3歳の娘の夢は悪役令嬢でした
「わたくしは、やがて断罪されますわ」
今年で3歳になる娘、リコが告げた。
同年代の子がまともに話せない子もいる中、娘の夢は悪役令嬢である。
「お母さま、わたくしはいつか断罪されるから準備しておいてね」
「いい加減にしなさい。そんな物騒なことを誰に教えてもらったの?」
「物騒なんかじゃありませんわ。美しき伝統ですのよ?」
どこで覚えた、その喋り方。
娘は保育園でも浮いている。というより圧倒的に強すぎるのだ。
「ええと、リコちゃんの将来の夢を絵に描いてみましょう」
担任の先生が言うと、周りの子がおぼつかない手でママになりたいと家族を描く中で、娘のリコだけは断罪会場である。
しかも完成度が異常に高い。将来は絵描きか美大に行かせてもいいのではと、今からでも思うレベルである。
「あの、リコちゃん、これは……?」
「王太子殿下に婚約破棄される時のわたくしですわ」
「ど、どうしてそうなるの……?」
「だって、悪役令嬢ですもの」
この後、先生から真剣に相談されることになった。
「――と、このような事がありまして、ただのおままごとならまだしも、あまりに真剣なもので、私はどう対応したらいいのか……ママさんはいつもどのように接しておられます?」
「じ、実の所、私にもよく分からないんです……」
お陰で軽く恥をかいたが、娘は本気なのだ。寝る前の絵本タイムも、まさかの自作ストーリー読み聞かせ。
「むかしむかし、あるところに気品あふれる悪役令嬢がいました」
(そのしなやかな語り口、どこで覚えたの?)
「彼女は王太子の婚約者をいじめたと、濡れ衣を着せられ、断罪される運命にありました」
(保育園児の語彙じゃないんだよな)
「でも悪役令嬢は決して逃げません。なぜなら断罪はヒロインより美しくあるべき儀式だからです」
(誰だ、この子に悪役論教えたやつ)
私は娘に率直に聞いた。
「ねえ、リコ。なんで悪役令嬢になりたいの?」
「だって最後にちゃんと自分で立つ女の子ってかっこいいから」
(ちょっと今の刺さったんだが?)
「みんなに嫌われても、間違ってても、泣きたくても、最後まで笑って『どうぞ断罪なさいませ』って言える女の子。そんなの超かっこいいでしょ?」
(いや、すごい分かる……)
私はリコを抱きしめた。
「リコ、あんた、ただの悪役令嬢好きじゃないわ……」
「お母さま、わたくしガチ勢ですわ」
「いい加減、ママでいいのよ」
ただ、この話はまだ終わらない。
ある夜、私は気づいたのだ。
娘が寝言で誰かの名前を呼ぶ声を。
「ルシフェルさま……断罪の日が……」
(誰だよ、ルシフェル)
翌朝、娘にルシフェルのことを聞いてみると、「私の婚約者ですわ。前世の」と、まさかの前世の記憶から出た言葉だった。
「前世でわたくしは悪役令嬢だったから、今世こそ完璧に断罪されてやり直すのです」
(普通は幸せになりたいって言うんだよ)
「だから、ママ。わたくし、ドレスが必要ですの。断罪される時に着る勝負ドレスを」
(断罪の勝負ドレスってなんだよ」
「そんな勝負ドレス着ても意味ないでしょ?」
「ありますわ。『断罪はファッションで勝敗が決まる』と、ある偉人が言ってました」
(どんな偉人だよ)
「お母さま、これ園で描きましたの」
リコが画用紙を手渡してきた。その時、私は背筋が凍る。娘の断罪ドレスのデザイン画が、あり得ないほど緻密で、古風で、この国に存在しない文様だったからだ。
「……ねえ、リコ。前世って本当なの?」
「もちろんですわ。だって、わたくし二度目の断罪を迎えるために生まれてきたんですもの」
第2話 娘の婚約者(5歳)が保育園に現れた
翌朝。
我が家のリビングで、私は深刻な顔をしていた。
目の前には、昨日娘が描いた断罪ドレスのデザイン画。
・繊細な金糸の刺繍。
・百年前の王国史料でしか見たことないような紋章。
・背中のラインに並ぶ宝石。
・なぜか王家の紋章っぽいものまで混じっている。
(……これ、素人の5歳児が描ける?)
いや、絶対におかしい。
私は娘に尋ねる。
「ねぇ、リコ。この紋章どこで見たの?」
「前世のお城にありましたわ」
「そ、そう……」
「断罪される時、あの紋章の下に立たされるんですのよ? 悪役令嬢専用スポットでしたわ」
(そんなスポット存在するのか? 異世界の倫理どうなってんの?)
私は頭を抱えつつ、リコを保育園へ送った。
◇
保育園に着くと、担任の先生が駆け寄ってきた。
「ママさん、 ちょっといいです……?」
「な、何かありました?」
「実は、今日転園してきたばかりの男の子が……」
「男の子?」
「はい……その……」
先生は困惑した表情で告げる。
「リコちゃんに『ご無沙汰しております、レディ・リアーナ」って挨拶したんです……」
(いや、誰だよ)
「しかもリコちゃん『あら、ルシフェルさま、お懐かしいですわね』って返したんです」
(ルシフェルきたあ!?)
「それから二人して前世を語り出しまして……」
「は、はい……」
私は、保育園の入り口に座り込んだ。
(ついに来たのね、ルシフェル。リコの前世の婚約者、現代の日本に転生してきたということね……)
その後、私は先生に連れられて、リコのクラスのひまわり組へ入る。
――いた。新品の園服を着た、整った顔立ちの美少年。瞳は金色で髪は明るい茶髪。どう見ても日本人ではなく、ハーフ? いや、あの子はガチだと悟った。
男児は私を見るなり、静かに頭を下げる。
「初めまして、リアーナの母上、じゃなかった、リコ殿の婚約者のルシフェルです」
「こ、婚約はまだできないね……」
「前世で正式に許嫁でしたので」
(どの自治体が許可したのそれ)
リコは隣で誇らしげに言う。
「お母さま、紹介いたしますわ。こちら、ルシフェルさまですの。私を断罪に導いた……いえ、していただいたお方」
(断罪なんて教育上危険な発言を保育園で言うな)
私はルシフェル君に膝をついて目線を合わせた。
「ねえ、ルシフェル君。あなたはどこから来たの?」
「気づいたらこちらの世界にいました。目が覚めた時、リコ殿の気配を感じました」
(気配って何? 何のスキル?)
「お母さま、ルシフェルさまはすごいのよ。前世では断罪を司る王家の血筋でしたの」
(どんな血筋だよ)
後ろで見ている先生が震える声で言った。
「お母さん、正直、どうすれば……」
(だよね)
「リコちゃんとルシフェル君、お互いに断罪ごっこを始めてしまいまして……」
(二人して保育園で何始めた?)
「おままごとでもなく、ヒーローごっこでもなく、断罪劇場という新しい遊びを……」
(嫌な新ジャンル爆誕してる)
◇
その日の帰り道。
ルシフェル君が、私のスカートの裾を引っ張った。
「母上」
「私、あなたのママじゃないよ?」
「リコ殿をどうか支えてください。あの方は二度目の断罪を迎えられる運命にあります」
「断罪を迎える運命って何?」
ルシフェル君はまっすぐ私を見て言った。
「前世で果たされなかった役割があるのです」
「……役割?」
「悪役令嬢としての最期を正しい形で迎える役割です」
「そうですわ。前世では中途半端でしたもの。今度こそ、ちゃんと断罪されませんと」
「なんでそんな意欲まみれなの?」
◇
家につき、娘の靴を脱がせながら私は考える。
(本当に夢じゃないよね? 完全に転生モノの渦中なんだが……ていうか、娘の前世が悪役令嬢で婚約者も転生してきて次に来るの、王太子とヒロイン? いや、まさかね)
「お母さま、安心してくださいませ。わたくしはちゃんと美しく断罪されるから」
(美しく断罪されるなんて言われて安心できる母親いないからね?)
第3話 保育園に前世のヒロインが転園してきた。
翌日。
私は朝から嫌な胸騒ぎがしていた。
(……なんだろうこれ。嫌な予感しかしないんだが)
玄関では、リコが優雅に靴を履いている。
「お母さま、急ぎませんと。今日はヒロインが来る日ですわ」
「え?」
「前世の断罪イベントを台無しにしたあの子ですわ」
(待て。情報量が多い)
「ねえ、リコ。ヒロインって?」
「私の婚約者を奪って、私を断罪台に押し出したあの子ですわ」
「……その子、保育園に来るの?」
「ええ。前世と違って今回は逃がしませんわ」
「逃がしませんわ、じゃないよ?」
◇
保育園についた瞬間、空気が変わった。
園庭の奥に、一人の女の子。
白いワンピース、きらきらした髪飾り、澄んだ瞳。
「私がヒロインです」と言わんばかりの存在感。
担任の先生がそっと近づいてきた。
「あの、ママさん……」
「はい……?」
「今日から来た転園生ですが、自己紹介の時に……」
「時に?」
「『前世で悪役令嬢に断罪されかけました』と言ってまして……」
(もう帰りたい)
私はリコとルシフェル君を連れて、ヒロインの子に挨拶することにした。
「はじめまして、私、ひまりです!」
リコが冷ややかに言う。
「ええ、前世でお会いしましたわね?」
「うんっ! あなたの断罪イベント、すっごく可哀想だったよ〜!」
「あれは、あなたが原因ですけれど?」
「……確かに」
「あ、ルシフェル〜! また会えて嬉しいわ!」
「……近い」
「ルシフェルさまは私の婚約者ですわ。離れなさい」
「え〜? 前世では奪えたんだよ〜?」
(こいつ本当にヒロインだわ。性悪タイプの)
しばらく三人が話し合っていると、砂場の真ん中でリコとひまりが向かい合った。
「ひまりさん、あなたの来訪で運命が動きますわね」
「そうだね、リコちゃん、また断罪してあげるね」
「今回は、わたくしが美しく勝ちますけれど?」
「へぇ〜? でも、正義は私の味方だよ?」
「美しさはわたくしの味方ですわ」
(言い返しのレベル、5歳児じゃない)
ルシフェル君が間に入り、真剣な声で伝える。
「二人とも落ち着いて。ここは王宮の中庭ではない。砂場だ」
「確かに、ルシフェルさまの言う通りね。今は言い争ってる場合ではなくてよ」
「それなら、リコちゃんの未来のために断罪の練習させてあげてもいいよ?」
(断罪の練習って何だよ)
その時、私は気付いてしまった。
ひまりが持っている塗り絵帳──
その表紙の装飾。
昨日、莉央の描いた断罪ドレスの文様とまったく同じだった。
(……嘘でしょ)
「今度の断罪は途中で邪魔させませんわ。前世の借りを返します」
「うん。じゃあまた断罪されてね?」
(保育園で何の宣戦布告してんの)
前世のヒロインも前世の記憶を持っている。しかも、断罪イベントをもう一度やり直す気だ。
◇
帰り道、私はリコに聞く。
「ねえ、リコ。本当に断罪をやり直すの?」
「もちろんですわ。だって、わたくし今度こそ最後まで悪役令嬢として美しく散りたいんですもの」
「散るとか言わないで?」
第4話 保育園で断罪予行練習が始まった
その日の午後、保育園から電話がかかってきた。
「ママさん……事件です……」
(うん、知ってた。何となく予想はしてた)
「どんな事件でしょうか……?」
「あの、子どもたちが砂場に断罪台を作ってしまって……ご覧になった方が早いかと……」
◇
砂場の中央に断罪ステージ。
・砂で作った壇上(やたら完成度が高い)
・小枝で作られた柵(器用だな)
・何故か紅白の布(誰が持ってきた)
・砂で作られた王家の紋章(精巧すぎる)
そしてその上に立つ私の娘、リコ。
背筋は真っ直ぐ。
顎は上げ気味。
完璧に悪役令嬢のポーズ。
そして壇下に前世のヒロイン、ひまり。
さらに、その横には婚約者ルシフェル君。
ただし彼は本人が言う通り『断罪される側を守る係』のつもりらしい。
クラスの園児たちもざわざわしている。
園児A:「だんざいって、なにー?」
園児B:「しんぱんごっこみたいなやつ?」
園児C:「おれ、ぬれぎぬ役がいいー!」
ルシフェル:「ぬれぎぬは尊い役ではない」
(何、その言い回し)
そして始まってしまった断罪の予行練習。
ひまりが可愛い声で宣言する。
「本日ここに悪役令嬢リアーナ……じゃなくて、リコちゃんの断罪を執り行います」
「結構ですわ。ひまりさん、どうぞ断罪なさいませ」
「では、えーっと……罪状は……」
ひまりは指を折りながら考え始める。
「可愛すぎる罪! 美しすぎる罪! あと、お菓子を独り占めした罪!」
「最後だけは事実ですわね」
(認めるんだ)
ひまりは、周囲の園児たちに向かって告げる。
「みんな、悪役令嬢をどう思う?」
園児A:「かわいい」
園児B:「きれいー」
園児C:「おかしちょうだいって言ったらくれたー!」
園児D:「ぜんぜん悪者じゃないよ!」
園児たちの無垢な声が響く。
「……え? そんなことはないわよね?」
「ひまりさん、あなたの正義が通じませんわね?」
「え、えっ、なんで……前世ではみんな私の味方だったのに?」
「ここは現世ですもの。あなたのテンプレは通じませんわ」
(テンプレ!?)
ひまりは焦り始めた。
「じゃ、じゃあルシフェル! あなたは私の味方でしょ!?」
「僕は婚約者の味方だ。前世でも今もそれは変わらない」
「そんな……」
「当然ですわね」
(お願いだからやめて。保育園でするイベントじゃないわよ)
ひまりはついに声を震わせる。
「ちょ、ちょっと待って。私が断罪できない……?」
「ひまりさん、あなたの正義が空っぽだからですわ」
「空っぽじゃないもん!」
「では、罪を示して?」
「え、えーと……あれ?」
「もう理解できただろう。前世の断罪はただの嫉妬だったと」
「っ……!」
園児たちはお構いなしに無邪気に笑っている。
園児A:「ひまりちゃん、くやしそう!」
園児B:「リコちゃんつよい!」
園児C:「これ、おままごと?」
(おままごとではない。異世界からの因縁劇だ)
そして、リコが砂場の壇上で堂々と宣言する。
「前世のやり直しはここからですわ。わたくしは悪役令嬢として正しく美しく断罪される道を選びます」
(選ぶな)
「でも今回は、ひまりさんの嫉妬で理不尽に断罪されるのではなく、わたくし自身が選んだ罪で美しく終わってみせますわ! もはや、あなたの物語ではありませんのよ、ひまりさん」
私は、その場に立ち尽くしていた。
(なんだこれ……保育園の砂場で繰り広げられる前世の戦い……なんかもうほんとに意味が分からない)
その時、リコが壇上から降りてきて、私の手を握った。
「お母さま、わたくしは前世みたいには終わりませんわ」
「……どうするの?」
「今度は、本当に美しい悪役令嬢として完成してみせますわ。だから見守ってくださいませ?」
(なんで、そんな覚悟決まってるの?)
ひまりは涙目で言った。
「リコちゃんずるい。私よりずっとヒロインじゃん」
「ヒロインなんて結構ですわ。私は悪役令嬢ですから」
(そんな誇り捨てて普通の子供になってほしいわ)
◇
保育園の砂場で行われた、
前世の因縁を清算する断罪儀式ごっこの翌日。
私は朝から複雑な気持ちだった。
「今日も何か起こる気しかしないわ」
リコはというと、朝食のパンを食べながら妙に神妙な顔をしている。
「お母さま」
「どうしたの?」
「わたくし、昨日気づいたことがありますの」
いつになくリコは妙に深刻そうだ。
「悪役令嬢とは結局、王子の物語に巻き込まれた存在でしたわ」
(急に視点が俯瞰になったな)
「断罪されるのも物語の都合。ヒロインに負けるのも世界の仕様。わたくし、そこでやっと悟りましたの」
(三歳児が何を悟った)
「悪役令嬢のままでは、わたくしの物語は始まらないって」
(だから3歳児が物語論を語るな)
「だから、わたくし――悪役令嬢を卒業しますわ」
(ついに……! ついに普通の子になってくれるのね!)
リコはにっこりと笑いながら、イスから急に立ち上がって宣言する。
「今度は――魔王になりますわ!!」
「ちょっと待って!?」
◇
到着した保育園のひまわり組では、ルシフェル君がすでに困惑した顔で待っていた。
「リコ殿、本当に魔王に?」
「ええ、断罪されるのはもう嫌ですわ。今後は断罪する側に回りますの!」
ひまりも慌てて近づく。
「ちょっと待って!? リコちゃん、悪役令嬢じゃなくなるの!? 私は何をすればいいの!?」
「ひまりさんはそうですわね……従属ヒロインか勇者にでもなればよろしくてよ」
「従属ヒロインって何!?」
◇
砂場では園児たちが集まっている。
園児A「きょうは、なにごっこー?」
園児B「けっこんごっこ?」
園児C「だんざいごっこ?」
リコはふわりとスカート(制服)を揺らし、堂々と言った。
「皆さん、本日は魔王即位式ですわ!」
園児たち「「「魔王!?」」」
リコは膝を折り、園児たちに目を合わせる。
「いいえ、自分の物語を自分で決められる存在のことですわ」
「リコ殿は前世より遥かに格が上がっている!」
「……リコちゃん、もうそれ主人公じゃん」
リコは壇上に立ち、誇らしげに手を挙げた。
「本日をもって、わたくしリコは悪役令嬢を卒業し、この現世において魔王となることを誓いますわ!」
「リコちゃんすごーい!」
「まおうのボス〜!」
「つよそう!!」
「おれ、しもべになる!」
(しもべって単語はどこで覚えた?)
「……リコちゃん、なんか前世より幸せそうでよかった……」
「ええ、今世は誰の物語でもありませんわ。わたくしの物語ですもの」
3歳児が言うセリフではない言葉を残し、悪役令嬢だった娘はヒロインにもならず――保育園の魔王になった。
〜完〜
お読みいただきありがとうございました!
久しぶりのほのぼのコメディ作品です♪
他にも↓投稿してますので、ぜひ見てくださいませ。
【連載版】完璧な婚約者ですか? そんな人より私は地味な従者を愛しています
https://ncode.syosetu.com/n5901lh/
是非ブックマークや↓【★★★★★】の評価、いいね!をお恵みくださいませ!
それではまた( ´∀`)ノ




