第十八話 アナイティス家再興
クシャーン城で反逆者たちを拘束した翌朝、俺は王都帰還の準備を整えていた。
ガルドリア王女アナスタシアを捕虜として連れ帰ること。そして、ゴードン辺境伯ら三名の裏切り者を王都へ移送し、裁きを受けさせるためである。
「アナスタシア王女、馬車の準備ができています」
エリスが丁寧に告げると、アナスタシアは淡く微笑んだ。
「ええ、ありがとう。ここから先は……あなたたちにお任せするわ」
そのとき、鎖で繋がれたゴードン辺境伯が声を荒げた。
「アナスタシア王女殿下!! お、お願いです!! わたしはあなた様方を信じたのです。あれほど約束したではありませんか」
必死にすがるようなゴードン辺境伯の声が城内に響き渡る。しかしアナスタシアは冷ややかな瞳で一瞥した。
「約束。そういう約束をしたのかもしれません。ですが妾は今は捕虜の身。あなたを庇う力などどこにもありません。それに……あなたはガルドリア王国のためにも、そしてこの国に裏切りを働いた。処されても仕方ないわ」
「ひ、ひどい……」
ゴードンはその場に膝を折り、声を失った。
アナスタシアは振り返る。
「王都へ向かいましょう。あなたと共に。レオン卿」
「……ああ」
卿と呼ばれたことに若干照れてしまう。
俺は短く頷き、ベアトリス率いる軽騎兵隊を伴って城を出立した。
留守の城の守備はベクトルとアラミスに任せる。両名は軽口を叩き合いながらも、引き締まった表情で敬礼した。
「任せてください、レオン殿。裏切り者の残党が出ないよう、目を光らせておきます」
ベクトルは力強く言う。
「帰還時には城門を広げて待っておりますぞ」
アラミスは爽やかな笑みを浮かべた。
一年ぶりの王都だ。王都ルミナスの城壁が見えてきたとき、俺の胸には複雑な想いがよぎった。
クラリスらに見送られて王都を出たことを昨日のように覚えている。
そして今俺は南の戦局を覆した英雄として、捕虜の王女を連れて凱旋する自分。
すべてが遠く感じられた。
城門前には人々が集まり、俺たちの姿に歓声が上がった。
「レオン様だ!」
「英雄が帰ってきた!」
群衆の中に俺はクラリスの赤い髪をみつけた。
「レオン、おかえりなさい!」
クラリスが駆け寄り、無邪気に喜びを表す。
「無事でよかったわ。みんな心配してたのよ」
俺は少し照れたように笑った。
「ただいま。……心配をかけたな」
アナスタシアは馬車の窓から、俺を出迎える人々の歓声を静かに見つめていた。念のためにアナスタシアの側にはエリスを置いている。
「なるほど……これが、あなたの国の力ね」
その声には、敵国の王女という立場を超えた、どこか羨望の響きがあった。
拘束されたゴードン辺境伯、グラン千騎長、ゲルド千騎長は、王都での裁判で反逆罪と内通罪により死刑を宣告された。
俺たちの決定的証言により、抗弁の余地はなかった。
三名の処刑は速やかに執行され、南方の軍制は完全に再編されることになる。
その功績を称え、オズワルド王は俺たちを謁見の間に呼び出した。
荘厳な大広間。貴族たちが左右に並び、俺はオズワルド王の前で片膝をつく。
「レオン・アレスター。そなたは南方における反乱を鎮圧し、敵国の王女を確保する大功を立てた」
オズワルド王の声謁見の間に響く。
「よって、本日より断絶して久しいアナイティス家を再興し、その当主とする」
広間にざわめきが走った。
アナイティス家。かつて南方開拓の英雄として名を残しながらも、数十年前に断絶した名家である。
「さらに、そなたを新たな南方クシャーン辺境伯に任命する」
俺は深く頭を垂れた。
「はっ……身に余る光栄でございます」
胸の奥が熱くなるのを、俺は抑えられなかった。
謁見の後。
王都の客館では、アナスタシアが麗しいドレスに着替え、俺の報告を受けていた。
「アナイティス家の再興……ふふ、あなたらしいわね」
胸元のサファイアの首飾りをいじりながら、アナスタシア王女は言う。
「俺には似つかわしくない名かもしれん」
つい一年少し前までは農民とさほどかわらない辺境の騎士だった。それが今は伯爵だ。
これも幸運の女神ティアラの力か。
「いいえ。あなたほど相応しい人はいない。英雄は、名門の亡霊すら呼び覚ますものよ」
アナスタシアは壁にかかる地図を見ながら言う。
「妾は留学の名目で、しばらくこの王都に滞在することになったわ。もちろん、半分は監視、半分は保護ね」
「不自由はあるだろうが。できる限りの配慮はする」
「ええ、期待しているわ。あなたの国の文化を学ぶのが楽しみなの。ガルドリアはよく言えば武門の国、悪く言えばならず者の国。良いところは宝石がたくさんとれるぐらいなの。千年王国エルヴァリアのような文化はないのよね」
アナスタシアは扇子で口元を隠し、いたずらっぽい瞳を向けた。
「それにあなたのことも、もっと知りたいから」
俺は思わず言葉に詰まった。
「な、なぜ俺を……?」
「自分で分からない? あの暴牛を倒し、戦を終わらせ、反逆者を討ち、王家を救った英雄よ。興味を惹かれないわけがないでしょう?」
その笑顔は敵国の王女ではなく、ただ一人のいたずら少女のものに俺には見えた。
こうして、俺はアナイティス家当主兼南方辺境伯として新たな地位を得た。アナスタシアは留学生として王都に残ることとなった。
だが、この出会いがもたらす未来は、まだ誰にも予測できなかった。
王都の夏の空は、静かにその幕開けを告げていた。




