6.仲良きことは美しき哉
「美味しそうだね、一切れ貰っていい? 後でこっちの肉団子ひとつあげるから」
言いながらお箸に持ちかえて、手を伸ばす。ちょうどそこへティナさんが肉団子を持ってきて、ぎょっとなった。
「――!?」
「あ、ごめんなさい、行儀悪くて」
ごまかし笑いしつつも、ちゃっかりせしめたお肉をぱくり。うん、これもさっぱりして美味しい。生姜焼きかと思ったけど、微妙に違うみたい。生姜よりもちょっと青くさいような、でも不快じゃない風味だ。ちょっと梅酢っぽい酸味が爽やかですもぐもぐ。
肉団子のお皿からさっそくひとつ取って、ウィルのお皿に載せる。お返し。
その様子を、ティナさんは動揺したまま、信じられないという顔をして見ていた。あたしは首を竦めて言い訳する。
「わざわざ取り皿出してもらうほどでもないやと思ったんだけど……なんかすみません。あんまりこっちの人は取り分けないんですかね」
あたしはそもそも誰かと一緒に外食することって滅多にないし、食べきれないからシェア、なんて事態にまずならないもんで、その辺のマナーは注意してなかった。失敗したかなぁ。
向かいでウィルがやれやれとため息をついた。
「分け合うこともあるが、仮にも女の子とやらを主張するなら、男の皿から肉を奪うな」
「うば……、いやちゃんと取った分は返したじゃない!? 肉団子あげたんだから公平な取引でしょ!」
「そういう問題じゃない」
「ええぇー、なんなの、お肉一切れぐらいで心が狭いよ! しょうがないなぁ、もう。これでいいでしょ」
えい。肉団子をもう一個、ウィルのお皿に移す。
そういう事じゃないってのは、いくらあたしでも分かってますよ! だけどここで下手に異性だからとか認めたら面倒くさいことになるの確定じゃないですか!
ウィルも同じくそういう話にしたくはないようで、文句は言わずに肉団子を食べた。
そこでとうとう、ティナさんがくすくす笑いだした。
「ルカちゃんったら、やだもう……友達だなんて言ってすごい人を連れてくるからびっくりしたけど、本当に仲良しなのね」
「はい、本当にいい友達ですよー。遠慮容赦なさすぎて時々嫌味が胸に刺さりますけどね! そのかわり大事な時には絶対、何を置いても助けてくれる……はず。たぶん」
へらっと笑って答えたあたしに、ウィルは無言だ。それをどう取ったのか、ティナさんがいきなり爆弾を落としてくれた。
「素敵だわ、まるで伴侶みたい」
ごほっ。
あたしとウィルが同時にむせた。慌ててあたしは全力否定する。こんな所から変な噂が広まったら大変! てゆーかティナさんせめて恋人ぐらいにしてくれませんかね、すっ飛ばしすぎでしょう! もうトキメキとか失った熟年夫婦みたいだってことですか!
「いやいやいや違う違います本気で本っ当に違いますから! 友達! ただの友達!! そーゆー色気のある関係じゃないです!」
「あるとしたら食い気だけだな。おまえの」
「うっさいわ、その通りだけど!!」
ええハイそうですとも、あたしの食い気のせいでウィルには大層お世話かけておりますけどもね!! ここは黙っててくんないかな!!
ティナさんもさすがに失言だったと気付いたようで、はっと口を押さえてからすぐに謝ってくれた。
「ごめんなさい、冗談にしても言うべきじゃなかったわ。殿下、申し訳ございません」
「……下らん噂が広まらないようにしてくれ」
「はい、厳に慎みます」
神妙に約束して、ティナさんは深々と頭を下げる。それから、あたし達の間がぎこちなくなるのを防ぐためだろう、いつもの笑顔になってあたしに話しかけてきた。
「ルカちゃんは今日もお勉強してたの?」
視線で示したのは、あたしがテーブルの端に置いてるテキストだ。いつも学院の方から来るし、あそこの学生だとか思われてるのかな。
「はい。って言っても学院で専門の勉強してるんじゃなくて、読み書きだけなんですけど。話すのとか、メニュー見るのとかは翻訳魔法のおかげで不自由しないんですけど、自分で何か書くのができないし、読むのも細かい意味までしっかり理解しようと思ったら、魔法頼みじゃ限界があるんで」
「あら、でもルカちゃんは『客人』なんだから、誰かに代筆を頼めば……ってわけにもいかないのかしら」
「うーん……あたし、元の世界では受験勉強しかしてなかったんですよね。読んだり書いたり覚えたり。それで、あたしが得意なのはやっぱり、ノート整理したり図表作ったりってことで、できればそういう仕事をしたいなぁと思ってるんです」
読み書きが多少不自由でも、できる仕事はいっぱいある。しばらくやってた女中さんの仕事も、責任者とかにならない限りは日誌をつける必要さえなく、担当仕事のチェック表にレ点を入れるぐらいだ。
お世話係のセンもそう言って、あれこれあたしに回せそうな仕事を考えてくれたんだけど。
「なんて言うか……あたし、昔から読んだり書いたりするの、好きなんです。授業のノートを分かりやすくきれいに整理できたらすごく嬉しいし。だからここでも、何かそういう仕事に就きたいなぁと思って。まだまだ子供みたいな作文しかできませんけどね!」
あわわ、なんか恥ずかしくなってきた。最後は早口になって、照れ笑いでごまかす。ティナさんは感激したように身を乗り出してきた。
「偉いっ! 偉いわルカちゃん、頑張ってるのね! よーし、頑張る子にはご褒美あげちゃう。待っててね!」
「えっ、いやそんな」
止める間もなく、ティナさんはぱたぱた厨房に戻っていった。なんだろう、また豆とかくれるのかな。じゅる……おっといかん。とりあえずごはん食べちゃおう。
シャキシャキ野菜のサラダで箸休めしつつ、天津飯と肉団子とスープをどんどん平らげる。おなかが満たされるって幸せだねぇ!
あたしがおしゃべりしてる間にウィルは黙々と食べ進めていて、先にお箸を置いた。
「おまえは親しくなった相手の懐に、あっと言う間に入りこむんだな」
「ん? 別に普通だと思うけど。ウィルが愛想なさすぎるだけだよ。女同士だったら結構すぐにあれこれおしゃべりするもんでしょ」
あたし、別に友達多い方じゃなかったし。女中さんのお仕事やってる間も、皆が集まってわいわいやってる輪に入れなかったし。コミュ力高い方じゃないよ?
ただまぁ、個人的に話す機会があった人とは、比較的仲良くなりやすいかな。学校の友達もそんな感じで、だから数は少ないし四六時中一緒にいるわけでもなかったけど、お互いのことはよく知っていたし、信頼関係があったと思う。
「上辺だけの親交ではない。……信頼を結ぶその特質は得難い財産だが、あまり気安く入れ込むなよ」
「あー……うん。気を付ける。ありがと」
ウィルが声を潜めたので、あたしも察して素直に忠告を受け入れた。
そうだ。ティナさんとの偶然の出会いに浮かれて、友達になれたらいいなぁ、なんて思っていたけど、そうなればあたしの正体を知られる危険が高まるわけで。
ウィルが釘を刺したのは、ばれると王宮に不都合があって困るからってわけじゃない。声にも表情にも、あたしを気遣ってくれているのがあらわれている。その証拠に、
「大丈夫。平気だよ」
「おまえの平気は信用ならないからな」
ほら。あたしの台詞に、こんな返事をくれる。おまえの心配などしていない、とか照れ隠しに否定することさえせずに。
正体がばれて怖がられたり、あるいは親しくなった相手を食べたいと思ってしまうことで、あたしがまた傷つくんじゃないか、って。
「ウィルは優しいなぁ」
思わずにへらっと笑って、声に出してしまった。途端にウィルはややこしい顔になって、無言でふいと視線を逸らせる。ああ。ああもう、本当にこの人は……なんて、おいし
「はい、お待たせしましたー!」
「ぅおぅ!」
いいタイミングで割り込んでくれましたティナさん! 良かった、思考が危ない方向に振り切れるところだった! ぎりぎりセーフ!
ティナさんが出してくれたのは、デザートのプリン。でも前に一度食べたのとは全然違う。ここのプリンはカラメルを使ったものじゃなくて、プリン自体はあっさり味なかわりに果物の濃いシロップをかけてあるんだけど、それの豪華版になってる!
大きな器の真ん中にプリン。まわりにたっぷりの桃とブドウが敷き詰められている。水がひたひたに入ってるけど、多分これは薄いシロップだよね。うわあぁ、いい香り~!
「す、すごいっ、美味しそう……! あたし桃大好きなんです、どうしよう嬉しすぎる!」
「そうなの? 良かった! 殿下にはこちらをご用意しました、どうぞ」
ウィルの前に出されたのは、小さな器だった。桃とブドウは同じだけど、プリンじゃなくてシャーベットっぽいのがちょこっと盛ってある。濃い色のソースがお洒落な感じにかかってるけど、あれリキュールたっぷり使ってる大人の味ってやつなんだろうな。こっちまでお酒の香りが漂ってくるよ。
ウィルは甘いもの好きじゃないんだけど、もちろんそんな様子は一切見せず、目礼して受け取った。引き受けてあげたいところだがそれはお店の好意だ、自分で受け取ってくれたまえ! あたしはあたしの分を食べる!
「いただきまーす!」
スプーンの上でぷるんと揺れる、たまご色のプリン。程よい甘味と爽やかな香りをお供に、つるんと喉を滑り降りていく。幸せだなあぁ!
桃もブドウもすごく甘くて、むしろシロップやプリン本体の方がさっぱりして感じられるぐらいだ。夢中で食べて、あっと言う間に器は空になってしまった。
タイミングを見てティナさんが器を下げ、温かいお茶を出してくれる。一口飲んでほっと息をついてから、あたしは店内を見回した。物見高いお客さんがまだ居残ってたけど、大方はいなくなっていた。そもそもあたしが学院から出るのが遅かったから、お昼時は過ぎかけてたんだよね。
表の日除けもいつの間にか片付けられている。座ってもいいけど営業はしてませんよ、ってしるしだ。
「ティナさん、ここってお昼だけなんですか?」
空いたテーブルを拭いていたティナさんに声をかけると、「夜もやってますよー」との返事。そこへ、厨房から出てきた店主さんが説明を添えた。
「夜は酒飲みが相手の店になりますんで、お嬢さんにはちょっと早いですね。殿下、本日はありがとうございました。店員が失礼を申しましたこと、お詫び申し上げます」
「他の客と同じ扱いでいいと言ったはずだ。……支払いを」
平坦にウィルが応じると同時に、表からスッと音もなく誰かが入って来た。護衛士のキリさんだ。きっと何か魔術具でウィルの声を拾ってたんだろうな。ささっと店主さんのところに行って、お会計を済ませる。財布をウィルに持たせてないのは、ちょっとでも余計なトラブルを避けるためなのかな?
ってぼやっとしてる間に、あたしの分まで出してもらっちゃった! あわわ、いいのかな。そりゃあたしが持ってるお金も、出所はウィルのとおんなじだけど。帰ってから確かめることにして、今は奢ってもらっちゃおう。
店主さんはもう一度あたし達に頭を下げてから、ティナさんの方に歩いていった。
「ティナ、あとは俺が片付けるから、届け物と調達を頼む」
「了解。急ぎ?」
……んん?
なんてことない業務連絡のはずなんだけど、実際二人とも仕事の話だって態度なんだけど。でも雰囲気が、そのー、なんだ。甘いんですが。
仕事中だからって感じで見つめ合ったりはしないけど、ちらっと絡む視線とか、仕草とか表情が。あれどう見ても恋人か夫婦だよねぇ……あたしとウィルの掛け合いとは全然違うよ。
「うーん。私一人で、一回で持っていくのは無理ね。一度戻ってまた出るしかないかしら」
「どっちにしても夜の営業には間に合わないだろうから、そっちの都合で段取りをつけてくれ」
おや。何か人手がいるのかな? あたしは目をしばたたき、「あのー」と遠慮がちに声をかけた。
「荷物持ち程度なら、あたし、手伝いますよ? 行ってきてもいいよね、ウィル。悪いけどあたしのテキスト、持って帰っといてくれる? 後で部屋まで取りに行くよ」
「ああ、分かった。無理はするなよ」
「大丈夫、お昼たっぷり食べたから」
小声での忠告に親指立てて返し、了承を得たあたしは席を立つ。ウィルがキリさんを連れて店を出ていき、あたしはティナさんの方に歩み寄った。
「特別サービスしてもらっちゃいましたし、今日はこの後、特に用事ないですから。荷物持ってついて行けばいいだけのことなら、お手伝いします。ティナさんに日本のこと色々お話ししたいし」
「ええっ、本当にいいの? そんなつもりでサービスしたんじゃないんだけど……」
「もちろん分かってますよぉ。単にあたしが、もうちょっとティナさんと一緒におしゃべりしたいなーってだけです。そこそこ腕力もありますし」
笑って言い、あたしはぐっと握り拳を作って見せる。ティナさんも「それじゃ、お願いしようかな」と嬉しそうにうなずいた。
店主さんが苦笑まじりに、目的を忘れて話し込まないでくれよ、と言ってお使いの品物を取りに奥へ引っ込んでいった。




