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幸運999騎士の成り上がり物語  作者: 白鷺雨月


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第十四話 酒と忠誠

 南方国境の大森林。

 精霊族カリンが味方となってからというもの、俺の部隊は目に見えて勢いを増していた。

 森に巣食う大熊を討ち、

 突進すれば木々をなぎ倒す巨大鹿を仕留め、岩のような鱗を持つ大トカゲを倒した。

 戦果は上々だ。

 討伐で得た肉は貴重な食料に、骨や皮、鱗は武具や防具の素材として使える。

 俺はそれらを惜しみなく兵士たちに分け与えた。

 貧しい村の出の俺は蓄財にはそれ程興味はない。強いて言えばダリアと温かい食事がとれればそれでいい。

「手にしたものは分け合えば倍の力になる。それが俺の信条だ」

 そう言って笑う俺に、兵士たちは心を打たれたようだ。文字通り現金な奴らだ。

 貧民出の兵や流れ者たちが多い南方の守備軍で、上官が彼らに平等に戦利品を分けるなど前代未聞だったようだ。

 次第に「千騎長レオンは公平な男だ」という噂が広まり、とくに副長の一人ベアトリスの態度にも、微かな変化が見え始めていた。


 ある日、俺は精霊族のカリンと共に森の巡察に出ていた。

 風が心地よく、鳥のさえずりが聞こえる。

 森は彼女の加護によって静まり返り、まるで俺たちを歓迎しているようだった。

「カリン、森の精霊たちが機嫌よさそうだな」

 俺の言葉に、カリンは笑みを浮かべる。

「ええ、レオン。あなたが森を傷つけず、兵たちに感謝を忘れないからです。精霊たちは、あなたのような人間を久しく見ていません」

 そこへ、甲冑の音を立てて近づく影があった。

 ベアトリスだった。

 漆黒の髪をポニーテールに結び、鋭い眼光をもつ女騎士だ。

「……まさか、精霊族と行動を共にしているとはね」

 その言葉の主はベアトリスであった。

 ベアトリスは皮肉めいた口調で言いながらも、どこか感心した様子だった。

「カリンほどの存在が、あなたに力を貸すなら、私はあなたを信じてもいいかもしれない、レオン千騎長」

「信じてくれるのか?」

 俺が尋ねると、ベアトリスは頷いた。

「ええ。精霊族が味方する者に、悪しき心はない。冒険者時代にそう教えられてきたわ」

 そう言ってベアトリスは剣を軽く掲げる。

「これより、私ベアトリスはあなたに従います」

 俺は安堵の息を漏らした。

 だがまだ、俺の指揮下には二人の反抗的な部下がいる。ベクトルとアラミスだ。



 彼らはともに武勇に優れ、誇り高い男たちだった。

 だが「平民出の若造が千騎長など」と、俺を見下していた。

 その態度を見かねたのは、なんとダリアだった。

 幼なじみであり、いまや俺の腹心のひとりでもある。

 ダリアはある夜、兵舎で大胆な提案をする。

「ねぇ、ベクトル。それとアラミス。―あんたたち、酒は強いの?」

 暖炉の焚き火がダリアの可愛らしい顔を照らす。場所は城の食堂であった。

 突然の挑発に二人の男は顔を上げた。

「どういう意味だ?」

 ベクトルが眉根を寄せる。

「まさか俺たちに酒比べでも挑む気か?」

 アラミスが嘲笑する。


 ダリアはにやりと笑った。

「そうよ。勝負しない? どっちが強いか」


 ベクトルは鼻で笑う。

「女が俺たちに勝てると思ってるのか」


 ダリアはわざと肩をすくめる。

「負けたら、あたしの体を好きにしていいわ」

 と言い放った。


 その場が一瞬で静まり返る。

 俺は頭に血がのぼるのを実感した。大事なダリアがベクトルとアラミスの慰み者になるなど死んでもゆるせない。


「な、なに言ってるんだダリア! そんなこと」

 俺はダリアを止めようとする。


 しかしその横で、エリスが冷静に言った。

「レオン様、止めない方がいい」

「えっ?」

 俺はエリスの顔を見る。

 いつも無表情なエリスがニヤリ笑う。

 それは珍しい光景であった。

「ダリアはね、王都で一番の酒豪よ。あの子は樽潰しのダリアって呼ばれてたの。レオン様、私はあなた様が夜警の時に何度かダリア様とシシリア嬢と行動を共にしたました。彼女らは何軒もの酒屋の樽を空にして、挑んできた男たちを汚物の海に沈めました」

 言葉の後、エリスの顔が青ざめたように俺は見えた。

 まさかそんなことがダリアとシシリアの間で行われていたのか。

 俺は絶句する。

 一方、ベクトルとアラミスたちも、もう後には引けなかった。

「いいだろう。受けて立つ!」

「女に負けるほど堕ちちゃいねぇ!」

 彼らは口々に叫ぶ。


 こうして、南方駐屯地名物の酒飲み対決が始まった。



 大樽三つが並び、兵士たちが歓声を上げる。

 ベアトリスとエリス、そしてカリンまでもが観戦に訪れた。


「いけー! ダリア様ぁー!」

 カリンが無邪気に応援する。


 一杯、二杯、三杯――。

 男たちの顔が赤くなり、呼吸が荒くなる。


 だがダリアは微動だにしない。

 むしろ笑いながら、次の杯を掲げた。


「ほらほら、もう降参?」

 ダリアは余裕の笑みを二人に向ける。


「ま、まだだぁ!」

「ぐぅ……ごく、ごく……!」

 二人は震える手で酒をあおる。


 やがて夜が更け、焚き火が小さくなった頃――

 ベクトルとアラミスは同時に机に突っ伏した。


 沈黙が食堂の大広間を歯胚する。


 次の瞬間、兵士たちの歓声が上がった。


「ダリアの勝ちだー!」


 エリスは満足げに腕を組む。

「だから言ったでしょ。とんでもない酒豪だって」


 ダリアは静かに立ち上がり、ベクトルとアラミスの前に歩み寄った。


「約束は覚えてるわね?」


 二人は青い顔で頷く。

「……負けは負けだ。あんたに従う」

 ベクトルは頭を押さえながらそう言った。

 アラミスはかなり前に大量に吐き、倒れてしまった。


 ダリアは少しだけ微笑んだ。

「いい子たちね。でも覚えておきなさい」

 焚き火の光に照らされながら、ダリアは真っ直ぐ言い放った。

「これからは、レオンの言葉を私の言葉だと思って従いなさい。彼はただの上官じゃない。あんたたちを生かす運命を持った男よ」

 あれだけの量の酒を呑んだはずなのにダリアの顔は白いままだ。

 そのダリアの声には、場の誰もが逆らえぬ力があった。

 ベクトルは渾身の力をこめて、どうにか立ち上がる。そして片膝をつく。

 さすがは歴戦の騎士と言ったところか。若輩のアラミスとは違う。

「……了解した。千騎長レオンに忠誠を」

 しかし、その言葉のあとベアトリスは床に倒れた。



-


 翌朝。

 酒樽の山の傍らで、俺は苦笑した。

「やれやれ……本当にお前は恐ろしいよ、ダリア」

 ダリアは肩をすくめて笑う。

「信頼ってのはね、理屈じゃなく作るもんなのよ」

 その言葉に、俺は静かに頷いた。

 こうして南方駐屯軍は一枚岩となり、

 幸運の千騎長レオンの名は、南境全土に広まり始めていった。


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