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Act.7:ご機嫌斜めなネコ?

「惚れ薬ぃ!?」

 突然の依頼に声が裏返ってしまう。

 ルーチェは目の前に座る同級生をまじまじと見つめて眉を顰めた。この少年は、冗談を言うタイプではないのだが……

「うん。お前、薬の調合得意だろ? お前がここで研修を始めてから薬の効果が上がったって、隣町まで噂が広がってる」

 真剣にそう言う彼の名は、テオ・アランジ。養成学校でルーチェと同級生だった男だ。

 とはいえ、ルーチェは1年卒業が遅れているのでテオは今や1年先輩――半年もしないうちに国家試験を受ける研修生だ。

 短い黒髪に、平均的な身長。少し鍛えているらしく、逞しい腕が白い半袖のシャツからスッと伸びている。真っ直ぐルーチェを見据える少し色素の薄い瞳は真っ直ぐだ。

 冗談を言っているようには見えない。

 テオは知識も薬の調合も、魔法治療トラッタメントだって文句なし、総合成績は平均より優秀な生徒だったと思う。

 特別秀でているとまでは言えないものの、柔軟性もあり臨機応変に幅広く物事に対応できる。

 卒業後もたまに学校に遊びに来ていたテオは、卒業試験に落ち続けていたルーチェとも会っていた。ただ、それも研修を始めてからはなくなって……

 それが突然、わざわざ隣町のバラルディ診療所まで来て、惚れ薬を作って欲しいなどと言い出すから、驚くのも当然だろう。

 ルーチェは向かい合って座るテオを注意深く観察した。からかっているわけではなさそうだし、こんな手の込んだイタズラをする暇は、彼にもないはず。

「な? 頼むって!」

「そう言われても……」

 惚れ薬など作ったことがない。

 そもそも、惚れ薬というのはクラドールの薬剤調合リストにはないものだ。迷信というか、まじないの一種で年頃の女の子がハマるようなもの。

 一応、本には調合の材料や手順も載っているし、学校でもときどき同級生がやっていたのを覚えている。だが、効き目はハッキリ言ってゼロ。

「効果があった!」なんて言う女の子もいたけれど、たまたま相手もその子が好きだったというだけの話。本人が幸せならばそれでいいと思うので、ルーチェは何も言わなかったけれど。

 ルーチェはため息をついてから紅茶のカップをとって残りを流し込んだ。コトリ、とそのカップを机に置いてから改めてテオに向き直る。

「自分で作ればいいじゃない」

 テオだって、研修生なのだから薬の調合くらい自分で出来るはずだ。研修先の調合室は自由に使えるだろう。

 しかし、テオはルーチェのカップを見て首を振った。

「何度もやってる。でも、効かないんだ。だからお前に頼んでるんだって」

「何度もって……」

 この男、案外女々しいな……と、ルーチェは心の中で天を仰いだ。

「あのねぇ、何ヶ月もかけて効きもしないまじない薬を調合するより、サッサと告白するほうが早いわよ」

 それにしても、テオがそんな乙女チックなまじないを信じていたとは知らなかった。

 テオは、所謂平均的な顔立ちと体格をしている。だが、爽やかで清潔感のある見た目としっかりした性格で面倒見も良いことから、好意を寄せられて嫌だと思う女の子も少ないと思う。

 しかも、将来はクラドール。ストレートとまではいかないかもしれないが、2・3回もあれば国家試験も通るだろう。まさに平凡で堅実な……そう、結婚向きな男だ!

 いつだったか、アリーチェがルーチェのクラスに来たときの分析結果がそうだったはず。

「伝わらないんだよ……」

 テオはため息をついて自分の紅茶を飲んだ。

「伝え方が悪いんじゃないの?」

「受け取り方が悪いんだよ」

 ああ言えばこう言う。大体、女の子のせいにするなんて男じゃない。

 ルーチェは少しイラッとして、クッキーを頬張った。すると、ルーチェの思っていることを察したらしいテオが、ルーチェをしっかりと見つめる。

「わかった。ちゃんと言うから……ルーチェ」

「な、何よ?」

 急にトーンが変わったテオの声に、ルーチェは思わず背筋を伸ばす。口元にある食べかけのクッキーを口に入れることも忘れてしまった。

「好きなんだ」

「好き……?」

 首を傾げて聞き返すと、テオは力強く頷いた。

 “好き”

 そう、か。

「な、なんだ……もう、いきなりビックリしたよ? もっと、その……早く言ってくれれば良かったのに」

 知らなかった。テオがこんなに真剣に――

「クッキーならまだあるから。持ってこようか?」

「……」

 テオは目を見開いたまま、ルーチェの食べかけのクッキーを見ている。

 確かにこれは最後の1枚だったけれど、そんなに熱い視線を送らなくても、まだまだキッチンにたくさんある。

 なんなら、持ち帰ってもらってもいいくらいブリジッタが作り置きをしているのだから。

「ちょっ!」

 立ち上がったルーチェの腕を、テオが掴む。

「何? クッキー持ってくるよ?」

「そうじゃなくて! 俺は今、真剣に告白したよな?」

 もちろんだ。真剣にクッキーが好きだと告白された。

「うん、だから――」

「違う! 俺が言いたいのは付き合ってってことだよ!」

「どこに? ああ、このクッキーは買ったものじゃなくて、お母さんの手作りなの。気に入ったなら持って帰る?」

 そんなにブリジッタの手作りクッキーを気に入ってくれたなんてルーチェも嬉しい。

 ルーチェは鼻歌を歌いながらテオの緩んだ腕をスルリと抜けてキッチンへ向かった。


――テオは大きく息を吐いて椅子に腰を下ろした。

「テオ」

 ルーチェに似た、しかし彼女より少し高い声に振り向くと、ドアのところに明るい茶色のネコを抱いたアリーチェが立っていた。

「やぁ、アリーチェ」

「ごめんね……お姉ちゃん、めちゃくちゃ鈍感で」

 アリーチェは申し訳なさそうにテオに頭を下げた。先ほど失敗した告白を、しっかりと聞かれていたようだ。

「アリーチェが気にすることじゃないよ。やっぱり、俺の伝え方も悪いのかもしれないし……あ、ネコ、飼い始めたんだね?」

「うん。オロっていうの。お姉ちゃんが拾ってきたんだけど」

 光の加減なのか、金色のように見える毛もあって不思議な色だ。瞳の色も琥珀色で吸い込まれそう、というか……

「俺、嫌われてる?」

 なんだか睨まれているような気がしないでもない。

 余所者だからだろうか。

「にゃぁん!」

「わっ、オロ!?」

 オロはテオに向かって吠えるみたいな勢いで鳴き、アリーチェの腕から飛び降りた。そしてドアの隙間から出て行ってしまう。

「え、ジュ――オ、オロ? なんでココに……」

 だが、すぐにルーチェの声が聞こえてきて、アリーチェがドアを開けて廊下に出た。テオもその後に続く。

「にゃっ、にゃっ」

 オロはルーチェの足元に纏わりついて、彼女の足に上ろうとしている。

「やっ、ちょっと! ダメだって言ってるでしょ!? 今はクッキーも持ってて――きゃあっ」

 ついに、ルーチェはバランスを崩して床に尻餅をついた。そこへすかさずオロがルーチェに飛び乗って胸に抱きつき、擦り寄って喉をゴロゴロ鳴らした。

 かなり懐かれているらしい。

「ふー、危なかった」

 アリーチェは素早く反応して、ルーチェの手からクッキーの乗った皿を取り上げていた。そして1枚口に入れる。

 テオも差し出されたそれを1枚いただいて、ルーチェが文句を言いながらオロを抱いて起き上がるのを見ていた。

 オロに似た、明るい茶色の髪の毛。ルーチェの性格と同じように真っ直ぐな長い髪はいつも綺麗で、茶色の瞳と長い睫が可愛らしさを出していて。

 背は平均よりは少し高いだろうか。細過ぎず、女の子らしい柔らかそうな身体――

「テオ」

 そんなテオの視線に気づいたらしいアリーチェがテオを肘で小突く。テオはハッとしてクッキーを飲み込み、ルーチェから視線を逸らした。

「っ、ルーチェ! とにかく、薬のこと頼むな? 俺はこれで帰るから! クッキー、ごちそうさま!」

「え!? ちょっと待って! 私、引き受けるなんて――」

 背中でルーチェが叫んでいるのが聞こえたけれど、テオはそのまま診療所を後にした。


***


「もう!」

 ルーチェは音を立ててビーカーを机に置いた。

 その中身はアモーレの花の蜜。愛の花という名にふさわしく、甘い香りが揺れた蜜の表面から漂ってくる。

 テオの申し出をきちんと断れなかったがために、ルーチェは律儀に惚れ薬の作り方を調べた。アモーレの蜜が、惚れ薬とやらの鍵らしい。

「で、ジュスト。何で貴方までいるのよ?」

『ルーチェ、僕の薬は?』

 ジュストはルーチェの質問には答えるつもりがないらしい。いや、ある意味答えたのだろう。ジュストは惚れ薬よりも自分を人間に戻す薬を作って欲しくてついてきたのだ。

 ジュストが喋りだしてから、ルーチェは何度か変化の魔法を破る薬を調合して、ジュストに飲ませた。

 だが、効果が表れることはなく、ジュストはネコのまま。もう1度改良を加える予定だが、それでもダメだったら他の方法を考えないといけないだろう。

「ジュストの薬は、オーメンタールを溶かした液にリトルノの根を漬けてるところなの。3日くらいだから、明日まで待って」

 リトルノという薬草は異常状態を元に戻す効果がある。炎症を治す薬などにも使われる薬草なのだが、変化の魔法――普段の姿とは違う、というある種の異常――を解除するのにも効果があるらしい。

 オーメンタールの濃度を調整したり量を多くしてみたり……いろいろと効果を上げる方法を試しているものの、あまりうまく行っていないのは、ジュストがまだネコの姿なことで証明されている。

『ルーチェは僕よりテオを助けるの?』

 拗ねた声に机の上にちょこんと座っているジュストに視線を向けると、ジュストはじっとルーチェを見つめていた。

「助けるっていうか、断る前に出て行っちゃったんだから仕方ないじゃない」

 ルーチェだって好きでやっているわけじゃない。

 大体、毎日の研修にジュストを人間に戻すという課題、そして今度は惚れ薬を作れなどと……ルーチェだって暇ではないのに。

『僕のこと、人間に戻してくれるって言ったのに!』

 毛を逆立てて叫んだジュストに、ルーチェは思わず立ち上がって言い返した。

「私だって忙しいの! ジュストのことばっかり考えていられないんだから!」

 魔法治療トラッタメントだってまだ完璧にできるわけではないし、バラルディ診療所の薬の調合は、今やほとんどルーチェの担当。自分の技術を認めてもらえるのは嬉しいけれど、大変なのは事実だ。

 1日の仕事を終えてからジュストのために薬の研究もして、やっと眠れるのは日付が変わる頃。

 そうしたら今度は突然のテオの訪問に惚れ薬、そしてジュストのわがまま。

 ジュストは人間でいたことがないから、ルーチェの気持ちなどわからないのだ。

「ジュストはネコだか――っ」

 そこまで言って、ルーチェは口を押さえた。だが、それは遅かったようで。

『……僕、人間だもん。ルーチェ、僕が喋るようになってからイジワルだ! 抱っこもしてくれないし、一緒に寝るのもやめるし、僕のこと嫌いになったんでしょ! もういい!』

「ちょっ、待って!」

 慌てて彼に手を伸ばすけれど、ひょいっと身軽な動きをするジュストを捕まえることはできない。

「ジュスト!」

 ルーチェの制止も聞かず、ジュストは軽々と机から飛び降りて調合室を出て行ってしまった。


***


 その日の夜。

 ルーチェはベッドの上で何度も寝返りを打った。眠れないのだ。

 ジュストは昼間飛び出していってから帰ってきていない。夕食に顔を出さないジュストを心配して、家族みんなで外を探したのだけれど、見つからなかった。

 ジュストが行きそうなところなど見当もつかない。

「わからないのは、私の方だ……」

 ジュストのことをわかっていないのはルーチェだ。

 ずっと、お城の部屋に閉じ込められたまま眠り、自由になれたと思えばネコになっていて、ひとりぼっちで海を泳いでいた。

 “抱っこ”と甘えてくるのも、きっと寂しいからなのだろう。17歳の人間と考えると問題はある気もするが……

 ルーチェは布団の中で身体を丸めて自分を抱きしめた。ジュストに八つ当たりしてしまった自分が情けなくて鼻の奥がツンとする。

「……っ」

 ルーチェは頬を伝う涙をパジャマの袖で拭って起き上がった。部屋の隅に置いてあるジュストのためのベッド――赤ちゃん用の揺りかご――が空っぽなのを見て、ギュッと胸が痛くなる。

 ――『一緒に寝るのもやめるし、僕のこと嫌いになったんでしょ!』

 ジュストは朝になるといつもルーチェのベッドにもぐりこんでいて、ルーチェは毎朝彼を怒っていた。ルーチェに嫌われたと思うのは、無理ないのかもしれない。

「違うよ……」

 ジュストのことが嫌いなわけではない。

 人間の姿は見たことがないけれど、ジュストがネコではないと――男の子だと――知って、どうしていいかわからないだけなのだ。


***


「お姉ちゃん!?」

 翌朝、いつもより遅くリビングに顔を出したルーチェを見て、アリーチェが悲鳴を上げた。

「おはよう……」

 ルーチェはのろのろと自分の席について、コーヒーを啜った。

「お、お姉ちゃん、すごいクマだよ? 大丈夫?」

「うん、薬を作ってたの」

 昨夜、眠れそうになかったルーチェは、一晩中調合室にこもってジュストのための薬を作っていた。先ほどようやく完成したが、効果があるのかはわからない。どちらかというと、期待はしない方がいいだろう。

「薬、って……テオの?」

 ああ、そういえば惚れ薬のことはすっかり忘れていた。ジュストのことばかり考えていて……

「ううん。違う薬……それも、作らなきゃ」

 テオはいつ取りに来るのだろうか。それを聞くのも忘れていた。

「ジュ――オロは? 帰ってないの?」

 空っぽのオロのお皿を見てルーチェが問うと、アリーチェは肩を落として首を横に振った。

「今日、学校の帰りに探してくるから」

「うん……ごめん、私、やっぱりちょっと寝る」

 ルーチェは朝ご飯に手をつけないまま立ち上がった。今日は休診日なので研修もない。いつもなら魔法治療トラッタメントの鍛錬や筆記試験対策をするけれど、今日は集中できないだろう。

 ベッドにもぐりこんで目を閉じながら、ルーチェは何度もため息をついていた。

訪れない眠気と、離れないジュストの声。

 ――『僕のこと嫌いになったんでしょ!』

 その言葉がずっと頭の中で再生されて、その度にチクリと胸が痛くなる。

 ジュストの方こそ、ルーチェのことを嫌いになったかもしれない。あんな無神経なことを言ってしまったのだから当然だ。

 でも、嫌われたくなくて。

 今更かもしれないが、ジュストのための薬も完成させた。許してもらえるかはわからないけれど……

「ジュスト……」

 その名を呼んだ途端、じわりと目頭が熱くなった。

『なに?』

 ああ、ジュストの声まで聴こえる。布団の中でもぞもぞと動くジュストの気配まで感じるなんて、重症だ――

『僕のこと呼んだでしょ? なあに? ルーチェ』

「へ……?」

 もふっと、ジュストがルーチェの隣から顔を出す。

『ルーチェ?』

「ジュ、ストっ! うぅっ」

 ルーチェは飛び起きてジュストをぎゅうっと抱きしめた。

 本物だ。帰ってきてくれた。

『どうして泣いてるの?』

「ジュストがいなくなるからでしょ!」

ジュストはルーチェの涙を舐めて拭ってくれたけれど、なかなか止まらなくてジュストは困った様子で鳴いた。

「ごめんね、ひどいこと言って。ジュストは好きでネコになったわけじゃないのに」

『いいよ。抱っこしてくれたから許してあげる』

 ジュストはそう言って、ルーチェにくっついた。

「はっ! だ、だめっ! くっついちゃダメ!」

 慌ててルーチェがジュストを引き剥がすと、ジュストはなんだかニヤリと笑った気がした。

『ルーチェは僕のことが好きなんだね! いっぱいイジワルするのは好きのウラガエシだってユベール兄様が言ってた』

「は、はぁっ!?」

 どうやらまたユベール王子に会ってきたようだ。ジュストはご機嫌な様子でルーチェのことを見つめている。

『ねぇ、ルーチェ。抱っこしてよ。そしたら許してあげる』

「ね?」と、可愛く首を傾げてくるジュスト。なんだか……ちょっとイケナイ方向に成長し始めた気がする。

「えっと……あ! そうだ! あのね、薬ができたんだよ。飲んでみる?」

『ホント!?』

 パッと顔を輝かせたジュストの気が抱っこから逸れたことにルーチェはホッとしつつ、机に置いてあった小瓶を取って差し出した。

『これ……?』

 ジュストは疑いのこもった目でルーチェを見て、薬瓶に鼻を近づけた。

 確かにルーチェも作業を終えたときは「うわぁ……」と、思わず声に出してしまった。

 かなり強烈な緑色になったからだ。というのも、オーメンタールに漬けてあったリトルノの根がドロドロに溶け出していたためである。

 調合中ひどかった匂いは中和されたようだけれど、どんな味がするのだろう。

とはいえ、飲むのはジュストだ。

「うん。色は強烈だけど、失敗はしてないよ。匂いもそんなにきつくなくなったし」

『……わかった。飲む』

 背に腹は代えられないと思ったらしい。ジュストの返事は素直なものだった。ルーチェはジュストを抱き上げてベッドに座り、膝の上に座らせると彼の口元に小瓶を近づけた。

「一気に飲むのよ」

『うん』

 ジュストは頷いて口を大きく開けた。ルーチェはそこへ緑色の液体を流し込む。すべてジュストの口に入ったところで、ジュストはゴクリと喉を鳴らした。

「ど、どう?」

 ドキドキする瞬間。

 あまり期待をしていないとは言っても、“もしかしたら”という気持ちもある。だが、時計の秒針が何回転してもジュストに変化は表れない。

「ダメか。やっぱり他の方ほ――」

『なんか……痛い』

「え、えぇ!?」

 苦しそうに身体を捩りだしたジュストにルーチェは焦った。

 何か間違えたのだろうか。やっぱり腐った感じだったリトルノを使ったのはいけなかったのだろうか?

 それとも、元々魔法を破るための薬だから、何か衝突のようなものが起きて痛みが伴うとか?

 いや、しかし今までそんなことはなかったのにどうして――

『ルーチェ、僕、くるし……っ』

 ジュストはルーチェの胸に前足をかけ、悶える。苦しそうに身体を震えさせて、呻き声を出した。

「ジュスト!? ジュスト! 大丈夫!?」

『う、うぅ……っ』

「ふぇっ――!?」

 なぜだろう。

 なんだかジュストが大きくなって、重く、なって――

 ドサッ

 ルーチェはベッドに倒れこんで思わず目を瞑る。背中は布団なので痛くはないが、倒れたときは少し衝撃があった。

 それに――

「お、重……っ」

 ルーチェは押しつぶされそうな感覚に目を開けた。ルーチェの目の前に広がるのは、明るい茶髪。少しくせっ毛なのは、図書館で会ったユベール王子に似ている。

「ルーチェ? 僕……」

 苦しそうに眉根を寄せていたジュストが目を開けると、綺麗な琥珀色の瞳がルーチェを映した。

 スッと通った鼻筋に薄い唇、少し長めの前髪がジュストの顔を17歳という年齢を忘れさせるほど艶っぽく見せる。

 おそらく眠り王子だったのと魔法でネコになっていたせいだろうけれど、17歳の男の子にしては肉付きが足りないように見える。

「あ、なたが……ジュスト?」

 夢の中の少年だ。後姿しか見たことはなかったけれど、間違いないと思える。

 ジュストは不思議そうに自分の手をまじまじと見つめ、ルーチェの頬に触れた。

 ドキッとして、ジュストの指先が触れている場所が熱を帯びていく。

「ルーチェ! 僕、人間になってる!」

 ギュッと、ジュストがルーチェにしがみついた。ネコのときのくせが抜けないのか、ルーチェの胸元に頬を摺り寄せてぬくぬくと。

 そこでようやく頭が回り始めたルーチェは、慌ててジュストの胸を押し返した。

「ジュ、ジュスト! は、離れて!」

「なんで?」

 もちろん、健全な男女がベッドの上でこんな体勢なのはまずいからに決まっている!

「ちょ、ちょっと近いから!」

「いつもこうしてたよ?」

「――っ」

 そう言って、またルーチェの胸に顔を埋めたジュスト。ルーチェは声も出せず、口をパクパクさせた。

「ルーチェ、柔らかくってあったかい」

「な、なななな! 何言ってるの! ほ、本当に離れて!」

 ジュストの肩を思いきり叩くものの、力だけは17歳らしくルーチェの身体に回された腕はとても強くてはがせない。

 何より性質が悪いのは、ジュストが性的な意味で行動に出ているわけではないということだ。

 柔らかいとか、そういうことも正直な感想というか……思ったままを口にしている。

 ジュストは1度顔を上げて、ルーチェの顔の横に手を置いた。

 嬉しそうな笑顔でジュストがルーチェを見て、それから頭を撫でてくる。

 ルーチェは不思議な気分になった。ぼんやりとして……くすぐったい。

「ルーチェ、僕より小さいんだ……ネコのときはわからなかったけど、僕が抱っこしてあげてるみたいだ」

 そう言って、ジュストはルーチェを抱き寄せてベッドに寝転がった。ジュストの胸に、ルーチェの頬がくっつく。細いけれど、やっぱり男の子なんだと思わせる広い胸板とルーチェの頭を抱える大きな手。

 昨夜寝てないせいか、その温もりにルーチェはうとうととして――

「お姉ちゃーん? お母さんがご飯は食べなさいって言ってるよー!」

 近づく足音と共に、アリーチェの声が聞こえてくる。

「わわっ! ちょっと、ジュスト! ホントに離れて!」

 一気に眠気も吹っ飛んだルーチェはぐいぐいとジュストを押し返した。こんなところを見られたら、何と言い訳をすればいいのかわからない。そもそも、人間の男の子がこの場にいること自体がおかしい。

「どうして? 僕、昨日寝てないから眠いんだ。一緒に寝てもいいでしょ?」

「ダ、ダメだよ!」

 良くない! 非常にまずい!

「お姉ちゃん? 入るよ」

「ま、待って。ダメ! アリーチェっ! 入ってきたら――っ」

 ダメ、とルーチェが叫ぶのと同時に何かが弾けるみたいな音がして、ルーチェを拘束していた腕がなくなった。

「ダメって一体何して――っていうか、オロ、帰ってきてるじゃない」

「へ……?」

 横を見ると、ジュストはネコに戻っていてすやすやと身体を丸めて眠っていた。

「いつ帰ってきたの?」

「え……あ、さっき、ね……」

 ルーチェはなんとか笑顔を作った。

 はぁっとため息をついて、ジュストに布団を掛ける。小さくなってしまったジュストに安心したような、薬が効かなくて残念なような……変な気持ち。

「ジュスト……」

「お姉ちゃん?」

 小さく呟いたルーチェを振り返って首を傾げるアリーチェ。ルーチェは「何でもない」と言ってリビングへと下りていった。

 次はどんな風に薬を調合したらいいのか考えながら――


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