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第17話 【閑話】ハーヴェイ領のとある酒場にて

 ルイゼが大祭典にて王族相手に奮戦していた同日。

ハーヴェイ領の住民達は変わらぬ穏やかな夜を過ごしていた。


 空は夕日が落ちたばかりなのか、まだ薄く明るさが残っている。

露店を経営する者達は既に店じまいを済ましており、昼間の活気ある大通りは閑散としていた。


「はぁ、疲れた。随分と仕事が長引いてしまった」


 そんな物音1つさえない寂しい通りを1人きりで歩く若い男が居た。

彼は生気のなく猫背を作りながらマントを羽織り、周囲を見渡しながら頭を掻きむしる。


「ああ、もう!! 開いている店がないじゃないか。商談を3つも入れるんじゃなかった!!」


 その男は虚しい叫び声を上げると、お腹から「きゅう〜」という腹の虫が鳴る。

仕事を頑張り過ぎて夕飯を食べる機会を失ってしまった!!……と、男は心の内で激しく後悔する。


 この男は最近、ハーヴェイ領の経済が活気づいていると噂を耳にして、(あきな)いに来ていた商人である。

取り扱う商品は酒類。食材と異なり生きる上では必須でない嗜好品なので、客に卸してもらうには少々苦労する品類だ。

 そんな酒類なのに、ハーヴェイ領に来た途端、瞬く間に商談の話が舞い込んできたのだ。

「噂通り経済は盛況らしい」と、知った商人の男は寝食をも削り、商談に明け暮れてたわけだ。


 その結果、自身の懐は膨らんだが、腹は減るという事態に陥ったわけである。


「この時間帯なら酒場だな」


 そんなわけで、男は腹を擦りながら、一番初めに視界へ入った酒場へと近づく。

男は酒類を取り扱う仕事上、嫌になるくらい酒を飲んでるので、プライベートで酒場利用する機会はあまりない。

しかし、空腹には勝てない。男は渋々、酒場の扉に手をかけて入店する。


 そして、入店すると同時に出迎えてくれるのは盛況活気な客の笑い声と嗅ぐだけで酔いそうになるアルコールの臭い。

男は飽きるくらいに嗅ぎ慣れたアルコール臭に少しだけむせると、給仕中の女性店員がビールジョッキを両手に持ちながら、のほほんとした声で話しかけてくる。


「いらっしゃいませ~。お一人様ですかぁ?」


「ああ、そうだ。……だが、見る限り、席は空いてなさそうだな」


 商人の男は周囲を店内を見渡して、目を細める。

テーブル、カウンター、どこを見ても人、人、人だらけで席は埋まっている。


 どうやら来るタイミングが悪かったみたいだ……と、男は少しだけ肩を落とす。

あまりにも露骨にガッカリとするものだから、女性店員も同情するように謝罪の言葉をかけてくれる。


「すみません~、今日も満席なんですよ~」


「今日”も”……か。随分と羽振りが良いみたいだな」


「そうなんですよぉ~。ここ最近はルイゼ領主様のおかげで領内も活気づいてましてぇ。嬉しい悲鳴ってやつですねぇ」


 などと毒気が抜かれるような笑みを女性店員は浮かべてみせる。


 そんな世間話をしていると、テーブル席で飲んでいた細見の男が立ち上がり、カウンターに居る店主へと会計をし始める。

彼は手早く会計を済ませると、すぐさま店の出入り口へと向かい、商人の男へ一声かける。


「相席で良ければ1席空いたよ」


 と、彼は商人の男の肩をポンと軽く叩くと、それ以上は何も告げずに店を出ていってしまう。


 どうやら、気を使ってくれたみたいだ。商人の男は見知らぬ男へ感謝を込めて会釈をし、先程空いた席へと向かう。


 丸いテーブル席には4つの椅子が置いてあり、内3つは先客で埋まっている。

1人はポッコリとお腹が浮き出た中年太りの男。

残り二人は兄弟だろうか? 見た目は10代前半くらいの獣耳が生えた獣人の少年と少女であった。


 亜人と相席か、と商人の男は少しだけ身構えてしまう。

祖父の代は亜人差別が顕著で、商人の男も幼少の頃より「亜人は化け物の(けが)れた血が交じる種族」と教えられてきた。

それゆえ、商人の男は親世代ほどではないが、亜人を前にすると僅かに緊張してしまうのである。染み付いた教えが悪影響を及ぼしている例だろう。


 しかし、今は徐々に差別意識も薄まってきている転換期。商人の男も仕事で亜人の客とも取引をするので、深く気にせず着席をする。


「相席、失礼する」

「おおっ、兄ちゃん、よろしくなっ!! ここのビールは絶品だぞ」


 と、中年の男は豪快に笑いながらジョッキに入ったビールを一口飲む。

その中年男を獣人の少年は呆れ混じりの目で見つめる。


「おっちゃん、今日でビール2杯目だろ? 売上金を使い過ぎると嫁さんに怒られるぜ」


「いいんだよ、アロン坊。今日は店の野菜が普段の倍も売れたからな」


 すると中年男はアロンと呼ばれる少年の頭をガシガシと乱雑に撫で始める。

その絡みに対してアロンは慣れているのか、特に振り払いもせずオレンジジュースを口に運んでいた。

そのアロンの妹と思わしき少女も怯える様子なく、黙々とドライフルーツを食べているあたり、当たり前のやり取りなのだろう。


 しかし、その光景は商人の男にとっては珍しく映る。

他所の領地では迫害こそは無いが無意識的な亜人差別はある。これは祖父母世代からの差別的な教えの名残があるからだ。


 だが、相席している中年男と獣人兄弟の態度は、差別的な気配すらないのだ。

この2人だけではない。

商人の男は一日を通してハーヴェイ領の街を周っていたが、どこも人間種族は亜人が住む光景を当然のように受け入れているのだ。


いや、そもそも差別という概念や意識すら無いのだ。

これは上の世代から亜人を受け入れてる確固たる証拠でもある。


「随分と仲が良いのですね」


 と、商人の男が口にすると、中年の男はニカリと笑顔を作る。


「当たり前さ。なにせ、アロン坊含む清掃員は俺の店のお得意様だからな。最近は住民が増えて客も沢山来る。ルイゼ様のおかげだな」


 そんな豪快に笑いながら中年男は酒を煽る。

その様子を見ながら商人の男は店で一番安いエールと干し肉を注文しつつ納得する。


「(なるほど、ハーヴェイの経済が回っているのは、これが理由なのか)」


 種族差別がこれといってなく、亜人だろうが賃金の発生する労働にありつける。

また、その賃金を使用できる店も多いのだ。

他所の領地なら『亜人お断り』なんて求人やら店などがあるくらいである。


 そういった意味で労働者も客も選ばないハーヴェイ領地は純粋に金の巡りが良い。

その証拠に中年男はエールよりも値段が高いビールを注文しているし、酒場は人が入れば新たな客が入り常に満席状態だ。

住民に金の余裕があるのが見て取れる。


 すると、中年男は2杯目となるビールを飲み干すと、席から立ち上がる。


「そんじゃあ、そろそろ帰らないと嫁さんに怒られちまう。明日も仕入れがあるしな。アロン坊も夜ふかししすぎて寝坊するなよ」


「おっちゃんもな。さっさと帰って妻に怒られてこい」


 そんな軽口を言い合いながら、中年男は会計を済まして去っていく。

明るい男が去り、残された3名はシンッと静まり返る。


 普段ならば商人の男は仕事に繋がるかもしれないと見知らぬ人物でも話しかけるのだが、如何せん相手が亜人でかつ子どもなので、変に萎縮してしまう。


 そんな戸惑いをしているうちに女性店員が注文した品を持ってくる。


「お待たせしましたぁ〜、ご注文の干し肉とエールです〜」


 ひとまず腹を満たさないとな……そう考えた商人の男は難しく考えるのを止めて、食事に専念する。


 しばらくして、空いた席に新たな女性客が訪れる。


「おんやぁ〜、アロンはんと妹はんやないかぁ。こんばんはぁ」


「げぇ、アオイの姉ちゃんかよ」


「げぇ、とはなんや、げぇ、とは。ウチらはルイゼはんと苦楽を乗り越えた仲間でっしゃろ?」 


 新たにやってきた独特な訛り口調の女性は獣人の少年アロンと面識があるらしく、親しげに会話を始める。

その女性客が現れた瞬間、商人の男は思わず飲みかけだったエールを吹き出しそうになる。


 なにせ、この女性客、『色喰いの商姫』の異名を持つ大商人アオイ・ナナミだったからだ。

頭より伸びでた2本の細松葉のような角を持つ鬼族。

東の国で着用されている着物と呼ばれる衣類。

獣人の少年が「アオイの姉ちゃん」と口にしていたので、間違いない……と、商人の男は確信する。


 彼からしてみれば名だたる大商人アオイと偶然にも相席となったわけなので驚くのも無理はない。


 すると、アオイが商人の男の動揺に気付いたのか、髪を垂らすように首を少しだけ傾けて不気味な笑みを向ける。


「おんやぁ? お兄さん、ここらへんで見いひん顔やなぁ。もしかして、同業者やろか?」


「流石はアオイ・ナナミ様。ご明察通り、商いをするためにハーヴェイの土地へ数日前よりやってきた者です。ここは良い領地ですね」


「せやろぉ。とくに最近は領主のルイゼはんのおかげで面白い毎日を過ごさせてもらってますわぁ」


 そう口にするアオイはアロンの頭をワシャワシャと撫でながら裏表のない笑みを浮かべる。

方やアロンはジト目で「オレは楽しくない」と愚痴をこぼした。


 商人の男は二人を眺めながら、ハーヴェイ領主の器の広さに感服する。

獣人の少年のアロンは手や腕、顔などの節々に傷がある。なのに、今は終始落ち着いた雰囲気を纏っている。

今まで迫害を受けてきながらも、今は安寧の時を過ごせている証拠だ。


 また、亜人でありながら、その逆境をものともせず一代で大商人まで上り詰めたアオイ・ナナミ。

そんな彼女を説き伏せ、ここまで信頼を寄せさせるルイゼの手腕が伺える。


 商人の男は改めてルイゼの凄さを実感しながら思わず願望を漏らす。


「ここまで人々を信頼させるルイゼ領主様は素晴らしいですね。機会があれば自分の取り扱う酒も口にして頂きたいものだ」


「へぇ、お兄さん、酒を取り扱っているやねぇ。取り扱っている酒種はなんやろか?」


「庶民向けのエールやビール。主戦商品は貴族向けのワインですね。プロイレン産の甘いブドウをふんだんに使った、口当たりの良い白ワインです」


「それは聞くだけで美味しそうやねぇ。となると、お兄さんはプロイレンから来たん?」


 そんなアオイの問いかけに商人の男は頷いてみせる。


「ええ、そうです。プロイレン国の王都近くで祖父の代より受け継いだブドウ園があり、そこでワインも作ってますよ。長い歴史をかけて確立した味わいが楽しめる良品ばかりです。アオイ様も気になるようでしたら、お安くしておきますよ」


 商人はこの機会を逃すまいと仕事モードへと切り替えるが、アオイは別の興味があるのか考え込むように袖で口元を隠す。

そして、数秒ほど考え込んだ後、一枚の手紙を袖から取り出して商人の男へと差し出す。


「ええねぇ。せやったら、ワインじゃなくてブドウを購入できへんかなぁ? ついでにウチの友達もプロイレンへ行っている所やから、この手紙も渡しといてくれると助かるわぁ」


「……なるほど、承りました。額はいかように?」


「金へと繋がる道へ」


 そのアオイの言葉に商人の男は千載一遇の好機が舞い込んできたように高揚感ある笑いを浮かべて、席から立ち上がる。

そして、食べかけの干し肉とエールを残したまま会計を済ませると、すぐさま酒場から出ていってしまった。


 その商人同士のやり取りについて来れないアロンはアオイへ素直に問いかける。


「あの商人の兄ちゃん、ブドウをアオイの姉ちゃんに売るだけなのに随分と嬉しそうだったな」


「あっはっは、アロンはんは純粋でかわええなぁ」


「茶化すなよ。それともなんだ、手紙を届けてくれってのが本命なのか?」


「その通りやでぇ。ちょ~~っとウチの知り合いがプロイレン国におりましてなぁ。普通に手紙を届けるには時間がかかるから、商人が使っている早馬で運んでくれって頼んだんや」


「そんなに急ぎの用なのに、ついさっき出会った商人に大事な手紙を渡して良かったのかよ」


 すると、アオイは立てた人差し指を口元に寄せながら片目を閉じる。


「だからこそ、報酬を約束したんやでぇ」


「あの”金へと繋がる道へ”ってやつか? 高価な物なのか?」


「物ではなく、顧客への紹介を約束を意味する商人同士で使う隠語やねぇ。金はお金。繋がりは縁。ゆえに金へと繋がる道というわけや。ウチはあの商人のお兄さんの扱うワインをルイゼはんへ紹介するって約束をしたわけやな」


「貴族との大口やり取りに繋がるから商人の兄ちゃんは喜んでたのか。やっぱりルイゼの姉ちゃんって凄かったんだな」


「ルイゼはんは壁を感じさせへん人柄やからなぁ」


「どちらかと言えば貴族っぽくないんだよな」


 そう言葉にするアロンは昔の出来事を思い出したのか呆れ混じりのため息を漏らす。


「それで、今回の急ぎの手紙ってルイゼの姉ちゃんに関係あるのか?」


「もちろんや。なにせ今日は王都で大祭典の真っ最中やからなぁ。結果がどう転ぼうとも、仕込みくらいはしておこうかと思いまひて」


「あ~、そうだな。ルイゼの姉ちゃんなら平和に物事を終わらせて帰って来るはずがないもんな。きっと王族を連れて帰って来るぜ」


「あっはっは、ルイゼはんならやりかねまへんわぁ」


 そんな冗談を口にしながら、アオイとアロンは言葉を重ねる。


「そんなわけないやろぉ~」

「そんなわけないよなぁ~」


 しかし、この予想は見事に的中しているのを、この二人はまだ知らない。

 こうして、近い未来に波乱が巻き起こるハーヴェイ領地の夜はふけていくのであった。


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