第三十四話 玉座に沈む影
王宮の最奥、荘厳にして静謐な玉座の間。その巨大な扉がきしみを上げて開いた瞬間、レオンたちは息を呑んだ。
玉座の上には、星の光を宿したような銀髪の少女が静かに座っていた。しなやかな肢体に薄い衣をまとい、その瞳は深い湖水のように澄んでいる。
玉座の腰掛けるのはレイラであった。
かつてオズワルド王が奴隷の女性に産ませたとされる娘だ。王宮から追われ、存在すら隠されてきた少女が、今は王座に君臨していた。
玉座の横に立つ青年は、整った顔に微笑を浮かべるアレク公爵。その佇まいには朽ちた王宮の空気さえ支配するような、奇妙な気品があった。
「来たな、レオン」
アレク公爵が静かに言った。
その声音には憎悪も焦りもなく、ただ成り行きを楽しむような落ち着きがあった。
「どうやら私はここで最後のようだ。お前に話しておきたいことがある」
俺は剣を構えたまま言った。
「最後の言葉なら聞こう」
アレクは頷き、玉座のレイラへ一度視線を送り、語り始めた。
「私は、ザクセン王国の王子の生まれ変わりだ」
突然の言葉に、クラリスとイザベラが視線を交差させる。
「たしかエルヴァリア王国の北、ヴァルストリア神聖連邦との間にあった小国がその名だったはず」
クラリスが記憶の倉庫をたどる。
「そうです。今から約三百年前にエルヴァリア王国との婚約を破棄して滅ぼされた国です」
博識のイザベラが補足する。
「その通りだ。かつてエルヴァリア王国はザクセン王国に、美しい女王を差し出せと要求した。屈辱に屈しなかったザクセンは滅んだ。私はその時の女王クリスティーナの子シオンの生まれ変わりだ」
アレク公爵はこの場で何を言っているのだ。
こんな与太話を俺が信じるとでも思うのか。
妄想の話を信じて、見逃すとでも思っているのか。
俺は眉をひそめた。
「そんな作り話で……誰が信じる?」
アレク公爵は微笑む。
「レイラは信じた。だから私にすべてを託してくれた」
レイラは高い玉座に座ったまま、静かに俺たちを見下ろす。
「ふふっ…… 私は最後の味方です。この国のすべての人がアレクに敵対するのなら、私ぐらいは味方してあげるわ」
力強い声でそう告げたレイラのその瞳に迷いはなかった。
俺はゆっくりと言葉を返した。
「レイラ、君は利用されているだけだ。彼は王国を壊すことしか考えてない」
「そうね、そうかもしれないわ。でもね、私はこんなことに命をかける酔狂な女なの。そうそうダリアとの飲み勝負楽しかったわ。そう伝えといてくれるかしら」
レイラの声が響きわたった。
「もしかしてあのときの酒場の……」
どうやらエリクは何かを思い出したようだ。
「レイラ、面白い人生だったか?」
エリスは玉座のレイラに問う。
「そうね、奴隷の娘が一時とはいえ女王様になれたのだから。そこそこ面白い人生だったわ」
レイラのその顔はどこか達観したものだった。
「レオン。今回の人生は、どうやら私の負けだ」
アレクの言葉に空気が揺れた。俺は思わず視線をアレクの瞳に向ける。
「……人生?」
またこいつは何を言い出すのだ、
俺は玉座の間に入ってから、あきらかに混乱していた。
「そうだ。私は時の女神クロノアから加護を受けている。人生を……何度でもやり直せるのだ」
俺の背筋に冷たいものが走る。
時の女神など聞いたこともない。
しかし、それは俺に加護を与えている幸運の女神ティアラも同じだ。
七女神出はない忘れ去られた女神の一柱なのか。
『時と希望を司る女神はかたてザクセン王国で信仰されていました。そうですねアレク公爵』
イザベラの言葉にアレク公爵は頷く。
「やり直すたびに私は学ぶ。記憶の断片を持ち越し、最適解を探し続ける。まさかお前のような辺境騎士が立ちはだかるとは思ってもいなかった」
アレク公爵は言った
「馬鹿な……そんな力……」
俺は言いながら、自分の言葉を否定した。
今まで俺に加護を与えていたティのことをかんがえるとアレク公爵も別の加護をもっていたとしても何の不思議もない。
「あるのだよ。だから今回のループも、失敗として次に活かす。だが……」
アレクの瞳が細くなる。
「レオン。お前の名は覚えた。次は……もっと上手くやる」
俺は剣を握りしめた。
「次などない!!今ここで終わらせる!!」
アレク公爵はゆっくり首を振った。その表情は快活ですらあった。
「この世界では、私はもう詰んでいる。王都の支持も軍の支配も崩れた。だから次に賭ける」
レイラが立ち上がり、アレクの隣に寄り添う。
「アレクさま……私も共に参ります」
「レイラ、いいのか。次の人生には、お前がいるとは限らない」
「構いません。あなたと同じ道を行きます」
レオンは叫ぶ。
「やめろ、レイラ!! 生きろ!!」
アレク公爵がやり直せるとしてもレイラはその限りではない。
無駄死になるかもしれない。
だがその声は届かなかった。
アレク公爵は玉座の窓へ歩き出した。夜風が吹きこみ、マントが揺れた。
「では……次の世界で会おう、レオン」
レイラは最後に俺へ振り返り、微笑んだ。
「さようなら。あなたとダリアの世界が……幸福でありますように」
そして二人は、高い城壁から身を投げた。
「やめろおおおおお!!」
俺の叫びが王宮に響きわたった。
だが時すでに遅く、二つの影は闇の底に消えていた。
こうして、後にアレクの反乱と呼ばれる戦いは終焉を迎えた。
勝利の鐘が鳴り響く中、俺は呆然と立ち尽くしていた。
俺の胸には、倒したはずの男の言葉が深く刻まれていた。
「次のループで会おう――レオン」




