第9話 収穫開始!! 肥料から生まれたブルーロマン
「収穫の時期やで〜、ルイゼはん」
アオイとの肥料買い取りの交渉が成立してから数カ月後。
季節は体を抱くような温かな風が吹く春から肌をじんわりと焦がすような陽が照りつける初夏へと変わります。
そんな鬱陶しい暑さを飛ばすような情報が屋敷へと訪れたアオイからもたらされます。
「やっと収穫ですわね。ここ最近は通常業務ばかりでしたので、じれったかったですわ。これでいよいよ、ドレス作りが始められますわね!!」
「ふふふ、気が早いなぁ。まだ、ルイゼはんから買い取った肥料の効果がどれだけあったか話してへんのに」
そんな気が早い私の言動にアオイは肩を揺らしてクスクスと笑います。
まあ、前世の記憶で結果は成功すると知っていましたからね。言えませんけど。
とりあえず、自分の気持ちだけ言葉にしておきますわ。
「私の仲間が作った肥料ですもの、信じないでどうするのですか。それに、アオイも『とりあえずドレス1着分の原材料が穫れるだけの肥料を購入しますわぁ〜』なんて言いながら、結果が出る前に追加で肥料を買い足してくださったじゃないですか」
「ウチも友達であるルイゼはんを支援したいと思いましてなぁ〜」
「そう言いつつ、余剰に余った材料で服を作って売るつもりではなくて? 最近、街へ出かけては市民と話をしている姿をアロンやレニが見かけてますわよ?」
「おんやぁ、バレておりましたかぁ。金になりそうなもんは買い占めておきたくなるのが商人の性質やからねぇ。しかし、ルイゼはんは情報が早いですなぁ」
「情報戦と腹の探り合いなんて貴族社会では日常茶飯事ですから。それに、アオイも油断したら友人でも喰ってしまうのでしょう?」
「あっははは!! 色は喰えてもルイゼはんは喰えそうにありまへんわぁ」
そんな少し毒づいた会話をしながら私達は屋敷を出て、アオイが持つ農作地へと移動をします。
そうして、街から少し外れた平原の高台へと到着します。そこは、アオイが所有する農作地の全体が見渡せる場所でしたわ。
眼に映るのは初夏の陽を受けて艶やかに輝く青緑の植物が生え並んでます。
高さは80cmほど。葉は丸みを帯びて濃い緑色を作り上げています。
茎も柔らかで、風が吹けば靭やかに揺れる様が生き生きとした生命力を感じさせてくれますわ。
「まるで緑のカーペットでも敷かれているようですわ。これが染め物の原材料になるわけですわね」
「その通りやでぇ。肥料のおかげか、ええ色合いに育ちましたわぁ」
「ええ、そうですわね。きっと綺麗な青色塗料を取り出せるはずですわ」
そんな感想を口にしながら私の期待感は高まっていきます。
今回、私がアオイへ肥料の買取に加えて依頼したのはドレスの作成ですわ。
発色が良く鮮やかなドレスが、ウンコをベースとした肥料で作られた。
そんな情報が知れ渡れば他の領地でも同じ手法を取り入れてくれるのではないか……という計画ですわ。
詳細な話は長くなるのでおいといて、まずは計画の鍵となる美麗なドレスの作成が最優先ですわ。
そんなわけで、まずは何色のドレスを作成するかという話になりまして。
『上流階級では王族は赤色。その色を避ければ何でもいいですわ』
『赤色、マダー塗料を作るのは2、3年かかりますからなぁ。貴重な色は王の特権ってわけやねぇ。それ以外で何でもええなら、青色はどうやろか?』
『奇遇ですわね、私も同じ意見ですわ。アオイの着物、青色が綺麗で見惚れましたもの』
『そんな褒められたらルイゼはんに惚れてしまいそうやわぁ。なら、色は青で決まりやねぇ』
こうして、作成するドレスのメイン色は青に決まりましたわ。
既にアオイの所有する農地では耕しと染め物の原材料である植物の苗を植える作業は完了済み。
これに、買い取って頂いた肥料をまいて頂きましたわ。
それらの作業も終わり、無事に収穫当日を迎えましたわ。
私は改めて青々とした濃い色合いの植物たちを眺めながら口にします。
「それにしても、肥料1つで成長は大きく変わるとは言いましたけれど、なんというか種類そのものが変わったような……」
「もしかして、ルイゼはんはウォードの植物について話しております?」
「えっ? もしや、この土地で育ているのは違う品種ですの?」
と、私は素直な驚きの感情を表に出します。
ウォードとは染め物の原材料が穫れる植物の1つですわ。
葉から抽出できる色は青で、私達の住む国ではポピュラーな染め物原材料です。
今回は青色のドレスを作る予定でしたので、てっきりウォードを育ているのかと思っていましたわ。
すると、アオイは立てた人差し指を自身の口元へと寄せます。
「この話、秘密にしておいてなぁ。この植物は蓼藍っていう別の品種なんや」
「タデアイ? 聞き馴染みがありませんわね」
「せやろなぁ。この植物はウチの生まれ故郷で植生しておりますから、見慣れないのも当然やわぁ」
「なるほど、アオイは東の国の生まれでしたものね。納得ですわ。それにしても、わざわざ海を超えて苗を持ち出したのですから、ウォードよりも優れている点があるのですのよね?」
するとアオイは少し考え込んだあと「言葉だけやとイメージしにくやろなぁ」と、農作地で収穫作業を行っている従業員を指さします。
その従業員は成長した植物の葉を取り、背負っている藁カゴの中へと手際よく放り込んでいきます。
「あの成人の身長半分ほどある大きさの藁カゴがあるやろ? そのカゴい~~っぱいになるほど葉を積めこんだとして、ウォードの場合、何着ほど服を染められると思います?」
「そうですわね。大体、3着ほどでしょうか」
その私の回答に対して、アオイは両指を交差させバッテンマークを作ります。
「残念、不正解や。答えは1着だけなんやでぇ」
「それは随分と少ないですわね。でしたら、タデアイはどれくらいになるのでしょう?」
「ウォードの4倍。つまり、カゴ一杯で4着分の服を染められるくらいの量になるんやでぇ。どやぁ、凄いでっしゃろ?」
と、アオイは手に腰を当てながら身体を前に逸らし、自慢げに鼻息を漏らします。誇らしそうですわ。
「確かに凄いですわね。ですが、こんな重要な情報を私に話して良いですの?」
「ウチがルイゼはんから買い取っている肥料と同じもんや。たとえ、製造方法を知ったとしても安易に真似は出来へんやろ?」
「獣人族の鼻の良さを活かした肥料作りと同様に、タデアイも単純に植えれば良いわけじゃないというわけですわね」
「そういうことやわぁ。環境や土、気候なんかの事細かな叡智を集結させたからこそウチの誇る色が出来上がったんや。模倣できるもんなら、してみなはれって感じやねぇ」
「頼もしいですわね。アオイと取引して正解でしたわ」
そんな感想を漏らすと、畑仕事をしていた獣人の女性が私達に気付いたのか作業の手を止めて、高台へと近づいてきます。
「ルイゼお嬢様、アオイ様、お疲れ様です。いよいよ、収穫日ですね」
「レニ、お疲れ様ですわ。メイドの仕事もあるのに、畑仕事を任せて申し訳ございませんですわ」
そんな感謝の言葉を送ると、レニは「意外と楽しいですよ」とピンっと張った獣耳を左右に揺れ動かします。
現在、私はレニに頼んで、アオイが運営する農作地の手伝いを頼んでいますわ。
理由として、実際に肥料の効果を確認してもらうため。
また、状況に合わせて肥料を撒く調整作業もお願いしていますわ。
アロンと同じくレニも獣人。鼻は効きますので、肥料の効果を最大限に活かしてくれると考えた結果ですわ。
すると、レニが藁カゴに入れていた収穫物であるタデアイの葉を取り出し、渡してくれます。
その葉の手触りを感じながら、自然と喜びの感情が溢れ出そうになりますわ。
「葉も大きいですし、厚みもありますわね。これがタデアイなのですね」
「いんやぁ、従来のは、ここまで良く育たへんよぉ。これは肥料のおかげやねぇ」
アオイはタデアイの葉を手に取り、感嘆が混じる息を吐き出します。
「ええ色やわぁ。お金の話抜きで、この材料で仕立てた服が、どんなもんになるか楽しみやなぁ」
「でしたら、いち早く収穫を終えませんとね。私も収穫を手伝いますわ!!」
そんな気合をいれた声を上げる私は、近くに置いてあった空の藁カゴを背負います。すると、レニが手を前に出して首を横に振ります。
「お嬢様は体力が無いので止めておいた方がいいかと存じます」
「大丈夫ですわ。なにせ、重たいウンコと違って、葉っぱは軽いですから。行けますわ!!」
そうして、レニの忠告を無視して、私は収穫の手伝いを始めます。
……が、しかし、軽い葉っぱとはいえ積み重なれば、それなりの重量になります。
己の体力の雑魚っぷりを計り間違えていた私は、ものの数分としないうちに体力が底を尽きましたわ。
「ぜぇ……ぜぇ……疲れましたわ」
残念ながら、気分が高揚すると思考力が低下してアホになる悪癖が炸裂してしまいましたわ。
そうして、スタミナ切れを起こした私は太陽に向かって叫び声を上げます。
「権力と交渉力だけでなく体力も欲しいですわぁぁぁ~~~~~!!」
そんな無様な姿を晒す私を、アオイは腹を抱えながら大爆笑して見つめます。
「友の頑張りを笑うなんて、絶交しますわよ!!」
「アッハッハ~、いやぁ、許しておくれやす。雇い主が働くなんて珍しいなぁと思いまして。ましてや領主様やもんなぁ」
そして、アオイは笑い涙を拭いながら言葉を続けます。
「まあ、ルイゼはんの気持ちも少しは分かりますわぁ。皆が汗水流して気張ってるのに、ウチらだけ指くわえて見てるのは、もどかしいもんなぁ」
「ええ、その通りですわ。ですので、アオイに頼みがありますわ」
「お金の話ならいくらでも聞くで?」
「もちろん、お仕事のお話ですわ。追加の発注をお願いできないでしょうか?」
そう告げると、アオイは角を小さく揺らしながら楽しげに頬を緩ますのでした。
◇
「商業と染め物は速さが命。皆、気張っていくでぇ!!」
「おおっ〜〜!!」
そんなアオイの喝をいれるような一言が室内に響き、それに応えるように職人達が握り拳を掲げながら声を張り上げます。
さて、染め物の原材料であるタデアイの収穫を終え、その日のうちに摘まれた葉は染め物を行う工房へと運び込まれましたわ。
アオイ曰く、葉の鮮度が塗料の質に大きく影響するとのこと。
工房内では厳格で熟練の雰囲気を纏う職人達が、作業に取り掛かる準備を忙しなく行っています。
そんな染め物作業員の1人として私は参画していましたわ。
なぜ、依頼者である私が作業の手伝いをしているか?
理由は2つほどございますわ。
1つ目は肥料の効果を直で確認するため。
2つ目はドレスとは異なる別の布を作成するためですわ。
「さてと、私も作業をしないとですね」
そう言葉にする私は職人達の邪魔にならないように部屋の隅っこへと移動します。
すると、作業指示を終えたアオイが近寄り、声をかけてくださいます。
「さてと、メイン作業はプロに任せて、ウチらはウチらの作業を進めましょ」
「ええ、お願い致しますわ」
こうして、アオイの指示を受けながら塗料の作成作業が始まります。
「まずは葉の発酵作業からや。収穫した葉を桶に入れて水に浸してくれやす」
「承知致しましたわ」
私は指示通りに作業を行ないます。
するとアオイが灰色の粉を桶に投入し、ヘラで混ぜ込みをします。
「これは、なんでしょうか?」
「石灰やでぇ。発酵を促進する魔法の粉や」
なるほど、肥料作りで言うところの粉骨のような物ですわね。
そして、ある程度、葉をかき混ぜた後、木蓋をします。
「これで完了や」
「なるほど。では、次の作業は?」
「いんや、今日の作業はこれで終まいやでぇ。あとは7日間かけて発酵させますわぁ」
「今日の作業、終わっちゃいましたわぁ!!」
しかし、肥料も乾燥の工程がありますし、理屈的には同じなのでしょう。
せっかちな気持ちが前へと出てしまいそうになりますが、ここは我慢の時ですわ。
こうして、本日の作業は終了するのでした。
そして、7日後。
再び工房へと訪れて、続きの作業を始めますわ。
「今日は塗料の抽出作業やでぇ」
「ついにきましたわね!!」
アオイの言葉に私のテンションも高揚を覚えます。
さっそく、木蓋を取り、水と葉を浸した桶の中身を確認します。
そこには濁りのある半透明な液体がありましたわ。
「青色ではないですわね?」
「焦らん焦らん。まずは葉の取り出し作業からやでぇ」
言われるがまま私は桶から葉を取り出していき、布で濾していきます。
そして、残った液体をかき混ぜていくと、濁りがあった半透明な液体はみるみると濃い青色へと変化していきます。
「青くなりましたわっ!?」
「びっくりやろ? 空気に触れると色合いが変化するんやでぇ。これが塗料になるわけやわぁ」
そして、桶に入った塗料が十分に濃い色合いへと変化するのを確認すると、今度は一枚の布を取り出します、
「さて、ここからメインの染色作業やでぇ」
「いよいよですわね。しかし、普通のリネン素材と異なりますわね? どことなく色がくすんでいるような」
「これは事前に石灰水に浸しておいたんやわ。この下準備をすると色が定着しやすくなるんやでぇ」
「ふふん、それは唆られますわね」
さっそく、私は布を受け取り、桶へに入れて浸します。
それを木棒でかき混ぜていきます。
水流により円を描く薄灰色の布は回すたびに青へと変色していきますわ。
「色が変わってきましたわ!!」
「ふふ、順調やねぇ。だけど、回すだけじゃ駄目やでぇ。適度に空気に触れさせなければいけまへんからねぇ」
そのアオイのアドバイス通りに、私は木棒で布をすくい上げます。
塗料液が十分に浸された布の重たさが木棒を通して伝わってきますわね。
そんな重量を腕で感じつつ、布を数分ほど空気に触れさせたあと、再びかき混ぜ作業を開始します。
それを10分ほど繰り返していきますが、体力がクソ雑魚な私の腕はプルプルと震えてきます。
「はぁ、はぁ、これは中々に腕が疲れますわね。ちなみに、どれくらい混ぜれば良いのですの?」
「あと30分ほどやねぇ。それを5セットや」
「そんなにですのぉ!?」
「こう見えて染作業は力仕事やからねぇ。適材適所ってもんもあるし、残りはウチの職人で引き継ぎましょ」
しかし、私は首を横に振り、木棒を持つ手に再び力をいれますわ。
「いいえ、この作業だけは最後までさせて頂きますわ。でないと、作る意味合いが無くなりますもの」
「せやったねぇ。野暮な提案やったわぁ。そんじゃあ、ウチと交代しながらやりましょか。それならええやろ?」
残念ながら御伽噺のように覚醒して力が急に手に入るわけでもありません。
私はアオイの提案を素直に受け入れ、アオイと交代をしつつ染色作業を行います。
そして、十分に色を染めた布を水洗いして余分な塗料を落とします。
それを天日干しを行い、十分に乾燥させます。
数時間後、物干し紐に取り付けられた布が風になびき、快晴空と同じ鮮やかな青色を作ります。
私はその光景を眺めながら大きく鼻息を漏らします。
「完成ですわ!!」
そんな満足な顔つきでいると、アオイが布の色合いを眺めながら深く頷きます。
「うん、濃くて良い色や。商品として十分に売り出せる完成度やねぇ」
「その言葉を聞いて安心しましたわ。それでは、明日に向けて最後の仕上げといきますわよ」
そうして、私は十分に乾いた布の青色をなぞりながら微笑するのでした。
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