第12話 クソ男 vs 女領主、第二ラウンド開始ですわ!
数ヶ月前に私との婚約が破断したクソ男ことハインツ。
彼は弟であるクラウスを持ち前の上級国民理論で叱っています。
それを見過ごすわけにはいきません。
「さて、どうやってハインツを退けましょうか?」
ハインツが暴力を振るった前回は身内であるレニを助けるためでしたので、止める行為自体に何ら問題はございませんでしたわ。
しかし、今回は王族同士の口争いですわ。
オーバドルフ国の王子であるクラウス。
プロイレン国の王子であるハインツ。
いかにも因縁が絡んだ組み合わせですわね。
ましてや、私は完全な部外者です。
無策で突っ込む前に、この二人について知っている情報を整理しましょうか。
まずは国についてですわね。
私の住むハーヴェイ領が所属しているのはオーバードルフ国ですわ。
その隣国にあるのがプロイレン国になります。
このプロイレン国には3人の王子がおりますわ。
長男のアルバート・プロイレン。
次男のハインツ・プロイレン。お馴染みのクソ男ですわね。
そして、三男であるクラウス・プロイレンですわ。
さて、この3名は政治的な側面から、仲良しこよしというわけにはいきませんでしたわ。
まず、王族のならわしとして、跡継ぎは長男であるという決まりがあります。
そうなると、次男以降の王子は長男に何かしらあった時や問題児だった場合の予備といった役割を与えられています。
しかし、長男のアルバート様は賢良な人柄で、王としての素質は問題なし。
おかげで次男のハインツは幼少の頃から立場を失っていましたわ。
そんな時、オーバードルフの国王が子宝に恵まれず、跡継ぎが不在になるかもしれないという知らせが入りましたわ。
そこでプロイレン国は外交の一環として、王族の血筋を持つ子どもを養子に出そうと考えましたわ。
しかしこの当時、長男のアルバート様は14歳で成人しておらず、プロイレン国の跡継ぎにはなれない年齢でした。
そのため、予備である次男のハインツを養子に出すわけにはいかなかったのですわ。
ゆえに継承権から最も遠い三男であるクラウスが出された形になりましたわ。
こうして、クラウス・“プロイレン“はオーバードルフ国第一王子のクラウス・“オーバードルフ“となりましたの。
そうなると、ハインツの立場はより歪な物になりましたわ。
兄は次期国王として期待される存在。
弟は別国の養子とはいえ次期国王としての立場を確立いたしましたの。
方やハインツは役目のない次男という肩書とプライドだけ残りましたわ。
そして時が経ち、長男のアルバート様は20歳になり、引退した父君に代わりプロイレン国王となりましたわ。
こうなると、次男であるハインツは完全に御役御免。
かといって、兄に楯突くわけにもいきませんので、八つ当たりに近い形で弟を目の敵にしているわけです。
経歴に関しては、こんな感じですわね。
そして現在、私の眼の前では弟をいびる次男の景色が展開されていますわ。
「(止めたいですけれど、王族同士の口論ですので言葉を挟む理由つけが欲しいですわね)」
それこそ、下手に首を突っ込めば、私の首が断頭台送りになりますわ。
クラウスには申し訳ございませんけれど、今は隙を見つけるために成り行きを見守らせて頂きます。
そう考えながら、いつでも駆け寄れるように足を一歩前に出して態勢を作りつつ、二人の会話に聞き耳を立てます。
どうやらハインツはクラウスの礼儀作法について難癖をつけているみたいですわね。
「クラウス、俺は隣国プロイレンの代表として来たのだぞ? そんな俺を城まで歩かせるとは、どういう了見だ。随分といいご身分じゃないか」
「申し訳ございません、兄上。しかし、城までの道程は商業地区を通る必要があります。人の往来が多い場所ですので馬車は通せないのです」
「だとしたら大祭典の間は外出、商いの禁止をすれば良いだろう。そうすれば馬車も通れる。たかが行きと帰りの数日程度だ。誰も困るまい」
その“たかが”というハインツの言葉に、今まで大人しくしていたクラウスは落胆と僅かな怒りを携えた鋭い眼光を向けます。
「お言葉ですが兄上。民は日々の生活を送るので手一杯です。我々にとっては“たかが”数日。民にとっては今日を生きるための日銭を稼ぐ重要な1日です。ゆえに経済の流れを止めるわけにはいかないのです」
「俺は王族だぞ!! 下民を気遣う必要がどこにある」
「民あっての国です。僕らも民によって生かされてる。蔑ろにしていい理由はありません」
そのクラウスの言葉に沸点の低いハインツは片手を振り上げて暴力を行使しようとします。
ああ、もう!!
相変わらず学習能力のないクソ男ですわね。
クラウスが意見を返した時点でハインツが口ではなく暴力に出るのは予想できてましたわ。
気づけば私の体は動き、ビンタが炸裂する前にクラウスとハインツの間に割って入ります。
「ちょっと、お待ち……」
頂だけませんか!! と、全て言い切る前にバシンッという雷が撃たれたような音が響きます。
あ〜、懐かしい感覚ですわね。
私は2度目となるハインツのビンタを受けてしまったようです。
間に入るのは間に合いましたけど、暴行は止めれませんでしたわね。
けれど、王族同士の喧嘩に下級貴族が割って入る理由付けにはなりましたわ。
そして私は、ひりつく頬の痛みと怒りを飲み込みながら悠然と構えます。
「お久しぶりですわね、ハインツ様」
「ルイゼ・ハーヴェイっ!!」
と、ハインツは私の顔を見るやいなや三下悪役のように顔を歪ませます。
もう少しひねりあるリアクションをしてほしいものですわ。まあ、お馬鹿さんは名前を口にして驚くくらいが関の山みたいですけど。
私は一呼吸おくと、ハインツに向けてニッコリと微笑みます。
「事故とはいえ、淑女に手を上げておきながら謝罪の一言も無いとは、いいご身分ですわね」
「ハッ、何をぬかす。王族同士の話合いに無理やり入ってきたのは貴様だろうが。寧ろ謝るべきなのは貴様ではないのか?」
と、睨み付けてきましたので、私も目を細めて応戦します。
方やクラウスは、いきなり現れた謎の女が兄と喧嘩を始めたので動揺して呆けています。
正直、クソ男を相手にするので手一杯ですから、そのまま傍観してくださいまし。
そんな風に考えておりますと、ハインツが私とクラウスを眺めながら嘲笑気味に鼻で笑います。
「ハッ、クラウスにしろ貴様にしろ、この国に居る者共の作法は劣悪だな」
「なんと、それは失礼致しましたわ!! プロイレン国の作法が“自分が気に入らなければ暴力行使をする”だなんて。流石は歴史ある王国だけあり、昔からの作法を重んじているのですね」
そう口にしながら私は頭を下げます。
もちろん、プロイレンにはそのような作法はありませんわ。
先程の暴力もカッとなったハインツが手を出しただけですし。
とはいえ、傲慢なハインツが自分の非を簡単に認めるわけありません。
かと言って、私の煽りに対して口で返せるほどの語彙力も彼にはありませんわ。
そうなると、ハインツにできるのはお得意の身分を使った脅しくらいですわ。
「貴様っ、我が国を愚弄する気か!! 俺はプロイレンの代表として来ているのだぞ。王族へ喧嘩を売るつもりか!?」
「でしたら、先に王族へ争いを仕掛けてきたのはハインツ様でなくて? 我が国の第一王子であるクラウス様へ手を出そうとしましたわよね? 結果は違えど、私の頬の痛みが証明になりますわ」
「ハッ、俺は当然の行ないをしたまでだ。王族である俺を歩かせたのだからな。作法がなってないのなら制裁を加えるのは当然だろう」
と、自身の考えが微塵も間違っていないと言いたげな表情をハインツは作ります。
はぁ〜、相変わらずコイツの選民思想はウンコよりクソですわね。いえ、ウンコは肥料として役立つので比べるのでさえ失礼ですわ。
なにより腹立たしいのはコイツが前回から1ミリも反省していない点です。
しかし、ここで感情に身を任せて暴力を振るえば私の格もクソ男と同じになります。
暴力には暴力。ですけど、使うのなら言葉でぶん殴らなくてはなりませんわね
私は両手を合わせて、首を少し傾けながら、あざとい所作をみせます。
「作法がなっていないのなら制裁を加える。なるほど、その理屈を持ち出すのなら、私からも一言ございますわ」
そうして、息を大きく吸い込み、ハインツを言葉で殴るくらいの勢いで怒声を浴びせます。
「貴方こそ無礼者ですわっ!!」
「なんだとっ?」
私は大祭典への招待状を見せつけるように提示します。
「まず、招待状にはしっかりと記載されておりますわ。『城壁門から王城への入口は徒歩となる』と。客人側は意見がなければ無言の了承となります。それが常識ですわ。それとも、よもや文字が読めないなんて仰りませんわよね?」
「それは……」
その私の指摘にハインツは言葉を詰まらせます。
流石にオーバードルフ王からの手紙に目を通していないなんて言い訳は出来ませんものね。
ハインツからの反論もないようですので、私は言葉を続けます。
「事前に通達が済んでいるのならば、主催者への落ち度はございませんわ。そのうえで貴方様が文句をつけるのなら、それは『王からの手紙に目を通していない』という最大級の無礼となりますわ」
たとえ隣国の王族であろうとも、客人には客人の守るべきマナーというものがございます。
それこそ、要望があるのなら事前の連絡は必須ですわ。
訪問の日時、連れて来る従者や護衛の数など。
事前連絡なしの訪問は無礼になりますわ。
だからこそ、私もレニを王城へ連れていけないのを事前に王都へ連絡し、何名かの護衛兵士を割り当てて頂いたのですわ。
私はクラウスへと視線を移し、事実を確認致しますわ。
「確認なのですけれど、ハインツ様は王城までの道を馬車で通りたいという
要望の事前連絡はございましたでしょうか?」
「あ、いえ。兄上は大祭典への参加を承諾する連絡だけしかしておりません」
「決まりですわね」
おそらく、手紙はハインツの従者に確認させて内容の詳細まで目を通していなかったのでしょう。
自身の代わりに大祭典への参加の命を下したアルバート様だって、よもや弟がそこまでのアホだとは思ってもいないでしょうし。
その当の本人は、自分は客人だし王族だから我儘くらい通るだろうという甘い認識だったみたいですけれどね。
そして王都へ来た今になって、王城までの道程が徒歩という事実を知りブチ切れ。
ハインツは怒りの矛先を弟のクラウスへ向けて、怒鳴りつけてたのでしょう。
それこそ、ハインツは王族同士の喧嘩に介入するバカな貴族は居ないと思ったのでしょうけれど、残念でしたわね。
ここに最高でバカな女領主がおりますわよ。
私は視線をハインツへと戻すと、ニッコリと微笑みます。
「これ以上の説明は聡明で高貴な王族であるハインツ様には不要ですわよね?」
「ぐっ……」
その私の言葉にハインツは歯を食いしばりながら、みるみると顔を紅潮させていきます。
あらまあ、髪色と同じくご立派な赤面ですこと。
しかし、これ以上の煽る行為は私の首をギロチンで飛ばす行為になりかねません。
本当はレニに暴行した分を返してやりたい気持ちで一杯ですけれど我慢ですわ、我慢。
私は怒りを留めて、小さくため息を吐き出します。
ひとまず、この場は収まりましたわね。
……などと、考えておりましたけれど、私は一つだけ失念していた部分がありましたわ。
私の眼の前に居るクソ男が救いようのないくらいのバカだという点を。
怒りに支配されたハインツは握り拳を作ると、それを振り上げて、私の顔面めがけて突き出してきます。
この大バカっ!!
流石に私もハインツの短絡的すぎる行動を読めず、避ける動作が遅れてしまいます。
せいぜいできるのは心の内で悪態をつくだけ。
殴られますわね。
そう感じ、私は目をつぶります。
……が、私の顔面に痛みは走りませんでしたわ。
何が起きましたの?
私はゆっくりと瞼を開けますと、クラウスの背中が見えましたわ。
どうやら彼は私の前に立ち、ハインツの腕を握りしめて暴行を止めてくださったみたいです。
「兄上、いくら王族とはいえども容認できない行動が多すぎます」
「くそっ離せ!! あの女は王族である俺を馬鹿にしたのだぞ!!」
「そういえば、兄上は仰っておりましたね。”作法がなってないのなら制裁を加えるのは当然だろう”と」
すると、今まで穏やかなで大人しい雰囲気を纏っていたクラウスの気配が一変します。
まるで竜と対峙したような恐ろしく重々しい空気へと変わり、クラウスの漆黒の髪が逆立つような気配すら感じます。
しかし、その怒りは雰囲気だけのハッタリではないのでしょう。
クラウスが握るハインツの腕がミシミシと痛々しい音を立てます。
そしてハインツはあまりの痛みと恐怖に顔を歪ませます。
「痛っ……やめろ……」
しかし、クラウスは温情の気配すら見せずに、そのまま言葉を続けます。
「我が王の手紙を読まぬ無礼。国民の侮蔑。淑女への暴行。兄上は数々の礼節を欠いた。貴方が言う、”作法がなっていない”というやつです。ですので……」
すると、クラウスは片手を振り上げ、芯の通った声で告げます。
「兄上にならって制裁をさせて頂きます!!」
そう告げるとパァンという激しい破裂音が城内へと響き渡ります。
それはクラウスがハインツへ行ったビンタの音でしたわ。
そのクラウスによるビンタは勢いがよく、ハインツの体は綺麗な放物線を描きながらド派手にぶっ飛ばされます。
彼の肉体は大地へと会合すると
「ぐえっ」
という、踏み潰されたカエルのような情けない声をあげます。
そして、殴られた頬を抑えながら、のそりと上半身を起こしクラウスを見つめます。
その表情はいつもの怒りに満ちたものではなく、恐怖に慄く顔つきでしたわ。
その情けない姿を晒す男と対極的に、見下すような冷たい視線をクラウスは送ります。
「兄上、貴方はプロイレンの代表として大祭典へ参加しています。あまりにも戯れが過ぎると大兄上、すなわちプロイレンの現国王であるアルバート・プロイレンへ報告せねばなりません」
「……っ」
その大兄上という名前を出されると、ハインツは叱られた子どもみたいに肩を落とします。そして、おぼつかない足取りで逃げ出してしまいましたわ。
流石は前世で国を見捨てた男。逃げっぷりだけは今世でも健在ですわね。
その背中が完全に見えなくなった後、クラウスは私の方へと振り返り、慌てた様子で心配してくれます。
「大丈夫ですかっ!? 頬は腫れていませんよね?」
つい数秒前まで怒りの感情を顕にしていた同一人物とは思えませんわね。
そんなクラウスは慌てた様子で井戸から水を組み上げ、ハンカチを濡らします。そして、私を近くのベンチへ座らせて、打たれた頬を冷やしてくださいます。
「ありがとうございますわ。ですけど、既に痛みも引いてますし、平気ですわ」
「今夜は大祭典がある日です。顔が腫れていたら問題があるでしょう?」
「それでしたら、クラウス様は兄であるハインツ様に見事なビンタをお見舞いしていましたわ。そちらの方が問題ではなくて?」
「ああ、それですか。おそらくは平気です。あまり派手に暴れすぎるとアルバート大兄上の耳に入りますので。ハインツ兄上も大兄上には頭が上がりませんから」
すると、クラウスは眉を下げながら微笑します。
「ただの兄弟喧嘩ですから」
「ふふ、でしたら何の問題もございませんわね」
今回起こったのは王族同士ではなく、ただの兄弟喧嘩。
スケールが小さくなったせいか、可笑しさが込み上げてきて、私達はお互いに笑い合います。
そして、頬に帯びた熱も冷めてきたタイミングで、護衛の女兵士が戻ってきます。
そろそろ、大祭典へ参加する準備を整えませんとね。
「クラウス様、ありがとうございますわ。身支度もありますので、ここでお暇させて頂きますわ」
「そうですか。此度は兄であるハインツがご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。お詫びにご要望があれば何でも言ってください」
「ふむ、何でもですか」
でしたら、遠慮せずにお願いをしましょうか。
私は企みが抑えきれず、不敵な笑みを浮かべながらお願いを口にしますわ。
「でしたら、大祭典の場で私の着たドレスを褒めて頂きたいですわ」
「それだけで良いのですか?」
「ええ、それだけですわ」
するとクラウスは私の言葉の意図を探るように目を細めますが、すぐに意味に気づいたのか苦笑交じりに笑みを作ります。
「承知致しました。でしたら、今晩は楽しみにしていますね」
「ええ、あまりの美しさに目が潰れてしまいませんように気をつけてくださいまし」
駄目な兄と違い、クラウスは察しが良くて助かりますわ。
彼は王族の称賛の言葉がどれだけ価値があるのか理解しているのでしょう。
たとえば、王族という地位ある身分の者が貴族の女性が身につけたドレスを称賛する。
衣服にお金をかけている貴族達からしてみれば、自然と注目が集まるはずですわ。
いわゆる発言力というやつですわね。
そうすれば、私自身もウンコを元とした肥料の有用性を提示できますので、循環環境の有用性も示せますわ。
さて、そうとなればドレスを着用する私が不格好な姿を晒すわけにはいきませんわね。
私はクラウスへと会釈をして、別れの言葉を口にします。
「それでは、また大祭典の場でお会いしましょう。クラウス様が驚くようようなドレスをお披露目致しますわ」
「ええ、楽しみにしておきます」
そんな平和的で、腹の底では思惑が蠢く会話が終了します。
こうして、私は大祭典へ向けての布石を打つのでした。
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