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10. 謎のそっくりさん現る


 その後、あたしは帰ろうかどうしようか迷い、なんとなく猛暑の中、街をぶらついた。もうすっかりお昼時だけど、ごはんじゃなくてかき氷食べたい……。餡と白玉もつけられる甘味専門のお店、ないかな。

 それより帰ってウィルのお見舞いに行こうか。ゆうべ具合が悪くなった原因、分かったんだろうか。

 暑気あたり……っていうわけでもないだろうし。このぐらいの気温と湿度なら、暑いことは暑いけど、熱中症になるってほどじゃない。たぶん。


〈それともあたしの身体が密かに人間離れしちゃってて、気付いてないだけかなぁ?〉

〈気温変化に耐性がついているのは確かですが、それほど極端には変えていませんよ。私は半分しか融合していませんから、身体的な構造を変えるにも限界がありますし、あなたが認識する『人間らしさ』から外れるようなことをしようと思ったら、あなたの同意の上でより深く融合しなければなりません〉

〈翼とか触手とか出す時みたいに、ってことだよね。つまり、あたしの暑さに対する感覚はそんなに異常じゃない、と〉

〈はい。ウィル殿下も健康で、これまでの様子を見る限り暑さに弱いという様子もありませんし、暑気あたりというのは考えにくいですね〉


 理路整然と説明され、あたしは思わず呻きを上げて、並木の柳に頭突きしてしまった。


〈でもそうなるとさ、やっぱり食べたものが悪かったのか、って方向になっちゃうじゃない。もしそうなら、他のお客さんも昨日の夕方には大変なことになってて、今日、あんな普通に営業はできないと思うんだよね〉


 で、さらに推理を進めると、結論としてはお店の人がウィルにだけ何か盛った、ってことになっちゃう。ティナさんソアンさん以外の従業員も厨房にいるのかもしれないけど、姿も見なかったし声も聞こえてない。


 こんな考え、嫌だなぁ。あたしは大きなため息をついて、またのろのろ歩きだした。


 あたしがウィルのお皿から取った時にあんなにぎょっとしたのは、単に行儀が悪いとか、まさか王太子殿下の食事に手を出すとは、とかいう理由じゃなかったのかもしれない。


〈ああーもう! でもでもそんなことする理由なんかないし、本当にそうだったらあたしにあんなにわだかまりも警戒もなく抱きついてきたりしないよねぇ! 違うよねえ!?〉

〈違うと信じたいですね。でも、もしも彼らが現在の支配者、王族あるいはウィル個人に怨恨があるとか、あるいは何らかの細工をしようともくろんでいるとすれば、遥が元『客人』で今も王宮に住んでいるという情報を得て、親しくなろうと接触してきた可能性も否定はできません〉

〈ええぇぇー。ご先祖に『客人』がいるっていうのも嘘かも、ってこと?〉

〈さあ、そこまではなんとも〉


 ラグが言葉を濁したところで、行く手に『氷』の看板が現れた。おおぅ、地獄に仏ー!

 いそいそ小走りで近付く。お店の外に置かれた看板には、かき氷のメニューが書いてあった。黒蜜、白蜜、苺蜜。ふふふ、魔法の効果じゃなくて、ちゃんと文字として読めますよ!

 下の方に、団子、赤豆餡、といった文字が読みとれて、あたしの頭の中ではそれが自動的に「白玉金時」になった。これですよこれ!


 喜び勇んでお店に入り、白玉金時を注文する。

 しばらくして出てきたのは、美味しそうな小豆餡の上にふんわり削った氷を盛って白玉を添え、濃い緑も鮮やかなお茶の蜜を上から回しかけてありましたー!

 スプーンを入れるとシャクッと気持ちのいい音。いただきまーす!

 口に入れる前からもう、お茶の香りが鼻をくすぐる。ぱくっと一口。途端に氷がさらりと溶けて、冷たく甘い水が喉を潤す。はー、生き返るなぁ!

 餡は上品な甘さで柔らかめ。白玉のつるんとした表面と、もっちりした触感が楽しい。日本を思い出しちゃう……ちょっと切ない。


 しゃくしゃく。夢中で食べて、すっかり涼しくなった時には、憂鬱な考え事も氷と一緒に溶け消えていた。


〈あれこれ考えても確実なことは何も分からないんだし、やめやめ! ウィルが小さい魔物使って都じゅう捜査するって言ってたし、本当に何か怪しいものが潜んでるなら、その時に見付かるよね!〉


 ティナさんとソアンさんが実はよその国の潜入工作員だったとか、あるいは逆に異能持ちの悪者に追われる立場で、あたしがウィル連れてったせいで変に目立って見付かっちゃってあの時感じた視線はその悪者のだったとか、いくらでも不穏な想像はできるけど、証拠は何もないんだし!


〈わずかな情報から、よくそれだけ話を広げられますね〉

〈そりゃまぁ、ミステリとかサスペンスとか小説もドラマも好きだったからさ~。こっちの世界はその手の娯楽が少なくてつまんないよー。お芝居とかはあるけど、大掛かりだし時間かかるし好きな時に止められないんだもん。図書館にある本、早く読めるようになりたいなぁ。翻訳魔法に頼るとダイジェスト解説みたいになって興ざめなんだよね〉

〈では帰って勉強にいそしみますか〉

〈そうだね! その前にお昼ごはん食べなきゃだけど〉


 気を取り直してお勘定を済ませ、店を出る。途端に陽射しが眩しくてクラッときた。

 お昼を食べるなら、急いでお店を決めなきゃ。日本と違って、こっちはどんなお店も営業時間は短い。食事関係は特に、用意した分だけ売れたらさっさと閉めちゃうのがほとんどだ。

 この辺りは甘味とか茶店が多くて食事の店は少ないから、ちょっと移動しよう。


 既に結構な面積ができている建物の影を伝って歩く。辻を渡り、別の通りに入ったところで――立ち竦んだ。

 えっ。なんで。


 タイムスリップして一日前に戻ったように、柳の陰に佇む銀髪の人影。今日はお昼一緒するとか何も話してないのに。


「ウィル……?」


 つぶやいたあたしの声が聞こえたかのように、彼は顔を上げてこちらを見た。いつもと同じ、涼しげで感情の薄い顔つき。冷たい視線が間違いなくあたしに刺さったのに、彼はそのまま、声をかけるどころか気付いた様子さえ見せず、ふいと背を向けて歩きだす。


「……っ!」


 反射的にあたしは追いかけていた。

 だって。

 だって、あれは。


〈ウィル殿下ではありません〉

〈分かってる!〉


 姿はまさにウィル本人だ。銀髪、背格好、顔立ち。全部間違いなく。

 けれど、服が違う。いくらお忍び用の地味服だとしても、あそこまで庶民の服は着ない。それに何より決定的だったのは、あの目が確かにあたしを捉えた瞬間の、ものすごい違和感!


〈あたしを見てたの、あいつだよね。昨日の視線と同じ!〉

〈ええ。あれは人間ではありません、恐らく……テセアです。完全な〉

〈はいぃ!?〉


 つんのめってこけかけた。危ないので走ってる最中に問題発言はやめて下さいラグさん!

 そんな馬鹿な。昨夜から今までの間に、ウィルがテセアに喰われちゃったってこと!?


〈お忘れですか、遥。美容整形もできますよ、と言ったでしょう〉

〈忘れてないけど、整形ってあんなそっくりさんにするレベルでも整形!?〉

〈半融合の私達であっても触手や翼を出せるんですよ。完全体のテセアなら、丸っきり別の生物に姿を変えることだって可能なはずです。それこそ鳥になって空を飛ぶことも、鹿になって野を駆けることも〉


 おとぎ話の変身魔法のような話に、美しいイメージが脳裏をよぎったけど、次の瞬間ぞっとした。つまり、


〈別人になりすまして、本人と入れ替わってしまうことさえできる……!〉

〈テセアが人間にとって謎めいた生物のままであるのも、納得です。ああ、今、記憶が〉


 ラグが嘆息のような気配をくれた。同時にあたしの意識にも、ラグが持っている種族の本能としての知識が断片的に落ちてくる。

 別人になりすませる、なんて発想が出て来たのは、これを無意識にラグと共有していたせいだ。


 あの白い光。人の命、精神、そして記憶や感情までもが複雑に絡み合ったもの。

 もしもあれをすべて丸呑みしてしまえたなら、それは単に食事というものではない。その人の存在そのものを取り込むも同然。だから、化けられる。違和感も不自然さもなく、その人と入れ替わってしまえる。それこそがテセアの存在を隠す魔法の透明マントなのだ。

 融合してすぐの時に人格が変化してしまうのは、隠せないことが多くて、だから『人喰い』の異名をつけられたわけだけど。

 人にとって危険なのは融合する時ではなく、その後のほうだったのだ。


 うわぁ。寒い。真夏だっていうのに寒い。さっきのかき氷が胃から逆流しそう。

 あたしは何も知らず何も考えず、ウィルのあの白い極上の光をただ、美味しそうだなぁ食べたいなぁって見ていたけど。下手をしたら、ものすごく怖いことをしてしまいかねなかったんだ。


 ぎゅっと唇を噛んで、行く手の背中を睨み据える。よく知っている、けれど別人の背中。

 あれはウィルを食べてない。気配が全然違うから、上辺だけ真似ただけだってわかる。だけどわざわざあたしにウィルの姿を見せるってことは、いずれ食べてやるっていう予告なのか、それとも……?


〈っく、腹立つなぁ!! 何がしたいのか知らないけど、よくもあたしの大事な友達をこんなやり方で利用して!!〉


 とっ捕まえて首もげるぐらいガクガク揺さぶってやりたい! もし完全体のテセアに出会えたら、仲良くなって半人前の悩みを相談したいなぁとか思ってたのに、甘かった。

 あたしは、半分だけど、確かに『人間』なのだ。

 ラグのことは大事な相棒だと思ってるし、人間食べちゃうことについても、そういう生き物だから、って特に抵抗なく受け入れていたけど。

 これは駄目だ。なんか許せない。


 それにしても、どこまで行く気だろう、あの偽者。こっちは、人目を引かない程度に抑えながらもずっと走っているのに、いつの間にか引き離されてる。どうやってるんだか!


〈完全体のテセアって何でもありすぎて、まさに不思議生物だよね!〉


 八つ当たり気味に罵って、速度を上げる。追いつけそうだと思ったのに、ほんの一呼吸の遅れで角を曲がった時には、もうずっと先に行ってしまっていた。

 あたしは舌打ちして周囲にさっと視線を走らせた。景色が変わっている。普段あたしが近寄らない界隈だ。広大な都のなかでも、寂れて人気のない方へ向かってる。


〈誘い込んでいるんでしょうね〉

〈罠だと思う?〉

〈同じテセアを陥れるとは思えません。私達は人間のように縄張り争いや共食いをする生き物ではありませんから〉

〈だったらなんで……〉


 他の人間に見られない場所で話したいことでもあるのか。それとも、あたしが半人間だから『同じテセア』とはみなさず敵だと認識しているのか。うう、用があるなら手紙か伝言でも下さいよ面倒臭いなぁ!

 ええい、いつまでも追いかけっこしてても埒があかない。ちょうど人通りも少ないし、翼を出すよりましだろう。


「ニケ!」

「ここにいる。先回りして奴を足止めしようか?」


 あたしの影が答える。考えてなかったあたしは一瞬迷ったけど、すぐに断った。


「ううん、それよりあたしを乗せて追いかけて。あいつがどんな事をするか分からないのに、ニケひとりで相手させたくない」

「承知」


 笑みを含んだ声が応じた次の瞬間、あたしの影がむくりと地面から立ち上がり、瞬く間に大きな黒豹の姿へと変化した。いつもながら格好いい!

 艶やかですべすべした毛並みの背にまたがり、身体を伏せる。あたしが両足でしっかりニケの胴体を挟むと同時に、景色が後ろへすっ飛んだ。


 一瞬で偽ウィルの前へ回り込む。と思ったら次の瞬間には消え失せていた。


「――っ、上!」


 直感して仰ぎ見る。寂れて半ば廃墟と化しているお寺の塔、三重の屋根の真ん中に、涼しい顔のウィルもどきが立っていた。ニケが身体を縮め、ぐんと地を蹴って跳躍する。土塀を踏み切り台にしてもう一度大きく跳び、屋根へ。

 けれどニケの前足が瓦に着くより早く、偽者は目の前でぐにゃりと姿を変えた。


「ぅえっ!?」


 CGじゃなく本当に目の前で、人間がその形を崩すのは、さすがに衝撃的に気持ち悪い。あたしが怯んでいる隙に、相手は巨大な鳥に姿を変えていた。ツァヒールだ。屋根に落ちた服をくちばしでひょいとつまんで、ばさりと飛び立つ。


「逃げるなぁ! あたしに用があるんだったら、堂々と話しに来ーい!」


 拳を振り上げて怒鳴ったけど、もちろん戻ってこない。ちょっと離れたところにある、同じような建物の屋根に移って、これ見よがしに羽根をつくろったりなんかして。

 挑発か、おのれ。あたしは歯噛みして唸った。

 ここで翼を出して、あたしも飛んでいくってわけにはいかない。寂れているとは言っても誰かが見ているかもしれないし、何より、お昼ごはんを食べそびれたままなのだ。飛んだりしたら、猛烈な空腹に襲われるのが目に見えてる。


「ごめんニケ、もうちょっと追いかけて」

「言われるまでもない。小癪な輩だ」


 ニケは腹立ち紛れに尻尾で瓦を一枚割ってから、タン、と大きく跳んで一番近くの民家の屋根に移った。そのまま素早く、屋根から塀、地面を走ってまた屋根に上がり、偽者の位置を確認しながら瞬く間に距離を詰める。

 今度の塔はさっきのよりさらに古くて、ちょっと地震でもあればぺしゃんこに崩れそうだ。そんな塔のてっぺん近くに、いつの間にかウィルの姿に戻った偽者が悠然と座っていた。日陰側にいるから目立つことはないけど、王太子様の顔とか知ってる人に見られたら、どんな噂が立つか……それはそれで面白そうだけど、っていやいやそんな場合ではないぞあたし。


「崩れやすそうだから、気を付けて」

「無用。崩れても私は傷を受けない。跳び移る準備をしておけ」

「そっか。了解」


 乗った衝撃で屋根が崩れても、ニケは影に同化してしまえばノーダメージなんだ。よし、あたしはいつでも触手出せるようにしておこう。ラグと意識を重ね、腕に力を溜める。

 走って来た勢いそのまま、ニケが高く跳躍した。

 偽者は余裕たっぷりにうっすら笑い、片手をこちらへ突き出した。


 やばい!

 咄嗟にあたしは触手を繰り出した――けど、遅かった。相手が速すぎた!

 灰銀の触手があたしに絡みつき、ニケの背から引き剥がす。同時に金色の光の槍が放たれた。


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