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第18話 先手の利と後手の油断

「そろそろハーヴェイへ着きますわよ」


 馬車に揺られながら私はクラウスへと告げます。

王都から数日をかけ、ようやくハーヴェイ領へと帰ってこられましたわ。


 窓枠から外を確認すると農作地が見えます。既に秋の収穫は終わり、春に向けて土を休ませているのか茶色い地面が広がっています。少し物寂しい景色ですわね。


「あと少し早ければ蓼藍の葉緑が広がる光景をクラウスにもお見せできましたのに」


「冬も近づいてきているから仕方ない。また次の視察の時に見させてもらうよ」


「あら、嬉しいですわね。でしたらウンコが材料の肥料作りも体験してます?」


「……検討させてもらうよ」


 あら、断られてしまいましたわね。

そんな緩めな会話をしながら、私は脳内でハインツについて考えます。


 クラウスの情報によるとハインツは今までの無礼な行いによってプロイレン国王であるアルバート様に事実上の国外追放を言い渡されている状態です。

それこそアルバート様的にはハインツを更生させようと考えておられるみたいですが、大祭典での態度を見る限り意図を組み取れていないみたいですわ。


オーバードルフ国王に気に入られれば自分は国へ戻れる……なんて、ハインツは考えていたあたり、帰郷はできそうにありませんわね。


 ただ、問題があるとすればハインツからしてみれば私への恨みを募らせている可能性が高い、というより確実に憎んでいますわね。

私と婚約してオーバードルフ国とパイプを作るつもりが破談。

自国へ戻るため、オーバードルフ国王に気に入られようと大祭典で最高級の献上品を納めたのに、私に負けて帰国へのチャンスを失くしてしまった。


挙げ句の果てにはプロイレンの別邸を追い出されたホームレスへと転げ落ちています。


「(手負いの獣ほど怖いものはありませんわね)」


 ハインツに逆恨みされているのは確実ですわ。

屋敷についたら、すぐさまハインツの動向を探りませんと。


 そう考えていると御者をしていたレニが声をかけて下さいます。


「ルイゼお嬢様、そろそろ街へと到着します。このまま屋敷に行きたいのですが、一度馬車を降りて頂く必要がありそうです」


「どうしたのですの?」


 そんなレニの口にした言葉の意味が分からないまま、馬車は停止します。

入口が封鎖でもされているのでしょうか?

疑問に感じつつも私とクラウスは馬車から降ります。


 すると、目に入った光景から状況はすぐさま理解できましたわ。


 街の入口。そこには1台の馬車が停車しています。

その前に腕を組みながら私達を睨みつけてくる男性が立っていましたわ。


「数日ぶりだな、ルイゼ・ハーヴェイ」


 そんな私の名前を恨めしく口にするのは一人しかおりません。

街の入口の前で待ち構えていた人物。それはハインツでした。


「珍しく先越されましたわね」


 そう私はポツリと小さく呟きながら、眼前に居る赤い髪色と似た怒りの感情を出すハインツを睨み返すのでした。



「それで、お話というのは?」


 屋敷の食堂にて。私はテーブルを挟んだ先に座るハインツへと率直な質問を投げかけます。

つい数分前、ハインツが街の入口で待機し、私達を待ち構えていました。

ハーヴェイ領へ来た理由について聞こうとしましたけれどハインツは有無を言わさず「ここだと目立つ、屋敷へ案内しろ」と、いつもと変わらない傲慢な態度を示しました。


 本音では塩対応をしたい所でしたけれど、一応、ハインツの王族である肩書は消失したわけでもありません。

街で暴れられても困りますしね。

こうして、仕方なく私はハインツを屋敷へと案内して、今に至ります。


 食堂には私とクラウスが並ぶように着席し、対面の席にはハインツが座っています。

そのハインツの背後には護衛の兵が4名ほど。

随分と数が多いですわね。それとも、私が下手に警戒しすぎなのでしょうか。

過去にハインツが使用人のレニへ暴行をした実績がありましたので、使用人は別の部屋で待機してもらいましたけれど、1人くらいは護衛としてつけておくべきでしたわね。


 すると、沈黙を貫いていたハインツが重苦しくため息を漏らします。


「そんな露骨に警戒するな。今日はお前……ルイゼ・ハーヴェイの邪魔をしに来たわけではない」


「だとすれば、一体、どのようなご要件で来られましたの?」


「建前は謝罪だ」


 そう告げるハインツが片手を上げると、背後に控えていた兵士が中くらいの平たい木箱を机の前に置きます。

その箱をハインツは開けて中身を取り出すと、3つの銀製のゴブレットが出てきますわ。


 随分な上物みたいですけれど、これはもしや?

 その単語を口にするのを躊躇してしまいますが、私の代わりにクラウスが指摘してくださいます。


「買収ですか?」


「ハッ、お前らは金品で動く輩ではないだろうが。言っただろ、建前は謝罪だと」


「つまり、この謝罪はアルバート大兄上への好感度上げというわけですか」


「そんな感じだ。各地で迷惑な行為を働いてきたからな。他の領地も回り、地道に謝罪していくしかあるまい。このままだと永遠にプロイレン国へは戻れんからな」


 それはまあ、殊勝な心がけですわね。

おおっぴらに本音をぶちまける辺りハインツらしいですけれど。


 そんな私の考えを読み取ったのか、ハインツは目を細めます。


「キサマらに嘘は通用せんだろうが。だったら腹のうちを晒した方がよっぽど誠実だ」


「ですわね。下手な謝罪をされたら不気味ですもの」


 これでハインツの目的も分かりましたわね。

要は追いつめられてプライドを優先する余裕もなくなったわけですわ。

だからこうして『謝罪に行った』という形だけでも実績をつもうとしていると……。


 理由が分かった私は警戒心を少しだけ解くと、ハインツは不服そうな表情を作りながらも詫びの品をもう1つ出します。

ブドウのイラストが描かれたラベルが貼られた緑色のビンでしたわ。


「ワインですか?」


「お前は未成年だろうが。これはブドウジュースだ。我が国プロイレンはブドウが特産物だからな」


 そう告げながらハインツはビンの栓を抜くと、持ってきたゴブレットにジュースを注いでいきますわ。


 そして、その1つを私の前に寄せてきます。

しかし、私のハインツへの警戒心は完全に解けておりません。

毒でもありそうですわね……と、勘ぐっていますと、ハインツが自身の手元に置いてあったゴブレットの中身を飲み干します。


「見ての通り普通のジュースだ。飲み物には何も仕込んでない」


「……失礼致しましたわ」


 警戒し過ぎでしたわね。

私はひとまずハインツを信用すると、ジュースを一口、喉へと通します。


 すると、芳醇な香りと喉越しの良いブドウの味が口内へと展開していきます。


「あら、美味しいですわね」

 と、素直な感想が思わず漏れてしまいます。


「ハッ、当然だ。プロイレン国自慢の一品だからな」


「ええ、とても良い品ですわ」


 そんな私の様子を見るクラウスも刺すような警戒心が薄れていきます。

それをハインツは頃合いだと読んだのか、クラウスの前にもジュースを入れたゴブレットを置きます。


「クラウスも遠慮せずに飲め。子どもの頃はチーズと合わせて飲むのが好きだったろ?」


「覚えて頂いてたのですね。嬉しいです」


 ふむ、クラウスはぶどうジュースにチーズを合わせるのが好きなのですね。

久しぶりに故郷の味を堪能できるのですから、最大限に楽しんで欲しいですわね。


「せっかくですのでチーズを準備させて頂きますわ」


 そう思いついた私は使用人に頼みチーズを持ってきてもらいます。

そして、クラウスの前にはブドウジュースとチーズがそれぞれ置かれます。


「ルイゼもありがとう。それでは遠慮なく」


 クラウスはお礼を一言告げるとゴブレットを手に取ります。

そして、口元までゴブレットを近づけるとジュースの匂いを鼻で嗅ぎます。


「懐かしい香りですね」


 そんなクラウスの強張った顔が少しだけほころびます。

やはり生まれ故郷の匂いとは過ごした年月に関係なく懐かしいのでしょう。


 そして、ジュースを喉に通した後、チーズを口へ含みます。


「今年もプロイレンでは良いブドウが取れたみたいですね。とても美味しいです」


「ハッ、質の悪いブドウから作ったジュースなど出すわけないだろうが」


 と、ハインツは満足げに頬を緩めます。

褒められて純粋に喜んでいると思いたいですけれど、何処となく別の感情も含まれているような……?


 その違和感の正体に気づく前に、事態は発生致します。


「うっ……」


 突如、クラウスが胸を抑え、手にしたゴブレットを床へと落とします。

彼は苦痛に顔を歪ませ、そのまま倒れ込んでしまいますわ。


「クラウスっ!!」

「触れるなっ、ルイゼ・ハーヴェイ!!」


 私がクラウスの状態を確認しようとした瞬間、ハインツが怒号にも似た声を食堂へ響かせます。


「今すぐルイゼ・ハーヴェイを拘束しろ」


 ハインツは弟が倒れたにも関わらず一切の動揺を見せず、引き連れていた護衛兵に私を拘束するように命令を下します。

方や私はというと急な展開に事態が飲み込めず、なすがまま護衛兵に捕まってしまいます。


 は? 一体、なにが……?


 そんな動揺を隠さずにいると、ハインツは台本でも読むかのように私へ言葉を吐きます。


「ルイゼ・ハーヴェイ。クラウス・オーバードルフ第一王子暗殺未遂の容疑で逮捕する」


「計りましたわねっ!!」


「さあ、なんのことだか。ただ、貴様に言えるのはクラウスに毒を盛ったという事実だ。ジュースは俺とお前も飲んで何ら体に異変は起きていない。ただ、お前が用意したチーズを食べたクラウスは、ごらんの有様だ」


 すると、ハインツは余裕たっぷりの表情で言葉を続けます。


「ああ、なるほど。こうやって抵抗して時間を稼ぎ、クラウスを殺すつもりなんだな?」


 すると、床に付すクラウスが「ううっ……」と、苦しそうなうめき声を漏らしています。


「この外道がっ!!」


「それは貴様だろうが。さて、大人しく牢屋にブチ込まれるか、ここでクラウスが絶命する姿を眺めるか。どちらがいい?」


「分かり……ましたわ。それよりも早くクラウスに手当を」


「ハッ、言われなくてもそうするさ。兵士ども、ルイゼ・ハーヴェイを連れていけ。あとクラウスに薬師を」


 そんな計画通りと言わんばかりにハインツは手際よく指示をしていきます。

 こうして、私は王族暗殺未遂の容疑で牢屋へと連行されていくのでした。


しばらく無実証明のための行動などの話で20話までストレス展開が続きますのでご了承お願い致します。


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