第三十三話 腐鎧巨人との戦い
白虎騎士団の生き残りを捕縛した後、俺は騎士の一人に問いかけた。
「アレク公爵はどこにいる?」
その騎士は、絞り出すような声で答えた。
「……王城の……最上階……玉座の間に……いる」
どうやらバレリアとの戦いが彼らの最後の忠誠心を撃ちくだいたようだ。
それを聞いた瞬間、俺は剣を握る手に力を込めた。
「行くぞ。すべてを終わらせる」
仲間たちは無言で頷いた。
王城内部へ踏み込むと、広々とした大広間が待ち受けていた。
高い天井には古い紋章が刻まれ、巨大なシャンデリアが暗い光を落としている。
その中央に、二人の男が立っていた。
一人は鎖に縛られ、ぐったりと項垂れている痩せた男「摂政アルフォンス」
クラリスは鎖につながれた男を睨む。
もう一人は背が高く、不気味なほど細長い腕を持つ男。
真っ黒な神官服をまとい、長い黒髪がゆらりと揺れた。
その男は俺たちを見るや、ゆっくりと口角を上げた。
不気味が服を着たような男だ。
「ようこそ……幸運の女神に愛された者レオン・アナイティス辺境伯」
「貴様……何者だ?」
「名乗りが遅れた。私はラスプーチン。神聖連邦ヴァルストリアにて教皇の影と呼ばれる者」
ヴィクトが低く唸る。
「ラスプーチン……ヴァルストリアの異端審問を裏で操る男……!」
ヴィクトの事日にエリスは頷いて肯定する。
ラスプーチンは微笑むだけだった。
その目は、獲物を見る捕食者のように冷たい。
ラスプーチンのその視線が少し離れた場所に立つアナスタシアを捉えた。
「……まさか、貴方様がこの地にいるとは。アナスタシア王女よ」
ラスプーチンを見て、アナスタシアは息をのむ。
「ラスプーチン……まさかあなたと今世でも会うとはね」
アナスタシアは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「もちろんだとも。我らの前世の因縁は、いまだ終わっていない」
ラスプーチンは両手を広げる。
まるで歓迎しているかのような空気を感じる。
俺は剣を構えた。
この男は危険だ。
俺の生存本能がそう告げていた。
「前世だと? 何を言っている」
ラスプーチンの言葉の意味はさっぱりわからない。
だがアナスタシア王女とは何か因縁めいたものがあるようだ。
アナスタシアは俺をかばうように前へ出た。
「レオン様。こいつの言うことを信じないで。ラスプーチンとは、かつて……」
「語る必要はない」
ラスプーチンが割って入るように言った。
「貴方様が今どの陣営にいるか、それだけが重要なのだ。。アナスタシア王女よ。私と共に来てください。帝国を復活させましょう」
「断るわ」
アナスタシアはきっぱりと言い切った。
「私はレオン様の味方よ。もう、あなたと過ごした地獄に戻るつもりはない」
アナスタシア王女の言葉を聞いたラスプーチンの目が細くなる。
「……そうか。ならば仕方ありませんね」
その瞬間、彼は鎖で縛られたアルフォンスの顎を強引に持ち上げた。
手には怪しい光を放つ瓶が握られている。
「アルフォンス殿。あなたには最後の務めを果たしてもらう」
「や……やめろ……!」
アルフォンスが苦しそうにもがくが、ラスプーチンは構わず瓶の中身を口へ流し込んだ。
数秒後――
アルフォンスの体が痙攣し、恐ろしい音が骨の中で鳴り響く。
「うわあああああああ!!」
全身が倍、いや三倍へと膨れ上がり、肉が裂け、黒い瘴気が噴き出す。
背骨が隆起し、皮膚は腐敗し、巨大な怪物がその場に立ち上がった。
俺は目を見張った。
「こ……これは……!」
「腐骸巨人……!」
エリスが叫ぶ。
ラスプーチンは不気味に微笑む。
「さあ、レオン殿。女神に愛されし英雄の力、見せていただこう」
そしてラスプーチンは闇のように姿を掻き消した。
腐った体の巨人が咆哮を放ち、腕を振り下ろす。
その一撃は大広間の床を砕き、衝撃で全員が吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
俺はすぐに立ち上がり、クラリス、エリス、ヴィクトらへ叫んだ。
「散開しろ! 広い場所ではあいつが有利だ!」
しかし腐骸巨人は動きが速い。腐った肉が垂れ、黒い液体を撒き散らしながら襲いかかってくる。
斬撃を繰り出そうとしたクラリスが押し返され、一瞬で壁まで吹き飛ばされた。
「ちぃっ……とんでもない奴ね!」
うまく受け身をとり、クラリスは立ち上がる。
アナスタシアが息を整え、前へ歩み出た。
「今しかない……!」
彼女は胸元から、小さなサファイアの宝石を外す。
かつて王族であった証の宝石。
酔っぱらい王のレオポルドからきいたことがある。
「お願い、力を貸して……!」
アナスタシアはサファイアを巨人の足元へ投げつけた。
その瞬間――
眩い青い光が炸裂し、巨人の体が硬直した。
「今よ!!クラリス!!」
アナスタシア王女が叫ぶ。
クラリスは頷くと、炎を纏った剣を構え、地を蹴った。
「父上……見ていてください!」
炎の軌跡が大広間を照らした。
クラリスの一撃は巨人の胸部を縦に切り裂き、そのまま背まで貫いた。
腐骸巨人は絶叫と共に崩れ落ち、黒い霧となって消滅した。
アナスタシアは膝をつき、サファイアの破片を見つめながら小さく息を吐く。
「……これで、いいのよ」
俺はその肩にそっと手を置いた。
「助かった。あなたのおかげだ」
アナスタシア王女は微笑んだが、その目には涙が浮かんでいた。
エリスが周囲を見渡し、息をのむ。
「……ラスプーチンがいない」
ヴィクトが歯噛みする。
「逃げたか……!」
やがて――
玉座の間へ続く扉が、ひとりでに開いた。
黒い風が吹き抜け、奥からは冷たい光が漏れている。
俺は剣を握り直し、仲間たちを振り返った。
「行くぞ。この先にアレク公爵がいる。すべての決着を、ここでつける」
俺の言葉に仲間たちは力強く頷いた。
そして俺たちは、静かに玉座の間へ足を踏み入れた。




