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第6話 廃棄物を集める領主ですけど、何か問題でも?

「今日も変わらずウンコ臭えですわね〜」


 アロンを清掃員として迎え入れてから数日後。準備を整えた私は朝日を眺めながら大きく息を吸い込んで、街の空気を肺へ取り入れます。それと同時に鼻を刺激してくるのはウンコの臭い。

相変わらず街中の放置されたウンコの量は凄まじいですが、今日はそれらを駆逐する記念すべき1日となるでしょう。


 そんな期待感を胸に待ち合わせ場所に指定した貧民街の入口で待っていますと、アロンが姿を現します。


「ルイゼ姉ちゃん、待たせたな。言われた通り、清掃員として働いてくれるやつを集めてきたぞ」


 そう告げるアロンの後ろには、ざっと20名程度の10代くらいの亜人が集まっていましたわ。

そんな彼らに向けて私は敬意を込めて会釈を致します。


「皆さん、ご協力感謝いたしますわ。アロンもありがとう。私1人では1日でここまで招集できませんでしたわ」


「これでも少ないと思うぜ。他の領地と違って、ここはオレみたいに逃げて来た同族が多いからな」


「でしたら、これから信頼を積み上げて、もっと人手を増やしていかないとですわね。それでは、さっそく始めて行きましょうか。レニ、業務内容について皆様へ説明をお願い致しますわ」


「かしこまりました、お嬢様」


 するとレニは一礼をしたあと、皆様に清掃の仕事についてを説明し始めます。

さてと、その間に私も準備しないとですわね。

私は臭いを直接嗅がないように口周りを布で巻いて隠し、腕まくりをして袖が落ちないように紐で縛りあげます。


 その様子を見ていたアロンが眉を僅かに寄せながら、私に視線を注ぎます。


「おいおい、ルイゼの姉ちゃん? もしかして、自分も清掃作業を手伝うとか、そんなつもりじゃねぇよな?」


「その通りですけど?」


「そこで堂々と肯定する雇い主を初めてみたよ。貴族の誇りとか無いのかよ」


「どうせ誇りなんて埃くらいの価値しかありませんわ。それに、雇い主ならせめて現場を知らないといけませんからね」


「そりゃ頼もしいことで。そのまま活躍してけばウンコ収集領主として全国に名を轟かせられるぜ」


「唆りますわね〜」


「今の皮肉だからな?」


 そう告げるアロンは耳を抑えながら頭を抱えます。

まあ、率先して肉体労働する領主なんて前代未聞なので気持ちは分からなくもないですけれど。


 ですけど、私にとっては恩返しでもありますわ。前世では疫病が蔓延しながらも感染を恐れず清掃員として働いてくれた貴方たちに感謝したいのですから。

あの時はお礼も言えずに私は死んでしまいましたしね。

ですが、前世の感謝は今に伝えるのは無理ですので、行動で示させて頂きますわ。


 そして、私は気持ちを引き締めて前を向きます。


「さあ、ウンコを駆逐してやりますわ!!」


 そう宣言した私はシャベルを片手に荷車を引き、進撃を始めるのでした。



「ぜぇ……ぜぇ……疲れましたわ」


 太陽が真上へと登るお昼時。

日の出から作業をしていた私は無残にも体力の底が尽きていました。

考えてみればウンコ除去をしてくれる人手が増えたからといって、私の能力が向上したわけではないので当たり前の話ではあるのですけど。


「学習しないですわね、私は」


 過去に戻った初日にテンションが上がり、1人でウンコの除去をしていた時と全く同じ行動をしていますもの。

気分が高揚すると冷静さを失うのは悪い癖ですわね。


 そんな私は、おぼつかないヘロヘロな足取りで街の隅っこで休憩をします。すると、アロンが荷台を引く重々しい音を響かせながら声をかけてきます。


「ルイゼの姉ちゃん、休憩か?」


「どちらかと言えばリタイアですわね。あまりにも体力がなさ過ぎましたわ。逆にアロンは凄いですわね」


 アロンの引いている荷台にはウンコが山積みになっていましたわ。

シャベルですくい上げるのも、運ぶのも、それなりの重労働。なのにアロンはケロッとした涼しい表情をしているので凄いですわ。私にもこれくらいの体力があったら良かったのですけど。


 そんな羨望の眼差しに気づいたのか、アロンは傷だらけの手で自身の鼻を軽く叩きます。


「日頃から土いじりや農作業をやってきたからな。それに鼻も効くから土に混じったウンコも嗅ぎ分けられる。ウンコをすくって運ぶくらい、簡単な作業だ」


「頼もしい限りですわね。私なんて荷台を一杯にするのでさえ一苦労ですのに」


「あ〜そうだな。ちょっと言いにくいんだけど、姉ちゃんの集めた糞、殆どが土だぞ」


「なっ!? 臭いが強いからてっきりウンコかとばかり」


「街全体が臭うからな。人間だと細かな嗅ぎ分けが難しいんだろう」


 うああ、私の苦労がぁ。

そんな獣人族の嗅覚の良さへの感心と自身の力の無さが同時に押し寄せてきます。


「私は無力ですわ」


 そう呟きながら私は自身の色白で傷1つない細い腕を見つめます。

するとアロンは肩をすくめ、口元から微かに息を漏らします。


「ルイゼの姉ちゃんが無力だなんて思っちゃいねぇぜ。だってよ、オレらがスムーズに清掃の作業が出来るように、市民に声かけをしてくれたんだろ?」


 そう告げるアロンは街中で荷車を引き、糞尿を集めている清掃員達を指差します。


「普通なら貧民街に住む亜人が大挙してきたら領民はビビるはずだ。だけど、皆は当たり前のように受け入れてるんだよ。オレだったら話すら通せない。領主である姉ちゃんだからできたんだよ」


 その言葉を受け、私は顔を上げて街の景色を瞳に映します。

そこには、清掃員である亜人種と領民が交流をする姿がありましたわ。


「そら、行きますよ!!」

と、住人が二階窓から桶に入った糞尿を投げ入れようとすると、下に居た荷車を引く清掃員の少年が慌てた声を上げます。


「ちょ、待ってくださいッ!! 下にいますから投げないでーッ!!」

「ええっ!? ああ、ルイゼ様が仰っていた清掃員の子ね」


 そうして、住人が階段を下ると、桶に入った糞尿を荷台へと移し替えます。


「ほら、これ入れさせてもらうわ。臭いもあって大変な仕事かもだけど頑張ってね」

「う、うん、頑張るよ 」

と、今までは窓から投げ捨てられてた糞尿を荷台へと移し替える光景が見えます。


 視線を移すと、また別の光景が映ります。

露店の前で荷台を引く少年が通りすぎようとすると、店主が大口を開けながら声をかけてきます。


「おお、坊主!! 話に聞いてた清掃の仕事かい?」

「はい!! ウンコを集めて少しでも街を綺麗にすればお金が貰えるらしいですから」

「いやー、偉いな。肉体仕事も大変だろう。これでも食べて精出せよ!」

「わっ、リンゴ! ありがとうございます!」

「お礼なんていらねぇよ。仕事ってんなら賃金が出るんだろ? その金で俺の店で買い物してくれたら俺も潤うってんだ。だから、頑張れよ!!」

「はい、頑張ります!!」

「おう、その調子だ!! 気をつけてな!!」

と、懸命に働く少年に対して、対等な立場で激励を送る店主の姿が見えます。


 他にも市民と清掃員の獣人が、ごく自然に交流をしており、そこには平等な世界が作られていましたわ。


 確かに私は事前に領民へ清掃員について説明をしました。ですけど、ここまで衝突なく受け入れてくれたのも、ハーヴェイのご先祖様が代々、作り上げた成果だから。私はそれにあやかっただけですわ。


しかし、その事情を知らないアロンは尻尾を左右に揺らしながら言葉を漏らします。


「どこに行ってもオレたちは邪魔者扱いだった。他の街だったら歩いてるだけで暴力を振るわれたり、物を投げられたりするからな」


 確かにアロンの言う通り、他所の土地でしたら、すぐに手が出る人間もいるくらいですし。

ハインツ(前世の夫)とかハインツ(前世の夫)とか!!


「姉ちゃん、すげぇ顔してるけど大丈夫か?」


「ええ、すみませんわ。個人的に嫌な思い出が蘇っただけですので」


「よく分かんねぇけど聞かないでおくよ。えっと、それでだな、ルイゼの姉ちゃんが表に引っ張りだしてくれなきゃ、無知なまま今も貧民街の隅っこで世の中を恨んでたはずだ」


「それでも、私の力だけでは、この景色は作れませんでしたわ。1番初めに貴方が清掃員の仕事を請け負ったからこそですわ」


「じゃあ皆と姉ちゃん、それと、この領地を守り抜いてきたご先祖様のおかげだ」


「そうですわね。だからこそ、ハーヴェイ領主が代々、守り抜いてきた、この領民と意志を継ぎませんと。そのためには肥料作りを頑張りませんとね」


「はぁ、本当に肥料作りが役に立つのかなぁ。まあ、金を払ってくれる限りは全力で騙されてやるよ」


 そうして私達は荷車を引き、街の外へと向かいます。

すると、アロンがふとした疑問を投げかけてきましたわ。


「なあ、ルイゼの姉ちゃん。街の清掃が疫病防止に繋がるのは分かるけどさ、肥料作りが金になるなんて分かんねぇんだよな。農家からしてみればウンコの肥料なんて自分とこの家畜で取れる糞尿の分で間に合っている。とても作る意味があるとは思えねぇよ」


「その通りですわね。供給が足りている肥料がお金にはなりえませんわ。ですけど、この世に使われる肥料の全てが農作物だけとは限りませんわ」


 その言葉にアロンは首を傾げます。

理解がしがたいのも無理はありませんわね。


「まずは聞くより実物を作り上げるべきですわね。さっそく肥料作りに着手しますわよ」


 そうしてウンコを乗せた荷車を街の外にある平原まで持っていきます。そこではレニを含む数名が回収されたウンコを肥料へと変える作業を実施していましたわ。


「レニ、作業の進み具合はいかがですか?」


「皆様、真面目にやって下さっているので順調に進んでいます」


 するとレニは作業を黙々と行う同類の者たちを眺めながら、少しばかり微笑みます。

アロンが連れてきた亜人の中には怪我や年齢などで重労働が難しそうな者も何名か居ましたわ。

流石に重量のある糞尿を集める作業は難しいと判断し、労力が比較的少ない肥料作りをお願いしたい形になりましたわ。


 彼らに頼んだのは街で回収してきたウンコをベースにして、木の枝や落ち葉などを混ぜ込む作業です。そして、その混ぜ込んだ糞尿を木の板に乗せて、風通しの良い平原に並べて乾燥させる作業ですわ。


 すると、アロンが荷車に乗せた糞尿を混ぜ込み用の壺へと移しながら疑問を口にします。


「オレも農業経験はあるけど、丁寧に肥料を作る必要があるのかよ? ウンコを適当に土へ撒くだけじゃ駄目なのか」


「アロンの言う方法も肥料としての効果は十分ですわね。ですけど、作物の品質を高めるのなら、乾燥や素材の追加も重要な工程になりますわ」


「それが姉ちゃんの言う、金に繋がる肥料ってやつか。そんな知識をどっから仕入れてきたんだよ?」


「あ〜……それは、とある有名な学者様より知識を頂いたのですわ」


「ふ〜ん? つい数日前、領主になったばっからしいのに随分と顔が広いんだな」


「ソウデスワネー」


 実は前世で得た知識ですわ、なんてバカ正直に言えませんわね。

あの時は汚染された川近くでは農作ができなくなりましたから。限られた安全な川と狭い土地で収穫量を増やす工夫をする為に、肥料研究が進んだわけですわ。


まあ、仮に言ったとしても信じてもらえないかもですけれど。


 とりあえず、話題を変えませんと。

私はウンコ以外に集めていた、とある素材が入った革袋を2つ取り出します。


「さて、金になる肥料作りを始めましょうか。現在、作っている肥料は木の枝や藁などを混ぜ込んだもの。ここに素材を追加しますわ」


 私は革袋の紐を解くと中身をすくい上げます。その手のひらには砂のように、きめ細かな白い粉が現れますわ。


「これが良い栄養になる素材ですわね」


「ルイゼの姉ちゃん。これってヤバい粉……確かに金になりそうだけど」


「吸ったら気持ちよくなるアレじゃありませんわよ!! えっと、これは骨粉です。魚や牛などの骨を細かく砕いて作りましたわ。もう1つの袋に入っているのは焚き火や料理釜戸から出た薪の灰ですわね」


「どちらも家庭から出るゴミだな。この捨てるだけのやつが肥料作りに重要になるのか?」


 そのアロンの問いかけに私は深く頷きます。


「ええ、これは野菜などの食材ではなく、染め物の原材料となる植物に特化した肥料になりますわ」


「染め物って服とかに色をつける為のアレか?」


「そのアレですわ。栄養価が高い肥料で作った植物から抽出した染め物材料は色が濃くなり鮮やかで綺麗になりますの」


「綺麗な服ねぇ。腹を満たしてくれる食材にならねぇからピンとこねぇや」


 するとアロンはお腹を擦りながら渋い顔をしますわ。

そんな彼に私は人差し指を立てながら言葉を続けます。


「確かに服では空腹を解消してくれませんわね。ですけど、染め物材料はお金になる。つまり需要がありますのよ。濃い色合いに染め、刺繍をふんだんに盛り込んだ衣服は、それだけお金をかけている証明になります。目立つから威厳もでますわね」


「つまり、金が有り余ってる貴族の奴らには重要ってわけか。金持ちの考えは、やっぱり分からねぇや」


「ですが、アロンは私と初めて会った時、ひと目で領主だと判別できませんでしたわよね?」


「そりゃあ、ルイゼの姉ちゃんが庶民の格好をしてたから……あ〜、そういう意味か」


 するとアロンは納得したのか、腕を組みながら軽く頷きます。


「結局のところ、私達は身分を証明する手立てがありませんわ。それゆえ、衣服は貴族にとって己を権威を象徴するための重要な要素になり得ますの」


「だからこそ、染め物の原材料が金になるのか。そして、その品質を高めるために肥料を作ると」


「ね? 肥料はお金になるでしょう?」


 その説明にアロンは腑に落ちたのか、後ろに渋っていた獣耳がピンっと真っ直ぐに立ちます。


「さて、理解をして頂けたみたいですし、体を動かしていきますわよ」


 そうして、先程まで平原で乾燥させていたウンコを再び混ぜ込み用の壺へと戻し、追加素材となる骨粉や灰を投入します。

そして、木の棒を使い混ぜ込み作業を開始致しますわ。

……なのですけれど、つい数分前にウンコ収集作業をしていた私の腕は限界に達しており、混ぜ込みどころか木の棒でさえ持つのもままなりませんでした。


「権力だけでなく物理的な力も欲しいですわぁ!!」


 と、嘆く私をレニとアロンが混ぜ込み作業をしながら笑みを向けてくれます。


「ルイゼの姉ちゃんは労働者じゃなくて、領主が向いてるみてぇだな」


「お嬢様、それぞれに適材適所があります。領主らしく肉体ではなく言葉を持って私達を導いてください」


「……そうですわね。お二人ともありがとうございますわ」


 どうにも焦りすぎていましたわね。

前世では感染拡大という未曾有の危機でしたから。

今は自由に動ける。

助けてくれる仲間もいる。

1人きりで頑張る必要はありませんわ。


「でしたら、領主らしく言葉で役に立ちませんとね。ウンコを集めて、肥料を作り、お金にして、それを清掃員の賃金にする。そんな循環環境を作らなければなりませんから」


 すると、レニが肥料作りを迅速丁寧に行いながら、言葉を漏らします。


「しばらくは赤字になりますね。肥料を作り上げるのに数週間。染め物用の植物が苗から育つまでに数ヶ月ほど。それと、収穫した原材料を売り込む交渉と販売ルートの確保もしないとですね」


「なんだか、レニの姉ちゃんの話を聞いてると金にするまで1年近くかかりそうだ。ルイゼの姉ちゃん、大丈夫かよ?」


「あら? 私がいつ、植物を育てると言いましたの?」


 私がお父様に与えられた領主の役目は1年間の期限付き。

残念ながら悠長に植物を育てる時間はありませんわ。


 私は作りかけの肥料が入った壺を手の甲でコツンと軽く叩き、次の1手を示します。


「この肥料を商人へ売りますわよ!!」


 私を殺した元凶であるウンコ。

今度は私を生かす為に活躍してもらいますわよ。

お読みいただき感謝です!!

ブクマや評価をいただけると次回更新の大きな励みになります。

次は明日の19時半に更新予定ですので、ぜひまたお越しください!!

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