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余話・予言解題

第1話の末尾に割り込み投稿した余話「迷惑な予言」の回収編です。


 

 四、五日経った昼下がり、あたしは学院から上機嫌で王宮へ帰って来た。


〈やりましたね遥!〉

〈やりましたよラグさん!〉


 ふっふふーん。あたしはやれば出来る子! 手に持っている紙束は、完全体のテセアについて分かったことのまとめ報告書だ。ただし、下書き。

 さすがに正規の仕事じゃないのに紙の無駄遣いはできないから、書き取り練習用の安い紙に鉛筆で書いて、導師さんに見てもらってきたんだよね。疑問点とか補足の必要なところとか、項目のまとめ方とかちょこちょこ修正入れられたけど、これはすごい、ぜひ所蔵資料に欲しいって褒められて、ちゃんとした紙にインクで清書するよう頼まれました! ドヤァ!


 ウィルにも見せて、紙とインク使わせてもらうって一応断っとこう。物品の手配そのものはセンに頼めばいいんだけど……って、おお、ちょうどいいところに。


「やっほー、セン、久しぶり! ちょっといいかな、頼みたいものがあるんだけど」


 王宮の庭を横切って行く金髪の兄ちゃんを見かけ、あたしは足を急がせつつ声をかける。振り返ったセンは、目を丸くして、なぜか大慌てで駆け寄って来た。ん?


「ハルカはん! あぁ良かった、元気そうで」

「え? うん、あたしはいつも元気だよー。センも元気? お仕事お疲れさま」

「あぁー、ハルカはんはええ子やなぁ。心遣いが沁みるわ……殿下も罪なことを」

「はい??」


 いったい何を言ってるんでしょうかこの人は。わけが分からないんですけど。

 困惑に首を傾げているあたしの肩に、センは深刻な顔でぽんと手を置く。そして、声を潜めてしみじみと諭してくれた。


「こんなん頼める立場とちゃうけど……堪忍したってな。殿下かて、あれでも男なんや……」

「なんなの、その下手な浮気の言い訳みたいな台詞。あたしの知らないところで何の話が展開してるんですかね兄さん」


 問い詰める声に凄味が出る。センがあれっという顔をしてあたしの肩から手を離したので、逆にこっちからぐわっしとセンの肩を掴んでやった。


「ちょっと詳しく聞かせてもらえませんかネー?」

「えっ、ええぇ、いやその」


 挙動不審に目を泳がせ、顔をひきつらせて逃げ場を探すお世話係。そこへ直れ、不届き者がっ!

 ずいと笑顔で迫ってやると、センは「ひっ」とか情けない声を上げて白状した。


「か、勘違いしとったみたいですごめんなさいー!」

「だから何を!」

「殿下がハルカはんに無理強いしようとして怒られた、ていう噂でもちきりで」

「誰だ事実無根の中傷垂れ流した奴はー!! ぶっ飛ばすぞ!?」


 ていうか無理強いって何なのそれ、良いではないか良いではないか、って時代劇のあれですかふざけんな!! 何を考えてそんな阿呆くさい噂を!!!

 がくんがくんセンを揺さぶって、あたしは大声で怒鳴った。どうせこれもどこかで噂好きの皆さんが見聞きしてるんですよね!


「ウィルがそんなことするわけないでしょ! あの鋼鉄の神経と氷のハートした仕事中毒者のどこをどうしたらそんな想像できるの! っていうか普通にそれ侮辱でしょ不敬罪でしょ!?」

「すんまへんすんまへん! 僕は又聞きしただけで自分では広めとりません堪忍や!!」


 充分注目された気配を確かめてから、あたしは手を離してやった。やれやれまったく……。


「大方、あたしがウィルの部屋から叫んで飛び出したせいで変な噂になったんだろうけど、あり得ないでしょそんな展開。あたしが騒がしいのはウィル関係なくいつものことですよ、ご期待に沿えなくてすみませんねー」

「さいですね。元気なんはええですけど、ハルカはんはちょっと叫びすぎやと思います」

「誰のせいだ」

「すんまへん!」


 条件反射的に謝ってから、センは揺さぶられて乱れた髪を手で整え、やれやれと息をついた。そうして、いつもの懐っこい笑顔になる。


「まぁ何にしても、殿下と喧嘩しはったわけやのうて安心しました。今日も学院に行かはったんですか?」

「あ、うん。そうそう、これ、あたしが今回の件で分かったことをまとめてみたんだけどね、導師さんが学院の資料に欲しいって言ってくれて。だから清書用の紙とインク、あたしの部屋に届けてもらえるかな」

「へえー! すごいやないですか、ハルカはんが書かはったのんが学院に納められるやなんて、頑張って勉強しはった甲斐がありましたやん!」

「そ、そうかな、えへへ……」


 センが我が事のように喜んでくれたもんで、柄にもなく照れ笑いしちゃう。下書きの束を見せると、センはざっとめくって枚数を数え、うんとうなずいた。

 すぐ手配しときます、との言質を取ってセンと別れ、当初の目的通りウィルの部屋に向かう。


〈はー……しかしまた変な噂が立ってるのか。あたしも悪いけどさ、あの、もぎゃあぁーって感じのすごい叫び声とか聞いて、そういう方向を想像する人の気が知れないよ〉

〈声を聞いた当人は、あなたがまた殿下の部屋から大騒ぎして飛び出してきた、と言っただけかも知れませんよ。そこから別の人が尾ひれをつけたのかも〉

〈ああー、それはありそう。うん。今度から叫ばないように我慢します〉


 反省。ちょっぴりうなだれつつ、ウィルの部屋をノックする。いつもの低温な「入れ」も、あれ以来なんだかじんわり心に響く。

 ウィルの態度は今までと同じ、何も変わりない。あたしに食べさせちゃったせいで、ウィルがウィルじゃなくなったりはしないか、密かに心配していたんだけど、そんなこともなく。

 あたしが学院でのことを報告し、もうセンに手配を頼んでおいたことを告げても、例によって「そうか」だった。下書きに目を通しながら、顔を上げもしないで。

 本当にまったく、この氷の王子様のどこをどうしたら「良いではないか」な想像ができるのか! 世の人々の妄想力には畏れ入るよ!

 しかしそれはそれとして、ちゃんと謝っておかないとね。


「ごめん、ウィル」

「今度は何だ」

「四六時中やらかしてるみたいに言わないでよ!? あながち否定できないけど……。ほら、この前あたしが例によって一人で大騒ぎして飛び出してったでしょ。だからまた変な噂になっちゃってるみたいで、さすがにウィルの耳には届いてないかもだけど、ゴメンナサイ」

「それなら把握している。いつものことだ、放っておけ」


 うわぁ。知ってた。誰だ、ご注進した怖いもの知らずは。

 まぁ本人が本当に一切まったく微塵も気にしてない様子なのは、ありがたいけど。ため息出ちゃう。


「よく平気だねぇ……やれやれ、皆も好きだよね、こういう噂。あたしにはわかんないや」


 女子の好物はスイーツと恋バナっていうけど、あたし昔から恋バナの方は本当に全然興味ないからなぁ。そう言うと、本当は気になる癖に、みたいな顔する子もいたけど。誰が誰と付き合おうとどうでも良かったし、好きだのなんだのって感情を口にして他人としゃべり合うってこと自体が、なんかもう信じられない。

 しみじみ呆れて首を振ったあたしに、ウィルが何やら複雑な目をして、下書きを返しながら言った。


「仕方あるまい。ローラナのせいだ」

「え、なんで?」

「私がまだ物心つく前に、ひどい悪ふざけをしてくれたからな」

「って……ああ、よく知らないけどウィルがいまだに独身なのはそのせい、っていうアレ?」

「そうだ」


 ウィルは沈痛な声音でうなずき、それからおもむろに、迷惑な予言の内容を教えてくれた。


 ――この子は異界の娘と結ばれるだろう。


「はあぁ!? 何それ、ローラナさんってば物心つく前の子供にそんなこと言って、人生決めちゃったの!? 悪ふざけじゃなく本当の予知だったとしても、そんなの公にすることじゃないでしょひどい! それじゃ今までも、年頃の女の『客人』が来る度に、これがそうか今度はどうだって噂してたわけ? 大迷惑だよ!! ……笑い事じゃないよウィル?」

「いや、おまえの反応があまりに予想通りで」

「単純ですみませんね」


 いー、としかめっ面をしてから、あたしは改めて真面目に言った。


「それ本当になんとかならないの? ウィル自身は全然そういうの興味なさそうだし、予言がどうだろうと気にしないかもだけど」

「おまえが居残り組になるまでは、むしろ面倒が省けて助かっていた面もあったんだがな。あの予言のおかげで昔から、社交の場につきものの煩わしさを大部分免れた」

「ウィルらしいね」


 思わず苦笑してしまう。この面倒くさがり屋め。


「今も、いちいち取り合わなければ実害はないんだが……おまえにとっては迷惑か」

「えー……うーん。そりゃ、気にしなければいいんだろうけど。無視し切れるほど図太くないし、やっぱり嫌だなぁ。だって、違うんだよ」

「違う?」

「うん」


 これ、言ってもいいのかな。悩みながらこめかみを掻く。うーん、まぁ、ウィルなら大丈夫だろう。あたしはひとつ息をつき、ウィルをまっすぐに見た。


「あたしはウィルのこと好きだけどね、でもそれはあれこれ噂してる皆さんの思惑とは全然違うんだ、ってこと。可愛い服着てお洒落して女子力アピールしてみたりとか、そういうことしたいわけじゃないんだよ。なのに、そういう方向で勝手に憶測されるの、どうしても嫌な気分になっちゃって、いちいち腹を立てちゃう」

「――ああ。同感だ」


 ウィルが納得した様子で、ふっと微苦笑した。あぁ良かった解ってくれた!


「やはりローラナに、あの予言を撤回するように談判に行こう。冗談だった、あるいは私が煩わされずに済むよう気を回しただけだった、と認めてもらえばいい」

「でもそうしたら、今更だけどウィルにお嫁さん候補が押しかけるんじゃない?」


 性格知らなくても顔と地位と財力は確かだもんね。女癖悪いとかいうことも当然ないし、結婚したがる女の人、あるいは娘を嫁がせたがる親は大勢いそう。

 もういっそ、早いとこウィル好みの女性(そんなものが実在するとしてだけど)が地球から落ちてこないかな! ……ん? 待てよ?


「それか、予言は成就されました、でもいいんじゃないかな」

「なんだと?」

「ある意味、あたし達もう結ばれちゃってるじゃない。食物連鎖っていうぶっとい鎖で」

「…………」

「……冗談だよ。ちょっと本気だったけど。とりあえず成就したってことにしとけばウィルは面倒くさいことないし、噂したがる人も興味なくすかなぁって」


 しょせん浅知恵ですハイ……。だけどウィルは真顔でしばらく考えた末、なんとあたしの提案を採用しちゃってくれました。


「その方が良さそうだな。結婚しないのかと突っ込んでくる奴がいたら、『結ばれる』の意味はひとつではないとでも言って韜晦しておけばいいだろう」

「いいの?」

「良くないのか? 成就していないから皆が気にするんだ、終わったことにしてしまえば興味を失うというおまえの予想は恐らく正しい。おまえが頻繁にここへ出入りしてもいちいち気にしなくなるだろう。友人だからという理由で納得しない連中に対処するにはちょうどいい」

「あー、うん。それは確かに」


 そうだよねぇ。予言じゃなくて悪ふざけでした、って撤回させたら、じゃあなんであの居残り『客人』は役立たずの半人半魔のくせに遠慮もなく王太子様の部屋に出入りしてるのか、ってことにもなっちゃうよね……うぐ、いたた。

 はぁ。もっと堂々と、ウィルの友達としてそばにいられるように、誰もが当然と認めるように、ちゃんと役に立ちたいな。


「……どうした」

「ううん、なんでも。ウィルは賢いなぁって感心してただけ。じゃあ、予言は終了ってことでいいとして、唯一問題があるとしたら将来、何かの間違いで本当にウィル好みの女の人が現れたら、あたしがお邪魔になっちゃうってことだね!」


 あはは、と茶化してごまかそうとしたら、ウィルは心底呆れたという目をしてくれた。うわぁムカつく! この見下し目線! 挙句にため息!


「何をくだらない……おまえは馬鹿か」

「んなー!?」


 普段からよく馬鹿にされてるけど、ここまで言われる筋合いはないと思う! あたしが殴りかかるふりをすると、ウィルはあたしの手首を簡単に掴んで止めた。そうして、目を見据えながら一言一言しっかりと強調して。


「私にはおまえがいるから、それでいいんだ」


 ――やられた。

 いつぞやあたしが、思いっきり馬鹿にした口調で言ってやった台詞を、そっくりそのまんま返された!!

 顔が真っ赤になるのがわかる。ぐぬあぁぁ悔しい恥ずかしい!


「執念深いなぁウィルは!!!」


 あたしがしっかり思い出したのを確かめると、ウィルは薄く笑って手を離した。っとにもうこいつは! 腹が立つ!!


「今からローラナのところへ行くが、おまえも来るか?」

「行くよ! 当然!!」


 涼しい顔で歩き出した氷の王子様を追って、あたしも荒っぽい足取りでついていく。

 最初は先行していたウィルが少し歩調を遅らせて。あたしの足取りが落ち着いて。気付けばあたし達は、隣り合って並んで、一緒に歩いていた。不意にそれが奇蹟のように思われて、あたしはこっそり微笑む。

 本当なら、あたしはウィルの隣には立てない。客人と王太子としても、あるいは人食いのテセアとその食餌としてでも、あたし達は対等じゃない。

 だけどあたしは、ただのウィルの、ただの友達――だから。


 だから、これからも。一緒に行こうね、ウィル。


(終)


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