パラレル1.私の想いを受け止めて
えー、これはかつて『陽だまりの中で』という短編小説として投稿したのを連載として持ってきたものです。
世界観が結局同じだし…ということで、この度まとめることにしました。
基本情報はこの連載とほとんど変わりませんが、多少相違点があります。
まず、奈月の名前が『なつき』とひらがな表記であること。
次に、一人称が『わたし』ではなく『私』となっていること。
そして、告白からの流れが連載とかなり異なっていること。
まぁ、『街外れの塾にて』におけるパラレルのようなものだとお思いください。
というわけで、藤野奈月――もとい、藤野なつき視点でお送りいたします。
ずっと前から、胸に秘めてきた想いがあった。隠したままにしておかなきゃいけない……そう、思っていたのに。
今日がとても暖かかったから。太陽の光にほだされてしまったから。だから……ついつい、口から出てしまったんだ。
◆◆◆
週に数回、決められた日に、私は町外れのとある塾に足を運んでいる。
古びた看板が立っている建物の立て付けが悪い扉をそっと開け、短い廊下を歩いていく。少しすると危なげな木製の階段が見えるので、ミシミシと音を立てながらその階段を上る。上りきった先にある2階は教室が多く並んでおり、ここで主に授業が行われるのだ。
油断したら床が抜けてしまうほどのあまり丈夫でない廊下をそろそろと歩き、3つ目の教室の前で私は立ち止まった。そしてガラガラと扉を開けた。
まず目に飛び込んできたのは、ラフな格好をした跳ねた茶髪の若い男の人。窓を開け、なにやら楽しそうに外を見ている。
この人は私を担当している塾講師で、桜井健人先生だ。
桜井先生は私が立てた扉の音に気がついたらしく、ゆっくりと振り返った。そして私を見ると、いつもの人懐っこい笑みを湛えて
「こんにちは、藤野」
いつもの通り私に――藤野なつきに声をかけた。
「こんにちは、桜井先生」
私も笑顔を作り、挨拶を返す。そして彼に近づくと、開け放されたままの窓をそっと覗きながら聞いた。
「何を見ていたんです?」
先生は楽しげに笑った。なにやら上機嫌に見える。もっとも、この人はいつもこんな調子なのだけど。
「今日は珍しくいい天気だから、外を見ながら日向ぼっこしてたんだよ。本当いい日だよね!!」
太陽よりまぶしいくらいの無邪気な笑顔。私はいつも通り、ちょっとだけ意地悪に返した。
「日向ぼっこですか……。子供みたいな思考のくせに、やることはやけに年寄りじみてますね」
先生はぷくぅっと頬を膨らませた。
「年寄りじゃないよ!! 俺はまだ二十代だよ? 若いに決まってるじゃないか」
「十代の私から見れば、十分年寄りですよ」
「むぅ……君は今日も俺に対して手厳しいな」
先生は拗ねたように唇を尖らせている。
年上なのだけど、そういう仕草をされるとついつい可愛いなと思ってしまう。もっとそんな姿を見たくて、私は彼をわざとからかうのだ。
私はほころぶ頬を先生に気付かれないようにしながら、そっと隣で外を眺めた。
――最初は、単なる馬鹿な講師だと思ってた。子供っぽくて単純で、講師に向いているのかとさえ思うこともあった。
だけど、一緒に過ごすうちに分かってきた。先生は子供なんかじゃない。しっかりと年を重ねた、立派な大人なんだってこと。
ふとした言葉も瞳の色も、私の頭を撫でるその手も……確かに全部、大人の男の人のもので。
私はいつしか、この人に惹かれていた。
この想いを伝えるつもりなんて毛頭なかったし、私は彼のそばにいられるだけで……それだけで十分幸せだった。
……はずなのに。
今日が暖かかったから。穏やかな太陽の光に、ほだされてしまったから。だから……ついつい、口から出てしまった。
「先生、好きです」
言ってからハッとして、思わず両手で口を押さえた。囁くほどの小さな声だったけど、もしや聞かれていやしないかと内心びくびくしながら隣の先生を見る。
先生はびっくりしたような表情で私を見ていた。……やっぱり聞こえていたらしい。私は恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
どうしよう、伝えてしまった。どう言い訳をしたらいいのだろうか?
そんなことを考えていると、先生がそっと口を開いた。
「今の……」
動揺したような弱々しい声に、顔を上げる。
目の錯覚だろうか。先生の頬はちょっとだけ染まっているように見えた。
「あの……先生?」
「今の『好き』って……先生として、ってこと?」
私は何度も首を振った。
「じゃあ……どういう意味?」
私は戸惑って、どうしたらいいかわからなくなった。だけど……ここまできたら、もう逃げられない。ほとんど働かない頭でそう結論付けた。
わざと余裕を持った声で、言う。
「先生は、私よりずっと大人でしょう?」
先生は困ったような表情になる。私はそんな彼を見ない振りをした。
「もう分かっていらっしゃるんじゃないですか?私が言おうとしていること」
「……………」
先生は黙っている。無理もない。いきなり、ただの生徒でしかない人間にこんなことを言われているのだ。うまく断る言葉が見つからないのだろう。
私はすぐに、言ったことを後悔した。この想いはやっぱり、先生を困らせただけ……。次に会うときは、気まずい雰囲気にならないといいのだけれど。
「……すみません、やっぱり今のは」
「藤野」
忘れてください、と続こうとした私の言葉を遮るように、いきなり先生が私の名を呼ぶ。びっくりして思わず口をつぐんでしまった。
先生は真剣な顔で私を見ている。かっこいいな……なんて思う暇もなく、私はただ固まっていた。
「…………」
「藤野」
黙っている私の名を、先生はもう一度呼んだ。肩を掴まれ、自然と下がっていた視線が上げられる。
先生は私の目をじっと見つめたまま、言った。
「俺は塾講師で、君の先生だ。俺たちは講師と生徒。ずっと、そうでなければならないんだ」
ああ……やはり断られてしまうのか。
泣きそうになるのをこらえて、私はただ先生の目を見つめ返していた。
そのとき先生の瞳がかすかに揺らぎ、一瞬葛藤の色が浮かんだ……ような気がした。
「そう……自分に言い聞かせてきたはずだった、のに」
私から目を逸らし、視線を斜め下に落とす。動揺しているようにも見えるその仕草を、私は不思議と落ち着いた心地で見ていた。
先生はちょっと自嘲気味に笑った。
「ずるいよな、君は。俺の心に消えないものをいっぱい残しておいて、今さらなかったことにしようとするなんて、さ」
そう言うと、私の肩に置かれた手をそっと下へ移動させ、私の手を優しく握った。そうして、また私と目を合わせる。
「俺はもう、君から逃げられないんだ。だからね、」
ニッコリと、無邪気に笑う。
「俺も、君を逃がすつもりなんかないから。覚悟しといてよ?」
その言葉が、行動が、彼の出した答えをすべて物語っていた。
……もう。本当にずるいよ、あなたは。
嬉しさとか照れなんて微塵も見せなかったけど、私はゆるく握られたその手を振りほどかなかった。
「言われなくても」
口角を上げ、挑発的な笑みを浮かべて私は答えた。
「逃げるつもりなど、ありませんよ」
これは…高校時代、文芸部を引退するにあたって話を無理やり終わらせるために用意した作品なんですよね。
もともとオムニバスみたいな感じで部誌に載せていたものなので、こまごまとした設定などは用意していなかったのです。まぁ…だから、結末なんて何パターンでも作れたのですよ。これはそのうちの一つです。
まぁ、何にせよ二人がくっついて甘い感じになるっていう根本は揺るぎませんけどね(笑)
今回の題名は、次回のあとがきにて解説いたします。
何故かというのは…まぁ、次回を読んでいただければわかるかと思われ。




