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10.躾は愛と忍耐で


 うろうろ。

 ウロウロうろうろ。

 あれー。おかしいな、モーリーが見付からないよ。どうして?

 古い家を隅々まで歩き回って、棚の中から物置小屋っぽいところまで全部覗いてみたのに、わんこのモーリーがいない。どこかに隠されたのかな……。


 高尾家でも犬を飼っていたから、飼い犬を置いて自分だけ逃げ帰るとか、アリッサが絶対するわけないっていうのは分かってる。人間の家族は見捨ててもペットは見捨てられない、って人は少なくないと思うね!


 困ったなぁ。

 家の周りをぐるっと一回りしてみたところ、やっぱり近所に人が住んでいる様子はなかった。木立の向こうに二軒ぐらい廃屋が見えたから、昔は何世帯かが暮らしていたんだろうけど、もう随分長く無人になっているようで、屋根も壁もぼろぼろだし、道の痕跡もほとんど分からなくなっている。

 救出隊を連れて戻るのは諦めた方が良いかも。新たな遭難者が発生しちゃう。

 あたしとニケで手分けしてアリッサとモーリーを運ぶしかないかな。とはいえ、そのモーリーが見付からないんじゃ、にっちもさっちも。


「はー……しょうがない、気は進まないけどゴン太に訊くしかないね」

〈もう意識が戻っているといいんですが。頭をぶつけたはずみで死んでいたりしたら、困りますね〉

「怖いこと言わないでよ」


 うわぁやだやだ。あたしは苦笑いしながら、膝まで生い茂った草を踏み分けて家に戻った。


「あ、起きてる」


 テラスで大きな鳥さんが途方に暮れたように佇んでいる。その足元で、ゴン太が座り込んだまま頭をさすっていた。

 用心しながらそーっと近付くいていくと、ゴン太があたしを見付けてあからさまにぎょっとなった。ずざっ、と後ずさろうとして立ち上がれず、また座り込む。……怖がられてる? 失敬な、さっきのはむしろあたしの方が被害者じゃありませんかっ。か弱い乙女に乱暴狼藉しておいて!


〈……遥〉

〈ごめん、調子に乗りました。でも最初あたしが被害者だったのは事実だよ! 途中で逆転したけど!〉

〈まあ、確かに事実の一部ですが〉


 ラグが冷たい。くすん。

 あたしが声を出さずに一人漫才やってる間に、ゴン太は気を取り直してしゃんと立ち上がった。何やら、緊張と興奮があいまった顔で足早にこっちへやって来る。うわ、嫌な予感。


「分かったぞ、おまえはテセアだな! そうだろう!」


 ビシィ! とか指差された。人を指差しちゃいけませんって教わらなかったんですかい。あたしは失敬な手を叩き落として答えた。


「半分正解で半分外れ。あたしは確かにテルセアと融合したけど、完全には融合してないの。だからあんたは助かったんだよ、分かってる? 人間のあたしの意識がちゃんと残ってたおかげで、あんたは食べられずに済んだんだからね。感謝して……」

「そうなのか!? テセアでありながら正気の人間がいるというのは初めて聞いたぞ、そんなことがあるのか! 詳しく話してくれ! どうしてそんな状態になった、いや待てその前にちょっと良く見せてくれ!」

「――!?」


 恩を売ろうとした途中でがっしと両肩を掴まれて、あたしは反射的にのけぞった。そこへゴン太がずずいと迫ってくる。ちょ、近い近い近い、顔近い!! っていうかべたべた触りまくるんじゃないっ、この……っっ、


「離せ変態ぃぃッ!! ぎゃー!!」

「外見は人間のままなのか? だがさっきは目が変形していたし、他には……」

「脱がすなー! やめろ離せ馬鹿変態っ、うわー! おまわりさーん!!」


 うわあぁぁ冗談じゃない洒落にならない、こいつ本気だ! 本気で人を脱がせて観察して最後には解剖までやらかしかねない!!


「触手は! 触手はどこに隠しているんだ、見せろ見せてくれ頼む! 他にも何かあるんだろう!」

「いい加減にしろー!!」


 バゴッッ!

 ……ぜぇぜぇ。思い切り蹴っ飛ばしてやったら、ゴン太は敷居を越えて魔獣部屋の中まで転がっていった。よし、そのまま起きて来るな。今、墓穴を掘ってやる。

 ううぅぅ。花も恥らう十八歳の今まで、彼氏もいなけりゃナンパされたことすらないってのに、こんな所で変な意味で襲われるとかどこで人生間違ったんだろう。ちょっと泣きたい。ぐすぐす。


〈穴を掘って首まで埋めて、動けないようにしてから話した方がいいんじゃありませんか〉

「同感。スコップ探さなきゃ」


 さすがにラグもちょっとお怒りモードだ。あたしは強いて冷静さを保とうと努力しながら、部屋に入っていく。と、早くもゴン太が呻いて起き上がった。意外と頑丈だな!


「もう復活したの? ちょっと伸びててくれたら良かったのに。もう一回蹴っ飛ばそうか」

「待て、さすがに今のをもう一発はたまらん。悪かった、謝る、だからちょっと見せて……」

「全然反省してない!」


 あたしが拳を振り上げると、慌ててゴン太は縮こまって我が身を庇った。何がどう悪かったのか、まるで分かってないみたいだ。困り果てた顔で目をしばたたいている。いい歳して、あんたは子供か!

 ……はー。もう。

 あたしはでっかいため息をつくと、ゆっくり拳を下ろした。


「自分の好奇心だけで、相手の意思を無視して話を進めないこと。いい? 知りたかったら、まず、教えてください、ってお願いして了承を得るところから始めるのが礼儀ってもんでしょ。相手があたしみたいな半人間でも、知性のある魔獣でも、それは同じだよ」


 諭したあたしに、ゴン太は不服そうな唸り声を立てた。……訂正。あんたは子供じゃなくて、動物だ! 人間に進化してから出直して来い!


 本当はこういうことは、王都にある学院で教えてもらえるはずなんだよね。

 導士だけじゃなく、法士とか操士とかいろんな異能を持って生まれる人がいて、そういう人達にそれぞれの力の使い方とか心得とかを教えてくれるんだって。

 無事に学院を卒業したら“士”じゃなくて“師”の肩書きになって、そういう人には社会的信頼がある……らしい。学院に行けなくても、地方に住んでる“師”持ちの人にちゃんと色々教わったら、やっぱり“師”の称号をもらえるんだけど。

 異能をもって生まれる人は多くはないし、教育を受けることが義務付けられているわけでもないから、実際には我流で適当な異能の使い方をして迷惑かける人も結構多いんだって。ウィルはその辺、なんとかしたいみたいなんだけど……普通の人だと異能持ちに太刀打ちできないから、特に導士は頭痛の種だって言ってた。うん、今まさにあたしも頭が痛いよ!


「頼んだら見せてくれるのか?」

「やだ」


 ほらね。どうしてくれようコイツ。

 頼んでも結局無駄なんだったら力ずくで、とか考えたんだろう。あの嫌な強制力が性懲りもなく、雨雲みたいに重たくのしかかってくる。そうですか。そっちがその気なら仕方ないですね!


〈話しても無駄でしょう〉

「根気良く話せば通じるかもしれないけど、そんな時間ないし」

〈少し大人しくなってもらうのが良い〉

「うん。すこしだけ」


 言葉を交わす度に、あたしとラグの意識が重なっていく――


 融合の深化が目の変化となって現れると、導士が我を忘れて見入ってきた。そこを逃さずに捕らえ、意識に楔を打つ。隙だらけだ。

 ほら、そこに見えている。美味しそうな、柔らかい、光の塊が。

 さっきはつい、丸ごと食べてしまいそうになったけれど。それは駄目。

 手を伸ばし、男の腹に指先で触れる。もやもやした光の玉から漂い出た糸が指先に絡まる。

 そっと、そうっと。

 傷をつけてはいけない。ゆっくり、丁寧に、そっとほぐしながら……細い細い、ほんの一筋の光を絡め取る。そう、ここだ。これが良い。大丈夫、本体の光は切れたり乱れたりしていない。

 いただきます。

 すうっ、と手を引き上げて、口元へ運ぶ。

 ぱくり――こくん。


 ああ、美味しい。

 草の葉に宿る露を集めたような、ほのかな甘さと、緑の香り。じんわりと力が満ちてくる。

 吐息が漏れた。これが食べたかった。ずっと、とても、食べたかった。本当に――


「ありがとう。ごちそうさま」


 小さくつぶやいて両手を合わせたと同時に、ふっ、と夢から覚めたような感覚がした。

 ――あぁ。結局あたし、ゴン太の精神だか生命力だかわかんないけど、あれを食べちゃったのか。えーっと、でも、多分このぐらいなら大丈夫……だよね? 食べたっていうより、ちょびっと舐めただけ、ぐらいの感じだったし……。


 でも、あんなちょっぴりなのに、すごく満ち足りてる。ゴン太を吹っ飛ばしたり蹴っ飛ばしたりしたせいで、またおなか空いてたのに、もう全然平気だ。こんなに違うものなんだなぁ。全部食べたらどれだけ……って、いやいや、駄目駄目。そんな誘惑には負けませんよ!


 目の前ではゴン太があたしの方に身を乗り出したまま、ぼけっと放心している。もしもーし? 生きてますかー?

 ひらひら手を振ってやると、ゴン太はびくっと竦んで我に返った。さて、効果のほどはいかに。


「おまえ、今……何を」

「さて何でしょうねー。ともかく、そろそろモーリーとアリッサを連れて帰りたいんだけど。のんびりしていて帰りの接点が出来るタイミングを逃しちゃったら、アリッサも居残りになっちゃう。モーリーはどこ?」


 何もなかったような態度を装って、一方的に要求を出してやる。ゴン太はちょっと困ったような顔できょろきょろしてから、眉を下げて情けない顔になった。


「……帰るのか」

「帰ります。あんただって、いつまでもアリッサとモーリーを養うわけにはいかないでしょうが」


 犬のモーリーはまだしも、飼い主の方は人間なんだからゴン太の興味の対象外だ。それをいつまでも食べさせてやるとなったら、食費だってそれなりにかかるはず。――って、そもそもこいつ、何やって生活費を稼いでるんだろう? どう見ても堅気の商売やってるとは思えないんだけど!

 怖い想像をしてしまい、半歩後ずさるあたし。それには気付かず、ゴン太はしょんぼり萎れたまま言った。


「犬と小娘を帰らせたら、おまえは残ってくれるか?」

「なんでそうなるの!」


 あれ、おかしい。話が妙な方に進みかけてるような気が。いやいや待て待て、そっちじゃないそっちじゃ。

 どうしよう、変なところ食べちゃったのかな。ええいもう、こうなったらヤケだ!


「あたしに相手して欲しかったら、まずアリッサとモーリーを王都まで連れて行くこと。それであんたも、ちゃんと学院に入るかまともな導師さんの下について、自分の力について一から勉強しなおすこと! 今のままじゃ何回頼まれたって、テセアの生態調査に協力とかしないからね!」


 王宮の導師さんにだって、悪いけど、って断ってるんだよ。時々あたし自身が理解できてきたことを話したりはするけど、目の前で色々出したり引っ込めたりとか、そういうことはしていない。見世物にはなりたくないから。

 開き直って偉そうに言い切ったあたしを、ゴン太は真顔でじっと見つめた。そうして。


「分かった」


 ぎゅっと拳を握り締め、決意の表情で深くうなずいた。

 ……やばい、選択を誤ったかもしれない。もしかしてあたし、この先こいつに付きまとわれるわけですか! やっぱり今のナシでお願いします!!


「おまえの望む通りにしよう。だから……まず、その、名前を教えてくれないか。ああ、いや、縛るつもりはない、おまえに力で敵わないのははっきりしたからな。だがその、なんというか」


 もごもご。言いにくそうに口ごもって、ゴン太は目をそらす。うわぁ勘弁してよ、年上にもじもじされても困るよ!

 ああでもこれは……この態度にはちょっと覚えがある。うん。本人に言ったらすごく嫌な顔をされそうだけど。


 友達になる、ってあたしが宣言した時の、ウィルだ。


 それまで友達なんか一人もいなかったもんだから、どんな反応をすればいいのか、喜んでいいのか悪いのか分からずに途方に暮れて、そのこと自体がまた恥ずかしくて堪らない、そんな風情だった。今のゴン太もよく似てる。なんかあたし、こういう困った人と妙な縁があるのかなぁ。


「あー、うん。一応まぁ、お知り合いになったわけだし、呼び名が分からないと困るよね。さすがにまだ、あたしの半身の名前までは教えられないけど……あたしは、高尾遥っていうの」

「ァ……アルカ?」

「ルカでいいよ」


 やれやれ、またか。ハ音が言いにくそうなので代替名を教えてあげると、ゴン太はパッと笑顔になった。なんだこの懐きようは。やっぱり変なところ食べちゃったのかなぁ。そんな筈ないと思うんだけど。


〈服従させるような食べ方はしていませんよ? 単純にこれは……テセアと親しくなれたというのが嬉しくて舞い上がっているだけではありませんか。何しろ導士ですから〉

〈だったらいいけど〉


 ラグもちょっと困惑気味だけど、あたしよりは、どういう食べ方をしたのか分かってるみたいだ。そうか、服従させるような食べ方もありなのか。地味に怖いな……うっかり食べ間違えたら大変なことになりそう。

 あたしはなんだか生温い気分になりながら、それで、と話を続けた。


「あんたの名前は?」

「無い。捨てた。思い出したくない。おまえが好きなように呼んでくれ」

「早まらない方が身のためだよ。あたしに任せたら勝手にゴン太とか呼んじゃうからね」


 既に心の中ではゴン太で定着してますがね!

 苦笑したあたしに、当のゴン太はきょとんとしてから、何でもないような顔でうなずいた。


「ゴンタ……? ああ、それでいいぞ」

「はぁ!? え、ちょっ、待っ」

「なんだか強そうな響きじゃないか。うん、それで呼んでくれ」

「ええぇぇぇぇ!!」


 ま、まさかの……っっ、迂闊な命名で大後悔・リターンズ!!

 こんな事になるならもっとマシなあだ名をつけとくんだった! 半年前のあたしを蹴り飛ばせないぃぃ!!

 頭を抱えて悶えるあたしに、ラグが何とも言えない苦笑の気配をくれた。のおぉぉ……。


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