第五話 姫騎士との決闘
翌朝。
王都の訓練場には、朝日を反射する白い砂と、冷たい鉄の匂いが満ちていた。
円形闘技場の中央には、すでに多くの騎士たちが集まっている。
その視線の先そこに立っていたのは、昨日噴水で水浴びをしていた赤い髪の美少女。
いや、今は凛とした鎧姿の「姫騎士」クラリス・フ・ルミナスだ。エルヴァリア王国第一王女セシリアの従姉妹にあたるのがクラリスだ。故にクラリスは姫騎士と呼ばれていた。
そしてクラリスは王国騎士団第一隊の隊長である。
若くして数多の戦功を挙げた才媛にして、王国随一の女騎士。
「辺境の騎士、レオン・エルドレッド」
クラリスが俺を見据え、澄んだ声で告げた。
「あなたに、正式な決闘を申し込みます」
観衆の間にざわめきが走る。
男爵家の次男ジュリアンでさえ、苦笑を浮かべた。
「本気ですかクラリス様。このような辺境騎士など相手にしては剣が汚れます」
クラリスの配下の一人が俺に聞こえるように言う。
「いいえ」
クラリスは淡々と答えた。
「昨日は不意を突かれただけ。私は騎士として、彼の実力を確かめたい。それだけです」
クラリスは赤い瞳で俺を見る
「俺の実力を?」
俺は眉をひそめる。
「バランを倒したって噂、気になるのよ。あの帝国の暴牛を討ったというなら、あなたがどんな剣を振るうのかこの目で見ておきたい」
クラリスは俺から視線をはずさない。
バランに勝てたのはまぐれだ。あの幸運の女神ティアラのおかげだ。俺の剣の腕は正直たいしたことはない。一応毎日訓練はしていたが、王国随一の天才と噂されるクラリスに敵う訳が無い。
しかし決闘を挑まれた以上、逃げる訳にはいかない。
観衆のどよめきが一層強くなる。
辺境の無名騎士と、姫騎士クラリス。
決闘とあらば、王都中の話題になるだろう。
クラリスがゆっくりと剣を抜いた。
刃が陽光を浴び、赤く輝く。
それは炎のように揺らめく。あれが噂に名高い魔剣サラマンダー。
「この剣は、太陽と勇気の女神ソルフィアの加護を受けている」
クラリスの赤い髪が熱を帯びるように揺れ、赤い瞳が光る。
「私はソルフィアに選ばれし者。その力、あなたに見せてあげる」
石の床を蹴る音とともに、クラリスの姿が消えた。
それは目で追えないほど速い。
炎の軌跡が閃き、俺の肩をかすめる。
熱が肌を焼くようだった。
激痛が体をかけぬける。
(速いっ……! これが加護の力か!)
『怖がらないで、レオン』
幸運の女神ティアラの声が、頭の奥で囁く。
『あなたの幸運は、運命をも超える。クラリスにソルフィアがついているようにあなたには私がついています』
次の瞬間、クラリスの剣が横一閃。
俺は反射的に一歩退いた。
ほんの数寸、遅れて炎の刃が空を裂く。
その動きは偶然に見えた。だが、偶然ではない。
俺の全身が「不思議な流れ」に導かれるように動いていた。
「なっ……今のを避けるの?」
クラリスが目を見開く。
続けざまに、連撃。
炎の斬撃が幾重にも重なり、床と壁を焦がす。
だが、俺には当たらない。
足を滑らせたかと思えば、風に煽られて身体がずれ、刃がすれ違う。
まるで、世界そのものが俺を守っているようだった。
「やはり当たらぬか」
クラリスは歯を食いしばる。
「ならば、本気でいく!!」
剣に宿る炎が爆ぜた。
熱気が訓練場を包み、観衆が思わず息を呑む。
「サラマンダー、解放!」
火柱が立ち上がり、地面を焦がす。
クラリスが突き出した剣先から、紅蓮の奔流が放たれた。
俺は咄嗟に飛び退く。その瞬間、俺の足元の地面が崩れた。
熱に焼かれ、石床が溶けて罠のような穴を作り出していたのだ。
「しまっ……」
クラリスが目を見開く。
落ちたのはクラリスの方だった。
炎の勢いに押されて一歩踏み込みすぎた彼女の足が、自ら作り出した穴の縁に引っかかり、そのまま見事に転倒した。
観衆が一斉に息を呑む。
レオンは呆然と立ち尽くし、思わず呟いた。
「勝ったのか、俺?」
俺は焼け焦げた石床の穴を見る。
「~~っ、ちょっと待ちなさい!」
クラリスがの落ちた穴から這い上がる。
頬を赤らめ、髪に砂をつけながら、俺を睨む。
俺は這い上がる途中のクラリスに剣をむける。
「まさか……自分の穴に落ちるなんて……」
「いや、俺、何もしてないぞ?」
「やっぱりね。あなたの能力、絶対生存。面白い、面白いわ」
穴からでるとしたクラリスは焦げた鎧を脱ぐ。
クラリスは剣を鞘に納め、真剣な瞳で俺を見た。
「あなた、本当に不思議な人ね。まるで運命があなたを守っているみたい。そうね、さしずめ幸運の加護といったところでしょうね」
クラリスは俺をじっと見つめている。
「それは、俺にもよくわからない」
俺もあの幸運の女神の力がどんなものかはよくわからない。
「バランを倒したのも、偶然じゃなさそうね」
クラリスは少し考え、そして微笑んだ。
その笑顔は太陽のように明るく、どこか気高い。
「レオン・アレスター。今日からあなたを、私の部下にするわ」
「は?」
俺は素っ頓狂な声をあげる。
「異論は認めません」
クラリスは形の良い胸を張る。
「あなたの幸運が本物なら、それを王国のために使ってもらう。いいわね?」
クラリスは俺、続けてジュリアンを見る。
ジュリアンが頭を抱える。
「クラリス様、また勝手に……」
「うるさい。私の隊に必要なのよ、こういう面白いのがね」
クラリスの顔は新しいおもちゃをもらったいたずら少女の顔そのものであった
俺は苦笑しながら頭を掻いた。
「勝手な人だな……」
「よく言われるわ」
俺とクラリスの視線が交わる。
勇気と幸運。太陽の姫騎士と、幸運の騎士。
その出会いが、やがて王国の運命を変えることを、
この時まだ誰も知らなかった。




