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架空と名付けたおつり

作者: じゅラン椿
掲載日:2026/01/26

新宿駅の東口付近で起きたらしい・・・。私の名は"春柳 歩(はるやなぎ あゆむ)"

"そう・・・らしい"という言葉が曖昧でモヤッと感じさせることを主張しているようだ。


 私はその日新宿にはいなかった。仕事で横浜に滞在していた。帰りの電車の中で友人らメールが届いた。

 

 『新宿で、なんか変なことがあったみたいなんだよ、みんな、ざわついている・・・』

たったのそれだけだった。なんだそら。


写真・動画は誰も送ってこなかった。送れるようなものじゃなかったのかもしれない。そんないろいろな思いがふつふつと湧くような湧かないような、自分も曖昧に引き寄せられた気分を味わっていた。


 翌日会社の休憩室で同僚が言った。

 

 「昨日、新宿で女性が、急に叫んで走り去って、周りの人が一斉にスマホを向けたけど、何も映らなかった、みたいなんだよね、なんか奇妙だよねーーーっ」

また、別の社員は

 「えっ、男性が倒れて救急車が来たって、話じゃないの?」

 「喧嘩じゃない?」

それは何時頃で、場所はどこの話なんだろう・・・・・と私は思った。


どれも、これも確かめることは不可能でニュースやSNSの投稿はないのだった。

ただ、似たようなつぶやきが、存在するだけで、スグにながれしまい、誰も「見た」という、事実は言わない。

曖昧代表【聞いた・らしい】だけである。


 そんな噂が広がるなかで、私は六間坂(ろくまさか) 拓郎(たくろう)と出会った。


彼、拓郎は大学の後輩で、卒業してから五年ほど音沙汰がなかった。

 ある日突然カフェに呼び出され、新宿の小さな店の窓際席で拓郎はコーヒーをかき混ぜながら、

 「先輩、聞いてください、新宿で起きたことを・・・、俺あれ見たんです」

拓郎の声は低く確信に満ち溢れていた。


 「新宿駅の改札口近くで女性が立っていて、普通のスーツ姿で三十代くらい、急にその女性が『助けて』って叫んだんですよ、口は開いていたけど、音がなくて、周りの人が気づいて振り向いた時にはもう、その女性の姿はなかったんです」


私は黙って聞いていた。


 「その女性が消える前に、苦笑いして助けてと言っていることがなんだか、怖くてさ」

拓郎は私の手を握りしめ、真剣な瞳が伝熱した。


 「先輩、俺は正しいことをしたい、ちゃんと伝えなきゃ、あの女性が何かを訴えていたんだと思えるし、感じるから、みんなにも知ってもらいたいんだよね」


 私は、ちょっと困った。あの噂はもう、形を変えて広がっていた。男性・女性・子供・老人・・・・。被害者の性別・年齢も話す人によって、バラバラ、叫びの有無、倒れた人、喧嘩の様子、スマホを向けた件・・・など。


 「拓郎、おまえ、ホントにそれを見たのか?」

拓郎は迷いもなく、強く頷いた。


 「こ、こ、この目で、ハッキリ見たんだよ、瞳に映した」

 

 「でもさ、しかしさ、誰も動画を撮ってないんだろう?撮れてないんだろう?しかもさ、ニュースにもないんだな、これが・・・・・ 記憶違い、っていうことも考えられないだろうか?」


 「先輩まで、そんなことを言うんですか、俺は正直に、ただ、話しているだけなのに」

 「正直って、拓郎が、一人だけ、そう思っているだけかもしれないぞ、実際何が起きたかなんて、誰も知らないんだよ、誰も知らないということが、事実になるんだよ・・・、だろぉっ・・・」


会話はそこで、少し途切れた。拓郎は窓の外を眺め、スマホをいじり沈黙が流れた。


 「先輩は、何も信じてくれないんですか?」

 「信じたいけど、証拠がなくて、信じれないだろう、信じるとかじゃなくて、真実が見えないだけなんだよ」

 「証拠って、俺の言葉じゃダメなんですか?」

私は首を振った。

 「人の言葉なんて、スグに変わるものだよ、拓郎だって、時間が経てば、少しずつ話が変わってくるかもしれない」

彼は悲しそうな顔をした。


 「俺は絶対変わらない」

それから私と拓郎は店をあとにした。


♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧


一週間後、拓郎から連絡がきた。今度は電話だった。

 「先輩、俺ブログに書きました、あの日の出来事を、でさぁーっ、沢山反響があって・・・」


 私はパソコンを開いて拓郎のブログを拝見した。タイトルは『新宿駅で見た本当の出来事』 詳細があり熱が伝わった。


 女性の服装・叫び・周囲の反応、総てが生き生きと描写されていた。

でも、私が聞いた拓郎の話とは、少々ズレがあり、女性の年齢がが二十代後半、"笑った"という部分が、涙を流していた、と書かれていた。


 「拓郎前に話していたのと、少し違うんじゃぁない?」


 「記憶って時間とともに、整理され最初は混乱してたけど今ははっきりしてるんだよ」


 「笑ってた、って、言ってたじゃん」

 「それは俺の思い違いだったのかも・・・ 大事な部分は変わってない、あの女性が助けを求めていたってことは、変わってないから」


 私は何も言えなかった・・・・・。


♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧


その後も拓郎はSNSで発信を続けていた。フォロワーが増え、コメントが殺到した。

  私も似た経験あります・あれは都市伝説だぜぇー・嘘つき・不可解な出来事だ・・・など、様々な声が集まっていた。拓郎はすべて丁寧に返信した。

 【私は見たんです、真実を伝えたいんです】と。



しばらくしてから、拓郎からメールで連絡が届いた。

 「先輩、ありがとうございました、あの出来事を伝えることで少し救われた気がします、でも、もうやめることにしました みんな俺の話じゃなく、自分の話を主張し始めるんですよ」

私は返信した「それでいいと思うよ」と。


 拓郎は既読をつけたまま、何も返さなかった。

それを最後に、私たちは連絡を取らなくなった。


♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧


新宿駅の噂はいつしか消えていた。誰も話題にしなくなった。結局何が起きたかは、誰も知らない。


 私の手元には奇妙な跡アジだけを残した。事実でもなく、真実でもない余剰。


六間坂 拓郎の善意と私の疑念がぶつかり合って、行き場を失くした感情の端数。正しいことを伝えたかった拓郎、"ほんとの事"を知りたかった私。どちらも未明だ。


残ったのは"架空"と名付けたおつり。受取先の無い小さな硬貨。これをどこに返せばいいのだろうと、私は時々思うのだった。










この物語は事実の不在とそれで残る感情の端数について描きました。

 "見た"と思い込み、"知らない"と言い続ける曖昧の中で、人は自分の正しさを主張したくなるのでしょうか?春柳 歩は、疑うことで自分を守り、六間坂 拓郎は、信じることで、自分を保とうとした。真実ではなくただの「あまり」。


"架空"としか言えない。


最後まで拝読感謝申し上げます。


♢♦♢♦♢♦ じゅラン椿 ♢♦♢♦♢♦

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