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街外れの塾にて  作者:
15/34

13.わが胸の悲しみ:中篇

引き続き、3年目秋のお話。

…え、何故に中篇って?普通、前篇の後は後篇じゃないのかって?

だから言ったじゃないですか、異常に長くなってしまったとorz

作者だって前篇と後篇で終わらせるつもりだったんですよ。それが(ry


…とりあえず、お楽しみください。(強制終了)

 桜井は視線を落とし、小さな声で話し始める。

「彼は生真面目で頑固な人だった。俺はそんな彼に、ずっと反発していたんだ。融通が利かなくて、面白くもなんともなくて……毎日毎日、喧嘩ばかりしていた」

 青柳はその間、まるでわが子を見守るような優しい目で桜井を見つめていた。奈月もまた、痛みをこらえるように唇をかみしめながら、それでも桜井の一挙一動を見逃すまいとばかりに、目をそらすことなくじっと見ていた。

「俺は……彼が大嫌いだった。一生分かり合えないって、ずっと思ってた。むしろ分かり合いたくもなかった。父親と呼んだことなんて、一度もなかった」

 あぁ、そうだったのか。と、奈月はようやく理解した。

 桜井が子供っぽい楽天的な性格をしているのは、元来のものではなかったのかもしれない。それは生真面目な父親に対するあてつけで……同時に、自らを守るための処世術だったのかもしれない。

 奈月には桜井の気持ちがなんとなくわかったけれど、やっぱり自分と桜井は違う、と思った。

 奈月にも厳格で生真面目な父親がいたが、奈月は彼の言動に反発などすることなく、ただ黙って従うだけだった。それが正解なのだと、信じて疑わずに。

 結果……自分と桜井は同じ立場にいながら、まったく正反対の人間になってしまったのだ。

 桜井が弱々しげに、再び口を開く。

「そんなある日、彼が事故に遭ったからすぐ病院に来てくれ、という連絡が入った。けど俺は……」

 唐突に、そこで言葉が切られた。いつまで経っても発せられない次の言葉に、奈月が不思議に思って彼を見る。

 桜井はただ、言葉もなく肩を震わせていた。強く握られた拳も小刻みに震えている。うつむいていたため表情はよく見えなかったけれど、もしかしたら泣いているのかもしれない。

「俺は、行かなかった」

 落ち着くように、桜井は吐息交じりの声で呟いた。

「どうして……行かなかったんですか」

 思い切って、奈月が声を上げた。桜井は奈月の方へ視線を向けると、淋しげに笑った。

「どうしても、行くわけにはいかなかった。俺のちっぽけなプライドが、行っちゃダメだって、俺を止めた。それで、結局……」

 桜井はそこで再び視線を落とす。彼の目は、少し潤んでいた。

「結局、彼はそのまま死んでしまった」

「……」

「俺はついぞ、彼を父親と呼べないまま……二度と、会えなくなってしまったんだ」

 親孝行、したい時には親はなし。

 そんな言葉を、奈月は思い出していた。

 当の親が亡くなってしまったあとでは、何をすることもできはしない。後になってそれに気が付いた、桜井の抱える痛みと悲しみはどれほどのものなのだろう……と、奈月は思った。間接的に話を聞いているだけの自分でさえ、こんなに痛いのに。

 それはきっと、自分にはわからないほどに……計り知れないものなのかもしれない。

 うなだれる桜井になんと言葉をかけていいかわからないまま、奈月はただ、切なげな眼で桜井を見つめていた。

 桜井が、震える声で呟く。

「今更……反省したって、遅いから。だから俺は今までずっと、何度命日がやってきても、この場所に足を運ぶことができなかった」

 再び顔を上げ、桜井は黒々と光る墓石を見つめた。

「彼は……こんな俺を、一生許してはくれないだろう。俺に愛情なんて、もしかしたらひとかけらも抱いていなかったかもしれない」

「それは、どうかな」

 凛とした声が、静かな墓地に響いた。桜井と奈月は弾かれたように、揃って声の主――青柳の方を見る。

 青柳はいつもより穏やかな、優しい表情で桜井を見ていた。

「知っているかい、健人」

 辺りをゆっくりと歩きながら、青柳が語りだす。

「親というのはね、我が子のことが何よりも愛しいし、どんなものをかなぐり捨ててでも守りたいと思うものなんだよ。それこそどんな仕打ちを受けても、許してしまえるほどにね」

「ま、まさか」

 桜井が驚愕したように目を見開き、震える声で反論した。

「あの人が……そんな甘ったるい感情、抱くはずない」

 ふふ、と青柳は笑った。

「確かに、そんなイメージはないだろうね。君の父親は……葉一(よういち)は、ひどく堅物だったから」

 まるで桜井たちのことをよく知っているような青柳の言い方に、奈月はきょとんとして首を傾げた。

 そんな奈月の様子に気づいたのか、青柳は丁寧に解説をくれた。

「私はね、彼の父親とは――葉一とは、長年の友人だったんだよ」

「そう、だったんですか」

「あぁ。今日この場所にいたのも、友人の墓参りをしていたからというわけだ」

 なるほど、と奈月は思った。

 つまり、桜井と青柳が互いを『柳さん』『健人』と親しげに呼び合うのも、そういう付き合いがあったからだったのだ。

 奈月が納得したのを確かめると、青柳は再び桜井の方を向いた。

「だけどね、健人。私はずっと、葉一から相談を受けていたんだよ。彼は頭がよかったから、自分の性格についてもちゃんと理解していた。息子がそんな自分を嫌っていたということも」

「そんな……わかってたくせに、何で」

「葉一はね、びっくりするぐらい不器用な男だったんだよ。大切に思うからこそ、その思いをどうやって伝えたらいいのかわからない。ましてやその人は自分を嫌っている。だから、なおさらどう接していいかわからなかった」

 その気持ちは、奈月にもなんとなくわかるような気がした。

 しかし桜井はまだ納得がいっていないようで、険しい顔で腕を組み、幾度か首を左右に傾げていた。

「まだ……にわかには、信じがたいようだね」

 そんな桜井を見て、青柳は苦笑した。

「ならば、これを見れば……信じてもらえるかな」

 青柳は桜井に、一つのビデオを手渡した。

「何ですか、これ」

「見てもらえればわかるよ」

 青柳はにっこりと笑ってそう言うだけで、それ以上は何も語らなかった。

 桜井が受け取ったことを確かめると、青柳は「では、また」と言って踵を返す。そのまま軽く手を振りながら、悠々と立ち去って行った。


「先生……今日は、もう帰りましょうか」

 青柳の後姿を見つめたまま茫然としていた桜井に、奈月が声をかける。桜井は言葉もなく、こくりとうなずいた。

親孝行、したいときには親はなし。

本当に、身に染みるお言葉でございますね。


私自身、まだ肉親を亡くした経験というのはあまりありませんが、私の身近な人には結構そういう人がいるんですよ。妹を亡くした姉とか、娘を亡くした親とか、母親を亡くした子供とか。…まぁ、そのへんのことは『似たもの家族の一人語り』という連載に詳しく綴っていますので、よろしければご覧ください。


特に親子間というのは、切っても切れない関係だと個人的には思います。

自らが親になると、親のありがたみというのが一層わかるそうです。

前に担任が言ってました。子供を持つと、もう可愛くて可愛くて。何をさせるにもいちいち心配でしゃーないんや、と。


しかし最近、親子間で命を奪い合うという悲しいニュースが多いですな。

親を手に掛ける子供っていうのは、ありがたみとか愛情とか分からないままそういうことしてしもたんか…と少し哀れに思ってしまいますが、子供を手に掛ける親というのは、まったくもって理解できませんね。どういう神経しとるんや、と、思わず怒鳴りたくなってしまいます。


そんなこんなで、続きます。

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