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幸運999騎士の成り上がり物語  作者: 白鷺雨月


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第八話 聖女と商家の影

 救出の翌朝、王都は小雨に包まれていた。

 灰色の空の下、俺は王宮の医療舎にいた。

 昨日助け出した少女たちの手当てが行われている。

 その中でもひときわ周囲の空気を変えている女性がいた。


 亜麻色の髪に白い外套をまとい、優しく包み込むような声。

 泣き続ける子どもに微笑みかけると、その子は不思議と泣きやんだ。

 その姿はまるで美の女神のヴェリシアのようだった。

「あなたが……レオン様ですね」

 彼女は振り向き、静かに微笑んだ。

「はい。あなたは?」

 俺は亜麻色の髪の美人にそう問う。

「シシリア・マルクスと申します。皆を助けてくださって、本当にありがとうございました」

 俺は少し驚いた。

 この落ち着いた雰囲気、そして言葉遣い、とても貧民街にいたとは思えない。

「なぜ、あなたがあの場所に?」

「貧民街の子どもたちに食事を配っていました。あの夜も、いつものように行っていたのです。けれど、捕まってしまって」

 シシリアの声は静かだったが、その奥には確かな意志があった。

「危険だとは思わなかったのですか?」

 俺が訊くとシシリアは小さく頷く。

「危険だと分かっていても、見過ごすことはできません。あの子たちは、誰かが手を差し伸べなければ生きられないのです」

 俺は言葉を失った。

 貧民街の闇を知りながら、それでも歩み寄るシシリアの姿に、どこかティアラの気配を感じた。

「……あなたがいてくれて良かった」

「そう言ってもらえると、救われます」

 シシリアはほほえみ、傷ついた少女の髪をそっと撫でた。その仕草が、まるで祈りのように見えた。




 午後、王宮執務室。

 クラリスが机の上に一枚の文書を叩きつけた。

「やはり裏にいたのはケイト伯爵ね」

 ジュリアンが目を見開いた。

「まさか、あの上級貴族が人買いに関わっていたとは……」

「裏で奴隷商を動かしていた証拠を押さえたわ。帝国商人との通信書簡も出てきた」

 クラリスの瞳には怒りの炎が宿っていた。

「貴族の地位を利用して、同じ王国民を売るなんて……許せない」

「すぐに逮捕を?」

「もう手を打った。ケイト伯爵は今朝方、王国騎士団によって拘束された」

 俺は安堵の息をついた。

 だがクラリスはすぐに言葉を続ける。

「ただし……これで終わりじゃないわ」

「黒幕が、まだいるのですか?」

「ええ。ケイト伯爵はただのチェスの駒。本当の黒幕はおそらくアルフォンス・ヴァルデンベルグ」

 その名を聞いたジュリアンの顔色が変わる。

 俺でもその名は知っている。この国の摂政だ。

「アルフォンス・ヴァルデンベルグ? 摂政じゃないか」

「ええ。帝国との密貿易で財を成し、貴族派を影で操っている。だが、証拠はまだ掴めていない」

 クラリスは剣の柄に手を置き、窓の外を見つめた。

 遠くで雨が止み、薄日が差し始めていた。

「レオン。あなたにもう一つ、頼みたいことがある」

「なんなりと」

「シシリアを守りなさい」

 俺は一瞬驚いた。

「なぜ彼女を?」

「マルクス商会を率いる彼女の父、マルクス男爵は王国随一の商人よ。ケイト伯爵に協力を持ちかけられて断ったらしい。つまり、次に狙われるのは彼ら」

「……わかりました」

 俺は静かに頷いた。





 その夜。

 マルクス商会の屋敷は王都の北区にあった。

 大理石の柱が並ぶ玄関、広い庭、そして穏やかな灯火。

 だが、その穏やかさの裏に、重い緊張が流れていた。

「レオン様……」

 シシリアが現れた。

 白いドレスの上に薄い羽織をかけ、穏やかな微笑みを浮かべている。

 だが、その瞳には疲れの影が見えた。

「お身体はもう大丈夫ですか?」

「ええ。あの日のことは夢のようで……でも、あの時のあなたの剣が、ずっと頭から離れません」

 俺は少し顔を赤らめた。

「俺はただ、守るべきものを守っただけです」

「そういう方だからこそ……」

 シシリアは言葉を濁し、俯いた。

「私……これまでたくさんの人を助けようとしてきました。けれど、いつも誰かを失ってきた。でも、あなたが来てくれた夜は違いました。あなたは希望をくれたのです」

 その言葉に、俺の胸が熱くなった。

 ティアラの声が微かに響く。

『幸運は、信じる者の隣にある』

 俺は微笑み返した。

「あなたが貧民街の人々を助け続ける限り、俺もあなたを守ります」

 シシリアは顔を上げ、そっと頷いた。

「ありがとうございます、レオン様」


 雨上がりの月が二人を照らしていた。

 その光の下で、幸運の騎士と聖女の運命が静かに交わった。




※※※※

 だが、王都の片隅では。

 ヴァルデンベルグ家の館の一室で、黒衣の男が報告を受けていた。

「ケイト伯爵、拘束されました」

「そうか。ならば……彼はもう不要だ」

 アルフォンス・ヴァルデンベルグは薄く笑った。

 窓の外で雷光が走る。

「姫騎士と最近噂の幸運の騎士か。面白い。だが、運命の糸はもうこちらにある」

 アルフォンスの言葉の後、黒衣の男は音もなくその部屋を去った。

 

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