第三十一話 王都潜入
サーガリアン平原の戦いに勝利し、連合軍を打ち破った俺たちの軍は、勢いそのままに王都ルミナスへ向けて北上した。
街道の先にそびえる白亜の城壁は、夕陽を浴びて橙に染まり、これから始まる決戦の厳しさを物語っている。
「ヴィクト、敵の動きは?」
俺の問いに、副官ヴィクトは馬上から遠眼鏡を引き、冷静な声で報告した。
「旦那。ヴァルストリア神聖連邦軍はすでに王都から撤退しています。前の仲間からの報せでは北方へと撤退していく姿を見たということですぜ。残るはアレク公爵軍のみです」
「ふむ……だがまだ油断はできないわね」
クラリスが小さく頷いた。彼女の赤い瞳は、どこか険しい。
「レオン、王都ルミナスの城壁は大陸でも屈指の堅牢さを誇ります。正面から攻めるとなれば、被害は甚大になるでしょう。アレク公爵はそれを分かった上で籠城戦に持ち込むはずです」
王都産まれのクラリスはこのルミナスのことをよく知っている。クラリスの判断は的確だと思われる。
俺も表情を引き締めた。
「……なんとかして城壁を越える方法があれば良いのだが」
俺のその問に男装が麗しいシシリアが前に進み出た。
「レオン様……ひとつ、思い当たることがあります」
シシリアは言った。
「なんだ?」
「王都南門の外にある貧民街……覚えておいでですか?奴隷商人に捕まっていた子どもたちを、レオン様が助けたときの……」
俺の脳裏におよそ一年前のあの出来事が浮かぶ。
闇商人の檻から救い出した子どもたち。
その中に聖女と呼ばれ、貧しい人々から慕われていたシシリアがいた。
その後、彼らは南門外の貧民街で細々と暮らしていた。
「ええ、彼らは言っていました。レオン様のためならいつでも協力すると。その貧民街の人々だけが知る、王都内に侵入できる地下下水道があると」
シシリアの言葉に空気が一瞬止まった。
「噂に聞いたことがある」
ヴィクトが言った。元盗賊のヴィクトもその存在を知っているようだ
「本来、王都の下水道は全て封鎖されているず……。ですが、貧民街は管理が行き届かず、旧時代の隠し通路が残っている可能性はあります」
クラリスがそう補足する。
「もしそれが本当なら、少人数で侵入して内側から門を開くことができます。アレク公爵軍を混乱させるには、十分すぎる手段ですね」
ベアトリスは強く頷いた。
「貧民街の代表者が言っていました。『レオン様のためなら命を惜しまない』と」
シシリアは胸に手を当てる。
俺は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
自分の行いが、確かに誰かの心を救い、今こうして未来を切り開く道へと繋がっている。
「……彼らの思い、無駄にはできないな」
俺は深く息を吸い、決断した。
「全軍の指揮はベアトリス、お前に任せる」
俺は千騎長ベアトリスの顔を見る。
黒騎士の異名を持つようになったベアトリスが深く頷く。そしてすぐにその瞳に覚悟が宿る。
「承知しました。大軍の管理は私が責任を持って行います。レオン様には、王都奪還の最も重要な任を……どうか成し遂げてください」
ベアトリスは俺に片膝をつき、そう約束した。
ベアトリスは頼れる部下だ。
俺は力強く頷いた。
「必ず戻る。そして共に王都の旗を掲げよう」
その夜――。
俺は選抜された精鋭たちと共に、南門外の貧民街へと向かった。
灯籠のわずかな光に照らされる路地には、昔、俺たちが助けた者たちが立っていた。
彼らのそのた顔には、敬意と感激が入り混じった表情が浮かんでいる。
「レオン様、本当に……本当に戻ってきてくださったんですね」
「案内するよ。古い地下の水路……あれはもう公式には使われてない。でも、俺たちは毎日のようにそこで水を汲んだり、隠れたりしてきた。レオン様なら、きっとこの国を変えてくれる……!」
彼らのその言葉を胸に刻み、俺は仲間たちを振り返った。
俺に続くのは元盗賊のヴィクト、元暗殺者のエリス、姫騎士クラリス、男装の剣士シシリア、暴牛の娘バレリアの五人だ。精鋭中の精鋭だ。
「行くぞ。ここからが正念場だ」
俺の声に、全員が頷く。
案内役の青年が、古びた井戸を指差した。
「この井戸の下に、古い下水道の入口があります。ずっと閉ざされてるけど……俺たちだけが知っている通路です」
井戸の蓋を外し、縄梯子が垂らされる。
湿った空気が立ち上り、古い石の匂いが鼻をくすぐった。
俺は剣の柄を握りしめた。
「ここから王都ルミナスへ潜入する。アレク公爵に、我らの決意を思い知らせるためにな」
一歩、一歩――暗闇の底へ。
仲間たちが後に続き、古の下水道へと姿を消していく。
※※※※
城壁の外で待つベアトリスの軍が、夜風に幟を揺らしながら、レオンの成功を信じていた。
王都奪還の鍵を握る、危険な潜入作戦がいま始まる。




