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第1話 疫病が原因で死んだと思ったら、14歳に戻って二度目の人生が始まりましたわっ!!

 いよいよ……私も死ぬのですわね。

私はベッドで仰向けに寝込み、見慣れた天井を睨みつけながら、ふと思う。


 体は動かない。

固いベッドに、カビ臭い枕。

部屋の壁紙は、ところどころ剥がれ落ち、管理が行き届いていない。

唯一の光を灯してくれる窓は閉じられ、風が吹くたびに窓枠がガタガタと揺れ動き、不安を煽ってくる。


 これが、死の淵に立つ私の生きる環境。


「ゴホッ……」


 ああ、喉が焼き切れるくらいに痛い。

ほんの僅かな咳でさえ激痛が伴いますわね。

今すぐ死んで楽になりたい。

ですけど、体は正直なようでして、鼻と口を交互に使い分けながら酸素を取り込み、生命を維持しようとしてきます。


 おかげで、枕に染み付いたカビの臭いも同時に取り込んでしまう。

それが、肺に刺激を与え、さらなる咳を呼び込んでしまいます。


「ゴホッゴホッ!!」


 そして、咳の反動で肉体は縮こまり、薄汚れたベッドが軋みます。

その激しい咳込みとベッドの揺れる音は扉を超えた部屋の外にまで響いたのでしょう。

節々に塗装が剥がれ落ちた薄赤色の扉が壊れるんじゃないかと思えるくらいに勢いよく開かれます。


「ルイゼお嬢様っ!!」


 黒のドレスに白いエプロンを身にまとうメイド服の女性は私の名前を叫びながら、なだれ込むように部屋へと入り込んできます。そして、ベッドに横たわる私の手を握りしめて下さいます。

ですが、いけませんわ。貴方にも病気が感染ってしまう。


 それを言葉にして伝えたいけれど、既に喉は乾ききり、無理をしようものなら咳ばかりが出てきてしまう。

ならばと、握りしめられた手を振りほどこうとしますが、病魔に蝕まれ衰弱した私の体は力が出ず、指先一つさえ動かすのもままなりません。


 故に只々、私は女性の姿を傍観するしかできません。

彼女は瞳から涙がぽろりと1つ、また1つと頬伝いに滴り落とし、私の冷えきった手の甲に温もりを与えて下さいます。


「申し訳ございません、お嬢様。言いつけを守らず、部屋へと入って来てしまいました」


 その言葉に私は首を横にふります。

流行り病にかかった私を誰もが感染を恐れて見捨てた。

なのに、彼女だけは最後まで側に居てくれました。

一度は「貴方にうつったら大変です」と突き放したのに、彼女は離れず、世話をしてくれた。


 献身的に尽くしてくれた従者の想いを、これ以上は無下にできません。

もう、私は死期が迫ってきているのですから。


「ゲホッゲホッ……」


 呼吸も弱まってきました。このまま、目を閉じれば私の人生は幕引きになるでしょう。


 浅い息を吐き出し、朧気な意識の中、今まで歩んできた思い出が脳へと駆け巡ります。


 私……ルイゼの人生は一体、どこで選択を間違えたのでしょうか?


 貴族の令嬢として政略結婚の道具として生きるのを命じられ、自身の意思を尊重するのを諦めた時?

 婚約した夫には意見を言わず、感情を押し殺し、ただ傀儡的な妻を演じると決めた時?

 国内で疫病が蔓延し、夫は命惜しさに民を捨てて逃げて、私だけが病を患い取り残された時?


 答えは分かりません。

ただ言えるのは、歩んできた道程の終着点が、整備の行き届いていない屋敷の別邸に隔離され、薄汚れたベッドの上で最後を迎えようとしているという点。


 誰かの意見に左右されてばかりで、人生において決断したのは何1つありませんでした。


 ……いえ、1つだけ、ありましたわね。


 すると、重苦しい足音を響かせながら部屋へと入り込んでくる来訪者が現れます。


「失礼する」


 低くよく通る声の男は床が軋む足音と鎧の金具がかち合う金属音を響かせながらベッドへと近づき、私の視界へと入ってきます。


 熊を彷彿とさせる2メートル程の背丈。しかし、体の肉付は無駄がなく、細見だけれども筋肉が程よく作られている。白銀の鎧を装着していても、スッキリとした印象を与えてくださいます。

髪色は鴉羽のような漆黒。

そのツリ目は肉食獣さえも恐れ慄くように鋭い。

そして、感情の読み取れない平板な表情と整った顔立ちが合わさり真冬のような冷徹さを強く印象つけます。


 彼は羽織っていた焦茶色の薄手のマントを外すと、手にしていた羊皮紙を見せつけます。


「君の言っていた通り、疫病の原因は人糞尿だった。糞尿を川へと流し、それを飲水や野菜に与える水として使用したり、汚水で生きた魚を食べたのが感染源となっていた」


 やはりそうでしたか。

苦しみばかり続いていた私の胸中に一時の安らぎが訪れます。


 国で病が流行し、夫はいくつかの金銭を持ち出し、誰も連れずに逃げ出しました。誰が疫病を患っているかも分からないからこそ、感染を恐れ、家族を、民を置いて一人で消えたのでしょう。


しかし、取り残された私は混乱に陥る人々を放置しておけませんでした。

残された財産を全投入し、疫病の根源を突き止める為に命を賭して尽力をしました。

どうせ、金を使っても文句しか言わない(クソ)は国外へ消え失せましたからね。


 それが、人生で始めて、そして、最後となる私が決めた意思でした。

まあ、その結果、私も病にかかり、このザマですので訳ないのですけれど。


 ですが、まだ生き残っている民は救われます。

私が男へ視線を送ると、男は静かに首を縦に振ります。


「既に対策は済んでいる。領民には糞尿やゴミを流した川水は飲まないように触れを出しておいた。また、食材にハエやネズミが触れないよう露店は食物の取り扱いも禁じている。これで、飲食からの感染はある程度防げるだろう」


 その男の報告を聞き、私は苦痛に歪む顔を押し殺しながら、精一杯の笑みを浮かべます。

 動けない私に代わり、ありがとう。


しかし、男の心は折り合いがつかないのでしょう。

その表情には抑えきれぬ怒りと無力感が混じっています。


「だが、君を救えなかった。兄は国を……妻である貴方を見捨てた」


 そう語る男は肩を脱力させて、手にした羊皮紙を力強く握りしめます。

彼は私の代わりに怒ってくれている。人の気持ちを思いやれる、それだけで十分過ぎますわ。

これなら、私が逝去した後も安心して国を任せられます。


 私は目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込み、肺に酸素を行き渡らせます。

もう心配はないからなのでしょうか。不思議と痛みを感じません。


 お二人とも、最後まで私の側に居てくれてありがとう。


 そんな感謝を心の内で呟きながら、意識は徐々に遠のいていきます。

 やっと苦しみから解放される。


 後悔があるとしたら、もっと早くから自由に生きると決断すれば良かった。

よもや最後は糞が原因で死ぬなんて……


 本当にクソったれな人生でしたわ!!


 もし、二度目の人生があるのなら、今度こそ、後悔無きよう生きよう。

そう心に刻みつけながら、私の意識は暗転するのでした。



「……はて?」


 てっきり死んだかと思いましたが、目を覚ましてしまいましたわ。

それも、久方ぶりに感じる心地の良い寝覚め。

いつもなら、激しい痛みが走り、咳き込むことで目が覚めるはずなのに。


 もしや、既に天へと旅立っていて、ここは死後の世界なのでしょうか。

何にせよ、状況を確認する必要がございますわね。


 私は上半身を起こして、肩をグルグルと回してみせる。


「ふむ、体が軽すぎて飛んでいるような気分になりますわね」


 そんな平和ボケした感想を漏らすほどに肉体への負担がまるでありません。


 違和感はそれだけでは終わりません。

焼けるような喉の痛みは全くなく、息苦しくありません。

また、喉の痛みのせいでろくに食事も取れず、小枝のようにやせ細っていたはずの腕や手が、これまた程よく肉が付いています。

実に血色の良い健康的な肌色ですわね。


 よもや、今までの全てが夢?


 なんて疑問を当然ながら浮かべてしまいます。

とりあえず、思考できるのなら、状況確認は必須ですわね。


 私は手が軽く沈むくらいのふかふかで柔らかなベッドから出て、真紅の厚手なカーテンを開いて光を取り入れます。

そして、羽毛のように軽い体をくるりと回しながら周囲を観察します。


「まず、ここは私が死を経験した部屋ではありませんわね」


 あのカビの臭さの圧縮された気が狂いそうな隔離部屋ではない。


 ベッドは一人切りで使うには些か大きすぎるくらいの面積で、枕も布団も柔らかな屋根付き仕様。

カーペットは足音さえ消し去る程に柔軟。

他のクローゼットや化粧台などの家具は職人の技巧が映える細かな模様が入った高級品ばかり。


それらの家具を配置しても、四人程の庶民家族が団らんを囲めそうな位に過剰な広さの室内。


 どう見ても、貴族や王族などの高貴な身分の者が過ごす1人部屋ですわ。


「しかし、この部屋、見覚えがあるような」


 ですけれど、答えがパッと思い浮かびません。

あと少しで思い出せそうなのですが。


 うう、モヤモヤしますわ。

私は握り拳を口元に当てながら、小さな円を描くようにクルクルとその場を歩き始めます。


 その時、化粧台に取り付けられた鏡に映る自分の姿がふと目に入ります。


 小リスのような140cm程の小柄で細身な肉体。

肩まで伸びた、夕日に照らされたような淡い小麦色の金髪。

インディゴ塗料のような薄青い瞳。

顔周りは肉付きがよく、パッチリとした大きい目と合わさり、どことなく幼さを残しているような印象を与えてくれます。


「というより、実際に幼いですわね」


 ペチペチと自身の両頬を叩いてみせると、鏡に映る自分も同時に頬を叩く動作をしてくれますわ。

私自身で間違いないようですわね。


「ますます状況が分からなくなってきましたわ……」


 そもそも、私が病死したのは19歳の時。

しかし、今はあどけなさが残る見てくれをしています。

まるで5年ほど時を遡ったような容姿としか言いようがありません。


「それとも、本当に過去へと戻った?」


 いやいや、いくらなんでも考えが飛躍しすぎですわ。軽いのは肉体だけにしませんと。

とはいえ、現在の不可解とも言える状況に合点がいくとすれば、時を逆行したとしか言えませんけれど。


 そんな、否定と肯定を脳内で繰り返していると、薄焦げ茶の扉をノックする音が響きます。


「お嬢様、失礼いたします」


 凛とした声が聞こえると共に、部屋の扉が音もなく静かに開かれます。

そして、姿を表したのは黒いロングスカートのドレスに白エプロンを着用した厳格さを纏う1人のメイド。


 身長は150cmほど。しかし、針葉樹のような真直ぐでブレない背筋のおかげか、見た目よりも大きく見えます。

髪は胸元まで伸びる長い栗毛。その髪は邪魔にならない様に後ろで纏め、バレッタで止めております。

瞳の色は薄黒よりのブラウン。

目の形はツリ目でもなくタレ目でもなく極めて絶妙な真ん中具合。

なにより1番目を引くのは頭のてっぺんより生えた2つの耳。加えてお尻より生えでたモフモフで大きな尻尾。

それこそ彼女は見た目こそ人に近いけれど、明らかに獣人だとひと目で判断できます。


 そんな獣人である彼女は真直ぐな姿勢を維持したまま室内へと足を踏み入れ、私の前に立ちます。

そして、両腕を腹部辺りに重ねると、川の流れのように自然で美しいお辞儀をしてみせます。


「おはよう御座います、ルイゼお嬢様」


「…………」


「お嬢様?」


「あ!! え、ええ、おはようですわ」


 その動揺だらけな私のリアクションにメイドは首を横に傾げながら、栗毛の髪を揺らします。

仕える主が挙動不審ともあれば当然のリアクションでもありますわね。


 とはいえ、私からしてみれば、彼女の何も知らないと言った顔つきは、今の状況をより混乱させる材料にしかなりません。


 何故なら、眼前に立つ彼女は私が死ぬ間際まで側に居てくれた者の1人なのですから。

彼女の名前はレニ。歳は私より1つ上で、幼少の頃から身の回りを世話して下さった専属メイドですわ。


死に際の記憶では、レニは雨粒のごとく大量の涙を流していたのに、今、目の前に居る彼女は「死? なんですかそれは?」と、平然とした顔つきで立っています。


様子からして、レニは私が死にかけだった状態を知らないはず。

それに、彼女もまた私と同じで幼さを携えた若さを残しています。


 いよいよ、私の予想が確信に変わりそうですわね。

この仮説が正しいか確認を致しましょうか。


「レニ、いきなりで恐縮ですけれど、私の名前を言って下さらないかしら?」


「ルイゼ・ハーヴェイ様です」


「歳は?」


「つい1週間ほど前にお誕生日を迎えられ、現在は14歳になります」


「ありがとうございますわ!!」


 レニの返答を聞き、私は居ても立っても居られず、気づけば部屋を出て走り出してしまいます。

そのまま、屋敷の廊下を進みながら状況を整理する。


 まず、私の名前はルイゼ・()()()()()……だったはず。

ですが、レニから得た回答はルイゼ・ハーヴェイ。

嫁ぎ先のプロイレン家の姓ではなく、旧姓であるハーヴェイ家の名を伝えられた。つまり、私は結婚をしていない。


 そして、年齢も14歳。この国では15歳で成人を迎え、結婚できる年齢として扱われる。

すなわち、私はまだ子ども扱いで、あの国を見捨てたクソ夫と婚約をしていない!!


 どうりで、見た目が幼いわけですわ。

部屋を見た記憶があるのだって当然。

だって、私が生まれてから結婚して家を出るまでの間、使用していた自室なんですもの。


 ですが、なによりも重要なのは……


 いえ、考えるより、その目で確かめませんと!!

そうして、私は懐かしさを感じる屋敷の廊下を脱兎のごとく駆け抜け、そのまま入口ドアを蹴飛ばすように勢いよく開いて外へと出ます。

そして、粗雑に整備された道の土を跳ね上げながら走り、領民が暮らす街の入口に到着します。


「はぁ、はぁ……ああ、やっぱり、やっぱりですわ」


 眼前に広がる景色を見て、瞳から自然と雫がこぼれてしまいます。


 人々が行き来をする長く真っ直ぐに伸びたメインストリート。

舗装はされておらず、ただ土を敷き詰めただけで、少し歩くだけでぬかるんだ地面に足を捕らわれる。そんな感覚が懐かしいですわ。


 その道の左右には3階建ての建造物が等間隔に配置されています。

上は領民が暮らす住居となっており、窓からは紐に通した洗濯物が風によって揺らめいています。


1階は露店となっており、畑から取れた野菜や畜産農家によって加工された肉などが立ち並び、店主がハリのある大声でお客様を呼び込み活気を生んでいます。


聞こえてくる音はそれだけではありません。


パン屋の前ではパン種を持ったお客さんがひしめき合い、依頼を受け付ける声とパン釜に焚べられた薪の爆ぜる音が衝突しています。


職人が居を構える工房からは、農耕具や馬具の金具をハンマーで叩き、修復するカンッカンッという心地よい音が響いています。


そして、時折、頭の上から聞こえてくる「ほら、行くぞ!!」という掛け声と共に2階窓から桶に入った糞尿を撒き散らす住民の声。


 ウンコを平然と窓から投げ捨てるんじゃねぇですわ!!

などと、思いますが、今となっては懐かしさを感じるほどに当たり前の光景。


 この喧騒さも、衛生管理なんてお構いなしの臭さも。

 肌で、鼻で、耳で感じ取りながら確信をします。



 私は5年前へと時を遡ってきた。



 これから数年後。国全体で疫病が蔓延し、人々は感染を恐れ、街への活気も、命も失われる暗黒の時代が訪れる。

今、私の瞳に焼き付く領民の笑顔は全て消失してしまいます。


「けれど、私だけは未来を知っていますわ」


 頬を伝う涙を拭い、私は決意を致します。

何故、過去に戻れたのか原因は分かりません。

ですが、このやり直しを行えるチャンスをむざむざ放棄するつもりもありませんわ。


 家の資産を全額投資して得た疫病の対策方法。

 これから訪れる数年間の出来事。


 これらの知識があれば、悲劇は回避できるはずです。

前回は自分の意思なんて無くて、誰かの意見に左右されるだけの人生でした。


「今度こそ、後悔無きよう生きてみせますわ!!」


 自分の心も、病魔により苦しむ領民達の苦しみも。

 全部、救ってみせる。


 そう決意を胸にして、大きく息を吸い込むと、私を殺した諸悪の根源である放棄されたウンコの臭いも体内へと侵入してきます。


「臭っっっせぇですわぁぁぁぁ!!」


 そんな元気ハツラツな声を天へと響かせながら、私の二度目となる人生が幕開くのでした。



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