第16話 ハーヴェイ領、帰郷!!(ただし王子も付属)
「ふぅ……なんとか終わりましたわね〜」
大祭典という山場を乗り越えた数日後。
私はハーヴェイ領へと進む馬車に揺られながら、窓枠から見える王都の城壁を眺めます。
大祭典の晩は色々とありましたわね。
まさかハインツが献上品の価値を下げようとする妨害をしてくるなんて。
しかし、結果として王の称賛を頂きましたし、良い方向へと転びましたわ。
あの後、何名かの貴族からも声をかけられましたので、肥料作りの方法や商人アオイへの紹介状を書いてあげたりなど交流も深められました。
これで国全体からウンコを駆逐する下地は整いつつありますわね。
ハーヴェイ領への手土産としては十分過ぎるほどですわ。
「まあ、まさか王子まで連れ帰るとは思いもよりませんでしたけれど」
「本当に申し訳ない」
そんな私の対面に座るオーバードルフ国第一王子ことクラウスは渋顔を作りつつ謝罪を述べて下さいます。
『クラウスに次期国王として見聞を広げるため、ハーヴェイの領地を見学させてやりたい』
そんなオーバードルフ国王の提案により、クラウスは私の帰路に同行する流れとなりましたわ。
まあ、私としてはクラウスの国を見捨てず民のために尽力する人となりを前世から知っていますので、今世でも交流を深められるのは歓迎ですわ。
しかし、クラウスとしては王の思いつきに私を付き合わせてしまったのが申し訳ないのでしょう。
彼は漆黒の黒髪と同じくらい暗い顔つきで頭を下げてきます。
「ルイゼ様、義父上の我儘に突き合わせてしまい申し訳ない。それに、兄上のハインツの件も含めて貴方にはご迷惑ばかりかけている」
「いえ、謝るのは私の方ですわ。そもそもハインツ様については発端は私との婚約破断から始まっている因縁でもありますから。それに、大祭典の場ではクラウス様の助けがなければ、今頃、ハインツ様の勝負には負けておりましたわ」
「そう言っていただけると助かります」
すると、クラウスは再び気難しそうな顔つきへと戻ります。
幼い頃からオーバードルフ国王の養子として出迎えられて、腹の探り合いばかりの貴族界に長く浸っているせいもあるのでしょう。
彼は素直な感情を表には出しません。
私個人としてはクラウスには前世の恩もありますし、少しでも肩の力を抜いて過ごせるように協力をしてあげたい気持ちがありますわ。
とはいえ、染み付いてしまった堅物な性分というのは簡単に崩せませんものね。
せめて、ハーヴェイ領に居る時くらいは気楽にさせてあげたいのですけれど……そうですわ!!
私は手をパンっと叩くとクラウスに向けて、とある提案をしてみせます。
「クラウス様、私とお友達になりませんか?」
「と、友達?」
「ええ、実はいうと私、同年代の友達が欲しかったのですわ。年齢も14歳と15歳で1つ違いですし、私とクラウス様は既に大祭典の場で苦楽を共にした身。親交を深める理由としては十分ですわ」
そんな私の提案にクラウスは驚いたのか目をパチパチと見開きます。
今までの彼の人生は利用するか、されるかの関係性でしか人との繋がりはなかった。ですので驚愕だったのでしょう。
私の言葉が驚くほどに裏表がないのですから。
ふふ、硬い表情筋がいい具合に緩みましたわね。
そんな驚くクラウスの姿を見ながら、私は意地悪な笑みを向けます。
「必死に裏を探らなくてもいいですわよ。私は純粋にクラウス様とお友達になりたいのですわ」
その心が見透かされたような私の指摘に、クラウスはボッと頬を赤くさせ、咄嗟に口元をおさえながら目線を反らします。
「あ、いえっ!! その、申し訳ない。昔から損得ばかりの世界で生きてきたものですから、つい失礼な態度を取ってしまいました」
「お気になさらず。相手の表情や仕草から内情を探ろうとするのは貴族界を生き抜くのに必要な処世術ですから。仕方ありませんわ」
まあ、クラウスは抜きん出て感情の機微を捉えるのに長けているみたいですけれど。
やはり、純粋に安らいでもらいたいですわね。
「それで、私とお友達になってくれませんの?」
「いえ、願ってもない提案です。よろしくお願い致します、ルイゼ様」
「よろしくお願い致しますわ。それと、様付けは無しで良いですわよ。ここは王宮でもございませんし、堅苦しい喋り方も無しで大丈夫ですわ」
「心遣い感謝致します。承知した……ではなく、分かったよルイゼ。だったら、君も同じようにクラウスと呼んでくれないかな。友達同士なんだし」
「ふふ、そうですわね。では私もクラウスとお呼びさせて頂きますわ」
どうやらクラウスは私の意図を読んでくれたみたいですわね。
彼は肩の力を抜いて、強張った顔つきを少しだけ緩めます。
「ルイゼ、ありがとう。おかげで少しだけ気持ちが楽になった。ハーヴェイ領で手伝える仕事があれば出来る限りで協力するよ」
「ええ、頼りにさせて頂きますわ。……と、言いたいですけれど、領内運営は安定していますわ。どちらかと言えば、外から妨害される不安が大きいですわね」
「もしかして、ハインツ兄上ですか?」
「その通りですわ」
私は深く頷くと改めて状況を整理していきます。
「ハインツ様とは婚約破断、大祭典の勝負など、出会うたびにプライドを傷つけてきましたからね」
「兄上の傲慢な性格からして、やられたままだとは思えない。加えて、今の兄上はプロイレンに戻れない状態だから尚の事、警戒をしないと」
「“戻るつもり“ではなく“戻れない”のですの?」
「ああ、そうなる。経緯を最初から話そうか。ハインツ兄上はルイゼとの婚約が破断した後にプロイレン王国に一度、戻っているんだ。そこでハインツ兄上は大兄上……つまりはアルバート・プロイレンへ婚約破断の件を報告した。ルイゼが悪者で自分は酷い目にあったとね。だけど、大兄上はハインツ兄上の性格を知っていたから、報告が嘘であるのもすぐに見抜いた」
「アルバート・プロイレン国王は聡明な人で良かったですわ」
それこそ、ハインツと同じような性格をしてたら今頃、領地経営どころではありませんでしたし。
「それで、ハインツ様の嘘を見抜いたアルバート様はどのような采配をいたしましたの?」
「ハインツ兄上を無期限の外交官に任命したんだ。アルバート大兄上曰く『世界を学ぶまで戻ってくるな』だそうだ」
「実質的な国外追放命令ですわね」
「とはいえ、アルバート大兄上的にはハインツ兄上の性根を叩き直したい気持ちもあったんだろう。それこそ、反省して、国とは王族ではなく民が作り上げていくのだと学んでほしかったはずだ」
「その結果が大祭典で私へ勝負をふっかけてきたわけだと。ハインツ様はアルバート様の真意を汲み取れていないみたいですわね」
すると、クラウスは目頭をおさえながら深いため息を吐き出します。
「せっかくアルバート大兄上が大祭典の出席をハインツ兄上に命じたのに、結果としてオーバードルフ国王に迷惑をかけてしまった。国王に気に入られたからといって、プロイレン国へ戻れるわけでもないのに……」
「この様子だと歪んだ性格は直せそうにありませんわね。ますます一方的な恨みを私へ向けてきそうですわ」
「それは十分にありえる。今回の大祭典でのハインツ兄上の行いは従者を通してアルバート大兄上に伝わっている。そして、ハインツ兄上はオーバードルフ国にあるプロイレン家の別邸からも立ち退くように命じられているんだ」
「いよいよ追い詰められてきましたわね。こうなると十分に警戒しませんと。追い詰められた獣は肉食獣よりも危険ですし」
まさか、軍隊を率いてハーヴェイへ武力行使をする……なんて、自暴自棄な行動にはでませんよね。
いくら暴力しか脳がないハインツとはいえ、そんな行為に及べば王族とはいえ首が吹っ飛びかねませんし。
すると、クラウスは再び私へ向けて謝罪を述べます。
「我が一族が迷惑をかけて申し訳ない。ハインツ兄上も17歳になるというのに、あの性格だと結婚も永遠に無理そうだ」
「あの性格ですとねぇ。あのような殿方との縁談を経験をしてしまったので、結婚に懐疑的になってしまいましたわ。私も来年には成人になりますけれど、素敵な殿方と出会えるか不安になってきましたわ」
「流石にハインツ兄上のような人はそうそう居ませんよ。それに、ルイゼは十分に魅力的な女性だ。きっと、すぐに良い縁に恵まれるよ」
「ありがとうございますわ。ちなみに、クラウスは将来を誓った御婦人はいらっしゃいますの?」
その私への質問にクラウスは愛想笑いを浮かべながら、頬をかきます。
「恥ずかしながら今のところは……。次期国王という立場のせいか慎重にならざる終えないからね。信頼をおける人を探している最中だ」
「なるほど、身分が高すぎるのも考えものですわね。ちなみにクラウス個人としては、将来を誓いたいと思えるのは、どのような人ですの?」
「国がどのような厄災に見舞われても、最後まで民のために尽力する人かな。生涯を共にする人は僕と同じ志を持っていてほしいんだ」
そのクラウスの回答に私は自然と笑みがこぼれます。
やはり、前世から貴方はお変わりありませんわね。
次期国王への継承権を失おうとも、国中に疫病が流行ろうとも。
貴方は最後まで逃げずに民を救おうと私を手伝ってくださったもの。
もし、今世で貴方が王になられたら、民が安心して暮らせる良い国ができるはずですわ。
そんなクラウスが王なら、私もハーヴェイ領主として安心して統治の仕事ができるはずですし。
だとしたら、クラウスにも良い縁が巡ってきてほしいですわね。
そんな私は友への幸せを純粋に願いながら伝えます。
「きっと、クラウスにも良い出会いが訪れますわ」
「ありがとう。だけど、すでに良い出会いはあったよ。ルイゼという友達と巡り会えたからね」
「ふふ、お上手ですこと」
その狭い馬車内で、私達は貴族や王族ではなく、普通の子どもみたいに笑い合うのでした。
◆
【クラウス・オーバードルフ視点】
「はぁ……疲れた」
王都からハーヴェイ領地までの中間にある、とある街の宿屋にて。
ハーヴェイ領までは一日で到着しないため、今日は宿で一晩過ごす手筈となった。
僕は警備兵へ挨拶を済ますと、割り当てられた一人部屋にあるベッドへ倒れ込むように身を預ける。
「ここ数日は色々とあったな」
大祭典ではハインツ兄上は相変わらずだった。
招待状の手紙さえろくに読まず、馬車が使えないのに文句を言ってくる。そん予想は悪い意味で的中していた。
予想外といえば、ルイゼが喧嘩の仲裁に入ってくるとは思わなかったな。
その後、大祭典では僕でさえ知らなかったオーバードルフ国王の持病でさえ見抜いた。
そして、王へ気に入られて、僕のハーヴェイ領地への視察先として抜擢された。
「不思議な人だな、ルイゼは……」
それだけじゃない。
噂に聞いたハーヴェイ領の統治に関しても、新しい職業の誕生、街中の衛生管理、肥料の作成、商人との交渉と販売ルートの確立……たった半年でこれらをなし得てしまう手腕っぷり。
まるで未来でも視えているような動きだった。
「彼女の瞳には何が映っているのだろうか?」
末恐ろしさすら感じる躍進だ。
なのに、今日は裏表がない表情で『友達になりましょう』だなんて無邪気に提案してきた。
身分を弁えて大人らしく振る舞う時もあれば、身分の違いなど気にせず勇猛果敢に立ち向かい、人目がつかない馬車内では1人の少女のように無垢な感情を向けて来る。
「彼女には、ずっと感情が振り回されっぱなしだ」
ベッドで仰向けになり、天井を眺めながら僕はポツリと呟く。
オーバードルフ国へ養子として来た時から安心できる居場所はなかった。常に人の顔色ばかり気にして生きてきた。
だからだろうか? ハインツ兄上の婚約破断の話を耳にした時、ルイゼが気になり始めたのは。
ハーヴェイ領地の噂を耳にするたび、ますます彼女の人となりに惹かれていった。
実際に出会った時、ハインツ兄上に言葉を返す姿を見て、僕もこう有りたいと憧れの感情が沸き起こった。
だからこそ、僕も初めてハインツ兄上に歯向かえたのかもしれない。
「驚くほどに僕は単純な男だな」
今日、ルイゼと話し合って確信した。
ルイゼについて考えると苦しさに似た形容し難い気持ちに溢れてくる。
そんな、分かりやすい感情を抱く自分に対して、思わず鼻で笑ってしまう。
どうやら、僕は彼女に一目惚れしてしまったらしい。
人生で初めて抱く感情に僕は戸惑いつつ、眠れない夜を過ごすのであった。
面白いと思っていただけたら、ぜひ評価・ブクマで応援いただけると励みになります!!