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Act.6:喋るネコ

『ルーチェ』

「……うーん」

 うるさい……

 自分を呼ぶ声に、ルーチェはもぞもぞと布団の中にもぐりこんだ。

『ルーチェ!』

「んー」

 ああ、もう。なんで今日だけ起こしにくるのだ? ルーチェはきちんと毎日目覚ましをかけていて、音が鳴ればすぐに起きられる。

『ルーチェ!!』

「もう! お母さんってば、うるさい! 大体、まだ目覚まし鳴ってないで――あれ?」

 思いきり起き上がって、ドアの方に向かって叫んでいた途中で、ルーチェは首を傾げた。ルーチェの部屋のドアはきっちり閉まったままで、ブリジッタの姿もない。

 ルーチェはぐるりと部屋を見回したけれど、アリーチェもグラートもいない。

「ん?」

 ここのところ、自分を呼ぶ少年の夢を見続けるせいで現実と勘違いしたらしい。 時計を見るとまだ朝の5時。いつも7時に起きるルーチェには早すぎる。

「はぁ……もう」

 ため息をついてもう1度寝転がると、ルーチェの目の前にドアップでオロの顔があった。琥珀色の瞳がくりくりしている。

「オロ、起きたの?」

『うん』

「そっか。もう少し寝たら? まだ5時だよ」

 ルーチェはふあっと大きなあくびをして目を瞑った。枕元の目覚まし時計の針の音が、やけに大きく聴こえる。

 ……ん?

 と、違和感を覚えたルーチェはパッチリと目を開けた。そこにはまだオロの顔があって、琥珀色の瞳にはルーチェの間抜けな顔が映っていた。

「……オロ?」

 何か、変ではなかっただろうか。

『ルーチェ、僕の声、聴こえるよね?』

 じっとルーチェを見つめながら、少し高めの少年の声が聴こえてくる。さっき、ルーチェを何度も呼んでいた声だ。

「えっと……?」

 寝起きのせいなのか、それとも単にこの状況についていけないだけなのか。ルーチェはどう言葉を発していいかわからない。

『ねぇ、よだれの跡がついてるよ?』

「へ……? うえぇぇぇぇ!?」

 ルーチェは勢い良く起き上がって、オロを凝視し、その後ハッとして口元を手で押さえた。

『冗談だよ』

 いやいやいや、何が冗談なのだ?

 いやいやいや、それこそ冗談であろう。

 オロが――

「しゃ、喋ってる!?」


***


 とりあえず、ルーチェは30分ほど費やして、なんとかオロが喋るという事実を受け入れた。

 喋るとは言っても、これは伝達の魔法の類らしく、オロの口は動いていない。ルーチェの頭に直接メッセージを送っているようだ。

 オロは退屈そうに、頭を抱えながら部屋の中をぐるぐる歩くルーチェを見ていた。しかし、この短時間で頭を整理したということは褒めて欲しい。

 ルーチェはベッドに座ってオロと向き合った。

「オロ、あのね、えーっと……」

 聞きたいことがありすぎて、何から聞けばいいのかサッパリわからない。

『ルーチェ』

 しかし、ルーチェが口を開いてすぐ、オロがそれを遮った。

『僕、オロじゃない。ジュスト、っていうの』

「あ、うん……そう、なんだ…………」

 やはり、オロはルーチェのつけた名前が気に入らなかったのだ。きちんと名前を持っているのだから当たり前なのかもしれないけれど。

 本名はジュスト、というらしい。なんだか聞いたことがある名前だ。

『僕はルミエール王国の第三王子、ジュスト・ブイレント』

 ルミエール王国、第三王子、ジュスト。

 ああ、そういえばオロのことを調べていたときに新聞記事で読んだ名前だ。確か、生まれてからずっと眠ったままの隠されていた王子で、ロラン第二王子に殺されたとか――

 殺された……?

 死んだ?

「ひっ!?」

 ルーチェは喉をヒュッと鳴らして仰け反った。

 もし本当にオロがジュストなのだとしたら、ネコに憑依した――

「あ、貴方……ゆ、幽霊だったの?」

『違うよ!』

 ルーチェが身震いすると、ジュストはムッとしたような声を出し、ルーチェを見上げた。

『僕、ちゃんと生きてるよ。でも、どうやって人間に戻ればいいのかわからないんだ』

 ジュストは驚きに固まるルーチェに近づいて、膝の上に乗った。

 そして大きな琥珀色の瞳でルーチェを見つめて話し始める。

 とりあえず、ジュストの話をまとめると……

 生まれてからずっと眠り王子と呼ばれてはいたが、意識はあったらしい。小さい頃は意識も眠っていることが多かったらしいが、特に最近の記憶は鮮明にあるという。

 クラドールが入れ替わり立ち代りジュストを診察・治療したけれど彼の身体が動くことはなかった。

 ルーチェにクラドールとしてのレッスンをつけられたのは、ジュストがおそらく世界で一番魔法治療(トラッタメント)――それも王家専属クラドールレベルのもの――を受けたことがあるからだろう。

 それでも17年間ずっと眠ったままだったのに、ロラン第二王子の暴動の際、急にネコになってしまったというから不思議だ。

『気づいたら海にいたんだ。僕、学校に行ったことないから魔法はわからないけど、チャクラはあるからなんとか泳いで来れた』

 とにかくジュストは海を渡ることに成功し、ルーチェに拾われたということだ。

「でも、今のその……喋るのは? 魔法はわからなかったんじゃないの?」

 そう問うと、ジュストはピョンと跳ねてルーチェの胸に抱きついた。ルーチェは思わずジュストを受け止める。

『ユベール兄様が教えてくれたんだよ。でも、鍛錬は大変だったんだ』

「もしかして、それで泥だらけになって帰ってきてたの?」

 ここ何週間かずっと朝早くいなくなって汚れて帰ってくることを繰り返していたのは、鍛錬をしていたからなのだ。おそらくその前に倒れたのも、チャクラの使い方を間違って貧血と似た状態だったのだろう。

「ていうか、ユベール兄様って王位継承権を破棄したっていう第一王子でしょ?そんな人にいつ会ったのよ?」

 そう言うと、ジュストは首を傾げた。

『ルーチェも会ったじゃない。図書館に行ったときだよ』

「え……あ、あのお兄さん!?」

 数週間前、図書館で会った不思議な男性? だが、そういうことなら彼らが会話できていたことも納得がいく。兄弟で何かつながっている部分があるのだろう。

『兄様は姉様とマーレ王国に住んでるの。兄様はクラドールのルーチェなら僕がネコになった原因がわかるかもって言ってた』

 うるうると琥珀色の瞳が揺れて「ルーチェしかいない」と言われているみたいな気になる。バラルディ家のアイドルの地位は伊達じゃないらしい。

「で、でも、どうやって人間に――ん?」

 ルーチェは視線を落としてジュストと触れ合っている場所を見た。ジュストの手――見た目はネコの可愛い肉球のついた手だが――が、ルーチェの胸に。

 確か新聞では、ジュスト第三王子は17年間の生涯を終えたと……

 つまり、ジュストは17歳だ。人間の、17歳の、オトコ。

「あ、わ、わわわわ! きゃーーーーーーーーーーー!!」

 ルーチェはジュストを引き剥がし、放り投げた。突然投げ出されて、ジュストはベシッと豪快に床に転がる。

「にゃうっ!」

 毎晩一緒のベッドで眠ったり、抱きしめたりもした。そりゃあもう、ぎゅうっと! ぎゅうっと!

 オロも頬を擦り付けてきて、いつもスパルタだけどそういうときだけは可愛いなって思って。膝の上に乗せることも多かったし、頬に鼻を擦り付けてくることもあったし……着替えだって、ネコだと思っていたから何とも思わずにしていた。

「わぁっ! ダメ! こっちに来ないで!」

 ジュストがベッドに戻ってこようとして、ルーチェは両手を突っ張ってぶんぶん振りながら叫んだ。

『ルーチェ! しっ! アリーチェが起きちゃうよ!』

「だ、だって、だって! あ、あ、貴方、わ、わ、わわわわわ」

 それでもベッドに軽く飛び乗ってきたジュストに、ルーチェは胸の前で両手を交差させる。

 コレは貞操の危機というものだ!

「おーねーえーちゃーん! うるさいっ!」

 バンッと勢い良くドアが開いて、アリーチェが鬼の形相で部屋に入ってくる。ルーチェは「ヒッ」と声にならない悲鳴をあげた。

「まだ6時にもなってないのに何やってんの! 近所迷惑でしょ!」

 怒鳴るアリーチェをなだめるために一応「ごめんね」と平謝りしたものの、近所迷惑はアリーチェの方だとルーチェは思った。

「にゃうん」

「ああ、オロも大変だね。お姉ちゃんてば、最近おかしいよね? あ、でも叫び方はちょっと女の子らしくなったかもね」

 そんなことはどうでもいい!

「にゃー」

「あ、オロもそう思う? いい子だねぇ」

 アリーチェは足元にやってきたジュストを撫でて、ジュストはゴロゴロと喉を鳴らした。ルーチェ以外に話しかけるつもりはないらしい。

「小悪魔ネコ……」

 ボソッと呟いたらジュストはチラリと琥珀色の瞳をルーチェに向けて目を細めた。

 “小”はいらないかもしれない。ルーチェはそんな風に考えて頬を引き攣らせる。

「じゃ、静かにしてよね。あと1時間は寝られるっていうのに」

 アリーチェはブツブツと文句を言いながら部屋を出て行った。

 ルーチェははぁっとため息をついてベッドに戻る。

『もう、ルーチェってば……』

 呆れたように言いながら、ジュストがベッドに飛び乗る。そしてルーチェの膝に収まろうとして、ルーチェは身を引いた。

「ちょっ! ダメ!」

『なんで?』

 ジュストが首を傾げる。

「ジュストが男の子だから!」

『今までもそうだったよ?』

 それはそうだけれど、ネコだと思っていたときと人間だとわかった今では事情が違う。

「人間はダメなの」

『今はネコだよ?』

 ああ、もう! 一体何なのだ!

「とにかくダメ。これからは抱っこもしない!」

『どうして?』

 ルーチェがキッパリと言い切ると、ジュストは悲しそうにくりくりした目を潤ませた。

「う……」

 可愛い……けれど、ダメなのだ。そんな不謹慎なことは認めません!

『僕、柔らかくて気持ちいいから抱っこ好きなのに』

「バッ――」

 何が、どこが、柔らかくて気持ちいいのだ!

 ルーチェは叫びたいのをグッと堪えてジュストを見つめた。このままでは話が進まない。

「と、にかく……いいから、そこに座りなさい! ほら、話の続きをするよ!」

 シュンとしてその場に大人しく座ったジュストは、潤んだ瞳でルーチェを見ている。

『ルーチェ、僕のこと嫌いなの? 痛いこと、させたから?』

「そうじゃなくて…………もう、わかったわよ」

 ルーチェはため息をついてジュストを抱いて膝の上に乗せた。すると、ジュストは嬉しそうにルーチェの胸に頬を摺り寄せた。

「ちょ、ちょっと待って! それはダメ! 膝に座るだけにして!」

『どうして?』

 ジュストはまた首を傾げる。

 どうも先ほどから「どうして?」「なんで?」という質問が多い。意識はあっても人との関わりを知らないジュストは、精神的にまだ幼い部分が多いように感じた。

 とりあえず、ルーチェはジュストの前足をそっと膝の上に戻す。

「はぁ……えっと、そういうのはまた少しずつ教えるから。とりあえず、人間に戻る方法を考えよう?」

 このままでは話が進まない。

 ジュストも少し寂しそうな顔をしたけれど、大人しく膝の上に収まることにした様子だ。ルーチェはそれを見てから、コホンと咳払いをして口を開いた。

「原因として、思い当たることはないの? 私は姿を変える魔法は変化の魔法しか知らないよ」

 ただ、あれは自分自身にかける魔法だったと思う。しかし、他人にかけることもできるのか調べてみる価値はあるかもしれない。

『わからない。僕、身体はずっと寝てたんだ。チャクラを使えるようになったのもネコになってからだよ』

「うーん……」

 ルーチェは唸った。ルーチェはクラドールが使う以外の魔法は、学校で習ったくらいの基本しかわからない。普通の魔法には、攻撃や防御などいろいろと種類があって、クラドールの治癒に特化したものとは別になる。

 魔法治療は波長の調節が大切になってくるが、普通は魔法を使う場合の力の強さは、チャクラの濃度×波長の強さになる。つまり、どちらも大きければ大きいほど威力は大きくなるのだ。

 波長を弱めなければ使えない魔法治療とは対照的なものである。

『ルーチェ……僕、人間に戻れる?』

 不安そうにルーチェを見上げるジュスト。

 ジュストはルーチェを頼ってくれている。それに、今までたくさんルーチェを助けてくれた。だから今度はルーチェがジュストに手を差し伸べるときだ。

「大丈夫! きっと戻れる。私が戻してあげる!」

 ルーチェは力強く言って、ジュストに笑いかけた。少しでも元気になってもらいたいと思ったのだ。

 すると、ジュストはパッと表情を明るくさせてルーチェに飛びついた。

『ルーチェ、大好き!』

「ちょっ!? だから抱きつくのはダメなんだってば!」

 そうやってじゃれ合いながら、絶対にジュストを人間に戻してあげようと、ルーチェは心の中で誓った。


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