2.身の程を知れ
王太子サマのお部屋に到着すると、高級そうな家具調度に囲まれて、異世界な格好のウィルが普通に馴染んで見えた。今度は逆に、庶民丸出しのあたしが部屋から浮きまくりってわけだけど、そこは気にしない。
何度も来てる部屋だけど、改めて見るとつくづく趣味がいいよねー。
旧華族の邸宅とか、異人館とか? ってどっちも行ったことないけど、そんな感じ。いい具合に東洋と西洋が折衷されてるみたいな。
歴代『客人』達の影響なんだろうけど、おかげであたしは初めてこの国の人を見た時、心底ほっとしたっけ。
――かぼちゃパンツに白タイツじゃない! ちょび髭もない!
本当、しみじみ良かったよ……。このウィルがそんな格好してたら、友達になろうとか考えなかったね、絶対に。
「何をにやにやしているんだ。座れ」
気味悪そうにウィルが言って、ソファを示す。はいはい、仰せとあらば。
あたしが座るとウィルも向かいに腰を下ろし、正面からあたしの顔を見た。あ、なんか真面目な話っぽい。あたしは反射的に背筋を伸ばして居住まいを正す。
そこへウィルが、爆弾を投げつけてくれた。
「結論から言おう。おまえはクビだ」
――な、なな、なっ、
「なんですとー!?」
あたしは叫ぶなり身を乗り出し、ウィルの両肩を掴んでがくがく揺さぶった。
なんなのそれ! リストラ? リストラなの!? これが噂の派遣切りとかブラック企業とかってやつですか!
「ひ、ひどいっ、なんでいきなり! あたしちゃんと仕事してるのに! そりゃ本当にほんの下っ端で子供の手伝い程度にしか役に立ってないかもだけどっ、でも何も悪いことしてないよ!?」
サボったり、物を壊したり、大間違いやらかしたり。そんなこと今まで一度もやってない、学校の授業よりよっぽど真面目におつとめしてたのに! なんで!?
〈遥、落ち着いて。大丈夫、違いますから、泣かないで〉
「ちょっと落ち着け。暴れるのは最後まで聞いてからにしろ」
「泣いてないし暴れてないよ!」
二人から同時に言われて、あたしはウィルを突き飛ばすように離した。熱くなった目をごまかすようにこすると、うっすら濡れる。ああもう、涙腺緩すぎ!
あたしはぶすっとしてソファに座り直すと、唇をぎゅっと引き結んで続きの説明を待った。
「おまえの仕事ぶりが悪いと言うのではない。むしろ真面目すぎるほど真面目に働いていることは、報告を受けている」
「じゃあ、なんで。財政悪化?」
「……ある意味では、その通りだ」
「えっ」
マジで!? あたしは思わずあんぐり口を開けた。だってだって、下働き一人のお給料をケチらなきゃいけないぐらいの財政危機って、それあんまりじゃない?
愕然としているあたしに、ウィルは盛大なため息をついてくれた。
「おまえは、集団に馴染むのが苦手だろう」
「はい? え、いやまぁ、それは……そうだけど。何の関係が」
「そうでなくともおまえは『客人』だし、おまけにテセアだ。誰とも親しくなれず、会話もろくに成り立たない、視線すら合わされない、毎日そんな状態でただ与えられた仕事を黙ってこなしていると聞いた」
「そんなの、別にあたしは平気だよ? 気にかけてくれるのは嬉しいけど」
「平気じゃない。その証拠がさっきの馬鹿食いだ」
「はあぁ?」
他人に自分の精神状態を断定されて、さすがにあたしはムッとなった。友達が出来ないとか、そんな程度でへこんで自棄食いしてると思われるのは心外だ。あたしは毎日、おなかぺこぺこだから美味しくごはんを頂いてるんだよ!
反論しかけたあたしに、ウィルはなおも淡々と言葉を継いだ。
「おまえはテセアで、何もしていなくても普通の人間より多めの食事が必要になる。だがあんな風に大量に食べるのは、テセアとしての能力を使った時だけだ。……ラグはこのところずっと、おまえの疲労を癒すために力を使い通しだと言っている。おまえが『平気だ』と思うのは、心に溜まった疲れをラグがせっせと取り除いてくれているからだ。気付いていなかったのか」
「……なんで、ウィルがそんなこと言うの。なんで、あたしが知らないことを」
声が震えた。あたしの片割れ、あたしが元の世界に帰れなくなった理由、そのラグがあたしに隠し事をしていたってこと? それをこっそりウィルに相談していたってわけ?
ふわり、と目の前に金色の光の球が浮かび上がる。あたしの意識に、包み込むような暖かさが広がった。
「すみません、遥。私自身も、そこまで力を使っている自覚がなかったんです。だからずっと気付けなくて……あなたに無理をさせてしまいました」
「無理なんて」
あたしは首を振ったけれど、言葉の続きは飲み込んだ。
無理なんかしてない。そう思ってた。つらくなんかない、平気だと。
でもそれは、ずっとラグがあたしの世話をしてくれていたからだ。
……ちょっと落ち着こう、あたし。ゆっくり深呼吸。一回、二回。ふう。
「そっか。言われてみれば、何も感じないのはおかしいよね。ラグも自覚なかった、っていうのはアレかな、あたし達が中途半端だから?」
「そういうことでしょうね。完全なテセアであれば、お互いの心を別々に考えることなどないのですが」
「あー、やっぱりかぁ。うう、不便だ……」
あたしは膝に肘をついて頭を抱えた。ふわふわと、肩の辺りで暖かい光が揺れる。
初めてラグを見た時も、こんな風な姿だった。うっかり危うく死にかけたあたしを、間一髪で助けてくれたのだ。でもその後で、ふわふわした光がいきなりしゃべったもんだから驚いた。
――私はテルセア、あなたと融合しひとつになるもの。
こっちは何の事だかわけが分からなかったけど、融合できなかったら死んでしまうと聞かされて、恩返しのつもりで「いいよ」と答えたのだ。
そうしたら。
結果、あたしは人外になってしまった。大食らいは副作用です念のため。
「はぁ~、便利なようで色々厄介なこともあるよねぇ。王宮の人はあたしがテセアだってこと、もうだいぶ慣れてくれたと思ってたんだけどな。微妙に村八分されてるのって、やっぱりそのせいかぁ」
「誰もが受け入れられることではないからな。おまえの餌係になっている食堂の面々は、とにかく美味い美味いと喜んで食べてくれる、と好意的だが」
「エサ言うな」
テルセアっていうのは『融合者』ってぐらいの意味で、本来は物質の生命じゃないんだよね。それが、体をもつ他の生物と融合することで“孵化”して、テセアと呼ばれる存在になる。肉体的にも精神的にも、まったくひとつの存在に。
この国の人たちはそれを、「テルセアに食われる」って言って恐れている。別人みたいになっちゃうわけだからね。
ただあたしはそんな前知識がなかったもんだから、助けてくれた金色のふわふわさんと、あたし、それぞれ別個の存在として認識しちゃって。そのせいで、ラグはうまく融合できなかったみたい。
根っこのところは融合してるから死んじゃうことはなかったし、言葉にしなくても何となくお互いの意思が分かったりもするんだけど。
それでも、ラグが本能として備えている種族の知識は完全なテセアとして生きるためのもので、こんな状態になった例は過去にないから、色々と「知りませんでした」「気付きませんでした」ってことが出てきちゃう。
「まあ、ともかくだ。そんな理由で、おまえが無理な仕事を続けるせいで食費がとんでもなく跳ね上がっている。だからクビにする。分かったか」
「えー……でも……」
むむぅ。あたしは『客人』だから、たとえ何ひとつ知識技術を提供できなくても、何の仕事もしなくても、最低限の衣食住は面倒見てもらえる。けど、でも。それって。
あたしが渋っていると、ウィルが容赦ない一言をくれた。
「身の程を知れ」
アイタ。刺さった、刺さったよ今のは! ぶっすり刺さった!
事実かもしれないけどさ、もうちょっと言いようがあるんじゃないの!? この冷血漢! 言葉の選び方サボりすぎ!
無言のまま思いっきり恨めしい目つきをして訴えてやると、さすがにちょっとウィルもたじろいだ。
「自分の限界を見極めろと言っているんだ。頑張れば何でもどうにかなるというものではない。身の程に合った仕事をしろ」
「あーハイ左様ですか。って、そんなこと言ってもあたしにできる仕事なんてろくにないよ? 常識ないし、技能も知識もないし、魔法の類は全然駄目だし。だから女中さんの仕事を手伝わせてもらうことにしたんじゃない」
魔法ね、うん、憧れました。
棒切れ持って意味も知らずにラテン語の単語叫んでみたりしましたね!
だからこの国に残ることになった時、『客人』身分なのをいいことに、王宮の偉い魔法使いさんに弟子入りを頼んでみたんだ。その場でにっこり笑って断られたよ! 才能ないから無理だって!
今まで受験勉強しかしてこなかったんだから、職業に結びつくような特技とかもない。なけなしの知識だって平らな世界じゃ応用利かなくて無意味だから、学者とかそっち系にもなれない。
だから結局、子供にも出来るような雑用をさせてもらってたんだ……って、改めて振り返るとすごい惨め。へこむなぁ。
がっくりうなだれたあたしの頭に、何かがぺしっと叩きつけられた。おのれ横暴雇用主め、労働基準法をこの国に導入させてやろうか。内容知らないけど。
顔を上げたあたしに、ウィルは紙を一枚差し出した。何これ。
目を走らせると、スズメの足跡みたいな文字がなんとなく言いたいことを訴えてくる。翻訳魔法ってすごい。
「辞令……?」
「以前おまえは、『全国うまいもの食べ歩き』をしたいとか言っていただろう」
「うわ、やめてよ美形が真顔でそんな言葉口にしたらギャグだよ」
「お・ま・え・が・言っ・た・ん・だ」
「いだイダダダダー! 暴力反対ー!」
こめかみぐりぐりされて悲鳴を上げるあたし。痛いー! 王太子サマが何を俗っぽいことしてくれちゃってんですか! 前にあたしがぐりぐりしてやったからか仕返しかそうか!
「だからおまえに、各地の名産品を調査する仕事を任せる。報告はしてもらうが、どこへでも一人で自由に行って来い」
「か弱い女の子を一人で放り出すとか、どんな鬼畜」
「まだ戯言を言うか」
「すみませんゴメンナサイぐりぐりやめてー! いや真面目な話、あたし一人でふらふら旅行して大丈夫なの? 身元証明とかお金とか」
「むろん王宮の使者である証明は渡す。金は……無尽蔵にとはいかないが、各地の役所で融通するように手配しておくから、足りなくなれば引き出しに行け」
そこまで言ってから、ウィルはふと、珍しく温かみのある柔らかいまなざしを向けた。
「勘違いするな。おまえが王宮にいては迷惑だとか、扱いきれないだとか、そういうことでない。一人の方が気楽だろうと放り出すわけでもない。おまえは、私の友人だ。この国のどこにいても、おまえは決して一人ではない。――行って来い。いつものように楽しみながら、おまえ自身の目でこの国を見て、知識経験を手に入れて、またここに帰って来い」
「……分かった。お土産いっぱい買ってくる」
不覚にもじーんときてしまったあたしは、照れ隠しに苦笑しながら、辞令の紙でウィルの顔をごく軽くはたいて隠した。そうして視界をふさいでおいて、身を乗り出す。
「でもねウィル。友達だってんなら命令形で語るんじゃない!!」
ビシィ!
渾身のデコピンを見舞ってやった。ざまみろ。




