第19話 脱獄NG!? 独房令嬢と安楽椅子探偵
「ハメられましたわね」
牢屋の壁に持たれかかりながら私はポツリと呟きます。
クラウスが毒を盛られ、その容疑者として私は告発されましたわ。
クラウスの人命が最優先でもありましたので、私は大人しく捕まり、今に至ります。
「クラウスは無事かしら」
ハインツの様子からして致死量の毒は盛ってはいないと思われますが不安ですわね。
すると、監視の女兵士がこちらを見ずに私にだけ聞こえるように小さな声で伝えてくださいます。
「クラウス王子は無事です。今は意識がないようですが、しばらくすれば目が覚めるそうです」
「ありがとうございますわ」
良かった、ひとまず安心ですわね。
私はお礼を告げつつ女兵士の後ろ姿を観察します。
何処かで見覚えがあるような……。
「思い出しましたわ。王都で私の警護をしてくださいました兵士様ですわね」
「……申し訳ございません、仕事中ですので」
女兵士は震えた声で申し訳なさそうに謝罪を告げてくれます。
ここで私の監視をしている状況から、彼女はハインツに命令されているのでしょうね。私情や私語は慎むようにと。相手が王族なので逆らえないのは仕方がありませんわ。
ですけど、女兵士の雰囲気から私が不当な理由で捕まったのは理解して頂いているみたいです。
彼女は姿勢を崩さず言葉を漏らします。
「これは私の独り言です。容疑者のルイゼ様が少しでも怪しい動きを見せれば報告せよと命令を受けております。ですが獄中でどのような言葉を発しようと、ただの独り言として扱い、報告は致しません」
随分と大きな独り言ですわね……と、思いつつも私は聞こえないふりをします。
内容からして、脱獄に繋がる怪しい動きは報告するけれど、”誰かとの会話”は独り言として報告しないという意味に聞こえますわね。
なぜ、このような話を彼女はしてくれるのでしょうか。
そのような疑問の答えはすぐさま訪れます。
「ルイゼお嬢様、ご無事でしょうか」
「ルイゼの姉ちゃん、平気か?」
独房の天井近くに備え付けられた日差しを取り入れる用の小さな鉄格子窓。
そこからレニとアロンの声が聞こえてきますわ。
なるほど、この会話は私の独り言として処理されるわけですわね。
女兵士の言葉の意味を理解した私は安心してレニ達の言葉に返答致します。
「ええ、無事ですわ。それよりも、今の状況を教えてくださらないかしら?」
「かしこまりました。時間が無いので手短に。まず、クラウス様はご無事です。ハインツの目的はルイゼお嬢様を王族殺人未遂の犯人として断罪をするつもりです」
「やはり、そうでしたか。クラウスに毒を盛った理由も分かりましたわ。私を殺すよりも、罪人にして生き地獄を体験させたいみたいですわね」
「ハインツの準備の良さから、そう判断してよいでしょう。明日の朝にはルイゼお嬢様を罪人として王都へ連行する準備を整えてます」
なるほど、クラウスが目覚める前に私を味方の居ない地域へ移動させ、裁判を済ませる魂胆ですわね。
すると、アロンが怒りと不安が混じる声音で提案してきます。
「逃げるなら今のうちだぜ? ルイゼの姉ちゃんが連れてかれたらオレ達も助けらんねぇし」
「ありがとうございますわ。ですけど、脱獄をしたら罪を認めるようなものですわ。それこそ、ハインツの思うつぼです」
「じゃあ大人しく連行されるってのかよ?」
「もちろん、指を加えて待つほど私も馬鹿ではありませんわ」
それこそ、私ではなくクラウスに手をかけた件については腸が煮えくり返るくらい怒りに燃えていますしね。
ハインツの顔が歪むまでボコボコにぶん殴らないと気が収まりませんわ。
すると、レニが私の態度から察してくれたのか、もう1つの方法を言語化してくれます。
「もしかして、無実である立証をするつもりですか?」
「その通りですわ。脱獄するだけではハインツにダメージはありません。私の無実を証明し、アイツが真犯人であると指摘をしなければなりません」
そうしないと、ハインツはまた別の嫌がらせを仕掛けてきますからね。
なによりアイツが私の友人に手をかけておきながら、何食わぬ顔で生きていくのは許せませんわ。
私は痛くなるくらいに握り拳を作ると、レニとアロンに向けて声をかけます。
「お二人とも、証拠集めをお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「当然だろ!!」
「ありがとうございますわ。レニ、現場の状況はどうなってますの?」
「クラウス様がお倒れになった時からそのままです。事件の後、私も現場の様子を確認しようとしました。すると、ハインツが『証拠を残すためだ』とテーブルの上の物に手を付けるのを禁じたのです」
「そうやって人を追い出して、テーブルの上に置いたチーズを毒入りの物に変えてそうですわね」
そう考えるとクラウスに毒を盛った本当の証拠も処分されているはずですわね。それも決定的な証拠であるはず。私が連行されてからレニが現場の確認をするまでの間で回収されていると考えられますわ。
「レニ、覚えている限りでよろしいですので、貴方が見たテーブルの様子を教えてください」
「かしこまりました。まず、テーブルに置かれていたのは、ブドウジュースのビン、チーズ、それと銀製のゴブレットが“2つ”置かれてました」
「なるほど、ゴブレットが“2つ“ですのね」
レニ言葉に私はすぐさま気づきます。
クラウスに毒を盛った真の凶器はゴブレットで確定ですわね。
なにせ、器は3つありましたもの。
犯行方法はシンプルですわ。
まず、ハインツは3つあるゴブレットのうち1つに毒を盛った。これは事前に器のフチにでも毒を塗ったのでしょう。
そして、まずは1つ目の安全なゴブレットにジュースを注いで私に差し出す。
もちろん、私が警戒するのは折り込み済みだったでしょう。
ハインツは2つ目の安全なゴブレットにジュースを注ぎ、自ら飲み干してみせる。
そこで安心した私はジュースを飲み、油断させる。その様子からクラウスも警戒心を緩めるはずですわ。
そのタイミングでハインツは毒が塗ってある3つ目のゴブレットをクラウスへと差し出しますわ。
加えて、「クラウスはチーズが好き」という情報を私に与えて、チーズを出させようと仕向ける。
今回は私が率先してチーズを提供いたしましたけれど、私が何も言わなかったら、ハインツは文句でもつけて無理やりにでもチーズを出させたはずですわ。
とにかく、チーズと毒が塗られたゴブレットに口をつけたクラウスは倒れます。
ジュースは私とハインツが飲んでいるので、消去法で私の提供したチーズが怪しくなるといった流れですわね。
あとは私を拘束して、本当の凶器であるゴブレットは回収して廃棄すれば完了ですわ。
私はこの推理を二人に話すと、アロンが悔しそうな声を漏らします。
「クソッ、オレかレニの姉ちゃんがいれば毒の匂いに気づけたはずなのに!!」
「それは頼もしいですけれど、おそらく無理だと思いますわね。ゴブレットは銀製でヒ素の反応もなかったですわ。おそらく使われたのは無色無臭のトリカブトだと思われます」
「はぁっ!? あの毒草の? そんなの腹に入れたら即死だぞ」
すると、レニが疑問に答えるように補足をしてくださいます。
「トリカブトは毒素を薄めて薬にも使われたりします。ハインツが使用したのは、おそらく毒素を調整した物かと」
「ふ~ん、どちらにしても毒の入手は簡単そうだな」
「逆に言えば、入手経路の特定が難しいとも言えますね」
そのレニの言葉に、私も同意します。
ハインツが毒を入手した場所も証拠になりえますが、トリカブトなんて、そこら辺に生えてるので簡単に入手できますからね。
そうなると、証拠になり得るのは1つだけになりますわ。
「ゴブレットが1つだけ現場から消えたのなら、それが凶器であるのは間違いないですわ。犯行が発生してから時間もそれほど経過しておりません。おそらく廃棄されたゴブレットは領内のどこかにあるはずです。お二人とも探してくれませんか?」
「ルイゼの姉ちゃん、それは構わないけどよ、手がかりもないのにどうやって探すんだよ」
「あなた達には嗅覚という最大の武器がありますわ。現場に残されたゴブレットとジュース。そこから捨てられた凶器のゴブレットと同じ匂いを辿ればいいだけですわ」
「なるほどな。だけど、現場にはどう入ったものか。今でもハインツの警備兵が居るんだろ?」
「アロン様、それでしたらなんとかなります。食堂への入口は兵士に監視されていますが、中は人が不在です。食堂に繋がるキッチンは裏口があります。そこから侵入をしましょう」
「現場にあるゴブレットの匂いさえ嗅げれば、こっちのもんだ。さっそく行こうぜ」
ひとまず、証拠品集めはアロン達に任せられそうですわね。
あとはアオイにも協力をして頂きたいのですけれど、彼女はどこに居るのでしょうか?
「レニ、アオイは今、どうしているのでしょうか?」
「ルイゼお嬢様が捕まった情報を聞いた瞬間、『仕入れに行ってきますわぁ』と、早馬を飛ばして街へ出ていってしまいました」
「絶対に仕入れじゃないですわね」
アオイのことですから、きっと私の助けになるための行動をしているはずですわ。
ひとまず、信じて問題ないでしょう。
そうなると、私が指示できるのはここまでですわね。
「さてと、申し訳ございませんが、無力な私は事態を悪化させないためにも大人しくしていますわ」
そんな私の自虐気味な言葉に対して、アロンとレニは口を揃えて返事をくれます。
「ルイゼお嬢様は領主らしくドンと構えていてください」
「ルイゼの姉ちゃんは領主らしくドンと構えてりゃいいんだよ」
そう告げると、二人の走り出す音が聞こえてきます。
「私は良い仲間と巡り会えましたわ」
そんな独り言を私は呟きながら、遠のいていくレニとアロンの足音を、私はドンと構えながら聞くのでした。
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