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13.おうちへ帰ろう

 夕食の片付けを手伝った後、あたし達は客室に引き上げた。あたしとセンの部屋はそのままで、アリッサはモーリーと一緒に隣の部屋。

 女の子ふたりが同室の方がいいか、って奥さんが訊いてくれたんだけど、あたしは適当な理由を付けて断った。

 本当はね、美少女と(モーリー)と一緒の方が断然いいですよ! センとあたしの関係を誤解されたままなのも嫌だし! でも、アリッサの耳に入れたくない話をするためには仕方ない。

 食事の間にセンから『客人』の処遇について説明を受けたアリッサは、ちょっと安心した様子だった。


「ごめんねー。本当はあたしもアリッサと一緒がいいんだけど、色々込み入った話があるから」

「気にしないで、ワタシは平気。モーリーがいるもン」


 アリッサは笑って黄金色の頭をぽふぽふ撫でる。それからモーリーとアイコンタクト。交わされたまなざしにこもる信頼があたしの目にも見えるようで、そりゃもうああぁ羨ましいぃぃ!

 はっ。いかん、取り乱した。

 モーリーを撫でくり回したい欲求を抑えて、あたしは渋々センと一緒に部屋に入ると、なんとか気分を切り替えた。


「さて、と……先に確認させてもらっていいかな。あたしの方は色々ありすぎて、話が長くなりそうだから。センの調べもの、どうだった? 何か分かった?」

「たった一日で、しかもハルカはんが拐かされて大慌てしとったのに、調べものなんかできますかいな」


 センは苦笑で否定しておきながら、すぐに得意げな様子になって続けた。


「まぁ僕の感触やと、告発は勘違い……ていうか、中傷やったんちゃうかと思いますわ」

「え、本当?」


 思わずあたしは身を乗り出して食いつく。センがからかうような目つきをした。


「ええ人やさかい脱税してへんやろ、て言うんとちゃいますで」

「分かってるよ! あたしだって、いい人達だから何かの間違いであって欲しいとは思ったけど、それとこれとは別だって分かってるよ。それに、わざとじゃなくても、よく知らなくて申告漏れだったってことはあるかも、って」


 ニュースでも時々あるもんね。でっかい有名企業なのに、国税庁に見付かって追徴課税されちゃったりしてるのがさ。でも、センの口振りだとそういう事でもないらしい。どうやって調べたのかな。


「怪我の功名、て言うんも不謹慎やけど。ハルカはんが導士に連れ去られたていうさかい、この辺に導士がおるんか聞いて回った時、ついでに判ったんですわ。村の近くにおる導士は一人だけ、カリンを売りにくる、山奥の廃村で勝手に採ってるらしい、ていう話やって」

「ふーん?」


 実はそれが、センが聞かされていた告発の内容とかぶっていたらしい。あれっと思ってつついてみたら、センにゴン太のことを教えたおじさんは、ちょっと前にもオレストさんと、あれは国に知れたらまずいんじゃないのかねぇ、なんて話していたんだそうな。


「多分、それをたまたま耳にした誰かが、勘違いしたんやろうね。オレストはんが後ろ暗いことやっとるんちゃうか、ていう話になってしもて、それを又聞きした悪意のある人が役所に告げ口した……と、まぁ、推測やけど、僕はそう思とります」

「悪意のある人、っていうのは正体が分かってるんだよね?」

「名前は言えまへんけどね。オレストはんが村では結構な名士やいうんは、ハルカはんにも分かりますやろ?」

「うん。大きな家だし、たくさん村の人を雇って一緒に晩御飯食べたりしてるしね。ボスとかドンって感じ」

「そしたら、そういう人は村の自治において強い発言力がある、ていうんも分からはりますね」

「あー……うん。なるほど。そうなると敵も出てくる、ってわけか。つまり脱税の告発をしたのはその敵さんなんだね」

「さいです。下調べの段階で、あんまり信用したらあかん告発やていうんは判ったんやけど、放置しとくわけにもいきまへんさかい、今回ついでに確認しようかていう話になりましてん」


 なんとまぁ。どこの世界も世知辛いねー。こんな長閑な村でも、面倒くさい人間関係があるとは。あーやだやだ。

 けどまぁそういうことなら、あたしが告発を否定できる。カリンの果樹園は確かにあるけど、勝手に採って売ってたのはゴン太一人で、オレストさんは何の関係もない。第一、まともな道がないから普通の人は、あんな所まで入り込めない。


「報告書に書こうと思ってたんだよ、その廃村のこと」

「ああ、そらええ考えやわ。また後日、そこまで案内してほしい、て頼まれるかも知れまへんね。何せ地図から消えてしもてますさかい」

「何がどう転ぶか分からないもんだねぇ。あ、でもそうなると、ゴン太は……何かお咎めがあるかな?」


 脱税っていうほどの収入があったとは思えないんだけど。魔獣さんにまみれて楽園暮らしを満喫してただけだし、今更過去の収入を申告しろとか言われたって絶対無理でしょ、あれは。

 なんて心配していると、センが呆れ顔をした。


「ハルカはん、無理矢理連れ去られた被害者やいうのに、もう忘れはったんですか」

「えっ。わ、忘れてないよ! っていうかゴン太を庇うつもりなんかないし、弁護しようのない変態だし! でもほら、その、導士にまともな社会の決まりを守らせようっていうのが無理なんじゃないかっていう心配をねっ」


 あたしそんなお人好しじゃないし、っていうか現実問題もうむしろゴン太に同情されても仕方ないぐらいの仕打ちをあれこれと致しましたわけでっ。

 ……あ。そうだ、あのことも話さなきゃ。あんまり気は進まないけど、いずれは知られるだろうし、黙ってるわけにもいかないよね。テセアが何を食べるのか、ってこと。


〈待ってください遥。今ここで話すのは、良くないかもしれませんよ〉

〈えっ、どうして〉

〈少なくともアリッサを王宮に連れて行くまでは、些細な危険も冒すべきではないと思います。センさんを信用していないわけではありませんが、さすがに、自分を食べてしまうかも知れない存在がすぐ隣にいても平静を保てるとは思えません。導士ならともかく〉

〈あー。うん、そうだね、そうだった。ゴン太の反応がアレだったから忘れてたよ〉


 がくり。うなだれたあたしに、センが怪訝な表情をする。今は無防備なその顔が青ざめてひきつるところが、簡単に想像できてしまった。

 だよね。自分のすぐそばに、うっかりすると一飲みで命を食べつくしてしまう、そんな生き物がいるってなったら、普通は怖いよね……。むしろ喰えとか迫るアレは異常。


 今ここでセンにパニックを起こされるわけにはいかない。あるいは王宮に着くなりどこかに隔離されるっていうのも嫌だ。いずれ衝動を抑えるための対策は必要にしても、せめてアリッサとの約束は果たしたい。

 というわけであたしは、攫われてからの経緯を、ゴン太の端っこをかじったところは省略して説明した。


「……ってわけだから、ゴン太はできればお咎め無しにして、ともかく学院に押し込むのがいいと思うんだよね」

「はぁ……まぁ、ニケはんはえらいご立腹みたいやけど、そないな事情やったら、今すぐ身柄を拘束するわけにもいきまへんやろね。残りの魔獣についても対処せなあかんし、アリッサはんの持ち物がまだその山奥の家にあるんとちゃいます? 着てはった服も、こっちのもんですやろ」

「――あ」


 言われてやっと気付き、あたしは間抜けな声を出した。

 そうだ、アリッサの服、明らかにこっちの着物だ。あれで犬連れてジョギングしてた筈がないよ。


「持ち物は特に何もなかったかも知れないけど、服は確かに着替えてるね。そっか、帰る前に取りに行かなきゃ」

「まぁ、もし何かの理由であかんようになっとっても、他の『客人』の服がいくらか王宮に保管されてますさかい、元の場所に戻って不自然やない服装は見繕えるはずやけど。やっぱり、自分のもんは愛着ありますやろ」

「……だね」


 あたしはうなずいたまま、自分の手をみつめた。あたしがここに落ちてきた時に着ていた服は、血まみれのズタボロになってしまったから、もうとっくに処分してしまった。二度と同じものは手に入らない。元々あんまり服に執着する方じゃないし、この国の服も着心地良くて楽だから、別に未練はないんだけど。

 改めて言われると、ズタボロで着られなくてもいいから取っておけば良かったかなぁ、なんて、ちょっとだけ感傷的になってしまう。

 いやいや、やめよう、あたしのガラじゃないよ!

 あたしが顔を上げるのと同時に、センも気分を変えさせようとしてくれたらしく、明るい声で言った。


「とりあえずハルカはんの鉄拳制裁で手打ちにした、て言うたらウィル殿下も納得しはるやろし、改めて取調べや裁判や言わはることはないんとちゃいますか」

「ほほぅ。何か含みがあるようなお言葉ですな」

「え、いやいや、何もありまへんて、深読みしたらあきまへん。ハルカはん怖いとか、むしろ知らんと手ェ出した方が気の毒やとか決して……あだっ!」


 隣室でアリッサがもう寝てるかも知れないから、デコピン一発で勘弁してやる。

 膨れっ面を作ったあたしに、センは大袈裟な仕草で額をさすってから、温かい苦笑を浮かべてあたしの頭を仕返しとばかりにわしわしかき回した。


「ともかく、ほんま、無事で良かった」

「……うん」


 他に返事のしようがなくて、あたしは声になるかならないかの曖昧なつぶやきをこぼした。

 たまにこうして、いいお兄さんっぷりを発揮されると、ずるいなぁと思う。いつもぴーぴー泣いたりしてるくせに、本当はやっぱりセンの方が立場は上で、あたしと違ってちゃんと自立していて、大人なんだなぁって思い知らされて。癪に障る。だったら普段からオトナらしくしろっての。


 あたしも、そのうち対等になれるんだろうか。

 いつまでも“お客さん”扱いじゃなく――『客人』であるのは一生変えられないにしても、ちゃんとこの世界の一員として、ちゃんと役に立つ一人前の戦力として、数に入れてもらえる日が来るんだろうか。

 それ以前に、人食い魔物だってことで、追われたり閉じ込められたりしなければいいんだけど。


     *


 帰りの旅は、以下略。って感じだった。

 センが王宮に連絡したから、騎獣が迎えに来てくれたんだよね。で、あたし達も『客人』を発見・保護したから、一緒に王宮へ行ってご褒美をもらう……という建前になった。これならあたし達が王宮関係者だってことは、村の人にはバレないってわけ。

 センはオレストさんにお礼を言って、旅行本が出来たら必ず送ります、なんて約束までしちゃってる。いいのかなぁ、そんな出任せ言って。

 旅行本はともかく、あたしもオレスト家の皆さんに精一杯の気持ちをこめてお礼を言ってから、アワジ村を後にした。


 そこからが、以下略、だったんだよね。騎獣だと、三日かけて歩いた道程があっと言う間だった。いやもう速い速い。

 で、王宮に戻るとですね。


「遅かったな」

「あんたが早すぎるよ……」


 ゴン太が待っていたとかいうオチがついた。なんだそれ。

 幸か不幸かツァヒールで乗り付けたもんだから、紛れもなく導士だってことは衛兵さん達にもはっきり分かって、おかげで非常識な言動をしても蹴り出されることもなく、こうして詰所でお茶とか飲んでいるという。なんか疲れた。どっと疲れた。

 本当に知り合いだったのなら、さっさとどっかに連れて行ってくれ、って衛兵さんが全身で訴えかけてくれちゃってる。気持ちは分かるけど、あたしにも都合ってものがですね!


「学院に行くんじゃなかったの?」

「そう思ったが、これを忘れて行っただろう。そら」


 言ってゴン太が無造作に取り出したのは、ランニング用のタンクトップとショートパンツと、


「きゃぁ――!」

「なんてモノ広げてんのよ! 馬鹿! 変態!!」


 アリッサとあたしが絶叫しながら奪い取った、ブラとショーツ。ばっ、ばばばばっ、馬鹿やろおぉぉお!! アリッサは涙目で、自分の服一揃いを胸にぎゅっと抱きしめている。泣く、本当にもう泣くよこれは。ひどすぎる。

 ゴン太は何が悪いのか全然さっぱり分かってない、どころか大騒ぎされて自分の方が迷惑だとでも言いたそうな顔をしている。衛兵さんの目がなかったら全力で蹴っ飛ばしてるぞ!


「うわあぁぁぁん、ハルカー!」

「ううっ、可哀想に、後で絶対ぶっ飛ばしとくからね!」


 半泣きですがってきたアリッサを抱きしめて、あたしは仇討ちの約束をした。見てろゴン太め。

 方法はともかくアリッサの服は手元に届いたし、推測通りほかに持ち物はなかったらしいので、あたしは用済みのゴン太を追い出した。死にたくなければ今すぐ学院に行け、って。

 腹が空いているんなら喰っていいんだぞ、とか例によって例の如く変態台詞を吐いてくれたけど、無視してぐいぐい外へ押し出した。

 本当に! あいつは! ろくなことしやがらねえぇ!!


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