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第4話 領地運営開始!! 目指すは衛生管理の行き届いた街ですわ

「ルイゼ・ハーヴェイ。これから1年間、王より賜りし我が領地をお前が統治してみせよ!!」


 そんなお父様より頂きました命令により、私の頭は混乱が続いている状態でした。

いきなり統治だなんて過程をぶっ飛ばし過ぎですもの。


「あの、お父様、経験もろくに積んでいない素人娘に領主の任は重すぎる気がするのですが……」


 すると、お父様は外行き用のロングコートを着用しながら、あっけらかんと答えてくれます。


「経験がなければ、今から積めば良いじゃないか。それに、ワシはワシで別の責任を取らねばならないしな」


「もしや、私がハインツに恥をかかせた件ですか?」


「まあ、それだな。ハインツにしてみれば自分の顔に泥を塗られて、そのままというわけにもいかないだろう。だからこそ、手遅れにならないうちから各領地を周って根回しをしておくんだ。呆けていたら、あっという間に領地を奪われかねん」


「つまり、お父様が各地を巡っている間、1年間ほど領主が不在になる。だから、私に統治を任せようと考えたわけですのね」


「ルイゼも来年には15歳で成人だしな。ちょうどいいだろう」


「全て合点がいきましたわ。私の不手際により尻拭いをさせてしまい申し訳ございません」


 理由が分かり、熱を帯びた頭が徐々に冷えていきます。

本来なら責任は私が取るべきですが、味方が一切いない、ましてや未成年の私が他所の貴族家に突っ込んだとしても聞く耳を持ってくださらないのは想像に容易いですわ。


 ならば、他貴族や王族と接点のあるお父様が各地を周る方が合理的。

ハインツが何かをしでかす前に早く動くべきですしね。

なにより、私がハーヴェイ領を統治できるのなら、ウンコを駆逐する計画に必要な金銭面での問題は解決しますし。


 私はお父様に向けて謝罪と感謝の念を込め、頭を深々と下げます。


「ありがとうございます。お父様より任された領主の職務、しかと承りましたわ。必ずや民の幸福と領土の繁栄を成し遂げてみせます」


「ハッハッハッハッ!! 任せたぞ、ルイゼ。それじゃあ、ワシのカワイイ娘の領主生活が水を刺されないように、外交を頑張るとしようか。行ってくるよ」


 そう豪快に笑うお父様は私の頭を撫でるのではなく、肩を優しく叩くと、そのまま何名かの使用人を引き連れて屋敷を出て行ってしまいます。

あまりにも準備がよすぎますので、私の結婚が破談した時に備えて、跡を継がせる方法も考えていたのかもしれませんわね。

お父様の気持ち、確かに受け取りましたわ。


「ハーヴェイの名に恥じない結果を残しませんと」


 すると、隣に立つレニが優しい眼差しを向けながら、穏やかな声をかけてくださいます。


「私もルイゼお嬢様のお手伝いをさせて頂きます。実は大主人様から事前に領主の知識をご教示頂いておりますので、ご安心ください」


「愛されてますわね、私は。でしたら、その想いにも応えないと恥ですわ。レニ、頼らせて頂きますわよ」


「お任せ下さい。お嬢様に助けていただいた恩義、しっかりと返させて頂きますので」


 そう告げるレニはガッツポーズを見せ、どこか愉快そうな表情を浮かべています。

まあ、差別意識がなく、亜人である自分を迎え入れてくれた領地に恩返しができるとなれば生き生きとするのも無理はありませんけど。

酷い領地だとハインツみたいに人扱いすらしてもらえませんしね。


 そして、私は気持ちを切り替えるように両頬をパチンッと叩きます。

さて……と、金銭の問題と婚約については、ひとまず悩まずに済みそうですわ。

そうとなれば、5年後に訪れる疫病への対策を進めていきませんと。

それに、領主としての職務もありますしね。


「まずは信頼できる人材確保からですわ」


 お父様と違い、私には頼れる人物はレニくらいしかいません。

街中からウンコを除去するにしても、領地を統治するにしても、人手は必要になります。


「レニ、さっそくですけど、街へと出かけますわよ。統治を行うのなら、まずは領民の生活を知らなければなりません」


「かしこまりました。でしたら、視察ついでに領主としての職務内容についてもお教え致します。あと、それとですね……」


 レニは片手で口元を隠し、頬を赤らめながら遠慮がちに聞いてきます。


「ウンコは流石に集めませんよね?」


「それについては、歩きながら説明致しますわ!!」


 やっべぇ、すっかり忘れてましたわ。朝方の奇行についてレニに説明をしていませんでした。

婚約が無くなった今ならレニに話しても問題ないですわよね。


こうして、私達は支度を済ませて、街へと出るのでした。



「近い将来、人口の増加に伴い糞尿が街中に飽和する?」


「そうですわ」


 屋敷から街へと続く道を歩きながら、私はレニへウンコを集めていた理由について簡単に説明致しましたわ。

流石に過去へと遡った件は伏せ、ウンコを除去する理由のみを伝えます。


「ここ最近は戦争もなく平穏そのもの。おかげさまで各領地も年々、人口が徐々に増えていっていますわ。それに伴って糞尿の数も増大し、悪臭も酷くなるのが予想できます」


「それにより、領民が体調を崩して、苦しんでいくと?」


 そのレニの予測に私は首を左右に振ります。


「いいえ、それよりも状況は更に悪化致しますわ。臭いに対して我慢が限界に達し、国が糞尿を街中に捨てるのを禁止する触れを出すはずです」


 というより、前世では実際に街中にウンコを捨てるのが禁止になったのですけれど。街の悪臭が風にのって屋敷にまで届いていたくらいですから。

夫だったハインツもブチ切れてましたわね〜。


 しかし、前世の状況を知らないレニにとってはイメージがわかないのでしょう。申し訳なさそうに耳を垂れさせます。


「レニ、あまり気に病む必要はありませんわ。あくまで、私の予想なのですから。ですけれど、万が一、私の言う糞尿を街に捨てるのが禁止になった場合、次に被害に合うのは川水ですわ。どちらかと言えば私が問題視しているのはこちらの方です」


 そう告げると、今度はレニもイメージがついたのでしょう。項垂れていた獣耳が針葉樹のようにピンっと立ちます。


「なるほど、生活廃棄物を街中から外へと運び出すのは労力になる。そうなると、糞尿を川に捨てる者が出てくると予見しているわけですね」


「正解ですわ。汚染した川水を摂取すれば民は体調を崩し、病を患う原因になります。だからこそ、朝方に私は街へと飛び出してウンコを収集していたのです」


「つまり、ルイゼお嬢様は糞尿除去にどれだけ人手が居るか、ご自身で経験するためにウンコを集めていたと。なるほど、事情については分かりました」


 レニは納得したようで、安堵の息を吐き出すと同時に獣耳も下へと垂れ下がります。

まあ、ウンコを集めていた理由は過去に戻れた嬉しさから頭が悪くなっていたのが原因ですけど。言わぬが花ですわね。


 とりあえず、理解して頂いたみたいですし、今度は行動に移す番ですわ。

 そう考えながら、私は街の入り口へと向かいます。


「ひとまず、領主としての責務も果たさないとですわね。民の暮らしをこの目で見ないと問題も把握できませんし」


 そう口にしながら、数分前にレニから説明して頂いた領主の仕事について思い出します。

領地を統治する仕事内容について簡単に説明すると、『民の生活を安定させる』のが役目ですわ。


 例えば、好況と不況の状況に合わせて月に徴収する税金を決めたり、法整備などを行ったりする政策ですわね。

私が行おうとしている街の衛生管理についても、領民の生活を快適にするという名目での政策と言えますわ。


「ここから始まりですわね」


 幸い、ハーヴェイ領は長い歴史があり、法整備やインフラ整備は殆ど整っています。領主としての仕事はせいぜい月ごとに徴収する税金の取り決めくらいですわ。


 つまり、私の目的である街中のウンコを駆逐する計画に集中できる。

今回、街へ出向くのも、民の暮らしを見て景気を確認するのと街のウンコ問題をどう解決するか同時に行うのが目的。なにより、後者はマンパワーが必要ですので、人材確保も視野にいれないといけません。


 そうして、私は捨てられた糞と湿り気ある土が混ざる道を踏み込みながら、露店が並ぶ街の様子を観察し始めます。


 商店では農家より仕入れた野菜や卵、肉などが立ち並び、種類も豊富。

主食の要であるパン屋の前ではパン種を持ったお客が絶え間なく列を作り、パン窯が休みなく煙を吐き出しています。

金物屋では農民が壊れた農具を持ち出し、店主がハンマーを叩きながら金具部分を修復する音が耳へと届きます。


 景色を見る限り、至って平和そうですわね。

すると、レニが顔を近づけて息を吹きかけるように耳打ちをしてきます。


「ルイゼお嬢様、市民の暮らしは表面だけでは図れませんよ。実際に話を聞き、そこから得られる情報もあるのですから。それに、人手を探しているのなら、尚の事、人との縁を繋ぐのに会話は必要です」


「そうですわね。せっかく変装もしていますし、領民の声を聞かないのは損ですわ」


 現在、私は貴族が着用するようなドレスではなく、一般市民の娘が着用するようなベージュのチュニックにロングスカートといった質素な装いをしています。

ハーヴェイ領地の治安は良いとはいえ、貴族の娘が堂々と街中を歩くのは、それなりのリスクがありますわ。


それに、レニが言うように民の本音を聞かなければ、問題は分かりません。ドレス姿の貴族から今の生活について聞かれたとしても、本音をぶちまける人は中々いないでしょうし。


 さて、そうとなれば、生活の基盤となっている食から確認すべきですわね。

私は野菜や卵を販売する露店へと目をつけ、体格も声も太く快活な雰囲気を醸し出す店主へと声をかけます。


「ご機嫌よう。商売の調子はいかがでしょうか?」


「いらっしゃい、嬢ちゃん。今は春の季節だから商品も潤沢だし、売れ行きも去年と変わらず好調だな」


「それは良いですわね。それでは、今の生活に不安や不満はない感じですの?」


「特にはねぇな。仕事終わりに居酒屋で一杯ひっかけられれば十分さ。不満があるとしたら、たまには安物エールじゃなくて、お貴族様みたいにワインを飲んでみたいぜ。まあ、無駄遣いしちまったら嫁さんに叱られちまうけどな、ガッハッハ!!」


 そう告げる店主は大口を開けながら豪快に笑い飛ばしてみせます。

この様子をみるに、生活が困窮している様子もございませんわね。


「それで嬢ちゃん。何をお求めで? オススメは昨晩に届いたテンジュ産のカブだ」


「まあ、それは良いですわね。テンジュの領地は気候も良くて農作物の質が良いですから。おいくらですの?」


「1つ3銀貨だ。オマケに豆をつけておくよ。スープと合わせりゃ絶品だぜ」


「でしたら、それを頂きますわ」


 私は隣に立つレニへと視線を送ると、彼女は店主へと銀貨を渡し、品物を受け取ります。

ここで聞けそうな話はこれくらいですわね。長居しても迷惑になりますし、次に行きましょうか。


 そのように判断した私は店主にお礼を告げて、店を離れます。


「ルイゼお嬢様、この調子で様々な方へと話を聞いていきましょうか」


「そうですわね」


 そして、次の店へと向かおうとする途中、買い物カゴを手にした婦人が話しかけてきます。


「あら、レニちゃんじゃないの〜。今日は買い出しかしら?」


「こんにちは。今日は買い物ではなく別件の仕事がありまして」


「あら、そうなの。本当にレニちゃんは真面目ね〜。うちの旦那も見習ってほしいわ~」


「相変わらず旦那様は仕事のサボり癖が抜けない感じですか?」


「そうなのよ〜。昔は一日50銀貨以上は稼いでたのに、今は調子が悪いって言い訳して店を早仕舞いしてね。今だと30銀貨程度しか稼いでこないの」


「それは苦労しますね。いっそ奥様が働いてみては?」


「あら〜面白そうね。でも、そこまで困窮はしてないし、ここらの地域だと新しい仕事もないでしょ? アタシだって家事があるしね。仕事を探すくらいなら旦那のケツを蹴って働かせた方が早いわ。……って、レニちゃんも仕事中なのに引き止めてごめんなさいね。また、お話しましょう」


「ええ、次の機会に是非とも」


 そうして、ご婦人は小さく会釈すると、再び買い物へと戻っていきます。


「ルイゼお嬢様、何故ニヤニヤしてるのですか?」


「ええ、レニが領民に受け入れられてるのが少し嬉しくて」


「これも大主人様のおかげです。ですけど、この領地だけが特別なんです」


 そう告げるレニはわずかに影が差した表情を浮かべながら歩き出します。


 すると、反対方向から刺繍の入った羽振りの良いマントを着用した二人組の男とすれ違います。身なりからして他所の領地から来た商人なのでしょう。

彼らはすれ違う直前、レニを一瞥して小さな声で話し始めます。


「おい、亜人が堂々と街中を歩いてるぞ?」

「ここだと当たり前だよ。ここの領主、かなりの変人だからな」


 などと、亜人差別とお父様を軽蔑する会話をしながら消え去っていきます。

 アイツらぶっ飛ばしてやりたいですわね。


 そんな面持ちで商人達の背中を睨みつけていると、レニが私の手を掴んで小さく肩をすくめてみせます。


「慣れっこですから」


 その表情から、レニがどれだけの差別を当然として受け入れたかが読み取れます。

ですけど、世の常識に捕われず、立ち向かうと決めた私にとっては見過ごすわけにはいきません。


 私はレニの手を引き、再び歩き始めます。


「まだまだ民の話を聞いていく必要がありますわ。私は領主なのですから、領民を守るのが仕事です。もちろん、貴方も大切な民の1人ですわよ、レニ」


「ええ、存じております」


 私の言葉にレニは頬を緩め、尻尾をパタパタと揺らします。


 そうして、私達は各店を回っていき、領民の話を聞いていきます。

そして、おおよその市民から話を聞き終えると、私は1つの結論を口にします。


「民たちは生活に問題ない。けれど、もう少しお金は欲しいといった具合ですわね」


 商店にしても、農民にしても、一日働ければ日暮らしには困らない。そんな感想をいだきましたわ。


 すると、レニが補足するように口を開きます。


「一日中働いて稼げる額は平均して30から50銀貨ほど。贅沢さえしなければ生活には困らないですね」


 レニは口元を抑えながら、悩むように眉をひそめます。


「しかし、困りましたね。領民は生きる為に仕事をしなければなりません。ルイゼお嬢様の考える、街の糞尿除去を“手伝って”くれる方を集めるのは難しそうです」


 そのレニの“手伝う”という言葉を私は否定致します。


「レニ、私は人手は欲しいと言いましたけれど、相手に献身性は求めてはいませんわよ?」


「ですが、人が居なければ糞尿除去は出来ないのでは??」


「そうですわね。ですが、あくまでお金にならないから人が居ないわけですのよ」


 そんな私の言葉に、レニは意図が組み取れなかったのか疑問符を浮かべるように首を傾けます。


 確かに今の時代では存在しない概念ですから仕方がないですわね。

ですが、5年後に疫病が蔓延し、必要にかられて誕生した職業があります。


 私は小革袋から銀貨を取り出し、見せつけるように掲げます。


「このお金を使って人を雇いますわ。業務内容は至ってシンプル。街中に捨てられたウンコを集める仕事ですわ」


「まさか、ルイゼお嬢様は新しい職業を作るおつもりですか?」


 レニも察しがついたのでしょう。私は彼女の言葉に深く頷いてみせます。


「その職業の名前は“清掃員”。街の掃除を行い、賃金を発生させる新しい職業ですわ」


 人が動かないのであれば、動く理由を作ればいい。

お父様から頂いたお金、さっそく使わせて頂きますわ。

私は手にした銀貨を握りしめ、ウンコ除去への一手目を始めようとするのでした。

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