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1.居残り『客人』

「それじゃ、お先に失礼します」

 明るく挨拶して、あたしは頭を下げた。反応はいつもと同じく、ちらっとこっちを見るのが一人二人だけ。でも気にしないよ! 元気!


 更衣室に入ると、同じく上がりの同僚がちらほらいた。王宮お仕着せの使用人服を脱いで小型の衣紋掛けに吊るし、私服に着替える。どちらも着物っぽい形でボタンもほとんど無いから、手早く済ませようと思ったらあっという間だ。でも皆はゆっくり時間をかけて、仕事が終わった解放感を味わいながら楽しそうにおしゃべりしていた。あたしを除いて。


 まあね、友達いないからね! しょーがないね!

 自分で言って虚しくなったところで、頭の中に声が響いた。


〈私がいますよ、遥〉

〈あー、うん、ありがと。ラグがいてくれるおかげで寂しくないよ〉


 あたしは一人こっそり苦笑を浮かべながら、シュッと帯を結んで部屋を出た。

 他の女中さんは使用人の寮に帰るんだけど、あたしはこの王宮の隅っこにある、自分専用の小さな部屋に帰る。うん、友達できないのもしょーがない。

 女中さんにまじって一番下っ端の仕事をさせてもらっているけど、根本的にあたしはお客さん扱いで距離を置かれている。

 だって、あたしはそもそもが異世界からの『客人』だったから。


 ――あたしがこの世界に落っこちたのは、半年ぐらい前のこと。

 異世界トリップとか漫画でしょ、と最初は呆れたんだけど、本当にそうだと分かると、帰れなかったらどうしようと焦った。何しろ天下の受験生、異世界なんぞで遅れを取るわけにはいかない。

 いよいよ三年生になるという春休み、たまには息抜きしようと友達三人で水族館に出かけたら、待ち合わせ場所から数歩も行かずに“何か”にぶつかられて、気が付いたら異世界だったのだ。

 受験生は遊ぶな、っていう神様のお叱りなんですかね、それにしたって酷いと思いますけど! せめて帰り道にしてほしかった!


 まぁとにかく、異世界だったわけですよ。でも幸いなことに、この世界、というかこの国は、昔から頻繁にあたしの世界と接触して『客人』が来ていたので、対応も慣れたものだった。国内全土に翻訳魔法がかかってるとかで言葉が通じるし、落っこちた場所でぽかんとしていたあたし達を、たまたま近くにいた王宮関係者が迎えに来てくれた。

 サクッと回収されたらお次は魔法使いさんが、いつどこに行けば元の時・場所に近いポイントへ帰れるか調べてくれた。これまたラッキーなことに、ほとんど時間も空間も移動してないポイントと接触することが分かって……無事に、帰っていった。あたし以外は。


〈……遥〉


 おっといかん、ついしんみりしてしまった。


〈いやいや、ちょっと回想にふけってただけ! なんともないよ! こんなに優遇してもらってるんだから、しっかり働かないとね!〉


 気を取り直して、自室の扉を開ける。それにしても疲れた。おなか空いてるんだけど、今は食欲ないなぁ……とりあえず、横になろう。

 ぼふん、とベッドに倒れこむ。

 あーあ。この国が、昔から『客人』の知識や技術を吸収して大きくなってきた、って聞いた時は、あたしもちょっと意気込んだりしたんだけどな。知識チート! 内政! とかいって。


 すみませんナメてました。


 高校レベルの勉強なんか全然役に立たないし、インターネットがないからぱぱっと検索するとかズルも使えない。行政にしろ商売にしろ、ここで生まれ育った人達がここの常識に基づいて動かしている。バイトの経験すらない余所者が口を挟めるはずがない。

 決定的に駄目だと分かったのは、ここの気候についてケッペンの気候区分とか持ち出して地理の知識を披露しようとした時だった。いや、知ったかぶりしたかったわけじゃなくてね、受験生の習性ってやつでね! そんなあたしに、憐れむ目をして、この国の友達が教えてくれたのだ。


 信じられない。ここ、平面だった。


 球体じゃないんだよ! 地球じゃないの! なんだそれ!!

 天動説とかそういうんじゃなくて、本当の本当に世界が平べったいのだ。で、それを知ってからあたしは一切、元の世界の知識なんか当てにしないと決めた。

 そりゃね、魔法があるとか、人間以外にも高度な知性をもつ生物がいるとか、いかにも異世界な特徴があるから、元の世界とおんなじだと考えるのが間違いだったんだけど! せめて地球は丸いもんでしょうが!?

 ……はあ。疲れた。寝よう……。


   *


 しばらく仮眠をとってから、あたしは使用人食堂に向かった。晩ごはーん、晩ごはん。今日のおかずは何かなぁ。

 この国が『客人』慣れしてて助かった事はいっぱいあるけど、言葉の問題を除いて一番やったぁと万歳したのは、食事についてだった。

 なんと、お米の御飯があるんですよー!

 大昔に稲を持ち込んだ『客人』がいて、ついでに田んぼの作り方とかも伝えてくれたらしい。プロフェッショナルはお役立ちの程度が違うよね……。


 そんなわけで、小麦のパンもあればお米の御飯もある、クッキーとかカステラっぽいお菓子もあれば、おはぎとかお団子っぽいのもある。「っぽいもの」ではあるけど、充実のラインナップ。

 これだけは本当、つくづく幸運だった! だって、毎日違うものを食べられるって当たり前だと思ってたけど、歴史を見てもそんなわけなくって。下手したら毎日、穀物のお粥と豆か野菜がちょびっと、それが一日二食、ってこともあり得たんだ。わー怖い。


「ごはんくださーい」

「あぁ、ルカちゃんか、はいよ!」


 配膳口に行って声をかけると、中から顔なじみのおばちゃんが笑顔を見せてくれた。王宮の人で一番仲が良いのは、食堂のおばちゃん達かも。

 仲良しの人はあたしの名前を呼んでくれるけど、それも微妙に発音が違う。遥、って分かる発音の人は一人もいない。どうもこっちの人はハ音が苦手みたいで、ルカとかアルカになっちゃう。もう慣れたけど、最初は地味に切なかったなぁ。ちなみに苗字は高尾です。最近めっきり名乗らないし呼ばれないしで忘れがち。


「とりあえず、御飯ね」


 どん、とお櫃が出される。あたしはそれを受け取って、すぐ近くのテーブルに置いた。お櫃って言っても、両手で普通に持てる大きさだ。直径30センチぐらい?


「大根の味噌汁に、青菜のおひたしと、豚肉と豆の煮込みと」


 丼がみっつ。それもテーブルに移す。あ、ちなみに大根とか豚肉とか言ってるのは、全部あたしにそう聞こえるってだけで、おばちゃんは多分、何かこっちの世界の品種名とか言ってるんだと思うのね。あたしに分かる言葉に、勝手に変換されて聞こえるんだ。

 だから、外国とか地方から来た人で訛ってる場合は、関西弁とか京都弁とか、よくわかんない方言っぽく聞こえたりして、あたしとしては笑いを堪えるのに大変な時もあったりするんだよね。


「春雨の酢の物、瓜の漬物……っと、誰だい丸ごと載っけたのは! ずぼらしないで切りな!」


 お鉢ひとつと、深皿に山盛りのお漬物。うん、今日も美味しそう!


「デザートにプリンがあるから、後で取りにおいで」

「ありがとう! いただきまーす!」


 えっへっへー。至福、至福!

 何が幸せって、ごはん食べてる時が一番幸せだよねー。お布団の幸せも捨てがたいけど、美味しいごはんが僅差で勝利かな!

 あたしは受け取った食事を並べて、両手を合わせてから、お櫃を開けた。ほかほか御飯のいい香りが立ち昇る。うー、いいねぇ! 大ぶりのお茶碗にいっぱいよそって、と。


 まずはお味噌汁を一口。両手で丼を持ち上げて、直接口をつける。初めの頃はお椀によそってもらってたんだけど、お代わりが面倒くさいから丼にしてもらったのだ。

 行儀悪いとか女捨ててるとか気にしない! 空前の腹ペコを鎮めるためにはなりふり構ってられないもんね。できる範囲で行儀良く食べてはいるけど、いちいち全部お代わりしてたらわんこそば状態になってしまうんだもん。


 御飯お代わり。あー、美味しい。

 春雨っぽい何かの酢の物も誰か『客人』が持ち込んだのかな。胡瓜がぽりぽりして美味しいなー。元々こっちの世界の食文化が近かったのか、和食多めなのが嬉しい。

 御飯お代わり。煮豚の汁がよく合うわー。

 もうお櫃から直接食べようかと思って試したことがあるんだけど、無理だった。どんどん冷めてっちゃうんだよね。

 御飯お代わり。おひたしは胡麻風味で、隠し味の唐辛子っぽいのがピリッとする。いやー本当、御飯が進むわー。 


 黙々と食べるあたしに、話しかける人はいない。皆、ちょっと離れたところで仲間ごとに集まって席を取って、おしゃべりしてる。

 そういえば学校でもあたし、屋上で一人で食べる方が好きだったなぁ。何が悲しゅうて、ろくに掃除もされてない埃だらけの空気の汚い教室で、ぎゃあぎゃあ騒々しい中、お弁当を食べなきゃならんのだ。

 ぼっちとか言うな。友達ぐらいいたよ! 外で食べるのが好きだっただけだよ!


 御飯お代わり。瓜がでかいよおばちゃん。食べるけど。ぽりぽり。これ糠漬けだよねきっと。御飯とベストマッチ。

 もぐもぐもぐ。ところで、さっきからずっと無言でテーブルの向かい側に立ってる銀髪イケメン君よ、何ぞ用かね。いくら友達とは言っても、あたしの大食らいっぷりを見物しにくるほど暇なご身分じゃなかろ?


 いやしかし、今日もお仕立ての良い服で小綺麗にしていらっしゃることで。周囲から浮いてるよ。

 マオカラーの上着は膝上まであって、少しくすんだ薄青色……呉須色っていうのかな、んで銀の刺繍入り。襟とか前身頃の縁飾りは蘇芳色。帯は艶のある藍色でよく見ると細かい織模様が入ってる。うわー高そうー。

 仕上げに、きらびやかな服のてっぺんには、長い銀髪をひとつに括った繊細なつくりのお顔がのっかっているという。今じゃもう見慣れたけど、いやほんと、まさにこれぞ異世界。

 口をもぐもぐさせながら、鑑賞がてら無言でじっと見つめてやると、ようやくイケメン君が声を発した。


「おまえの胃袋がどうなっているのか、謎が深まるばかりだな……」

「同感ですな」


 厭味のつもりっぽい一言をしれっと受け流して、あたしは最後の御飯を飲み込んだ。一旦手を合わせてごちそうさまをしてから、お櫃や丼を返却口に運ぶ。気が付いたおばちゃんが、配膳口にプリンを用意してくれた。ありがとうおばちゃん!


 上機嫌で席に戻り、ボウル一杯のプリンにスプーンを入れる。向かいでイケメン君が顔を歪めた。ほっとけ。

 実際あたしも、他人がこれだけ食べてるのを目にしたら、胸焼けしそうな気分になるだろうとは思う。今まで胃がおかしくなってないのが不思議なぐらいだけど、やっぱりそこはあれだろう。体のつくりが変わってしまったからだ。多分。


 あー、プリン美味しーい。乳化剤とかあれこれ余計なものは使ってない、卵と牛乳と砂糖だけ、みたいなシンプルな味。

 元の世界のケーキ屋さんのプリンも美味しかったけど、クリームたっぷりでとろふわにしてあったり、バニラビーンズどっさり入ってたり、色々こねくり回しすぎなんだよねー。なんだかんだで基本が一番だよ。


「ウィルも食べる?」

「遠慮する」

「即答かい。プリン美味しいのに」

「甘味は好きじゃないと言ったはずだが」

「うん、知ってる」


 もちろん忘れてないよ。あんたが忙しそうな時にあたしが差し入れしたクッキー、鳥の餌にしてくれやがりましたよね! 女中さんとか他の誰かに上げるか、せめてあたしに返せばいいものを、黙って受け取って証拠隠滅をはかるとか。あんたは子供か!

 しかしさすがにボウルプリンは口の中が甘い。お茶取ってこよう。


「はー、お茶も美味しいなー。……で、ウィルはいったい何の用なの」


 全部食べ終えて一息ついてから、ようやくあたしは用件を促した。なんかウィル君の顔色が悪いようですが気のせいでしょうか先生。

 口元を押さえているウィルの向こうに、こっちをちらちら見ながらひそひそ話している集団が見える。うんまぁ、いつものことだし気にしないよ!

 ウィルはため息をひとつついてから、難しい顔つきで唸るように言った。


「情報を確認しに来たんだ。どうやら間違いないようだな……食べ終わったのなら一緒に来い、話がある」

「う? いいけど、ウィルはごはん済んでるの?」


 湯飲みを置いて立ち上がりながら問う。ウィルはうなずいただけで、もう歩き出した。あわわ。

 あたしは急いで湯飲みを返却口に戻し、走ってウィルを追いかけた。後ろの方で、殿下がどーたらこーたら、というような噂をしているのが聞こえた。んっとに、面倒くさいな!

 思わず口の中で舌打ちしてしまった。耳聡く聞きつけたウィルが振り向く。


「どうかしたのか」

「別に。いつもの。王太子殿下になんて口のきき方だ、なっとらーん、とか、そういうやつ。まあ、文句言われるのもしょうがないけどね……」


 そう、この銀髪美形君は王太子という肩書きなのだ。

 と言ってもこの国では、国王の子供とか親戚筋から見込みのある人を選んで何年間か国内あちこちを統治させて、よく出来た人を世継ぎに決めるっていうシステムなんだよね。成果主義ってやつ?

 だからウィルは、今の王様の子ではあるんだけど、絶対的にものすごーく偉い人、というわけじゃない。いやまぁ、だからって一般人と同じには並べられないんだけど! 普通はもっと畏れ入って接するべき相手で、まかり間違っても呼び捨てしたりとか、何の用だとか言ったりする相手じゃないんだけど!


 ただ、あたしは。たまたま成り行きで、その場の勢いで、ウィルの友達になる、って宣言しちゃったのだ。

 王太子サマの友達じゃなくて、ただのウィルの、普通の友達。

 友達なんか一人もいないというウィルに、ついうっかり「じゃあ、あたしが第一号になる」って言って、引っ込みつかずに押し切ってしまった。あたしのばかー。


 まあ、居残り『客人』としては、偉いさんの友達ってのは正直色々助かってるんだけどね。

 利便は別としても、半年経った今では友達のありがたみが身に染みている。こんな風に気の置けない会話をできる相手がどんなに貴重か、毎日学校に行って当たり前に友達としゃべってた頃には、考えてみもしなかった。


「確かにな。おまえの態度は友人としてもどうかと思うぞ」

「ぬなっ、そういうこと言う!? 可愛くないー」

「男が可愛かったら気持ち悪いだろう……」


 他愛ないやりとりが、いつもよりちょっぴり胸に染みる。不覚にも鼻の奥がツンとしたのをごまかすために、あたしはウィルの部屋に着くまで、ずっと馬鹿みたいにどうでもいいことをしゃべり続けていた。



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