1.轢かれて気付けば異世界
ややダイジェストですが、遥がこっちの世界に落っこちてきた時の話です。
まだ食欲云々という話に至る以前のエピソードですので、あくまで「おまけ」ということで。
※このページのみ、タイトル(「1.~」の部分)が途中に入るため本文内にも重複記載しています。
さて。あたしがここに落っこちてきた時の話をしよう。かいつまんでね。
なんで回想かっていうと、当時は突然の展開に正直すごくおかしなテンションになってたし、一緒にいた友達と別行動になった時もあったりして、後で情報をつなぎ合わせて、皆が帰っちゃった後でようやく全体が見えてきたから。ライブ中継は勘弁してください。
あれは高校三年になる直前の春休み。
いよいよ受験本番の学年に入るってんで春期講習とか通い詰めの子が多かったけど、あたし自身は無理のない志望校を選んでいたのあって、割合のんびりしていた。テスト期間でも22時就寝・6時起床だったしね!
友達にも似た感じの子がいて、麻倉希実と奥野祥子の二人と一緒に水族館へ行くことになった。これで休みらしい休みは最後だろうから、なんて理由をつけて。
1.轢かれて気付けば異世界
――ぶつかる!
待ち合わせ場所で合流して歩き出した直後、そう感じたのは覚えている。
何かが見えたわけじゃない。ただ本能的に竦んで身構えて。
一瞬のような数分のような時間、何もかもが真っ白に塗りつぶされた。景色も音も意識も、全部。それからようやく我に返って瞬きしたら。
「なに、これ」
森の中にいた。石の中じゃなくて良かった!
いつの間にかあたしは、乾いた地面に座り込んで高い木の梢をぽかんと見上げていた。空気はさらっとしていて、大樹に囲まれているのに落ち葉はなぜか少ない。木の種類なんてろくに知らないけど、どことなく見慣れたものとは違う、って気がした。
あまりに突然のことで頭が働かなくて放心していると、横でどさどさと音がした。
「え……あれ? えっ、ちょっと」
希実と祥子だ。二人とも倒れちゃってる。なにこれ、どういうこと!?
混乱しながら、それぞれの肩をそっと叩いて呼びかけた。けど、反応なし。息は……してる。ほっ、良かった。
一安心してから、あたしはどこか夢でも見ているような変な心地のまま、茫然とした。異世界、という言葉が浮かんだのはしばらくしてからだ。
「ぶつかる、って思ったのは……トラックに轢かれて転生っていうアレ? いやいや、死んでないよねこれ」
自分にツッコミ入れたりしながら、まさか、でも、と考えていたら、木々の向こうからガサガサ足音が近づいてきた。
エンカウント! モンスターじゃありませんように、と祈りながら身構えていたあたしの前に出てきたのは、
「人間だー!」
とりあえず安堵の声が出た。金髪だし服装も明らかに時代設定違ってるけど人間だ!
あたしは座り込んだまま万歳した後、そのまま固まってしまった。金髪兄さんも青い目を丸くして一時停止する。いやあの、えーっとえーっと
「怪しい者じゃありません! ってうわぁ説得力ないー! じゃなくてまず日本語通じてますか!? 英語もたぶん無理っぽい気がしますけど!」
一人でまくし立ててあわあわと両手を振り回すあたしに、第一発見者の兄さんは数回続けて瞬きした後、
「あの……お嬢はんらのとこ、そない腕振り回してしゃべらはるんが普通なんですか?」
「言葉が通じるなら早く言ってよー!!」
こともあろうに変な関西弁で訊いてくれたのだった。
――それが、異界人の世話係セン=ヨルシアだった。彼は人好きのする雰囲気と、柔らかく滑らかなおしゃべりであたしの緊張を解いて、いろいろ教えてくれた。
この世界には昔からしょっちゅう異界人が訪れること、接触事故のようなものだということ。そのため翻訳魔法や送還までの手順も備えは万全であること。
友達二人が気絶してるのもよくあることで、むしろ全然平気でけろっとしてるあたしの方が珍しいこと。(思えば多分この時点で既に、あたしはこの世界に親和性が高いってことだったんだろう)
そして、たまたま、本っ当に偶然、あたし達が落っこちた場所の近くにいたのが、視察中の王太子サマご一行だったということも。
で、いよいよあたしとウィルの記念すべき初対面、なわけですが。
うわー、なんだこれ。
初めてウィルを見たあたしが抱いたのは、そんな感想だった。加工済みコスプレ写真かフルCGかってぐらいの美形が目の前に現れたらそりゃ、かっけぇとかなんとか以前にもう本当、なんだこれ、としか思えないよ!
それでいて銀髪の色味は偽物くささが微塵もなくて、なんて言えばいいのかわからないけど、しっとりして確かに本物だって感じられる。いや本当に本物の地毛なんだけど。
そんな王子様が、センや護衛のキリさんと少し話してから、やっと当の異界人、つまりあたしを見た。
あの瞬間は、きっと一生忘れられないだろう。
ちょっと訊きたいんですけどね、「目は口程に物を言う」っていうけど、実際たった一目で相手の心情がストレートに伝わって、精神的に丸太杭でぶち抜かれた経験ある人、いますかね?
本当にそんな事があるんだと、あたしは初めて知りましたよ!
《ゴミクズが》
キャプションつけるとしたらまさにこれ。もう、そりゃもう本当に本気で、ものすっっごく冷たい目だった! 十歩ぐらいは離れてたけど、それでもはっきりわかったもんね。
高貴の御方が庶民を見下してるって程度なら、腹は立つけどまだマシだった。ウィルがあたしを見た時の目ときたら、人間を見る目でさえなかったよ。大切な仕事の途中で役に立たないゴミクズを拾わなきゃいけなくなって、ハァやれやれ、なんでこんな所にこんなモノが落ちてるんだ、って。
第一印象が勘違いでなかった証拠に、ウィルの態度ときたらあからさまに事務的で、とにかくさっさと片付けようとしてるのが丸わかりだった。
幸い都のすぐ近くの国有林だったから、気を失ったままの友達二人も護衛の人達が抱えて馬に乗せてくれて、わりと短時間で都に入れたんだけど。
ぽくぽくお馬さんに揺られながら異国情緒な街並みを見物していたら、逆光になってよく見えない建物の上で誰かがよろけたみたいに見えて。
「危ない!」
反射的に声を上げた直後、ウィルと周囲の護衛さんが反応した。飛来した投げ矢を一人が籠手で防ぎ、他の数人が襲撃者を捕えようと走りだす。
えっ、何これどういうこと。まさか今の、暗殺未遂……とか?
動転しているあたしに構わず、ウィル達は馬を急がせて王宮に駆け戻った。
状況をきちんと説明してもらえたのは、センに連れられてローラナさんのところへ行った後だった。いまだに希実と祥子の意識は戻ってなくて心配したんだけど、ローラナさんがちょちょいと何かの葉っぱを揉み潰して香りを嗅がせたら、すぐに目を開けた。
目が覚めたら異世界だった二人はやっぱり混乱したけど、あたしが状況説明したらわりとすぐに落ち着いた。元から全員、異世界もののラノベや漫画はよく読むほうだったし、何よりこうしていつもの友達が顔を揃えてる、って状況が平常心を取り戻させてくれたんだろう。
あたし達が現状確認している間に、ローラナさんが帰還ポイントを調べてくれた。そして。
「うーん……ちょっと難しいかもしれないわね」
「えっ、帰れないんですか?」
ぎょっとなったあたし達に、ローラナさんは大きな天球儀みたいな装置と睨めっこしたまま答えた。
「接点はあるのよ。今から十日後、東部の旧国境砦で開くの。そこを使えば、あなた達が飛ばされたのとほとんど変わらない時点に戻れるはずなんだけど……問題は、そこまでどうやって行くか」
王宮に騎獣はいるが、訓練していない人間がまともに乗れるものではない。三人もいるから馬車の旅になるが、まともな街道を使ってのんびりしていたら十日では着かない。一部森林を突っ切っていけば間に合うが、野生の魔獣や盗賊などの心配があり、かといって護衛を増やせば速度は落ちる。
「それでも十日で着けなくはないと思うけれど、東部辺境の領主は今年、新年の儀に参列しなかったの。今のところ表立ってどうこうという事態にはなっていないけれど、絶対安全とは言えないわね」
「うぅ……他のポイントはないんですか? 十日後のそれひとつきり?」
「六十年待つなら、また接触するけど」
そりゃ駄目だ。肩を落として顔を見合わせたあたし達に、ローラナさんは、帰らずに居残る選択もある、と言ったけれど。
「帰りたいよね」
「そりゃそうでしょ。今まで受験勉強したのが無駄になっちゃうじゃない。それに、うちはあたしが家業継がなきゃいけないしね」
祥子が当然とうなずけば、希実も別の方向から同意する。
「第一ここ、コンタクトの洗浄液もないし、アトピーの薬もないし、無理無理。生きてけないよ」
文明未開の地かのように言われたローラナさんは苦笑して、眼鏡ならこっちでも作れるし、お薬も何か合うものを探せるとは思う、と断りを入れたけど、いたわるような表情で「でも」と続けた。
「帰れるのなら、本来の世界に帰るのが一番いいわよね。特にあなた達のところは、ここよりも平和で豊かなようだし」
「はい。……っていうか、あの……もしかしてこの国、さっきもちょっと東部の領主様がどうとか言ってましたけど、政情不安なんですか? 王族の暗殺未遂とかあったし」
恐る恐る訊いたあたしに、希実と祥子の方がぎょっとなる。街での騒動を話して聞かせると、なんだそれ本気でやばいじゃないの帰る絶対帰る、と二人とも大慌て。ところが、ローラナさんはいともあっさり言ってのけた。
「ああ、そっちはよくあることだから、気にしなくていいわよ」
「よくある!?」
「ええ。この国の王位は直系傍系問わず、能力優先で継承者が決まるの。知能や健康面での基本的な条件に合格したら、試験的に小さな領地を与えられて、統治運営を任せられるのよ。向いてないからと早くに選抜試験を抜ける子もいるし、一応参加はするけど王にはなれなくてもいい、統治の実務を学びたいだけ、って子も少なくないわ。だから基本的に競争は厳しくないのだけど、今は一人だけ、ウィル殿下を目の敵にしている異母兄がいるものだから」
「って……試験中にライバル暗殺するのもOKなんですか」
「どのみち王になれば、国内外に敵が全くいない状況になんてなり得ないもの。同じような立場の、大した権力武力もない者からの攻撃をさばけないようでは将来やっていけないでしょう? 何にせよ、誰が王になっても『客人』の待遇が変わることはまずあり得ないから、あなた達は気にしなくていいのよ。今は無事に帰ること、それまでの間にこちらの世界に何かわずかでも寄与することができるかどうか、それを考えてちょうだいな」
けろっと言われたとんでもない話に、あたし達はぽかんとなってしまったのだった。




