第10話 廃棄物回収から始まる青の革命
「今日も変わらず空気が美味しいですわね〜」
染色作業を終えた翌日。
私は明朝の日差しを浴びながら、胸が大きく膨らむくらいに深呼吸をします。
アロンを含む獣人族の子達を清掃員として雇い始めてから数ヶ月。
あの頃に比べて、街中に漂うウンコの臭いは嘘みたいに消失していましたわ。
それも、彼らの懸命な働きのおかげですわ。もちろん、それを受け入れてくれたハーヴェイの領民の理解もありますわね。
そんな成果が嗅覚で感じ取れますわ。
私は改めて呼吸をしながら、朝焼けにより青く輝く街を見つめ、ふと思います。
「やはり、私はこの街が大好きですわ」
だからこそ、守り抜きたい。
この先の未来に待ち構える疫病は国全体に蔓延する。
ただ、ハーヴェイの領地だけの衛生管理を行うだけでは全てを守れません。
私が立ち向かわなければならないのは国なのですから。
「これから忙しくなりますし、彼らと話す機会も減っていくはずですわ。今日のうちに伝えておかないとですわね」
そんな感想を漏らしながら、私はある荷物が入った木箱を持ち上げて、街の入口へと向かいます。
すると、そこにはアロンを含む複数の清掃員達が今日の仕事を始めるための準備をするために集まっていましたわ。
くわえて、事前に「清掃員達に重要な話がある」と伝えて頂くように、先に向かわせていたレニの姿もあります。
全員、揃っているみたいですわね。
私は肺が少し熱くなるような夏風を大きく吸い込んで、皆様に声をかけます。
すると、獣人の耳が一斉にピンっと針葉樹のように立ち、私へと視線を向けます。
「あ、ルイゼ様だ」
「おはようございます、ルイゼさん」
「ルイゼ姉、今日も仕事頑張るよっ!!」
「ええ、皆さん、おはようございますわ。いつも、清掃の作業、ありがとうございます」
そんな皆様に挨拶を返すと、アロンとレニが私に声をかけてくださいます。
「ルイゼお嬢様、重要な話とはなんでしょうか?」
「そうだぜ、早く作業を始めないと街がウンコ臭くなっちまうよ」
「ふふ、それは困りますわね。ですけど、今日は少しだけお時間をくださいまし」
そう告げると、私は手に持っていた木箱を地面に置き、中身を取り出します。
それは、雲一つない青空と同じ色のスカーフでしたわ。
そのスカーフを一枚ずつ、各清掃員達の首元へと巻いてあげます。
すると、アロンがキョトンとした顔つきのまま、布に手を触れます。
「もしかして、これって肥料から作った塗料材料で染めた布か?」
「ええ、その通りですわ。アオイに頼んで、少しばかり譲って頂きましたの」
そう、これがアオイへ頼んだ追加の依頼でしたわ。
実際に私の手で染色作業を行い、その布をスカーフにして、お世話になっている清掃員達へと渡す。
それが私の目的でしたわ。もちろん、領主とは関係ない個人的な行動なので、お金は私の貯金を崩しました。
すると、アロンは目を丸くしながら震えた声で問いかけてきます。
「どうして、こんな大事な布をオレ達にくれるんだよ? この国の王と立ち向かうために必要な素材をオレ達のために、どうして……」
「もちろん、感謝を伝えるためですわ」
「感謝?」
そのアロンの言葉に私は微笑みながら頷きます。
「貴方達は獣人族で誰よりも鼻が効きます。糞尿を集める作業にはうってつけでもありますが、苦痛を伴う作業でもありますわ」
「だけど、その分、賃金はもらっているんだ。金がもらえるから奉仕する。それが仕事だろ?」
「そうですわね。それでも貴方達は、この数ヶ月、誰も辞めずに、休まずに職務を全うしてくださいましたわ」
私は息を吸い込んで、体に空気を取り込みます。
生まれ、育ち、死に、時を遡っても鼻から消え失せなかったウンコの臭い。
それが、今では嘘のように失くなりましたわ。
「私は街中のウンコを除去するのが目的でしたわ。ですけど、所詮は貴族生まれのひ弱な小娘です。何も出来ない私に代わり、貴方達が懸命に仕事をしてくれた。街を清潔にし、集めた糞尿を肥料に変え、売り出す。そんな循環環境が生まれましたの」
そして、前世での貴方達は疫病の感染リスクがありながら清掃員の職務を最後まで全うしてくださいましたわ。
だから今世では、その分も含めてお礼を伝えたいのです。
前世の私は死んでしまい、もう感謝は伝えられませんから。
私は清掃員の皆様に頭を下げたあと、精一杯の愛情を込めて伝えます。
「ありがとう」
とてもシンプルで青色のスカーフのように、飾り気のない感謝の言葉。
すると、アロンが古傷だらけの手で自身に巻かれたスカーフへ振れますと、茶化すように笑みを浮かべます。
「あはは、なんだよ。てっきり、また変な頼みごとをされるかと思っちまったぜ。だったら、逆に感謝を言いてぇのはオレ達の方だ。ずっと灰色みたいな人生にルイゼの姉ちゃんは色をくれたんだ」
そして、アロンは他の清掃員仲間達に向けて大声を張り上げます。
「みんな、オレ達はハーヴェイ領の領主ルイゼ・ハーヴェイ様より雇われた清掃員だ。この誇りある職務を今日も遂行していくぞ!!」
「おおお~~~!!」
その声は幾度も重なり束となり、曇りなき青の空へと消えていきます。
そして、清掃員達は荷台を引き、シャベルを抱えて、今日も街中を駆け回りながら糞尿を集めていきます。
その彼らが巻く色のスカーフは街中に鮮やかな青の色を加わえます。
きっと、この光景はハーヴェイの領地に根付く新たな色となるでしょう。
さて、アロン達には想いを伝えられましたわね。
あとは、彼女にもお礼を言わなければですわ。
私はレニにも同じく青色に染めたハンカチを渡します。
「レニ、貴方にも感謝の気持ちを。貴方はメイドの作業がございますので、使い勝手の良いハンカチを用意致しましたわ」
「私のために、ありがとうございます。これは額縁に入れて家宝にさせて頂きます」
「ちゃんと使ってくださいね?」
なんというか、レニなら本当に額縁に飾りそうですわ。
前世でも、貴方は私の死に際まで側に居て、忠義を尽くしてくれましたものね。
もう、あの頃のレニにお礼は伝えられません。
だから、今の貴方へ言葉にして伝えさせて頂きますわ。
「ありがとうございますわ」
そんな感謝を伝え終えると、レニは感涙の顔を見せるのが恥ずかしくなったのか「今日の買い出しに行ってきます」と告げて、街中へと走り出してしまいます。
その遠ざかる背中を見つめながら、私はため息を一つ吐き出します。
「さて、ここからが本番ですわね」
これから立ち向かう相手は国のトップ達。すなわち、貴族と王族ですわ。
ですけど、このハーヴェイに住まう領民を守るためにも、臆する気持ちは奥底にしまいませんと。
そうして、私は昨晩に届いた一通の手紙を取り出します。
王都より届いたのは各領地の貴族を招集し、国家繁栄や安泰を祝う大祭典への招待状。
現在、父であるパウル・ハーヴェイは隣国であるプロイレン領地へ外交に行っています。
そのため、代理領主である私がハーヴェイの代表として出席しなければいけませんわ。
「それに、王都には”あの方”もいらっしゃいますしね」
それは、前世の死に際で私の側に居て下さった、もう一人の殿方。
鴉羽のような漆黒の髪と肉食獣さえも恐れ慄くように鋭い目つき。
そんな威圧感ある外見とは異なり、最後まで国のために尽力し、私の手伝いを最後までしてくださった優しい人です。
「あの方なら、信頼できますわ」
だからこそ、是非とも協力者として迎え入れたいです。
その彼の名前は『クラウス・オーバードルフ』
現国王が子宝に恵まれないが故に隣国であるプロイレンより同じ王の血を引くという理由で、養子として迎え入れられたオーバードルフ王国の第一王子ですわ。
すなわち、彼の旧姓はクラウス・プロイレンになります。あのクソ男であるハインツ・プロイレンの弟ですわ。
そして、5年後の未来ではハインツの策略により、オーバードルフ王国の次期国王としての継承権を剥奪させられた人でもあります。
「前世でのお礼、ここで返させて頂きますわ」
なにより、今日まで妨害の一つもしてこなかったハインツも大祭典の場で私へ何かしら仕返しをしてくるはず。もしくは、弟であるクラウスに嫌がらせをしてくる可能性もありますわ。
だとすれば、必ず食い止めませんと。
そんな決意と連動するように私の指先へ力が入り、招待状の封筒にシワを作るのでした。
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次回、明日の19時半に更新になります。