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幸運999騎士の成り上がり物語  作者: 白鷺雨月


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第四話 王都の姫騎士

 王都〈エルヴェリア〉。

 白い城壁と尖塔が連なる光の都。

 辺境の土と汗にまみれた俺にとって、それはまるで別世界のように見えた。

「これが……王都か」

 石畳の広い大通り。香草と焼き菓子の匂い、笑い声、商人たちの喧騒。

 すべてが眩しく、どこか息苦しかった。

「気を抜くなよ、レオン」

 隣を歩くジュリアン・グレイモアが、軽く笑う。

 その目は王都生まれの貴族らしい余裕を湛えていた。

「王都は美しいが、牙も潜んでいる。笑顔の裏に刃を隠す連中がな」

 ジュリアンが浮かれている俺をたしなめる。

「辺境とは違う戦いってことですね」

「そういうことだ。さあ、行くぞ。王宮へ」

 俺はジュリアンと共に王宮にはいる。

 ダリアは王都のグレイモア邸で先に休んでもらうことにした。


 王宮――それはまるで白銀の迷宮だった。

 磨き抜かれた大理石の床、天井から吊るされたクリスタルの燭台。

 豪奢な装飾の中で、俺はまるで自分が異物のように感じていた。

「ここで待っていろ」

 ジュリアンは言った。

「俺は王国騎士団長に戦況を報告してくる。お前の功績についても話しておく。下手に動くなよ」

「はい」

 俺は頷いたが、落ち着かない。

 慣れぬ宮廷の空気に息が詰まりそうだった。


 その時。

 俺の頭の奥で、あの声が響いた。

『レオン。幸運の道は、閉ざされた扉の外に未来はあります』

 その声は幸運の女神ティアラであった。

 あの夢で出会った女神の声だ。

 まるで導かれるように、俺は歩き出した。

 廊下を抜け、扉をくぐり、静かな庭園へと出る。


 そこは王宮の奥庭。

 白い噴水が輝き、緑の蔦が絡む大理石の柱が並んでいた。

 鳥の声、水の音、そして人の気配。

 俺は反射的に足を止めた。

 噴水の向こう、透き通るような肌を水滴が伝っていた。

 陽光に濡れた金の髪。白い背。

 赤い髪の少女がひとり、水浴びをしていた。

 その姿は神々しいほど美しかった。

 思わず俺は息を呑む。


「誰っ!?」

 次の瞬間、鋭い声が響いた。

 赤髪の少女は驚きのあまり水面から振り返り、赤い瞳が俺を射抜く。

 赤い髪に赤い瞳。もしかしてこの女性は……。

「な、違う! 俺は!!」

「無礼者っ!!」

 水飛沫とともに、赤い髪の美少女は剣を掴んで構えた。

 裸のままだが、動きは迷いがない。

 俺は慌てて後ずさる。

「ま、待ってくれ! 俺は怪しい者じゃ――」

「言い訳無用!」

 赤い髪の美少女は目にも止まらぬ速さで間合いを詰めた。

 剣先が喉元に迫る。

 あまりの気迫に、俺は反射的に体を捻り、避ける。

 金属の音が鳴り、噴水の縁が砕けた。

 彼女の剣筋は、戦場を知る者のものだった。

「まさか……あなたは赤の戦姫……」

「そうよ。私はクラリス・ルミナス。王国騎士団第一隊隊長にして、赤の戦姫の異名を持つ者!!」


 俺は息を呑んだ。

 その名は、王都でも知らぬ者がいない。

 若くして王国騎士団の将となり、帝国との前線にも立つ美しき才媛。

「姫騎士……クラリス……」

「無礼な男ね。王宮の庭園を勝手にうろつき、淑女の肌を覗くなど」

「誓って覗くつもりはなかった!!」

「言い訳は剣で語りなさい!」

 クラリスが剣を構えた瞬間、風が走った。

 地面の砂が舞い、花弁が宙に舞う。

 その美しさと鋭さに、俺は一瞬見惚れた。


 次の瞬間、刃が閃いた。

 俺は反射的に腰の剣を抜き、受け流す。

 火花が散り、剣がぶつかる音が庭園に響いた。

「速い……っ!」

 これが姫騎士の剣なのか。鋭すぎる。

「言い訳は不要!!」

 クラリスの連撃。

 だがその一太刀一太刀を、俺は必死に捌いた。

 剣が弾かれるたび、ティアラの声が微かに響く。


『恐れるな。幸運は今、貴方と共にある』

 幸運の女神ティアラの声が頭の中に木霊する。


 俺は歯を食いしばり、反撃に転じた。

 踏み込み、一撃。

 しかしクラリスは驚くほどの身のこなしでそれを受け流す。


 噴水の水が跳ね、陽光が剣に反射する。

 二人の剣が交わるたび、空気が震えた。

「辺境の騎士のわりに、悪くないわね……!」

「そっちこそ、水浴び中の相手とは思えないな!」

「黙れっ!」

 クラリスの怒号と共に、鋭い回し蹴りが飛ぶ。

 俺はかろうじて身を翻すが、風圧だけで息が詰まる。速すぎてクラリスの裸体に見惚れるヒマがない。


 だが、次の瞬間――。


 クラリスの足が噴水の縁に滑った。

 俺は咄嗟に手を伸ばす。

 クラリスの手首を掴み、そのまま俺たちは噴水の中に倒れ込んだ。


 冷たい水が跳ね、静寂。


「……っ!」

 クラリスの瞳が、間近にある。

 濡れた髪が頬に張りつき、赤く染まる唇が震えていた。

「……離しなさい田舎者」

「あ、ああ……」

 俺は言われた通りに手を離す。

 手を離した瞬間、クラリスがまた足を滑らせる。

 きゃっという少女らしい悲鳴。 

 俺は何も考えずにクラリスの裸体を抱きしめた。

 水浴びの途中のクラリスの体は冷たい。

 クラリスは息を整えながら、剣を下ろした。

「田舎者、いつまでそうしているのだ」

「す、すいません」

 俺はクラリスから離れる。

 クラリスはかけてあったタオルをとり、そのほっそりとしているのに出ている所は出ている見事なスタイルの肉体にまきつける。

「私の剣をこうもかわされたのは久しぶりだわ」

 そう言って、クラリスは肩をすくめた。

 そのとき、庭園の入り口から声が響いた。

「おい、レオン! どこに行ったって、なにをしてる!?」

 ジュリアンが駆け込んできて、目を剥く。

 びしょ濡れの俺と、半裸のままのクラリスを交互に見る。


「説明してもらおうか、レオン」

 ジュリアンは今にも俺に掴みかかろうとしている。

「誤解です」

 俺は怒るジュリアンにどうにかそれだけを言う。

「誤解じゃないわね。私、この人に抱きつかれたのよ」

 クラリスはいたずら少女のように舌をぺろりと出す。


 王都到着初日。

 俺は幸運の女神に騙されたのか。これが未来の運命なのか。

「レオン・アレスター。あなたに決闘を申し込むわ」

 形の良い胸の前で腕を組み、クラリスは俺にそう宣言した。



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