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第5話 廃棄物を金に変える新職業、はじめました

「賃金を支払いウンコを除去してもらう。その名も清掃員ですわ」


 5年後の未来で初めて誕生する掃除でお金が発生する職業。私はそれを今の時代に顕現させようと宣言致します。


 とはいえ、この時代は疫病の問題もなく平穏そのもの。私の発言に懐疑的なのかレニは獣耳を後ろに逸らしながら否定を致します。


「お嬢様、恐れいりますが、お金だけでは人は集まらないと存じます」


 そう言いかけたレニは主人の言葉を完全には否定したくないのでしょう。

遠慮がちに目線を向けられましたので、私は無言で深く頷きます。すると、レニは言葉を続けます。


「まず、領民は1日の労働で最低限、生活はできています。それに加えて糞尿を集めるのは重労働。率先してやりたがる人はいないかと存じます」


 まあ、レニの言葉は尤もですわね。

前世では疫病が蔓延しても、率先してやりたがる方は居ませんでしたし。それくらい大変な仕事ですわ。

くわえて、領民達も職が安定している。

賃金を発生させたとて、やりたがる民は居ないでしょう。


「ただし、それは市民の場合ですわ」


 私は盛況で活気ある街中の更に先にある、薄暗い道を指をさします。

その先に何があるのかはレニも知っているのでしょう。

表現こそ真顔ですが、手が僅かに力むのが見えます。


「ルイゼお嬢様。その先にあるのは貧民街ですよ?」


「ええ、その通りですわ。納税をしておらず、市民権を得ていない者が集まる場所です」


「その人達を清掃員として雇い入れると?」


 レニの言葉に私はしっかりと頷きます。

この領内は主に3つの区画に分かれています。

まず1つ目が領主が住む貴族の屋敷や富裕商人が住む家々がある区域。

2つ目が職人や商人が住む街と町外れにある畑を経営する農民が住む市民区域。

3つ目に領地の境目に無断で家を建て住まう非市民が集まる貧民街の区域。


「貧民街に暮らす者は元犯罪者や定職を拒否した物乞いなどが暮らしています。ですけど、それ以外で他所の土地から逃げて来た者達もいますわ」


 その『逃げて来た者達』という単語を口にすると、レニは眉を僅かに下げます。彼女にとっても思う所がある話ですから。


「レニ、心配にはおよびませんわ。あくまで私がするのは提案ですので」


「その点についてはルイゼお嬢様を信頼していますので問題ないのです。どちらかといえば話を持ちかけられた相手側が穏やかに聞いてくださるか不安です」


 そう言いかけてレニは力を抜いて肩を落とします。


「いえ、口が過ぎました。何があろうともお守り致しますので、ご安心を」


「ええ、信頼していますわ。それでは、さっそく向かいましょうか」


 そうして私達は人々の生活音が響き合う活気ある市民街に背中を向け、蝋燭の小さな火が揺らめくように薄暗く静かな貧民街へと足を進めていきます。


 きちんと整備された市民街と異なり、貧民街は世界が変わったのかと思えるくらいに景色が変貌します。


 木の板を無理やり継ぎ合わせた1階建の家々は、所々で壁に隙間が空き、冷たい風を止める気すらありません。

藁を乱雑に詰め込んだ屋根は頼りなく、雨が降れば中まで漏れるのは容易に想像できます。

壁には何度も補修した跡があり、その色褪せた木材が住人たちの苦労を物語っています。

そして、道端には糞尿と湿った土の匂いが鼻を刺してきます。


 そんな希望すらない薄暗い街を見渡しながら、私は未来を変えるための光を探します。


「私の予想が正しければ、あの方達の誰かしらが居るはず」


 すると、錆びついた農具を背負う獣人の少年と目が合います。

歳は私と同じか1つ下くらいでしょうか。服は畑仕事をしたせいなのか土汚れが全身に付着し、衣服の節々は継ぎ接ぎだらけでボロボロです。

その薄着からは痛々しい傷跡がいくつか見え隠れしています。

そんな彼は私を一瞥すると獣耳を後ろに逸らし、今にも襲いかかりそうな目つきで睨みつけてきます。


 おそらく、彼は私の身なりから市民街から来たよそ者だと判断したのでしょう。警戒されるのは当然ですわね。


 とはいえ、睨まれて臆する程度の心構えで貧民街には来ていませんわ。

私は堂々と背を伸ばしながら獣人の少年へと近づき、声をかけます。


「ごきげんよう。少し、お話をいいかしら?」


「…………」


「そこの貴方ですわよ。アロンとお呼びした方がよろしいかしら?」


「あぁんっ!? 姉ちゃん、なんでオレの名前を知ってんだっ?」


 一度は無視を決め込んだ少年でしたが、私が彼の名前を呼ぶと、牙がみえるくらいに大口を開けて反応します。

お互いに初対面のはずなので、彼が驚くのも無理はありません。ですけど、私は彼をよく知ってます。

いえ、正確には前世ですわね。


 彼の名前はアロン。前世で疫病が蔓延しながらも、感染を恐れずに清掃員として最後まで街中の糞尿除去に尽力してくれた人物の1人です。

清掃員として協力してくださった殆どは貧民街住みの方ばかり。ここへ来れば、誰かしらと出会えると考えていましたが読み通りでしたわね。


 改めて私はスカートの両端をつまみ、お辞儀を致します。


「失礼致しましたわ。名乗るなら自分からが礼儀ですわね。私はルイゼと申します。隣に居るのは友人のレニですわ」


「はぁ……そうかよ。そんで、ルイゼ姉ちゃんはオレになんの用があるのさ。残念ながら金はねぇぞ」


「むしろ私は逆の話をしにきましたの。お金が発生する話ですわ」


 そう告げながら私は革袋を上下に軽く振ってみせると、中で銀貨が擦れてジャラジャラと良い音が響きます。


 その音を聞くアロンは訝しげに目を細めますが、耳は欲望が抑えきれないのか左右に揺れます。


「なんだよ、施しか? 受け取らねぇぞ、怪しすぎる」


「いえ、施しでもなければ詐欺でもありませんわ。私が持ちかけるのは仕事の話ですの」


「はっ!! だったら尚の事、お断りだ。そうやって、いい話があるだの、金をやるだとか甘い言葉をオレら亜人にかけてはお前らは裏切ってきたじゃないか!!」


 するとアロンは唸り声を上げながら尻尾の毛を逆立たせます。

動物と同じく目に見える怒りの感情が顕になり、今にも襲いかかってきそうな空気を作ります。


 その様子に危機を感じ取ったのかレニが真顔のまま一歩踏み出します。

しかし、私はレニを手で制して止め、首を横に振ります。

すると彼女は「出過ぎました」と、頭を小さく下げて私の斜め後ろへと下がります。


 とはいえ、瞳に映るアロンの憤怒は収まる気配は訪れません。

それくらい彼が人間に対して不審を抱くのも無理はありませんわ。


「貴方の怒りはもっともです。種族差別により一部領土では市民権を得るのも、定職につくのも許されない。その弱い立場を利用して金銭の話を持ち出し、詐欺や過酷な労働をさせる人間が居るほどですし」


「分かってんじゃねぇか。だからオレは人の言葉は信用しないと決めてんだ。騙されて、酷使されて、使えなくなったら追い出されての繰り返しだ。ここの領主は種族差別をしないって聞いたけど、いつかは手のひらを返すに決まってる」


 そう語るアロンの逆立つ毛並みは落ち着き、今度は落胆を表すように尻尾は項垂れていきます。

彼が領土を転々とし、虐げられ、ハーヴェイ領まで来るまでの道なりは計り知れません。


だからこそ、今まで人間に裏切られてきたアロンにとっては、どのような話も信頼できないのは当然です。

たとえ、お父様が差別をしない領主だとしても、亜人の方たちにとっては迫害してきた同じ人間種族なのですから。


 しかし、領主の立場からしてみれば、これは難しい話でもありますわ。

差別はしない。しかし、贔屓もしない。そういった残酷で平等な統治をしなければならないのですから。

亜人種への労働や居住の権利こそ与えても、それ以上の支援は他の民へ反感をかってしまう。

特に金銭的な支援は民より徴収した税金が使われますから。


「(領主となってから、お父様の苦労も分かる気がしますわ)」


 だからこそ、私がお父様より頂いたお金は施しではなく、労働の対価として使用すべきなのですわ。

そうでないと、種族としてではなく、領民の間に差別が発生してしまうのですから。


 とはいえ、どう説得すべきでしょうか。

前世では疫病が流行り、必要にかられてからこそ、清掃員を雇えた。

特に亜人種の中でも獣人は鼻が人間種よりも数倍も効くので、糞尿の臭いに体調を悪くする者も多かったですし。

それゆえに、臭いウンコを除去する協力を取り付けられたのですわ。


 ですけど、今は疫病もなく、人間を信用できない彼らからしてみれば、大量のお金を積まれたとしても首を縦に振ってはくださらないでしょう。

街も体調を崩すほどの悪臭はないですし、よほど病弱でもない限りは生きていけますし。


「……病弱?」


 ふと、前世の記憶が蘇ります。

当時の私は清掃員として協力してくれた者たちに感謝と敬意を込めて、全員の顔と名前、そして家族構成について覚えていました。

清掃員の家族で病気に伏している者が居るのなら、なるべく体に負担がかからないように街から離れた家を貸したりして取り計らうのが目的でしたわ。


その待遇目当てで清掃員の職務に就く者も居たくらいです。

確か、アロンも妹が居たはずですわ。


 そうなれば、話を持ちかける余地はありますわね。

私は息を小さく吐き出すと、アロンに向けて言葉をかけます。


「アロン、貴方は妹が居ましたわよね?」


「……っ!! てめぇ、オレの名前だけじゃなく、妹についても調べてんのかよ。そこまで調べて、何をさせようってんだ」


 すると、アロンは目の瞳孔を開き、低い歯ぎしりをしながら威嚇をしてきます。

警戒はもっともですわね。

そろそろ本題に入りましょうか。

私は銀貨1枚を提示しながら、レニへ説明したように、未来に起こり得る糞尿被害についてと、それらを回避するための清掃員という新たな職業を考えているのを伝えます。


「現状、領内では職が安定していて、新たな人手を探すのに苦労していますわ」


「だから、オレらみたいな弱者を利用しようって腹づもりか?」


「いいえ、貴方達だからこそ私は雇いたいと思っていますの。亜人種の中でも獣人は鼻がよく利きますわ。それゆえ、街中にある糞尿を探し出す能力は長けていると考えておりますわ」


 というより、実際に前世で目の当たりにしてますけどね。彼らの鼻は凄く優秀で、隠れて捨てられた糞尿を見つけるどころか、その糞尿を無断で捨てた犯人さえ突き止めるくらいに優秀でしたし。


「ですけど、鼻が優秀すぎるゆえに体調を崩す人も居ますわ。アロンの妹さんもその1人ではなくて?」


「……ああ、そうだよ。妹は元々、肺が弱くて、いつも寝たきりだ」


「だとすれば、尚の事、街の清掃作業は重要になってきますわ。街中の糞尿の臭いは呼吸器官に大きな影響を与えます。私達、人間種は問題はないですけど、臭いに敏感な獣人族は今の臭いでさえ心身共に辛いはずですわ」


「つまり、街中の糞尿除去をすれば妹の体調は良くなるって言いたいのか?」


 アロンの問いかけに私は深く頷いてみせます。


「ええ、妹さんの症状は和らぐはずですわ」


「確かに姉ちゃんの言う話を信じるなら、妹の体調も良くなるかもしれねぇ。だけど、怪しさは変わんねぇよ。姉ちゃんにメリットが1つもないじゃないか!!」


 まあ、当然ですわね。

うまい話を持ちかけられて疑うのは当然の反応です。


「アロンの言うとおり、提案する側にはメリットの無い話ですわ。ですけど、それは一般市民の話であれば……ですけれど」


「はぁ? 姉ちゃんにとっては良い話なのかよ。アンタ、何もんだよ?」


「でしたら、改めて自己紹介させて頂きますわ。私の名前はルイゼ・ハーヴェイ。領主パウル・ハーヴェイの一人娘ですわ」


「へ……? 領主?」


「ええ、そうですわ。そして、訳あってお父様は不在でして、今は私が代理で1年間の限定領主をやっておりますの。さて、そうなると、領主としては労働者が増えて欲しいのですわ。賃金が発生すればお金の使用率が上がり領地が潤いますしね。清掃員の話は私にとってメリットがある話ですの」


 そう告げながら、私は淑女のようにニッコリと笑みを作ります。

そして、肝心のアロンはというと、状況が飲み込めていないのか口をパクパクとさせています。

交渉するなら、このタイミングですわね。


「私は領主として1日50銀貨を出せますわ。市民の平均額程度の賃金になりますわよ」


「そうやって騙そうたってそうはいかねぇよ。本当に姉ちゃんが領主様なら1日100銀貨は出せるだろ?」


 アロンは声を震わせながら、賃金交渉をしてきます。

まだ、半信半疑といった具合ですわね。しかし、ここで引くわけにはいきませんわ。


「申し訳ございませんわ。他の清掃員も雇わなければならないので、100銀貨は難しいですわね」


「なら、交渉は決裂だ。いつ手を切られるか分かんねえからな」


「ですが代替案ならございますわ。そうですわね。市民街にある部屋を一室、無料で貸し出すのはどうでしょうか。居住環境も良くなれば妹さんの体の負担も減るはずですわよ」


「それが100銀貨の変わりか。随分と高待遇すぎないか」


「長期的な面で考えれば毎日の高賃金が発生するより安上がりですわ。それに、貴方達が市民街に住めば、必然的に掃除の手を抜くわけにはいかなくなるでしょう?」


「妹の為に街の臭いを取っ払わらなきゃならない。そういうわけか」


 すると、アロンは両腕を組んで考え始めます。

話の筋は通ってはいる。しかし、今までの経験則から裏切りを警戒しているといった具合ですわね。


 すると、沈黙を貫いていたレニが私へ目配せをしてきます。

何か考えがあるみたいですわね。


 私は頷くと、レニは軽く会釈をしてからアロンの前へと一歩進みます。

そして、彼に背中を向けると上半身を脱ぎ始めます。


「何やってんだよ、獣人の姉ちゃん!?」


 あまりにも突拍子もないレニの行動にアロンは顔を真っ赤にさせながら、慌てふためきます。

ですが、すぐにレニの意図に気付いたのでしょう。落ち着いた声色で小さく呟きます。


「姉ちゃんの体、傷1つなくて綺麗だな」


「はい。まだ、私の自己紹介をしていませんでしたね。私はハーヴェイ家に仕えさせて頂いているメイドのレニです。ルイゼお嬢様にも、大主人様にも、大変よくして頂いております」


「そっか……」


 すると、アロンは自身の手のひらに視線を落とします。手から腕にかけて走る無数の切り傷が、彼の背負ってきた苦しみを静かに物語っているようでした。


 そして、アロンはその手を私の前に差し出します。


「レニの姉ちゃんを大切にしているアンタを信じてみるよ。その仕事、引き受けさせてもらう」


「交渉成立ですわ」


 そして、私はアロンの手をしっかりと握りしめます。まずは一人目ですわね。

私はレニが服を着るのを手伝った後、アロンにお願いをします。


「今日は昼を過ぎてますので、清掃作業は明日の朝にお願いをしますわ。それと、他にも同じ条件で協力して頂ける知り合いにも声をかけて下さると助かります。私よりもアロンが声をかけた方が人は集まりやすいでしょうしね」


「それは構わねぇけどよ、ルイゼの姉ちゃんは金が持つのか? 賃金だけで結構な金が毎日、飛ぶぜ」


「その点については心配に及びませんわ。なにせ、ただウンコを集めるだけではありませんから」


 それこそ、ウンコを集めて街外へ捨てるだなんて勿体無い。


「次はウンコを集めて肥料を作りますわ!!」


 農作物の栄養素となる肥料。

人手が増えればウンコも沢山集まる。

有効活用しないと損ですわ。

こうして、私は2手目となるウンコ除去へのロードマップを進めるのでした。

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