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第13話 青のドレスは“あの原料”から? 貴族社会を揺るがす夜

「さて、ここが未来を決める分水嶺ですわ」


 窓から漏れる月明かりに照らされながら、私は大祭典への式場入口の前に立ちます。


 ふぅ……この扉を開ければ後には戻れませんわ。

そんなため息を心の中で漏らしながら自身の状況を整理します。

お父様より与えられた領主の期限は1年。

既に季節は秋に差し掛かり、私の活動も佳境に差し掛かってきましたわ。

来年の誕生日で15歳を迎えれば成人となり、自由に動ける機会は少なくなるでしょう。


 すなわち、ここが最大であり、最後の山場でもあります。

大祭典の場でドレスの有用性を示し、ウンコを除去する循環環境を整える。その足がかりにしなければなりません。

そうしなければ、放置され続けたウンコは疫病という厄災を招きますわ。


「ですけど、問題ございませんわ」


 私は着用しているドレスの材質を確かめるように指でなぞります。

前世では疫病をの原因を特定するために沢山の知識を手にれました。

今世ではアロンを含む清掃員達がウンコを集め、肥料を作って頂きました。

商人のアオイには肥料を買い取って頂き、ドレスを作ってもらいましたわ。


 そして、分けのわからない奇行を続ける主に付きサポートしてくれたメイドのレニ。

私が不自由なく領主ができるように外交を頑張ってくださっているお父様。

差別なく清掃員達を受け入れてくれたハーヴェイの領民達。


 皆さんの助けがあったからこそ、私はここに立てていられるのですわ。


「私の我儘に付き合って頂いて、ありがとうございますわ」


 だからこそ、私は私の領主としての仕事を遂行させてみせます。

そんな覚悟を決めるように私は両頬をペチペチと軽く叩き、身を引き締めます。


「さて、行きますわよ!!」


 そして、大祭典式場への木製扉に手をかけて開きます。

中に入りますと、式場である大広間の景色が広がりますわ。

会場には、いくつかの丸テーブルが並び、食事や飲み物が配置されています。いわゆる立食形式ですわね。


 そして、既に会場入りしている各領主や関係者などは主催者であるオーバードルフ国王が来るまで間、束の間の交流を深めています。

耳を傾けると、とある貴族同士の会話が聞こえてきます。


「貴君の今年の服は刺繍模様が細かで美麗であるな」

「称賛の言葉ありがたく存じます。こちらの服は“黄金鹿の角“の職人達によるものです」

「やはりですか。老舗服屋の実力は本物ですな。ワシの領地は天災が続いて税収が少なくてな。今年は服に金をかけられませんでしたぞ、ハッハッハ」


 そんな会話が漏れ聞こえてきます。

貴族とっては服装は一種のステータス。

彼ら彼女らの着用する薄青色や緑色のジャケットとドレスには細かな刺繍が施され、つぎ込んだお金に比例して見た目も派手になっていきますわ。

そうやって威厳を示すわけですわね。


 だからこそ、服への解像度が高い貴族にとって、私の着用するドレスの価値も一目で分かるはず。

私は分かりやすいくらいに足音を鳴らしながら歩くと、近くに居た貴族が音に反応してこちらを一瞥します。

通常ならば、「随分と足音が煩い小娘だな」程度で興味を失うはずでしょう。

それが、凡用なドレスを身につけていた場合の話ですけれど。


「あれは……」


 先程、私へ視線を向けた貴族が驚きの感情を乗せた言葉を自然と漏らします。

もちろん、目を引いてしまうのは私が着用している青色のドレスが原因でしょう。


ドレスの作りは肩出しのロングスカートタイプで、他のドレスと変わりありません。

しかし、それ以外は今の流行りと大きく異なりますわ。


 まず、今のトレンドでは刺繍をふんだんに取り込み、模様などで派手さをアピールします。

ですけれど、私の着用するドレスは刺繍を一切使わない、染め色のみで構成されています。


 加えて特徴的なのは色の染め方。

上は淡い青色になっており、下へいくほど濃い色へとグラデーションが変わっていくタイプですわ。


 すると、何名かの貴族がヒソヒソと私のドレスについて話し始めます。


「あの色、どうやって染めたんだ?」

「あんな濃い色は出せないはずだ」


 ふふ、流石は服に拘りがある貴族様達ですわ。すぐに気づきましたわね。


 そのはずですわ。

本来、青色塗料の原材料となるウォードは薄い青色までしか抽出できないのですから。

そして、青に限らず他の色もまた然り。

ゆえに貴族らは色の代わりに刺繍などで服を目立たせる手法を取るわけです。


 だからこそ、彼らにとって、私の身に付ける濃い青のドレスは常識を覆す代物として瞳に映るわけですわ。

加えて、薄い色と合わせることで濃い色を際立たせるのも良いインパクトになっていますわね。

流石、大商人のアオイは良い仕事をしますわ。


 すると、どこかの淑女様が感動の一言を添えてくださいます。


「綺麗……」


 それが感情の波となり、

「凄い技術だ」

「素晴らしい」

と、他の貴族達も同調の単語を口にしていきます。


 初動は成功ですわね。


 今すぐにでも握りこぶしを作り喜びを表に出したい気持ちが溢れますが、グッと耐えます。

おっと、いけませんわ。まだ調子に乗るには早すぎますわね。


 そして、私は刺繍だらけの衣服を着用する貴族の間を縫うように歩き、とある人物の前へと進みます。


「ごきげんよう、クラウス・オーバードルフ様。ハーヴェイ領の代理領主、ルイゼ・ハーヴェイですわ」


 私はスカートの両端を持ちながらクラウスの前でお辞儀をします。


 すると、彼は小さく微笑み、胸元に手を添えると、漆黒の髪を小さく揺らしながら会釈をしてくれます。


「遠路はるばる、お越し頂きありがとうございますルイゼ・ハーヴェイ様。お会いできたこと光栄に存じます。オーバードルフ国、第一王子クラウス・オーバードルフと申します」


 そんな形式的な挨拶を返してくれます。

幸い、クラウスは誰とも会話をしておりませんでしたので、彼は言葉を続けます。


「あの時は自己紹介をしておりませんでしたね。まさか、お昼にお会いした淑女様がハーヴェイの領主様だったなんて」


「ふふ、私みたいな末端貴族の名前を王族であるクラウス様に覚えて頂けるなんて光栄の限りですわ」


「そんな謙遜なさらないで下さい。ルイゼ様の活躍は、この王都まで届いていますよ」


 するとクラウスは昼間に交わした口約束を果たすように、ドレスを褒め始めます。


「それが昼間に仰られていたドレスですか。淡い色から濃い色への使い分けが実に綺麗ですね。職人の腕がよく現れてます」


「称賛の御言葉、ありがたく存じます。このドレスを作成した職人も王族に褒められたと聞けば、心より喜ぶと思いますわ」


「差し支えなければ、ドレスを作成した職人の名を伺ってもよろしいでしょうか?」


「もちろんです。このドレスを作成したのは大商人アオイ・ナナミですわ」


 私がアオイの名前を口にすると、聞き耳を立てていた貴族がどよめきます。

「あの『色喰いの商姫』が?」

「庶民だけでなく貴族まで喰いにかかってきたか鬼族の娘め」

「だが良い仕事をしてるのは確かだ」


 と、様々な感情が交わる言葉を口にしていきます。

貴族にも名が轟いてるあたり、アオイは凄い商人なのだと改めて実感しますわね。


 すると、クラウスも私の思惑に気付いたのか一瞬だけ眉をひそめて「なるほど……」と呟くと、すぐさま笑顔に戻ります。


「実に素晴らしい技術ですね。まさか、かのアオイ・ナナミが作成したドレスだったとは。ここ最近、噂になっているハーヴェイ領での政策とも関係あるのですか?」


「流石はクラウス様。各領地の情報も網羅されているなんて凄いですわ。ご指摘の通り、このドレスの作成には『清掃員』の仕事が大きく関わっていますわ」


 すると、クラウスは口元に手を添えながら、わざとらしく興味が唆られたようなリアクションをしてくれます。


「ほう、聞き馴染みのない役職ですね」


「ええ、他の領地にはない新しい職業ですもの」


 そして、私はウンコを集める循環環境について説明を始めます。

清掃員を雇い、領内にあるウンコを集め、肥料を作る。

作成した肥料を使い、今度は塗料の原材料である植物を育てる。

質が良い肥料で作られた植物は栄養を沢山吸収してますので、取れる塗料もまた濃く美しい質の良い原材料となります。


 そんな過程を説明したあと、私は堂々と胸を張ります。


「結果はご覧の通りですわ」


 そう告げながら、私は見せつけようにくるりと1回転してみせます。

ふわりと浮き上がるスカートと濃い青色が合わさり、朝焼けの海を彷彿とさせるような美しい波が作られます。


 すると、クラウスは拍手をしながら追い風となる言葉をかけてくれます。


「とても素晴らしい。発想、労力、人望。ハーヴェイ領主様の凄さが伺えます」


「いえいえ、小さな領地の娘が少し頑張っただけですわ。()()()()なら肥料の作り方さえ分かれば誰にでもできますもの。人を雇える力、大商人との繋がり、そんな人望があればの……話しですけれど」


 と、私は周囲に発破をかけるように謙遜してみせます。

こうなると、他貴族も私の身に着けるドレスの価値について完全に理解したのでしょう。

先ほどまで落ち着きのあった式場がざわつき始めます。


「クラウス様がお褒めになられた。こうなると国王の目にも留まるはずだぞ?」

「ただの肥料では駄目なのか。出遅れる前に製造方法を聞かなければ」

「商人のアオイ・ナナミか……。大祭典終わりにすぐさま話を取り付けなければ」


 そんな各々の思惑が入り交じります。

なにせ、王族であるクラウスは刺繍の無い新しい概念のドレスを褒めたのですから。

そうなると、次は王子のクラウスを通して国王にも話が通るはず。

万が一国王が私のドレスを気に入れば、プライドの高い貴族達にとってはたまったものではないでしょう。


なにせ今まで自身が培ってきた地位や威厳を表す服の在り方が変わる可能性もあるのですから。

なにより、その新しい概念を持ち出したのが成人も迎えていない女領主な小娘。

悔しさを晴らし、プライドを保つためにも、より良い服を作ろうと考えるはずですわ。


 周囲の反応を見る限り、既に動き出そうとしている貴族は数名ほどいそうですし、流れは完成したと判断してよいでしょう。

私はクラウスへ向けて頭を下げて、改めて感謝の言葉を述べます。


「ありがとうございますわ。クラウス様のおかげでハーヴェイの領地は更なる発展を遂げれそうです」


「お気になさらず。各領地が潤えば民の幸福へと繋がる。王族として当然の責務を果たしたまですから」


 そのような本心を隠した言葉をお互いに交わします

これで昼間のハインツにぶたれた件のお詫びは貰いましたわね。

クラウスの察しが良くて助かりましたわ。

おかげでドレスの称賛からウンコを収集する循環環境への説明もスムーズにできましたし。

それこそ、当初の予定とは異なりましたけれど、頬の痛み一つでウンコ除去の足がかりになるのなら安いものですわ。


 さてと、国王が来るまでの残り時間、肥料作りや染め物に興味がありそうな貴族と話をしましょうか。

そう考えていると、クラウスが今度は策略などは一切ない、純粋な興味があるように言葉をかけてきます。


「ルイゼ様、そのドレスについて質問なのですが、材料は植物性のものですか?」


「ええ、そうですわ。塗料の原材料も布も全て植物から作られていますわ。もしかして、個人的に興味が出てきたのですか?」


「まあ、そんなところです。普段は高級素材である獣皮や毛皮などの衣服を勧められますので」


 そう語るクラウスは、やや歯切れの悪さを感じます。

何か別の考えがありますわね。ですけど、悪意は感じませんわ。


 まあ、彼には彼の思惑があるのでしょう。

ここで無理して聞き出して関係を悪化させる理由もございませんし、素直にセールストークをしておくべきですわね。


 そう判断した私はアオイより教えてくださった蓼藍染めの効能についてを説明します。


「それでは、植物性布のメリットについてお話致しますわ。まずは消臭効果が高いという長所がございますわ。クラウス様は汗が染み付いた毛皮の臭いがキツイと感じた経験はございますか?」


「ええ、覚えがあります。それに放置をしていたらシミがすぐにできてしまうので手入れも大変で」


「その点、植物性のは汗を発散しやすく、汚れになりにくい。仮に汚れたとしても、すぐに洗えば綺麗になりますので手入れも楽ですわよ。ああ、でも、油とかには弱いですので色落ちには気をつけてくださいね」


「ふむ、それは良さそうですね。色落ちは確かなデメリットですが……」


「それを逆手に取った活用法もございますわ。例えばトリカブトなんかの毒類は油成分を含んでます。器に塗られた毒なんかを蓼藍染めの布で拭けば反応して色落ちするので、暗殺防止になりますわよ」


「あはは、そこまで我が国家は殺伐としていませんよ」


 その私の冗談が面白かったのか、クラウスは口元に手を添えながら緩んだ頬を隠します。

どうやら、いい具合に硬さが抜けてきましたわね。

それに、表情をから察するに染め物の効能を知りたい気持ちは本当みたいです。


「ふふ、興味を持っていただけたみたいですわね。加えて肌触りも良いですわ。毛皮特有のザラザラ感がなく、肌に優しいのが特徴ですわ」


「なるほど、それは義父(ちち)上も気に入ってくれるかもしれない」


「是非とも推薦して頂きたいですわ。私が今回用意した献上品も、着用しているドレスと同じ素材の布ですので、その肌触りを体験してみてくださいまし」


 まさか、クラウスが個人的に服への興味を持ってくださるなんて嬉しい話ですわ。

上手く行けばオーバードルフ国王にも気に入られたという箔が付くかもしれませんし。


 そんな欲が出てきた脳内に冷水を浴びせるような声が聞こえてきます。


「ハッ、クラウスに随分と気に入られたみたいだな、ルイゼ・ハーヴェイ」


 う~ん、この食傷気味になるくらいに聞き慣れた声。

いい加減、高圧的な声で反応するパターンから変化が欲しいですわね、と思いつつ後ろを振り返ります。

あ、やっぱりハインツでしたわ。


 思わずクソデカため息が出そうになるのを堪えて、私は営業スマイルを全力で作り上げます。


「あらまあ、ごきげんようハインツ様。お昼時以来ですわね~」


「変に取り繕った笑みを浮かべるな、気色悪い。貴様とクラウスのせいで会場へ来るのが遅れただろうが」


 そう言葉にするハインツは赤い腫れが残る右頬を見せつけます。


 あら凄い!! とっても目立ってお似合いですわ。これなら豪華な服がなくても貴族様達の注目の的になれますわね!!

なんて思いついた煽りは心の内に留めておきます。


 どうやらハインツの会場入りが遅かったのは頬の腫れを冷やすためだったみたいですわね。

とはいえ、先に手を出したのはハインツですし、自業自得なのでリアクションがし辛いですわ。


 そんなハインツも私が謙る性格ではないと分かってきたのでしょう。

周囲の貴族の目もあるせいか、珍しく大人しめな対応を示します。


「まあいい。今回の目的は国王との外交だしな。貴様が用意した献上品など霞むくらいの上物を用意した。たかが青い布切れに王がお喜びになるわけあるまい」


「あらまあ、随分と自信がおありなようで。楽しみにしておきますわね」


 と、ハインツの煽りに対して、私は煽り返します。

しかし、何処となく違和感がありますわね。

あの短気なハインツが不気味なくらいドンッと構えていますわ。


 それはクラウスも気付いたのでしょう。

彼は私に小さく耳打ちをします。


「ルイゼ様、お気を付けください。兄上がああいった態度を取る時は策を行使した場合です」


「ご助言ありがとうございますわ」


 ですけど、ハインツは一体、何を仕込んだのでしょうか?


 今すぐにでも確認したい気持ちに駆られますが、どうやら考えさせてくれる時間はないみたいです。

会場に居た警備兵が大声を張り上げて、会場に緊張感が走る報せを伝えてくださいます。


「オーバードルフ国王が御到着になりましたっ!!」


その言葉と共に、木製扉から赤い薄手のローブを羽織ったオーバードルフ国王が姿を見せます。

こうして、私は一抹の不安を抱えながら大祭典の始まりを迎えるのでした。


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