第15話 ハインツの策略と大物喰らいの女領主(2/2)
「ちょっと、お待ち頂けませんか!!」
動物性アレルギー持ちだと思われるオーバードルフ国王。
そんな彼が毛皮のコートを身にまとえば無事には済まないはず。
私は手遅れになる前に声を張り上げ、王のコート着用を阻止します。
「なにかあるのかね、ルイゼ・ハーヴェイ?」
と、王は冷ややかな視線を当然ながら向けてきますわ。
なにせ許可なく声を出した挙げ句、隣国の王子が持ってきた献上品の着用を邪魔したのですから。
とはいえ、ここで臆してしまえば最悪、独房へぶち込まれる未来が待っていますわ。
ここは処される前に喋りきりませんと。
「王よ、突然のご無礼をお許しください。そのコートの着用を待って頂きたいのですわ」
「当然、それなりの理由があって発言をしているのであろうな」
「もちろんですわ。王が手にしているコートは全てが毛皮で作られております。クラウス様よりお聞きしたのですが、普段着は毛皮を使用したものは一切ないと伺っております。それと、王族も往来する高級住宅街の区域では獣人の出入りを王令で制限しています。ここから私が推測しましたのは……」
そんな言葉を遮るようにハインツが赤色の髪と同じように頬を紅潮させながら怒声を飛ばしてきます。
「貴様っ!! 今は俺が王と話している時だぞ、黙らないか!!」
そう告げながら彼は私の不敬を断罪するかのように手を振り上げます。
ですが、ハインツが怒りに震えるのはクラウスが予測していたのでしょう。
すぐさまハインツの振り上げた腕を掴んで暴力を止めてくださいます。
「兄上、落ち着いてください。ここは王の御前。止めるも進めるも全ての裁量は王が決めることです。今、義父上はルイゼ様の話を聞いておられる。それを邪魔するのならば、兄上も不敬に当たりますよ」
「ぐっ……!!」
流石のハインツも王の前では派手に暴れられないのでしょう。クラウスを睨みつけながら、肩の力を落とします。
そんな兄が無力化したと判断したクラウスは私と王へ向かい「気にせず続けてください」と微笑みます。
ありがとうございますわ。
そんな心の内で感謝を唱えつつ、私は会話を再開します。
「さて、無礼承知で止めに入ったのには理由がございます。ですが、それを伝えれば王の立場を揺るがしてしまいますわ」
身分が高くなるほど弱点は晒してはならない。付け入る隙になってしまいますから。
だからこそ、オーバードルフ国王は今まで動物アレルギーを持っている事実を隠していたのですわ。
触れるだけで体調を崩し、最悪の場合は死に至る。陰謀を企てる者が聞いたら踊り狂いそうな情報ですもの。
それこそ、既にプロイレン国で立場のないハインツなんかが聞いたら、この国に取り入ろうとする脅迫材料にしそうですし。
だからこそ、私は最後の真実は口にはせず、瞳だけで王へと訴えますわ。
貴方様は動物由来の物に触れると体調を崩すのを私は知っている……と。
今までの会話の流れ、そして、私が制裁覚悟で王族との会話に立ち入った情報。
その2つの要素から王も感じ取ったのでしょう。
彼は着用しかけたコートを使用人に渡し、安堵のため息を漏らします。
「ふむ、ルイゼ・ハーヴェイの言い分は承知した。しかし、ワシには立場と身分がある。それは貴君とて理解しているだろう。そのうえで止めに入ったのだ。この状況を回避する手立てが、あるとみて良いのだな?」
王は言葉に余白を残すような言い回しをします。
つまり、プロイレン国代表として来たハインツが献上品を「着て欲しい」と言ってしまったがゆえ、国王の立場としては下手に断れない状況が出来てしまったわけですわ。
無下に扱えばプロイレン国との立場を悪化させてしまいますから。
ですけれど、回避する手段は思いついていますわよ。安心してくださいまし、国王様。
私はわざとらしく大きく口角を上げながら笑顔を作ります。
「手立てはもちろん用意しております。そして、偶然にも王の悩みを解決する手段は私が用意した献上品によって解決できますわ」
そして、私は自身の献上品が入った箱へと近づき木箱の蓋を開けます。
中には濃い青色が美しく輝く染め色布が入っていますわ。
私は布を取り出し、波を起こすように広げます。
ハインツと違って、私の献上品は染め布そのものなので、このままでは使えませんわ。
そう考えた私は周囲に向けて声をかけます。
「この中に裁縫職人の使用人はいらっしゃいますでしょうか??」
大祭典という大きな催しともなれば、不測の事態に備えて警備兵以外にも、薬師や馬車の御者など各職業の人々も配備されています。
当然、衣服にトラブルが起きた際の修繕要因として裁縫職人も居るはずですわ。
その予想は当たっていたのか、1人のメイドが裁縫箱を手にしながら名乗りをあげます。
「ルイゼ・ハーヴェイ様、私が裁縫担当のメイドです。なにかご要望がございましたらなんなりと」
「ありがとうございますわ。でしたら、裁縫バサミを貸して頂けませんか。あと、簡単な仮止め作業の手伝いをお願いいたします。それと、王の服サイズも教えて頂きたいですわ」
そして、私はメイドから借りた裁縫バサミを使い、染め布を切り取っていきますわ。
アロンを含む清掃員にスカーフを作ってあげたときのことを思い出しますわね。あの時も染め布をハサミで断截しましたわ。
そんな懐かしさを感じつつ、必要な形へと切り分けると、裁縫職人のメイドと共に布を繋ぎ合わせて一着の服を作り上げます。
「完成ですわ」
それは薄手で簡単に羽織える長袖タイプのローブですわ。
ハインツが用意したロングコートと同じくらいの大きさです。
「クラウス様、お手数ですが、これを王へ渡して頂けませんか」
「承知した」
そうして、ローブを受け取ったクラウスは王のもとへと近寄ります。
その仮止めで未完成なローブを受け取った王は私へと言葉を投げかけます。
「ルイゼ・ハーヴェイよ。これをどうしろと?」
「少し不格好ですけれど、着用してくださいまし。ちょうど、ハインツ様の献上品であるコートの下に着用できるほどのサイズですので。くわえて、植物材料で作られた布ですので、心地よい肌触りを全身で堪能してください」
その私の思惑に気付いたのか、王は目を大きく見開いたあと、愉快かつ豪快に笑い声をあげます。
「くくく、ハッハッハッハッ!! なるほど、それは良いな。クラウスよ、着用を手伝ってくれまいか」
「ええ、喜んで」
そうして、王は私が作成したローブを羽織り、その上にハインツが献上した赤色のコートを着用します。
読み通り、このローブが毛皮コートの肌に触れる部分をしっかりとカバーしてくれましたわ。
これなら、王はアレルギー体質を晒さず、症状を心配せずにハインツの献上品を着用する目的が果たせます。
そして、王の抱える問題を解決した私は胸たかだかに王へと言葉を贈ります。
「青と赤のコントラストがとても綺麗でお似合いですわ、オーバードルフ国王様」
「ああ、貴君が用意した献上品の染め布も非常に素晴らしいな。これは是非とも完成品を入手しておきたいくらいだ」
その上機嫌な王の言葉に周囲の貴族がざわつき始めます。
「王がお認めになられたぞ」
「やはり今後は染め物に注力せねばなるまい」
「ハーヴェイ領主が用意した布は確かに綺麗だからな」
その周囲の反応から、勝負の風向きが私へと傾いていくのをひしひしと感じます。
しかし、王のアレルギー体質について一切事情を知らないハインツは首を左右に動かしながら呆けた声を漏らします。
つい数分前まで自身が勝ちだと疑わなかったのに、たかが仮止め裁縫の未完成な服によって戦況を覆されたのですから無理もありません。
「は……? え、ど、どういうことだ!? 王よ、一体、どうしてそのような粗末な服を好まれるのですかっ!?」
「ゲホッ、すまぬなハインツ殿。どうやらワシはルイゼ・ハーヴェイが用意した布の肌触りが好みだったらしい。それに、忖度は一切しないと伝えたはずだ。納得していただきたい」
そうして、王はハインツの献上品である赤色のコートを脱ぐと、結果を伝えます。
「今回の勝負。ルイゼ・ハーヴェイの勝ちとする!!」
おっっっしゃあああですわぁ!!
思わず感極まり、小さくガッツポーズをしてしまいますわ。
「そ、そんな馬鹿な……」
方や勝利を確信していたハインツは膝からガクリと崩れ落ちますわ。
策を行使したつもりが、逆に利用される。
私が一枚上手でしたわね、ハインツ!!
これでウンコの肥料を元に作成した蓼藍染めの布は『王が認めた品』として価値が急上昇。
こうなれば、貴族たちは躍起になってウンコを集めて質の良い肥料を作り、より良い塗料原材料から抽出した濃い色の衣服作りを始めるはずですわ。
「これで私の役目も一段落ですわね」
後は各貴族へウンコを使った肥料作りを共有するだけ。
大目的であるウンコを除去する環境を作る目的も達成させられそうですわ。
春にはお父様も帰ってくるはずですし、報告をしたら女領主としての任期も終わりですわね。
はぁ、やっと落ち着ける。
私は肩を落としながら安堵のため息を吐き出すと、王が顎を擦りながら質問を投げかけてきます。
「ところで、ルイゼ・ハーヴェイ。貴君の領地は斬新な政策によって糞尿が少なく快適な土地になったと聞いておるが真か?」
「噂通りですわ。このドレスも献上品の布も良い植物を育てるため、質の良い肥料を作る必要がございましたの。その肥料が糞尿を元に作られてますので、必然的にハーヴェイ領地は衛生が良くなりましたわ」
「ふむ、実に興味深い。ならば、1つほど提案があるのだが構わぬか?」
その提案という単語に嫌な予感がして、私の背筋が冷たくなる感覚を覚えます。
「まず、息子のクラウスは今年で15歳を迎えてな。次期国王として見聞を広げるために、王都以外の領地の仕事を見学させてやりたいと考えている」
「な、なるほど。ちなみに、どこの領地へ?」
「ああ、ハーヴェイ領に個人的な興味が出てきてな」
「それは……つまり?」
そんな答えが分かりきっているのに、当たってほしくない気持ちに満たされます。
ですが、王は私の胸中などお構い無しに告げてきますわ。
「クラウスをハーヴェイ領へ視察に向かわせる!!」
ああ、ここが最大の山場だと思っていましたのに……。
こうして、私の領主生活は休息の間もなく『王族をハーヴェイ領に迎える』という、どデカい仕事が追加されるのでした。
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