初めてみたいなもので、だから実はここに落ちてきた当初は緊張しまくっていたのだ。


 そのせいでテンパって王太子様なんぞに友達宣言しちゃったりとか、我ながらイタい言動を色々しでかしたわけで……あの状態から何も変わらなかったら、あたしはよっぽどの馬鹿だろう。

 でもそんなこと白状して、イタい言動をいちいちほじくり返されちゃ堪らない。

 あたしは過去なんか忘れたふりで、別の理由を答えた。


「雑用係程度のことでも半年近く働いたら、少しは世間ずれするでしょ。それに、あたしにはラグがいるからね。実際確かに、前より自分でも落ち着いてるかなとは思うよ」

「落ち着き」

「ハイそこ、不思議そうに繰り返さない。自分が言ったんでしょ。そりゃ、暴れたり騒いだりはするけど。何て言うのかな」


 あたしは夕焼け空を見上げて、自分の心を眺め渡した。ラグの暖かい存在を感じる。そう、この安心感があるから、だいぶ違うんだよね。


「――怖くない。うん、怖くないんだ。何かあってもきっと大丈夫って思える。センが言いたかったのは、そういう事なんじゃないの? えーと、そうそう、『泰然自若』とか」

「そこまで大層やありまへんけど、せやね、それが近いかもしれまへんね」


 センが苦笑した。結局、褒めたいのか貶したいのかどっちだ。そこへ直れ、返答次第では叩っ斬る。

 あたしがじとっと睨んでやると、センは逃げ場を探すように視線を逸らせた。そして何かを見つけて、あ、と小さく安堵の声をもらす。

 同じ方を見たあたしの目に、小さく荷馬車らしい影が映った。村に行くのか帰るのか、こちらに向かってくるみたいだ。

 うぬ、目撃者かっ。運のいい奴め、だが次はないぞ!


 勝手な脳内劇場を展開していたせいで、意識する間もなく視界が狭まり、まだ遠いはずの荷馬車にピントが合って、急に近付いたように見えた。

 おっといかん、うっかりラグの力を使っちゃうところだった。

 瞬きすると、元の視界に戻る。夕暮れ時だから、もし見られてもすぐにはバレないと思うけど、力を使っている時、あたしの目は虹彩が極端に大きくなって、緑金色に変わるのだ。白目の部分がほとんどなくなっちゃうぐらい。正直怖い。いや、色はきれいなんだけどね!


「農家の人かな。荷台に大きな籠が載ってるけど、玉ネギだったりして」

「そうでっしゃろね。ちょうど収穫の時期やし、きっと村に着いたら美味しい新玉ネギの料理が食べられ……あっ!」


 センが素っ頓狂な声を上げた。同時にあたしも、驚いて息を飲む。

 近付いてくる荷馬車の後ろで、黒い影がぬっと立ち上がったのだ。地面から生えた大きな手のように。

 遠く微かに悲鳴が聞こえる。荷馬車が疾走を始めた。


「あかん、魔獣や」


 センが舌打ちし、ちらっとあたしに視線をくれた。うん、分かってる。

 あたしはひとつうなずくと荷物を地面に降ろし、荷馬車の方へと走り出した。

 荷馬車を襲っているのは、多分、影に親和性のある魔獣だ。ニケと同じ。珍しいタイプだけど、いないわけじゃない。だから必死で逃げてるお百姓さんには悪いけど、魔獣は荷馬車の影に入り込んでいるからまったくの無駄。どころか、無茶して車輪が壊れたりしたら一巻の終わりだ。


「止まって!」


 叫んだけど、聞こえてないみたい。まぁ当然だよね。

 街道に立ちふさがるあたしを見つけて、荷馬車のお百姓さんが混乱した喚き声を上げた。なんかもう、言葉になってない。さしもの翻訳魔法も効果なしって感じ。

 魔獣の方もあたしに気付いたみたいだった。荷馬車にのしかかろうとしていた黒い影が、大きく鎌首を振るように動き、荷馬車を横へ――川原の方へ、弾き飛ばした。

 悲鳴が宙を飛ぶ。


〈ラグ!〉

〈はい、遥〉


 言葉は要らない。呼びかけながら、あたしは馬車に向かって思い切り両手を突き出す。

 もちろん届かない――けれど。


 ズブッ、と腕の皮膚が破れる感触がして、左右の腕から合計十本の触手が飛び出した。

 灰銀色の細かな鱗に覆われた、細くしなやかな鞭が宙を走る。


〈行け〉

〈速く!〉


 あたしとラグの意思が重なり、融合する。触手は速度を増し、土手から川原へ落ちていく荷馬車を空中で絡め取った。もちろん、お百姓さんも、お馬さんも一緒に。

 テーブルの端から落ちたものを咄嗟に両手で受け止める、あの動作と同じ感覚だ。

 玉ネギだけは助け切れなくて、バラバラ落ちちゃったけど。

 ぐいっと腕を引くと、鞭がしなって荷馬車を街道に引き戻す。そーっと、そーっとね。

 あ、お百姓さん気絶しちゃった。




 どうにか馬車を元通りに戻して、お馬さんをなだめて。それからやっと確認した時には、魔獣はどこにもいなかった。

 なんで玉ネギの荷馬車なんか襲ったんだろう?

 あたしは魔獣の生態についてはほとんど知らないけど、それでも、元の世界の野生動物と同じで、むやみやたらと人に襲いかかることはしないって聞いている。特に荷馬車なんて、獲物として狙うには色々不自然だ。


 センがお百姓さんの介抱をしている間、あたしは首を傾げながら、川原に落ちた玉ネギを拾い集めていた。夕暮れ時の玉ネギってなんだか切ない気分になるなぁ。

 ぐう。

 ……おなかすいた……。



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