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2.白玉の目利き

 そんなわけで、お勉強にいそしんだあたしは腹へり解消のため、近くのお店に駆け込み、今に至る。燃料満タンでもスペック上がるわけじゃないってよーく分かりましたよ!


 おっと、かき氷が溶けちゃう。しゃくしゃく。


 あたしは最近、機会があればかき氷を食べている。庶民にはちょっと贅沢なお値段だから、そうしょっちゅうじゃないけどね。食費請求すると毎回ウィルに何とも面倒臭そうな顔をされるの、腹立つし!


 それでもつい、欲しくなっちゃう。正体は水だからあんまりおなかは膨れないんだけど、見た目がね……ほら、白くてふんわりしてて、アレみたいだからですよ。アレ。禁断の白玉。


 う、いかん、思い出しただけでヨダレ出そう。白玉白玉……今度はかき氷に白玉とあんこトッピング頼んでみようそうしよう。このお店は食事がメインだから、甘味屋さん探さないとね。よし。


 気をそらすのに成功し、ほっと一息。目の前を通り過ぎてく人の体に、ぼんやり白いものが浮かんで見えたけど、食欲はどうにか抑える。あれは白玉、白玉団子……。自己暗示。

 しかしこれ、完全体のテセアにとっては毎日まわりをお団子とか蒸し饅頭とかが通り過ぎていく状態なんだろうなぁ。食べ放題じゃないか。


〈ねえラグ、都にはあたし以外のテセアっていないのかな。田舎より人が多いところの方が正体も隠せるし、選り取りみどりだし、あたしだったら絶対に街で暮らすけどなぁ〉

〈この都にも一人か二人ぐらい、ひっそり暮らしているとしてもおかしくありませんね。ですが、別の大都市の方が多く住んでいるかもしれませんよ。安全なので〉


 なんで、と訊きかけてなんとなく答えを察する。ああそうか。


〈凄腕魔法師ローラナさんとか導師さんとか、うじゃうじゃいるもんね〉


 魔の存在に敏感な人達。異能を操っていろんな現象を起こしたり、魔物を従えたりできる人が大勢いるから、もしも都で正体がばれたら、ただでは済まない。王様はじめお偉いさんを守るために、治安維持には厳しい目が光っている。

 その点、学院や王宮がない他の都市の方が安全だ。都ほどじゃなくても人間は大勢いるし。


〈もし都でテセアとすれ違ったりしたら、わかるかな〉

〈難しいですね。テセアとしての能力を使っている時ならすぐ感知できますが、完全に人間に擬態していたら、私達にはわからないでしょう〉

〈……ってことは逆に、あたし達は向こうから丸わかりなんだね。なんかちょっと恥ずかしいかも〉


 半端者でごめんなさい、みたいな。いや別に謝ることじゃないと思うけどなんとなく。


 あれこれ考えながら人の往来を見ていると、ふわーっとした白玉くっつけた人が通り過ぎていった。う、うまそうだなぁぁ!

 学院でお茶菓子もらって、ここのお店でお昼ご飯にかき氷までしっかり食べたから、おなかは空いてない。ラグの力も使ってないし。

 だから食べたいとは思わないけど、でもやっぱり美味しそうなのには目を引かれる。ほら、グルメ雑誌の写真見て、実際食べに行くほどはそそられなくても、わーおいしそう、いやこっちの方がいいかなー、とかあれこれ思うのと同じですよ!

 さしずめさっきの人は、ほっかほかの炊きたて白ご飯……って、あれ、そういえば。


〈ねえラグ、なんで白玉が見える人と見えない人がいるのかな。見える人にしても、大きかったり小さかったり、ふわふわで美味しそうなのもあれば、なんか固くて食べにくそうなのもあるし〉

〈私も気になっているのですが、『食べやすい』か否かによる、ということしか分かりません。その人間がどういう状態なら食べやすいのか、ということまでは……以前話したように健康状態がかかわっている可能性が高いとは思いますが、それだけではないようですし〉

〈そっかぁ、ラグにもよく分かんないか。もし健康な人ほど美味しそうなんだったら、見るだけで健康診断できるじゃん、って思ったんだけど〉


 甘かったか。そうだね、実際こうして見ていても、若くて元気そうな人には必ず白玉が見えて美味しそうだ、とは限らないみたいだ。

 たったか走っていく若いお兄さんには見えなくて、日傘差して青白い顔で歩いてるおばさんにぼんやり見えたりしてるし。あ、でもやっぱりおばさんの白玉はあんまり美味しそうじゃないな。あんなふうふう息切れしてる人のを、ちょびっとでも食べるのは申し訳ない。


「この器、お下げしてもよろしいですか」

「あっはい!」


 後ろから声をかけられて、あたしはぴょこんと振り返った。お店のお姉さんが愛想のいい笑顔で会釈して、きびきびした動きでかき氷の器を厨房へ持っていく。

 うーむ。お姉さんも白玉が見えない。あ、中のお客さんには一人見える人がいる。何が違うのかなぁ。

 首を傾げていると、お姉さんがお茶を持ってきてくれた。熱くなく、冷たくもない、ほどほどぬるいお茶。氷でおなかが冷えすぎないようにってことかな。


「ありがとうございます。って、あれ?」


 お菓子の小皿がついてきた。炒り豆にお砂糖っぽい衣つけたやつ。あたしが目をぱちくりさせて見上げると、お姉さんはちらっと店内を振り返って、ほかのお客さんに聞こえないか確かめてから小声で言った。


「特別におまけ。すごく美味しそうに食べてくれたから」

「わ、いいんですか? いただきます!」


 食べ物は遠慮しませんとも! 早速つまんで口に入れる。カリコリ香ばしくて美味しいよぅ。えへへ、顔が緩んじゃう。

 よっぽどあたしがでれでれしてたのか、お姉さんが我慢できずにくすくす笑いだした。恥ずかしいけど、なんだかお姉さんの笑い方がとっても温かくて、嬉しくなってしまう。どことなく日本人っぽい外見のせいか、親しみやすいんだよね。


「喜んでもらえてよかったわ。しばらく前から、何回かうちに来てくれているでしょう。その度にすごく美味しそうに、しかも女の子にしては珍しいぐらいたくさん食べるから、気になってたの」

「そ、そんなに目立ってましたか……」


 あちゃー。大食らい伝説を残してしまうのは避けたかったのにっ。

 あたしが苦笑いしてると、お姉さんは心配そうな表情になっていたわってくれた。


「おなか空いてるのね、可哀想に。お客さんから、あなたが王宮の『客人』らしいって聞いたけど、充分食べさせてもらえないの?」

「いやいやいや、そんなことないです、しっかりがっつりご飯用意してもらってますから! 単にあたしが底なし腹へり魔人なだけです」


 慌てて否定する。実際、毎日食堂でもりもり食べてるのに、不名誉な噂を立てられちゃ、おばちゃん達に申し訳ない。

 さすがに一時期ほど大食いじゃなくなったけど、それでもご飯は丼だし、おかずも大鉢。だいたい二人前ぐらいは軽くぺろっと食べちゃうのだ。

 でも外見は相変わらず普通のお嬢さんだもんで、


「遠慮してないで、ちゃんと食べなきゃだめよ?」


 ……なんて誤解されてしまうのだよね……たはは……。もうこのお店に来ない方がいいかなぁ。でも結局よそでも大食いで目立っちゃうんだったら同じだし。

 とか考えていたら、顔に出ちゃったらしい。「差し出がましくてごめんなさい」と謝られてしまった。ああ、ええっとそうじゃなくって。


「いえ、全然! あの、心配して下さってありがとうごさいます。でもほんと、ちゃんと食べてますから」

「それならいいんだけど。……良かったら、またうちに食べに来てね。異界の話を聞かせてもらえたら嬉しいわ」


 ほんわり笑うお姉さん。あ、そっかなるほど。あたしに声かけたの、単に大食いだからってだけじゃないのかな、これは。


「もしかしてお姉さん、ご両親かご先祖に『客人』がいるんですか? なんとなく親近感が持てるなぁって思ったんですけど」


 日本人だったりするんじゃなかろうか。お店の名前も、こっちの文字で書いてあるけど、あれ多分『雪花楼』とかそんな感じの日本語だ。

 図星だったみたいで、お姉さんはちょっとびっくりした顔をしてから、照れくさそうにうなずいた。


「ばれちゃったわね。詳しくは知らないんだけど、そういう話なのよ。だからあなたが『客人』だって聞いて、同じ黒髪だし、一度お話ししてみたいと思ってたの。迷惑だったらごめんなさいね」

「迷惑なんて」


 あたしは首を振り、炒り豆が載っていた小皿を持ち上げて「おまけ、いただきましたし」と共犯者っぽく笑った。

 お姉さんもちょっと笑い、店内の様子を見て暇なのを確かめてから、あたしの横に浅く腰かけた。仕事中に客とおしゃべりなんて、日本だったらけしからんって怒られるけど、この国ではその辺、わりとルーズっていうかのんびりしてるんだよね。あたしはわりとこの空気、好きだなぁ。


「私の生まれはずっと田舎のほうなんだけど、ご先祖様に『客人』がいたって話が伝わってるの。あ、名前がまだだったわね、私はティナ。よろしくね」

「高尾遥です。タカオが苗字で、ハルカ、が名前……ですけど言いにくいだろうから、ルカでいいですよ」


 自己紹介のついでに、もう最初から代替名を言っておく。毎度発音を聞き返されるのって、地味に堪えるんだ……。

 ティナさんは、ほほう、みたいな顔をして納得した。


「まさに異界の名前なのねぇ。ア……ァルカ? ごめんなさい、やっぱり難しいみたい。名前をちゃんと呼んでもらえないのって、寂しいでしょう」


 分かってくれますか、お姉さん!! じーんときて思わず握り拳を作っちゃう。


「そーなんですよ! はじめの頃は本当にもう、いい加減にしろーって暴れたくなったぐらい切なかったです。でも今は、友達が猛特訓してちゃんと『遥』って発音してくれるようになったから。一人だけですけど」


 ウィルの顔を思い浮かべてややこしい気分になり、語尾を濁す。友達っていいもんですねーって言いたかったけど、なんかこう、改めて認識するとむず痒いっていうか恥ずかしいっていうか! ほんとになんであいつは無駄に美形なんですかね!

 頭の中であたしが八つ当たりしてるなんて夢にも思わないだろうティナさんは、すんごく善良な笑顔になった。


「いいお友達なのねぇ! 今度はぜひ一緒に連れてらっしゃいな、特別サービスしちゃうから」

「あはは……そうですね、一度誘ってみます」


 よもやまさか王太子殿下だとは思うまい……。

 あたしは適当な答えでお茶を濁し、ごちそうさまでした、と席を立った。また来てねー、とティナさんが手を振ってくれたので、あたしも手を振り返して橋を渡る。


 あたしはとにかくよく食べるから、食堂のおばちゃんにはすっかり覚えられて仲良くしてもらってるし、外で何か食べた時も大体、お店の人には愛想良く接してもらえる。

 美味しそうに、残さずきれいに食べるから、って。

 だけどもちろん、ティナさんぐらい積極的に話しかけてくれる人はそういない。『客人』のご先祖がいるっていうご縁があったからだろうけど。


〈友達になれると、いいなぁ〉


 王宮の人じゃない、あたしのお世話をする必要から接する人じゃない、たまたまの出会いから仲良くなれる友達。それってすごく、……元の世界の友達っぽいよね?


〈そうですね。あなたがウィル殿下にしたように、「ただの遥の、ただの友達」になれるといいですね〉

〈うぁ、繰り返さないで恥ずかしい! その通りだけど、そう考えたんだけど! あと今さら寂しがってるわけでも帰りたいわけでもないからね、ラグが一番の相棒で一心同体だからね!〉

〈はい、知ってますよ〉


 くすくす笑う気配と共に、ほわっと幸せな感情が胸に広がる。

 ……ああ、あたし、ラグに出会えてよかったなぁ。ラグのおかげで、いつもどこかで必ず安心できる。寂しいとか怖いとかつらいとか、そういう負の感情が、なくなりはしないけれどちゃんと管理されてる感じ。

 だからこそ、異世界なんていうとんでもない場所で、あたしはあたしのまま平然と生きていけるのだ。

 本当に良かった。

 幸せを噛みしめて、うんと伸びひとつ。


「よし、帰ってウィルんとこ行ってみよう!」


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