第7話 臭いモノにはフタではなく値札を貼れ!!
「さあ、元ウンコを売りますわよ!!」
肥料作りを開始してから3週間後。
初日に作成した肥料が無事に完成し 、それを売る為に私達はとある商人の邸宅前へと訪れていましたわ。
すると、付き添いの1人であるアロンが肥料の入った壺が乗せられた荷台の持ち手を強く握りしめます。
「なあ、オレもついていく必要があるのかよ。交渉なんてからっきしだぜ」
と、不安が混じる表情を作り、視界に入り切らないほどの家を見上げます。
その大きさは庶民達の住む3階建の家を横に3つほど並べた程度の大きさ。
萎縮するのも無理もありませんわ。というより、貴族の住む邸宅の大きさと遜色ありませんわね。
その建物の威圧感に気圧されたのか、アロンは首を激しく横に振りながら拒絶の反応を示します。
「やっぱ無理無理!! 明らかにオレが居たら場違いだろ? それこそ、付き添いなんてレニの姉ちゃんみたいな使用人が適任だ」
すると、もう1人の付き添いであるレニが涼しい顔をしながら口を開きまます。
「ルイゼお嬢様は考えがあるからこそアロン様をご指名されたはずです。それに、殆どの使用人はルイゼ様のお父様について行ったので、屋敷には最低限の人数しか居ない状態なんです」
「つまり、自由に動けるのは側付メイドであるレニの姉ちゃんだけってわけか。清掃に肥料作り、屋敷の人間を使わない理由が分かったぜ」
そのアロンの言葉に私は首を横へと振ります。
「それだけではありませんわよ。私が貴方を指名したのは、その能力を活かしてもらうためですわ」
そう告げる私は自身の鼻をトントンと軽く叩きます。
「貴方の鼻の良さが交渉の要ですわ」
「必要なのは鼻じゃなくて口の良さだろ? はぁ……分かったよ。鼻を使うだけだからな。喋らないからな、責任取れないからな!?」
「その責任を取るのが領主の仕事ですわ。それでは行きましょうか」
そして、私は屋敷の入口扉をノックすると、しばらくして使用人らしき男性が姿を現します。
「お待ちしておりましたルイゼ・ハーヴェイ様。ご足労頂きありがとうございます。主人のナナミ様より話は伺っておりますのでご案内致します」
と、使用人は淡々と告げて、そのまま廊下を歩き始めます。その後に私達も続きますわ。
そして、屋敷内の長い廊下を歩いていると、アロンの小さな声が耳に入ります。どうやら緊張を紛らわせたいらしく、レニへ話をふります。
「こんなデケェ屋敷を建てられるなんて染め物商人は儲かるんだな」
「正確には衣服を主軸に取り扱う商人ですね。それと、普通は衣服のみ取り扱うだけでは、ここまで稼げません」
「でも、ルイゼの姉ちゃんから聞いた話だと貴族相手に商売してんだろ。金持ち相手なら儲かるじゃん」
「確かに動くお金は多いですね。ですが、貴族も全てのお金を衣服に費やしているわけではありません」
「そっか、飯と違って服は毎日購入する必要がないからな」
すると、アロンはお腹を擦ります。
「その通りです。それゆえ、複数の貴族と取引が必要になりますが、殆どは昔馴染みの老舗服屋が依頼を請け負っており、新参者は入り込む余地がありません」
「客の取り合いもできないってわけか。そうなると、庶民相手に服を売るのか?」
すると、アロンは自身の着ている汚れ1つない真新しい白いシャツを摘んで、眉を下げます。
「正直、服に金をかける余裕なんて貧乏人には無いぜ。この服だって、今日のためにルイゼの姉ちゃんから貰ったわけだし」
良い質問ですわね、アロン。
レニに代わり今度は私が答えます。
「そうですわね。生きる為の優先度を考えると、お金の多くは食費に消えますから。だからこそ、ここの商人様は庶民に衣服を売る工夫をしましたわ」
「服に工夫の余地があるのかよ」
「ええ、ありますわよ。商人様は古着を修繕し、そこに染め物をして売出したのですわ。服の材料費を抑えて、庶民にも手が届く値段で提供する。それが需要とマッチして流行りましたの。おかげで一代で大商人へと上り詰めた実力者ですわ」
「そんな凄い商人と、これから取引するのか」
「ちなみに、商人様が目をつけた土地は全て、彼女の提供する染め物服を着た住民だらけになるので『色喰いの商姫』と謳われてますわね。アロンも油断したら喰われますわよ?」
「……より一層、足の震えが激しくなったんだが」
「そのままビビって頂けると助かりますわ」
「そうかよ。なら、遠慮なく震えさせてもらうぜ」
そんなアロンの身体がより強ばったタイミングと同時に、前を歩いていた使用人が足を止めて、部屋の扉をノックします。
「ナナミ様、ルイゼ・ハーヴェイ様がいらっしゃいました」
「ありがとさん。入ってきてええよ」
そんな、ゆったりとした声の返事が扉越しから聞こえると、使用人は扉を開けて、私達を部屋へと招き入れてくれます。
室内にあるテーブルを挟んだ先に交渉相手こと商人様の姿が見えますわ。彼女は清流のように綺麗な所作でお辞儀をして迎え入れてくれます。
「今日はご足労頂きありがとうございやす、ルイゼ・ハーヴェイはん。ウチはアオイ・ナナミと申します。以後、お見知りおきを」
そう告げるナナミ様は顔を上げると目を細めて微笑を向けます。
商人らしく笑顔の裏には別の感情がある。そんな雰囲気を纏っており、肌を刺すようなひりつきを感じます。
そのような印象を抱くのは彼女の姿も要因があるのでしょう。
見た目は20代前半ほど。髪は腰辺りの所で切り揃えたストレートヘアー。色は夜闇を映したような黒髪。
身長は私と肩を並べれば少し見上げる程度の背丈。
服装は東の国で着用されている和服と呼ばれる衣服を身に着けています。
上はライトブルーな幅広の袖が特徴的な和服。下は赤色の袴を着用しています。
そして、一番に目を引くのは頭の額あたりから生え出た2本の角。
細松葉のような白い角が天へと伸びており、片方の角は途中で欠けております。
そう、私が取引を行おうとしている相手は、この国に住む亜人種の中でも珍しい鬼人ですわ。
あまりにも妖艶な雰囲気と佇まいから気圧されそうになりますが、既に対話は始まっています。
私は身震いする感情を高揚へと変え、スカートの両端を軽く上げてお辞儀を返します。
「お初にお目にかかりますわ、アオイ・ナナミ様。改めましてルイゼ・ハーヴェイと申します。日頃から質の良い服を我が家に卸して頂き感謝していますわ。父のパウル・ハーヴェイに代わりお礼を申し上げます」
「こちらこそ、ウチの商品を取り扱ってくれて感謝しとります。なにぶん、この角のせいで他の貴族は聞く耳も持ってくれまへんからなぁ」
「あら、とても立派で素敵な角だと思いますのに。着物と合わさり綺麗ですわ」
「ふふふ、ルイゼはんはお上手ですわぁ。この着物、テンジュの領地から取れた最高級の原材料で染めた服なんやわ」
「テンジュの土地は農作物の質がどれも良いですからね。そして、その材料の良さを最大限に引き出すナナミ様の手腕も見事ですわ」
「ふふ、褒め上手やなぁ。流石、亜人を雇い、清掃員という新しい職種を誕生させた領主やわ。お話するのが楽しみどすなぁ」
と、ナナミ様は袖元で口を隠すとクスクスと笑い、肩を揺らします。
そして、立ち話での雑談を適当に済ますと、私たちは向かい合う形で着席して本題へと入ります。
「それではナナミ様。数日前にお頼みした品は届いておりますでしょうか?」
「ええ、昨日には全部届いておりますわ。ルイゼはんの言う『新しい事業』に繋がるんやろ? お金に繋がる話なら、商人として喜んで協力させて頂きますわ」
すると、ナナミ様は手をパンパンと2回叩くと、側に立っていた使用人が木箱を取り出し、テーブルの上に配置します。同時に重量感ある音と瓶同士がかち合う音が響きます。
「これが頼まれていた各領地の土になります。瓶詰めしておりますから、各土地の湿り気や成分は維持されてるはずですわ」
「ありがとうございます。流石は大商人のナナミ様ですね。たった数日でここまで集めてくださるなんて」
「商人は速さが命やからねぇ。それに、染め物の材料を作るのに色んな土地を所有しておりますから。集めるのには苦労せえへんのよぉ」
と、愛想よく語るナナミ様は雰囲気を一転させ、奥歯が見えるくらいに大きな口を開けながら問いかけてきます。
さながら全てを喰らい尽くす化物のように。
「そんでぇ、まさか土を購入するだけは終わりまへんよねぇ?」
「ええ、もちろんですわ。商人様がお求めの『お金の話』をするために、ここに来たのですから」
私は感情を悟られぬように毅然とした態度をナナミ様へ返します。
彼女はさきほどから強気な態度を取っておられますが、恐らく、私の感情を引き出そうと表情に緩急をつけておられるはず。
少しでも感情的になれば、そこを突かれる。商談においては命のやり取りに等しいですわね。
そうなると、本職相手に話を長引かせるのは悪手ですわ。
ふと、私は部屋の隅で立って待機しているレニとアロンを横目で見ます。
レニは顔どころか体さえ微動だにせず冷静ですが、アロンは私達の腹の探り合いに圧倒されているのかガタガタと震えています。なるべく早く終わらませんとね。
そうとなれば、さっそく本題に入りましょうか。
「ナナミ様。私が考えている新しい事業は肥料作りですわ」
「なるほどなぁ。どうりで、糞尿を集めているわけや。各地の土を収集するのも、これから始める農作で一番馴染む土と肥料を探すためというわけやな。そんで、収穫した農作物を売り出してお金にする。それを清掃員の給料に充てがうちゅうわけやな」
しかし、私はナナミ様の予想に首を横に振ります。
「残念ながら私は一年限定の領主ですわ。ナナミ様の仰る方法では循環環境を整えるのに一年以上はかかってしまいます」
「あら、そうなんか。ウチはてっきり、農作物の販売ルートを仲介して欲しいという話やと思ったのに。そうなると、ルイゼはんは何を販売するつもりなん?」
「ふふ、先程もお伝えしましたわ。私が考える新しい事業は“肥料作り“だと」
そう告げると、レニが会話の流れを汲み取り、私達が作成した肥料が入った壺をテーブルの上と置いてくださいます。
「私が売るのは肥料そのものですわ!!」
その言葉にナナミ様は一瞬だけ目を見開き、驚きの感情を顕にします。
しかし、すぐさま口元を袖で隠して目を細めます。
刹那ではありましたけど、動揺いたしましたわね。
裏を返せば、肥料を商品として売るという話に興味が唆られたとみえます。
そうとなれば、畳み掛けてペースを握らせてもらいますわ。
「肥料の有無で作物の質は変動する。それはナナミ様もご存知のはずですわ」
「そうやねぇ。とくに染め物は濃さが命。良い土と肥料があれば色濃く鮮やかな材料が手に入りますわぁ」
「ですが、それゆえに育てるのも難しい。色の濃い材料を作るのには手間暇がかかり、値段も希少性も高くなりますわ。だからこそ、貴族にとっては衣服の濃さは権威の象徴であり、重要とされる要素の一つでもあります」
そこまで口にすると、ナナミ様は私の意図を読み取ったのか、口元を袖で隠して笑みを隠します。
「つまり、ルイゼはんはウチらの所有する農作地が目当てというわけやね。開墾し、苗から植物を育てるには時間がかかる。だからこそ、ウチらに肥料を売りたい。確かに利益が出るまでの期間は短縮できますわな」
「もちろん、ナナミ様にもメリットはございますわよ。他の衣服商よりも、より質の良い商品を作れますし、評判になれば他貴族からの依頼も来る可能性がありますわ」
「ふむ、ええ話やねぇ」
「でしたら……」
ですが、ナナミ様は私の言葉よりも先に首を横に振ります。
「申し訳ありまへんけど、それでは購入には至れませんわ」
「それは、何故でしょうか?」
「ルイゼはんの話には重要な前提が抜けておるからや。それは、肥料への”信頼”やね」
やはり、一筋縄ではいかないようですわね。
すると、ナナミ様は探るような雰囲気を変え、今度は諭すように穏やかな声色で伝えてくださいます。
「ルイゼはんを疑うようで悪いけれど、その肥料を使った実績はありますやろか?」
「いえ、ございませんわ」
「つまり、そういう意味やわ。ウチとて商人の端くれ。信頼も大事やけど、それは疑うのを通してからこそ生まれるもん。その肥料を使って質の良い農作物が取れるならええけど、仮にも肥料が合わず、農作物が全部枯れてしもうたらどうなる?」
「その季節での収穫物が無くなり、売り出すための商品である染め物の原材料が消える。つまり、収益が見込めなくなりますわ」
その私の返答にナナミ様は深く頷きます。
「その通り。ウチは何百と従業員を抱える商人の頭。皆に御飯を食わすためにもリスクは極力回避したいんですわ。たとえ領主様の言葉であろうとも、ここだけは譲れへん」
そう告げるナナミ様は私の瞳を真っ直ぐに見つめてくださいます。
ここまでの会話から、ナナミ様は私の人となりを判断して、この言葉を口にしたのでしょう。
本来ならば商人が身分が上である貴族を疑うのは不敬に値します。
ですが、ナナミ様は私が耳を傾けてくださる人物だと判断し、一人の商談相手としての目線で立ってくださった。
疑いを通して、私を信頼しようとしてくれた証拠ですわ。
でしたら、私もナナミ様の信じてくれた気持ちに応えませんとね。
「ナナミ様のお言葉、ごもっともですわ。私も領民を抱える領主ですので気持ちは十分に理解できます。だからこそ、私も引くわけにはいきませんわ」
「つまり、ルイゼはんは作った肥料の有用性を証明する証拠を持っているわけやな?」
と、質問するナナミ様に、私は不敵に微笑んで言葉なき返事をします。
この肥料の効力を知っているのは未来を知る私だけ。
ですが、そのような話を持ち出しても信頼は獲られない。
そして、残念ながら私では肥料の有用性は示せません。
それならば、アプローチの仕方を変えるだけですわ。
私は席から立ち上がると、先程から身震いしているアロンへと近づき、肩に手を乗せます。
「私に代わり、仲間であるアロンが肥料の質の良さを証明してみせますわ!!」
「はぁっ!?!?!?!?」
そんなアロンの驚愕混じりな声が漏れ出ます。
その包み隠さない感情を顕にする彼を、ナナミ様は口元を隠さずに笑みを浮かべます。
「……ほう? ほな、見せてもらおかぁ」
そのナナミ様の底のしれない声音に、アロンは声を荒げます。
「ちょ、ちょっと待てよルイゼの姉ちゃん!? 手伝うとは言ったけど、このタイミングでこんな大役を任せられるなんて聞いてねえぞ!?!?!?」
「大丈夫ですわアロン。貴方には『武器』があるのですから。」
そんな動揺する彼の鼻先を、私はそっと指でなぞります。
「……貴方の鼻、その嗅覚こそが、肥料の価値を証明する鍵ですわ」
アロンは青ざめた顔のまま、私の指を見つめます。
そして、ナナミ様は商談より、肥料の価値証明についてへと興味が移ったみたいです。彼女はテーブルから身を乗り出すように前のめりになります。
「そりゃ、楽しみやなぁ? して、その方法は?」
「これを使いますわ!!」
私はナナミ様に用意して頂いた各領地の土が入った瓶を指差します。
すると、ナナミ様は好奇心が上振れたのか、ゆっくりと味わうように頬を釣り上げます。
「わざわざ各領地の土を集めさせたのは、この為やったんやねぇ」
「ええ、お察しの通りですわ。それでは、さっそく証明させて頂きますわ!!」
「オレを置いて話を進めないでくれぇ!!」
交渉の鍵となるのはアロンの嗅覚。
そんな重要な役を任された彼の叫びが室内へと響くのでした。
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