第十一話 女神の予言
冬の夜、王都に雪が降り積もっていた。
王宮の屋根も通りも、白銀の衣をまとっている。
辺境の無名の騎士だった俺が、王国騎士として暮らし始めてから、すでに半年が経っていた。
この半年の間に、俺の周囲は大きく変わった。
クラリスの部下として王宮警備を任され、盗賊のヴィクト、暗殺者のエリスを配下に迎え、聖女シシリアとも親しくなった。
幼なじみのダリアもジュリアンの屋敷で安定した生活を送り、王都での日々は穏やかに続いていた。
――少なくとも、その夜までは。
俺は夢の中にいた。
冷たい風が吹く灰色の空。
目の前に広がるのは、見覚えのある王都の広場だった。
だが、そこには異様な光景があった。
広場の中央に立つ巨大なギロチン。
その下で、両手を縛られた王女セシリアが処刑台に立たされていた。
「やめろ!!やめろおおおッ!!」
俺は叫ぶ。だが声は届かない。
群衆が怒号をあげる中、黒い外套を羽織った男が処刑命令を読み上げる。
――アレク・エルヴァリア公爵。
セシリアの叔父であり、アルフォンス・ヴァルデンベルグが次期国王に推す人物だ。
「セシリア・エルヴァリア、国家反逆の罪により、斬首を以て処す!」
冷たい鐘の音が響く。
刃が落ちる瞬間、セシリアは静かに微笑んだ。
その姿が、まるで祈りのように見えた。
そして、白い雪が赤に染まる。
「やめろおおおッ!!」
俺が駆け出そうとした瞬間、景色が崩れた。
血の海が闇に溶け、代わりに柔らかな光が降り注ぐ。
そこに立っていたのは、白い衣をまとった女神ティアラだった。ティアラを見て俺は何故か今はなき母レイラを思い浮かべた。
女神ティアラは相変わらず、微笑みをたたえていた。
「久しぶりね、レオン」
その声は、どこまでも優しく、しかしどこか悲しげでもあった。
「女神ティアラ……いまのは何だ!? あれは、未来なのか?」
「そう……未来のひとつよ」
ティアラは淡く光る瞳で彼を見つめた。
「王女セシリアは、あなたの手が届かない未来で処刑される。彼女を守ろうとしたクラリスは、剣に倒れる。そして王国は、アレクの手によって滅びに向かうの」
「そんなこと、させるものか……」
俺は唇を噛む。
口の中に鉄の味が広がる。
「止めたいのなら、力をつけなさい。この未来を変えるために、あなたの幸運を導くのは、あなただけ」
ティアラの声は静かだが、確かな決意に満ちていた。
「あなたは幸運の加護を持つ。しかしそれは、ただの偶然ではない。――運命そのものをねじ曲げる力。この力を極めれば、未来さえも変えることができる」
俺は拳を握った。
「俺は……どうすればいい?」
「学びなさい、戦いなさい。王都のぬるま湯に浸かっていては、あなたの力は腐るだけ」
ティアラは指先を軽く振る。
光の中に一枚の地図が浮かび上がった。
そこには、南方国境――エルディア辺境地帯が描かれている。南のガルドリア王国との国境は戦争が絶えない地域だ。王国でもっとも危険な場所と言われている。つい先月も千騎長が討死したと言われている。
「あなたはもうすぐ、そこへ赴くことになる。運命はすでに動き出しているわ」
「……南方国境?」
俺はゴクリと唾を飲み込む、
グレイモア村などとは比べものにならないほど危険な場所だ。
「そう。そこは戦の火種が絶えぬ地。そして、あなたの運が試される場所」
女神ティアラは柔らかく微笑んだ。
「セシリアとクラリスを救いたいなら――この力を恐れず使いなさい。あなたが幸運を望む限り、私はあなたを導く」
光が次第に薄れ、夢が終わりを告げる。
ティアラの最後の言葉が、静かに響いた。
『――幸運は、信じる者にのみ微笑む』
俺は目を覚ました。
外では雪がまだ降り続いている。
胸の奥が焼けるように熱い。
夢だとわかっていながら、あの光景の現実味は恐ろしいほどだった。
王女が処刑され、クラリスが死ぬ未来――。
それだけは絶対に許せなかった。
「ティアラ……必ず、力を手に入れてみせる」
小さく呟いたその朝、王宮に使者がやってきた。
「レオン・アレスター、陛下よりの命令書です」
使者が封書を差し出す。
王印が押された命令書には、こう記されていた。
レオン・アレスターを南方国境防衛軍の千騎長に任ずる”
クラリスが手紙を読み、驚いた顔をした。
「千騎長……? 異例の昇進よ。あなた、王都を離れることになるわね」
俺は深く息を吸った。
ティアラの言葉が脳裏によみがえる。
「……そうか。やはり、あの夢は運命だったんだ」
「夢?」
「女神が言ったんです力をつけなさいと」
クラリスは静かに微笑んだ。
「ならば行きなさい、レオン。あなたが幸運の騎士なら、その運で未来を切り開くのよ」
雪の舞う王都の城門前。
俺はマントを翻し、馬に跨がった。
見送るクラリスと王女セシリアが並んで立っている。
王女セシリアが少し寂しげに微笑んだ。
「どうか……無事でいてくださいね、レオン」
俺はその言葉に深く頷く。
「必ず戻ります。あなた様を――守るために」
白い雪の中、馬の蹄が静かに響く。
その背中には、まだ知らぬ運命を変えるための決意が宿っていた。
そしてティアラの声が、風の中でそっと囁く。
『――運命の頁は、今、書き換えられようとしている』




