第11話 貴族令嬢、王都で廃棄物と差別と王子に出会う
「そろそろ王都へ到着ですわね」
そんな一言を私は漏らしながら、揺れる馬車の窓枠から外の景色を覗きます。
そこには豊かな黄色が映える小麦畑が絨毯のように広がっていましたわ。
その視界に収まりきらない広大な畑を挟んだ先に、主の如く建つ王都の城壁が見えます。
「緊張してきましたわね」
私はアオイに仕立てて頂いたドレスが入った箱を指でなぞります。
塗料の原材料である蓼藍を収穫してから1ヶ月後。
季節は暑さを少し残しつつ秋の節へと突入します。
そして、いよいよ各領地の貴族が一同に集う大祭典が開催されますわ。
もちろん、私もハーヴェイの領主として参加予定です。
「改めて目的を整理しましょうか」
今回の目標は3つ。
1つ目、作成したドレスをアピールし、オーバードルフ王もしくは有力な大貴族へウンコを活用した肥料の有用性を示す。
2つ目、前世で最後まで国の為に尽くしてくれたオーバードルフ国第一王子であるクラウスと接点を持つ。
3つ目、隣国プロイレンの外交役として参加するであろうハインツからの妨害を回避か阻止する。
まあ、最後のは可能性がある程度ですけど。
ここ最近、ハインツの動向を密偵を使い探らせましたけど不穏な動きはありませんでしたし。逆に言えば、今日まで大人しくしていたとも言えますわ。
そんな思考を巡らせていると、馬車を運転していたレニが声をかけてくださいます。
「ルイゼお嬢様、城門前まで到着致しました」
「ありがとうございますわ」
いよいよですわね。
私は馬車から降りると、首が斜めに上がるほど大きな王都の城壁門を眺めます。
まだ国同士で争いがあった時代から残る城壁ともあり、作り構えが本格的ですわね。
おかげで威圧感を感じ、心音がトクンっと高鳴るのを覚えます。
そんな緊張はレニまでに電波したのでしょう。
彼女は緊張を受け取るように私の手を包み込みながら握りしめます。
「ルイゼお嬢様、私がついて来られるのはここまでです。お見送りしか出来ず申し訳ございません」
「いいえ、王都の前までついて来てくださっただけでも感謝ですわ。ここから先は一人でも大丈夫です。それとも、主を信じきれませんの?」
「……そうですね、申し訳ございませんでした。でしたら、これをお持ち下さい」
するとレニは私に青色のハンカチを持たせてくれます。
私が以前、レニへハンカチを贈りましたけれど、それとは別物ですわ。
だとしたら、これは一体?
そんな疑問が表情に出ていたのでしょう。
レニは照れくさそうに顔をほころばせながら伝えてくれます。
「ルイゼお嬢様に頂いたハンカチのお礼です。今回は蓼藍を用いた布を貴族や王族にアピールするのですよね。ドレスと王への献上品として布の2つをお持ちする予定ですが、サンプルが多いに越したことはないと思われます」
「つまり、このハンカチはレニが作ったものなのですか?」
「はい。アオイ様にお願いして蓼藍染めをしたハンカチを1枚作成させて頂きました」
そして、レニは少し照れくさそうに笑み作ります。
「どんな時でも私はルイゼお嬢様のお側に居ます」
その言葉を聞き、私の心にじんわりと温かさが広がります。
前世から貴方は本当に私の為に尽くしてくれて感謝しかありません。レニの気持ち、確かに受け取りましたわ。
「ありがとうございますわ。では、これはお守りとして大切に保管しておきます」
「ちゃんと使ってくださいね?」
「ふふ、冗談ですわよ。ちゃんと必要になったら使わせて頂きますわ。それでは行ってきますわ!!」
そんな、心強いレニの温もりから離れると、城壁門前で待機していた厳格さを纏う20代ほどの女兵士が近づいてきて、敬礼をします。
「ルイゼ・ハーヴェイ様ですね。遠方よりお越し頂きありがとうございます。事前にルイゼ様の従者は王都へお連れしないと伺っております。そのため、大祭典の間はワタシ含む兵士数名が護衛兼身の回りのお世話をさせて頂きます」
「よろしくお願い致しますわ。それでは、さっそく質問なのですけれど、招待状では王都内では馬車を使えないと記載がございましたわ。そうなると徒歩で王城へ行くと思われるのですが、その道筋で市民街は通りますの?」
その私の質問に女兵士は意図が分からず素の表情を僅かに見せますが、その後、すぐさま真顔へ戻ります。
「ここの城門から入った商業地区なら通る予定です。その後、富裕層の住宅街を通る予定になります」
「ありがとうございますわ。せっかくの王都ですから、市井の様子を見たかったですので」
「なるほど、領主として見学をしておきたいというわけですね。でしたら、少しだけ遠回りをして城までご案内致します」
「ありがとうございますわ!!」
そんなお礼を告げつつ、私はレニの方へと振り返ります。彼女は不安そうに耳を項垂れさせながら私を見つめています。
心配性な従者へ私は小さく手を振りながら別れを告げると、献上品とドレスの入った箱を荷台へと移し替えてもらい、数名の護衛兵士と共に城門をくぐります。
王都への第一歩ですわ。
そして、検問を通り抜け、1番初めに目に入るのは商業地区ですわ。
大規模とも呼べる大通りには人間、亜人とわず多様な種族が行き来しています。
その大通りを挟んだ左右には3階建ての家が立ち並んでます。
1階は露店として開かれ、2階以上は居住区としての用途で使われているみたいです。
作りはハーヴェイ領地にある街と構造が殆ど同じ。大きく異なる点と言えば規模ですわ。
「道が広くて長いですわね」
ハーヴェイの領地と比べ、道の幅は約2倍ほど。おかげで人の往来が多く、経済も活発な印象ですわ。
城までの道程に馬車が使えないのも納得ですわね。通れる隙間がありませんもの。
また、道は視界に収まらないほど長く、露店や居住の建物が絶え間なく続いています。デカ過ぎますわね〜。
その土地の広さゆえに、同じ商店でも野菜、青果などの品揃えが店によって異なりますわ。玉ねぎの専門店なんて尖った店もありますわね。
「流石は王都ですわ」
その規模感に圧倒されて、思わず感嘆の息を漏らします。
しかし、全てが長所とは限りません。
息を大きく吸い込みますと、殴られたように鼻が刺激されます。
ウンコの匂いですわぁ!!
ああ、すっかり忘れてましたわ。
他所の土地はウンコを道へ捨てるのが通常運用であることを。
加えて、王都規模の広さとなればウンコの総量も倍以上です。
比べ物にならないくらいにくっっせぇですわっ!!
その刺激臭に思わず鼻を摘みそうになりますが、ここは王都です。下手な所作は不敬に当たりますので、私は真顔のまま堪えます。
しかし、女兵士は私の表情から何かを察したのでしょう。心配するように声をかけてきます。
「ルイゼ・ハーヴェイ様。どこかお具合でも悪いのでしょうか?」
「いえ、お気になさらず。王都の広さに感服していただけですので」
と、適当に誤魔化します。危なかったですわね。
とはいえ、王都が大き過ぎるのは事実ですわ。
この規模の土地となれば、ウンコを回収する人員も相当数必要になります。
循環環境を作るにはハーヴェイ領のやり方を、そのまま模倣するのは難しそうですわね。
なにより、問題はそこだけではありません。
私は目に映る商業地区の景色を改めて観察します。
例えば野菜を売り出している露店。
半魚人の店主が快活な声を張り上げながらお客の呼び込みをしています。
すると、一部の人間は一瞥すらせずに通り過ぎ、その2店舗先にある人間族が経営している店で野菜で購入を始めます。
次に目についたのは、とある酒場。
店先の張り紙には『給仕募集中。亜人種は不可』という求人が貼付けられています。
しばらく歩くと、教会が見えてきます。
祈りに来た市民が出入りをしていますが、人間専用と亜人専用と書かれた2つの出入口がありますわ。
「レニを連れてこなくて正解でしわたわね」
街の景色を眺めながら、そう口にします。
ハインツのように王族、貴族と異なり、市民には迫害意識はありません。
それでも亜人種における距離が感じ取れますわ。
「環境だけではなく意識の改革も必要そうですわね」
そう考えるとウンコを国中から駆逐する私の計画が壮大に思えてきましたわ。
まあ、大変そうだからといって立ち止まるつもりは全くございませんけど。
そうして、長い商業地区の道を数十分ほどかけて歩き続けると、住宅のみ建物が見えてきます。
ここから先は有力商人や貴族などの富裕層が居を構える住宅街ですわね。
その商業地区と住宅街の堺に立てかけられた看板には差別が顕著に可視化された文言が記載されていましたわ。
『これより先、獣人の出入りを固く禁じる』
これまた分かりやすい上級国民様的な禁止令ですわね。
しかし、今までの亜人差別と異なり、ここは獣人だけを名指しで指定しています。
どことなく違和感がありますわね。
そんな疑問の表情を浮かべる私に女兵士が口を開きます。
「この禁止令は王が自ら出したものらしいです」
「そうなのですね。ですが、亜人ではなく、なぜ獣人だけなのでしょうか」
「申し訳ございません、一介の兵士ではそこまでは……。お役に立てず申し訳ございません」
「いえ、お気になさらないでくださいまし。なんでしたら、大祭典の場で直接聞けば良いのですから」
そう笑みを向けながら私は歩みを開始致します。
さて、情報も集まりましたわね。
土地の広さはハーヴェイ領の数倍。
公的な迫害こそ無いものの人と亜人にある距離感。
やはりハーヴェイ領と同じスタイルでウンコを収集する循環環境を持ち出すのは難しそうですわね。
今回は肥料の有用性を示す程度に収める、もしくは別の方法を提示する。この2方向で進めていくべきかしら。
そんな作戦をいくつか脳内で組み立てていますと、王城が見えてきます。
その姿はおとぎ話にでも出てくるようなレンガ作りの古城といった佇まいです。
その貫禄ある城を見つめながら、私は身を引き締めます。
さあ、ここを潜れば情報と陰謀が渦巻く貴族の世界ですわ。
私は覚悟を決めて中へと入ります。
ですが、ここまで徒歩でしたので、喉が乾きましたわね。
そう考えた私は女兵士へ声をかけます。
「少々、喉を潤したいですのですが井戸はございますでしょうか?」
「でしたら、城へ入ってすぐの庭にございます。汲んできましょうか?」
「いえ、一人で大丈夫ですわ。それよりも荷物を先に部屋へ運んでくださらないかしら。とても大切な物ですから」
「かしこまりました。それでは荷物を先に宿泊部屋へと運んでおきます。しばらくしたらお迎えに伺います」
「ありがとうございますわ」
そうして、私は女兵士に教えて頂いた庭へと足を運びます。
これから始まる戦いの前に一息ついておきたい、などと考えておりましたが、残念ながら先客が居るみたいです。
庭に設置された井戸の前。そこには二人の男性が会話をしておりました。
刺繍の入ったロングコートを着用している姿から貴族か王族ですわね。
しかし、庭の穏やかな雰囲気と異なり、男の片方は荒々しい声を響かせます。
「ふざけるな!!」
「兄上、落ち着いてください」
この声、まさかっ!?
その声の主を改めて、よく観察します。
そこには怒りと威圧感を備えた赤髪の男……ハインツがそこに居ましたわ。
そして、ハインツはもう一人の男を怒鳴りつけています。
あの方はもしかして?
私は叱られてる男性を注視します。
髪は鴉羽のような漆黒。
目つきは睨みつけるだけで獣を殺せるような鋭さ。
しかし、その顔つきとは異なり、雰囲気は物腰柔らかな優しさを纏っています。
その特徴から彼が誰なのかを認識します。
ハインツの弟であるクラウス・プロイレンですわ。
いえ、今はオーバードルフ国王の養子になっているので正確にはクラウス・オーバードルフ第一王子ですわね。
そして、彼は前世で私の死に際に立ち会ってくれた1人です。
疫病が流行り国を捨てたハインツと違い、最後まで国を見捨てず、民へ尽くしてくれた御仁ですわ。
「目的の一つ目は達成できそうですわね」
私が王都へ来た理由の一つであるクラウスと接点を持つ。
早くも機会が訪れましたわね。
そんな独り言を呟きながら、二人の様子を遠巻きに観察します。
どうやら、クラウスは兄であるハインツに叱られてるみたいです。
会話の内容に聞き耳を立てますと、
「王族の客人である俺を歩かせるとはどういう了見だ!!」
などとクソでか声を響かせてます。
さしずめハインツが難癖をつけて弟に怒鳴りつけているといった具合でしょう。
どうせ年功序列的な考えで兄が偉いとか勘違いしている的なやつですわ。
そうだとしたら、目的抜きにしてもクラウスを助けてあげませんと。
そんな考えを巡らせながら、私は足を一歩前に踏み出すのでした。
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