プロローグ
どうしてこうなった。
確か昨日、俺はいつも通う酒場で、溺れるほど酒を飲んでいたはずだ。
そして、たまたまそこに、騎士学校時代の同期で仲の良かった――現リルガルド王国騎士団長、エリザがやって来た。
久々の再会に、「せっかくだし一緒に飲もう」という流れになって……。
それで、それで――潰れた俺を、エリザがそのまま宿まで連れてきて……。
……で、気がつけば。
なぜか俺は裸で、隣ではエリザも裸で眠っていた。
……いや、どうしてこうなった!?
しかも、決定的な証拠まである。
恐る恐る布団をめくり、シーツを見る。
そこには、赤い血の跡が残っていた。
……これは、まさか。
エリザは処――
いやいやいや、違う違う違う!
酔った勢いで喧嘩でもしたんだ、たぶん。うん、きっとそうだ。
……なわけ、あるか。
俺の体には切り傷ひとつない。
あるのは、今気づいた肩の噛み跡だけだ。
エリザの方を見る。
その体に怪我はない。
そこにあるのは、宝石のように美しい白い肌と、思わず見惚れてしまうほど整った肢体。
そして張りのある胸。
……って、何興奮してんだ俺!
ま、まぁあれだ、朝だからな!
男には仕方ない生理現象だ。うん。
……いや、それにしても、なんでこうなった?
まさか、あのエリザと一線を越えてしまうなんて。
エリザもエリザだ。
俺の中で、あいつはこういうこととは無縁の人物だった。
誰よりも正義感が強く、
誰よりも騎士道を重んじ、
自分にも他人にも厳しい。
“氷の騎士団長”。
それがエリザだ。
たとえ酔っていたとしても、こんなことになるとは思えないんだが……。
「くそぉ……昨日の俺、一体何したんだよ……」
「教えてやろうか?」
背筋が凍った。
聞き覚えのありすぎる、冷たく澄んだ声。
ぎぎぎ……と油の切れた人形みたいに首を動かすと、さっきまで眠っていたはずのエリザがこちらを見ていた。
長い銀髪がベッドに広がり、氷のような蒼い瞳が真っ直ぐ俺を射抜いている。
……しかも裸のまま。
「お、おはようございます団長殿……」
「なんだその呼び方は。エリザでいい」
「じゃ、じゃあエリザ……さん」
「さんもいらない」
「……エリザ」
そう呼んだ瞬間、なぜかエリザの頬がわずかに赤く染まった。
そして彼女は慌てたように布団を胸元まで引き上げ、視線を逸らす。
……あのエリザが、照れている?
「き、昨日……俺たち、一体何をしたんだ?」
俺が震える声でそう尋ねると、エリザは数秒沈黙した。
やがて、意を決したようにこちらを見る。
「あれは、お前が行きつけの酒場での出来事だった」
静かに語られるその言葉。
だが次の瞬間、エリザは耳まで真っ赤に染めながら、小さく呟いた。
「……先に言っておく」
「な、何を?」
「話を聞いたあと、お前が責任を取る覚悟がないなら……」
エリザの蒼い瞳が、俺を捉える。
逃げ場なんて、どこにもない。
そして氷の騎士団長は、俺の知るどんな表情よりも熱を帯びた顔で告げた。
「覚悟しておけ」
――俺の平穏な日常は、この朝、終わりを告げた。




