第14話 ハインツの策略と大物喰らいの女領主(1/2)
「オーバードルフ国王が御到着になりましたっ!!」
そんな警備兵の声と共に赤いローブを羽織ったオーバードルフ国王が会場入口扉から姿を表します。
すると、各々の貴族達は自然と両脇へと移動し、玉座までの続く道を作り上げます。
ある貴族は小さく会釈をし、ある貴族は跪き、国王への態度を示します。
その各貴族の統一性のない態度に王は表情を崩さず慣れきった様子で通り過ぎ、玉座へ座ります。
そして、咳払いを一度すると、少ししわがれた声で感謝の言葉を述べてくれます。
「此度は遠路はるばる足を運んできて頂いたこと、誠に感謝する。貴君らの統治のおかげで今年も……」
など、やや長めな話が始まりますわ。
そして、今年の国ついての情勢や今後の政策についてなど形式的な話しを終えると、次に各領地の成果報告へと移りますわ。
私を含む各貴族にとっての本番はここからですわね。
そうして、領土が小さい順から領主が呼び出されていきます。
各領主は今年の成果を報告し、作物や衣類などを献上品として納品していきますわ。
さて、私の番はというと、ハーヴェイ領はやや中くらいの広さですので、早めに呼び出されるはずですわ。
ハインツの企みについて調べたいですけれど、時間もありませんし、王が居る手前、派手な行動もできません。
まあ、ハインツが殴られてから大祭典の間まで、時間はありませんでしたし、計画も突発的な物だと考えられます。
対応が不可なレベルの妨害はしてこないはずですわ。
アイツの陰謀を阻止できないのは腹立たしいですけれど、ここは後手に回るしかありませんわね。
そうして、ハインツの策略が不明のまま、護衛兵が私の名前を呼びます。
「ルイゼ・ハーヴェイ様、前へ!!」
「かしこまりましたわ」
これで後戻りはできませんわね。
私は不安を抱えたまま前進します。
そして、王が座る玉座から数メートルほど離れた位置まで移動すると、跪く動作を取ります。
もちろん、これは作法みたいなものですので、王がすぐさま声で止めてきます。
「今宵は大祭典の場。国の繁栄を願う者同士、貴族も王族も立場は対等である」
「王の国を思召す気持ちと寛大な心に感謝致しますわ」
さて、決まり事の御作法はここまでですわ。
ここから、私の言葉で語りませんとね。
そう考えながら姿勢を元に戻そうとすると、横槍を入れるようにアイツの声が響きます。
「オーバードルフ国王よ、無礼を承知で発言をお許し頂きたい!!」
すると、ハインツが赤髪を揺らしながら現れ、私の隣に立ちます。
やはり来やがりましたわね。
しかし、私とハインツの因縁を知らない王にとっては隣国の王子がいきなり登場したようにしか見えません。
王は回りくどい言い回しをせずに率直な言葉を投げます。
「プロイレン王国第2王子ハインツ殿。貴君の出番は最後のはずではなかったか?」
「ええ、存じております。ですが、この右頬の腫れに免じて、少しばかり時間を頂きたい」
すると王はハインツの腫れた頬に気付いたのか、自身の顎を撫でながら話に乗ります。
「ふむ、確かに大きな怪我であるな。構わぬ、申してみせよ」
「ありがたく存じます。実は昼間に弟であるクラウスと些細な口喧嘩をしまして……」
と、ハインツは自身の落ち度を隠しつつ、被害者面をしながら語り始めます。
ぐっ、口を挟んでやりたいですけれど、今は王族同士の会話をしている状況。身分の低い貴族の私が許可なく発言すれば不敬に当たりますわ。
ここで強攻的に会話へ割り入れば王への心象が悪くなりますし、まだ献上品を納品していません。
ここは黙って成り行きを見守るしかできませんわ。
そんなハインツの身分を利用した暴力事件の告発を、私は歯を食いしばりながら黙って聞きます。
「クラウスとの口論が熱くなり、私もカッとなり手を出そうとしたのですが、そこにルイゼ・ハーヴェイが突如、間に入ってきたのです。おそらくは喧嘩の仲裁をしようとしたのでしょう。しかし、突然だった為、私も間に合わずにルイゼに手が出てしまった。事故とはいえ、淑女に手をだしてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです」
と、ハインツは悲壮感を込めて語ります。
これっぽっちも反省していないくせに。
しかし、現在の私は反論できる状態ではございません。
それを知ってるのか、ハインツは調子づいた声で報告を続けます。
「ここまででしたら事故で済みました。しかし、ルイゼ様は手を出した私に対して侮蔑するような言葉を向けてきました。くわえて、弟のハインツが『淑女に手を出すとは何事』かと言いまして。結果は見ての通りです」
そう告げるハインツは痛みを堪えるような表情を作りながら右頬を擦ります。
その話を聞き終えた王は、さっそくクラウスを呼び出します。
「クラウス、出てきなさい。今の話は事実か?」
「義父上、確かに兄上であるハインツ様を打ったのは事実です。しかし、それは兄上の態度にも原因があるのです」
すると、クラウスは大祭典の招待状に馬車が使えないという記載があったにも関わらず、手紙に目を通さなかった件や国を馬鹿にする言動をした件について説明をいたします。
「ふむ、クラウスの言い分もよく分かった」
すると、王は感情を隠さず眉を下げてます。
王からしてみれば、クラウスの話を信じれば隣国の外交官でかつ王族であるハインツを疑うという事実が残ります。
方や、ハインツの話を信じれば、息子であるクラウスが隣国の王子を感情寄りな理由で殴った……そんな軋轢を生みかねない出来事になりますわ。
しかし、ハインツの思惑が分かりませんわ。
この話がどちらに転んでも、困るのはオーバードルフ王とクラウスであって、私ではありません。
今の状況だと私は『喧嘩の仲裁に入ったら殴られた』という点しかないのですから。
私を貶める決定打とはなりえませんわ。
むしろ、別の思惑があるのかしら?
そんな私の思考に答えるようなタイミングでハインツが口を開きます。
「オーバードルフ国王よ、このような話で困らせてしまい申し訳ない。王の立場から判断を下すのは難しいと重々承知しております。しかし、私とて王族としての矜持がある。このまま弟に殴られたとあっては、プロイレン国の代表として送り出して頂いた大兄上のアルバート・プロイレン国王に示しがつきません」
「ふむ、つまりハインツ殿は、この暴行事件に関しては何かしらの落とし所が欲しい……そう言いたいわけだな」
「気持ちを汲み取って頂きありがたく存じます。そこでして頂きたいのが、私とルイゼ・ハーヴェイ……二人が納品する献上品のどちらがお気に召すか。それを王に決めて頂きたいのです」
「それだけで良いのか?」
「ええ、それだけです。それに、王が我が国の献上品を選んだとなれば箔が付きます。私も胸を張って帰郷できましょう」
「なるほど、貴君がそれで納得するのなら提案を受け入れよう。しかし、今回の件、ルイゼ・ハーヴェイはクラウスとハインツの争いと直接関係ないと思われるが……」
その王の疑問に対して、ハインツは首を横に降ります。
「王の言う通りです。ですが、喧嘩の仲裁とはいえ、王族同士の口喧嘩に無理やり割って入ったのは事実。この件を有耶無耶にはしたくないのです。それゆえ、私の相手としてルイゼ・ハーヴェイを指名させて頂いた所存です」
「相わかった。しかし、献上品を選ぶのに忖度は一切しない。その心づもりでおきたまえ」
「無論、承知の上です」
すると、ハインツは私を一瞥して、鼻で笑います。
やられましたわね。
こいつは頭に血が登るとすぐに手が出てしまうバカですが、貴族界での立ち回りは無類の強さを発揮するのですよね。
前世でもプロイレンでの立ち位置が無くなると読んで、ハーヴェイ領の一人娘である私と結婚。
そこからオーバードルフ国の社交界へパイプを作り、貴族仲間を集めて人望を確立。
最終的には国民優先主義であるクラウスにヘイトを向けて、継承権を失脚させて追放する。
最終的に自身がその席を横取りをするまでに至りましたわ。
まあ、最終的には国全体で疫病が流行り、ハインツは一目散に国を捨てて逃げましたけれどね。
とにかく、ハインツの目的は分かりましたわ。
大勢の貴族が居る場で、私とハインツの献上品を王に選ばせて格付けを行う。それが目的ですわ。
これで私の献上品である蓼藍染めの布が選ばれなかったら、『王に選ばれなかった品』というレッテルが貼られますもの。
「(どうりで今まで私の妨害をしてこなかったわけですわ)」
ハインツとて賢くはありませんけれど、マヌケではありません。
私のハーヴェイ領で行っている活動の情報収集くらいしているはずですわ。
しかし、露骨に妨害工作をすればプロイレン国王で兄であるアルバート様に知られてしまう。
だからこそ、大祭典の場で王族の発言力を用いて、『献上品は王の目には止まらなかった』という価値を下げる策を思いついたのでしょう。
ただ、入念な準備はせず、その場限りの悪知恵で乗り切ろうとしている辺りはハインツらしいといえばらしいですけれど。
ハインツ的には私の邪魔をして、プライドを保てればそれで良いのでしょうし。
ですけど、私にとっては最悪の妨害ですわ。
ここで私の品が選ばれなければ、貴族達は『染め物に注力する衣服作り』をする必要が無くなるのですから。
つまり、肥料を集める理由もなくなる。すなわちウンコを集める行為自体が他所の領地では発生しなくなる。
私の思い描くウンコを駆逐する策の根幹が崩れる事態になりかねませんわ。
とはいえ、発言権のない私が拒否する手段もございません。
唯一、この場を乗り切るにはオーバードルフ国王に私の献上品を選んでいただく。
ただそれだけのシンプルな内容ですわ。
「(こうなったら、腹をくくるしかありませんわね)」
こうして、ハインツの思惑通りに話が進んでいきます。
王は使用人に命じて、私とハインツが事前に預けていた、それぞれの献上品を持ってきて頂きます。
王と私達を挟むように並べられた2つ箱は手で持てるサイズほど。
ハインツの箱の大きさをみるに私と同じ衣類系の献上品と考えてよいでしょう。
そして、王はさっそく献上品の品定めを開始しようとします。
「まず、どちらの品から確認をしようか」
すると、ハインツが手を小さく上げて「それでは、提案者である私から」と名乗り出ます。
とくに反対する理由……というより、私に発言権はございませんので私は口を挟まず沈黙で了承しますわ。
そして、王は黙って頷くと、ハインツは箱の中身を取り出すように使用人に命じます。
箱の蓋が開かれ、姿を表したのは赤染めされたロングコートタイプの服でしたわ。
現在、王が着用している赤い薄手のローブと異なり、ハインツが持ち出したのは厚みがあるタイプ。
全面赤色の毛皮で覆われたコートは目視で分かるほどに柔らかそうですわ。
加えて、服に施された刺繍は、繊細な金糸と銀糸が緻密に絡み合い、幾何学模様を描き出しています。
そのディテールは王族の威厳を物語るかのように、ロングコートに華やかな輝きを添えていますわ。
その凄さに周囲の貴族も感動混じりのため息を漏らします。
「おお、見事な赤色と刺繍だ」
「あれだけの長いコートの全面を染めるには、相当な量の塗料を採取する必要があるぞ」
「広大な土地と資金力だからこそ可能な技。やはり王族が用意する品は別格ですな」
うむむ、自信ある発言をしていただけに、かなりの上物を持ってきましたわね。
感情抜きにして見れば品が良いと素直に思えてしまいますもの。
その周囲の反応にハインツは浸るように笑みを浮かべます。
「オーバードルフ国王よ、私が献上するのはロングコートの衣服となります。
染め上げは希少なマダーを使い、王族への威厳を示す赤色を抽出して全面を染め上げました。
肌触りも良いので、是非、着用してみてください」
そうハインツは告げると、使用人は王の座る玉座へとコートを持っていきます。
すると、王はコートの手触りを確かめるように指先でそっと振れ、咳払いを一度して、深く頷きます。
「ゴホンっ、確かに良い品であるようだな。確認だが、これの素材は何を使用しておる」
「ベース素材である毛皮は純白な色が魅力的なアーミンをベースとしております」
「つまり動物の毛皮というわけか……」
そのハインツの口から告げられた毛皮について聞くと、王は何処となく具合が悪い表情を見せます。
あまり毛皮はお好きではないのでしょうか?
そんな疑問を感じていると、私の近くに立つクラウスが鋭い目つきを更に細めながら耳打ちを致します。
「義父上は毛皮を好まないのです。普段着に毛皮が1着もないくらいですから」
「随分と徹底しておられますわね」
しかし、いくら嫌いだからといって、着用するのでさえ拒否するものでしょうか。
あまつさえ、隣国の外交官から着用を促されても乗り気な雰囲気を感じさせません。
その様子はハインツも感じ取ったのでしょう。
やや急かすような声音で王へと問いかけます。
「王よ、何かご不満でもあるのでしょうか? 振れるだけでなく、試着もして頂きたい」
「ああ、そうだな。すまない」
そう告げる王はゆっくりと席から立ち上がり、コートへと手に取ります。
着るのが嫌というよりは材質を気にしている?
それも、外交よりも優先すべきレベルで拒否を示していますわ。
すると、王は口を押さえながらクシャミを一度します。
先ほども咳をしておりましたし、風邪でも引いているのでしょうか
「風邪……病気?」
その時、ふと脳裏にとある病名がよぎります。
前世で疫病が流行った際、原因解明の研究として食物の調査を依頼しましたわ。
その時に、ある人は特定の食物や素材を接種もしくは振れるだけで体調を崩す病気があると判明致しました。
疫病の要因特定にはなりませんでしたが、医療の発展へと繋がった研究でしたわね。
もし、その病気を王が患っているとしたら?
商業地区と住宅街の堺に立てかけられた『これより先、獣人の出入りを固く禁じる』という獣人のみを指定した看板。
クラウスより聞いた、王の顕著なまでの毛皮に対する拒否反応。
そして、毛皮の衣服を手にして咳やクシャミを繰り返す王の姿。
バラバラに思えた要素が1つの病名を導き出します。
「オーバードルフ王は動物変作動病を患っている……?」
そう考えれば全て合点がいきますわ!!
しかも、王の態度を見る限り、病気はかなり重度なものと考えられます。
毛皮を近くに寄せただけで咳をするくらいですから。
だとすれば、あの全身を覆えるほどの毛皮コートを着用するのはマズイですわ!!
今すぐ止めないと……ああ、ですけど、この時代には変作動症の概念すら無いのですよね。
どう説明したものか!!
そんな動揺により体が僅かに揺れ動くと、ドレスのポケットから1枚の布のが落ちます。
それは、王都城門でレニが持たせてくれた蓼藍染めのハンカチでしたわ。
『どんな時でも私はルイゼお嬢様のお側に居ます』
そんなレニの言葉を思い出し、私の中で火を帯びていた思考が雨水を濯ぐように鎮火していきます。
そうでしたわね。
今まで私は1人で戦ってきたわけではありませんわ。
この仲間と作り上げてきた染め物は常識を覆すほどの武器になるのだと。
なら、迷う必要はありませんわ!!
そんな覚悟を決めた私はクラウス様に声をかけます。
「クラウス様っ!!」
その気迫ある私の瞳を見て、クラウスはすぐに察してくれたのでしょう。
何も聞かずに答えてくれます。
「分かった、全ての責任は僕が持つ」
ありがとうございますわ!!
そんな、お礼を告げるのも惜しむように私は玉座に居る王へ向けて許可なく発言を致します。
「ちょっと、お待ち頂きませんかっ!!」
その会場中に響く声に、献上品であるコートを羽織ろうとする王の手が止まります。
「なにかあるのかね、ルイゼ・ハーヴェイ?」
そう告げる王は許可なく声を張り上げた私に冷たい視線を向けます。
もう後戻りはできませんわ。
失敗すればハーヴェイの終わり。
成功すれば国の安寧。
相対するは最上身分の王族達。
挑むのは小規模領地の小娘。
そんな最大の王族との交渉が始まりを告げるのでした。
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