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六話 治癒魔法と呪い

「バウ」

 犬の鳴き声と同時に、獣の匂いが漂ってきた。

 目を覚ますと、虎のようにでかい双頭犬が見下ろしている。

 僕のいた世界には存在しない、オルトロスと呼ばれるモンスター。

 こいつの姿を見て、改めて僕は異世界にやってきたことを自覚した。

 

「バウ、バウ」

「はい、はい。朝ごはんの準備ね」

 僕を起こしたオルトロスの片方は、空になった餌皿を鼻で指す。

 どうやら朝ごはんを催促しているようだ。

「う〜。けど、背中が痛い」

 ぼやきながら、ゆっくりと背筋を伸ばす。

 薄い寝袋で一晩過ごしていたんだ。背中が痛くなってもしょうがない。一方のオルトロスは、あのあとレミのテントで寝ていたはず。

 テント泊と野宿……

 まあ異世界人の僕が、このニカ商会ではヒエラルキーの最下層なのは、しょうがないのか。


「ほれ、ありがたく食え」

 朝ごはんの準備を終えると、ずっと僕につきまとっていたオルトロスに餌をあげる。ペレット状のこのドッグフードが、なんの肉でできているかを詮索するのはやめておこう。

 しかし、この犬。

 エサを貰った時に、嬉しそうに尻尾でも振ればまだ可愛いのだけど、餌が盛られた皿を咥え、僕から距離をとると、片方の頭が僕を警戒し、残りがガツガツと餌を食べるという食事の仕方。

 正直、可愛くない。

「あの恩知らずは、さておいて……」

 皿が空になるなり、僕に礼も言わずに、どこかへ駆け出していった駄犬は無視することにして。

 僕は昨日の残りのスープを火にかけて、まだ寝ている三人を起こしに行った。


「朝ごはんができましたよ〜」

 とりあえずはテントの外から、三人に朝ごはんができたことを伝える。

 ちなみにメニューは、昨日の残り物。

 昨日のイシスの粗末な、もとい質実剛健な食事をそのまま利用できて、助かった。

 違いといえば、ミルクの代わりに紅茶が出るぐらい。ケトルがあったのでお湯の準備もバッチリ。

 あとは三人が起きてくるのを待つだけだ。

 本当はもう少しバランスの良い食事を用意したかったけど、今ある食材で真っ当な料理を作るほどの家事のスキルは僕にはない。

「うしっ、朝メシか!」

 僕の声がけに、まずイシスが右拳で左掌をパンパンと叩きながらやってきた。

 相変わらずのスポーツブラにトランクス姿。恥じらいが無いせいで、下着というより女子プロレスのコスチュームのように見えてくる。


「ファ〜。もう朝ですか?」

 一方のレミは眠いのか慌てているのか、わからない状態で、もそもそと四つん這いでテントから這い出てきた。

 そんな彼女の姿を見て、僕はびっくりして視線を逸らす。

 彼女は薄手のナイトガウンを羽織り、その下にはパンツだけしか履いていなかった。

 そのせいで彼女の大きな胸は、ブラジャーで固定されることもなく、緩やかに紐で縛っただけのガウンの中でユッサユッサと揺れている。

 そして、ガウンの隙間から、もっちりと伸びてくる生足。

 レナのぽっちゃりとした体型は、目のやり場に困ってしまう。


「あのレミさん、せめて服を着てから、テントから出ていただけると」

 僕の一言で、レミは急に目が覚めたようだ。

「はわわわわ。そうでした。男の子がいるのを忘れてました。ちょっとこれはHでしたね。どうしましょう、イシスさん」

「知るか」

 顔を赤らめて胸元を隠そうとするレミに、イシスは冷たかった。

 慌てた彼女が自分の胸をぎゅっと手で隠そうとするが、腕の隙間から柔らかそうな胸の谷間が「むにぃ」と押し出される。

 いや普通に服を着てくれれば、いいだけなんだけど……

 一方のイシスは、面倒臭そうに僕を睨んだ。

「レナ、朝飯はテントで着替えてからだ。だから、男なんかと旅したくないんだよ。女に余計な気を使わせるな」

 と不機嫌そうに自分のテントに戻っていった。

「俺も腰が痛ぇんだから。せめて力仕事でぐらい役に立ってくれ」

 そう言って、庇うように腰に手をやった。

 そんな彼女の背中、いや正確には露出した肩口と腰を見て、僕は自分の目を疑い、もう一度凝視する。

(間違いない、またあの光だ)

 昨日と同じように、イシスの背中に光の流れが見えた。

 そして相変わらず、腰のあたりだけ光の流れは滞っていた。

(目の錯覚なんかじゃないな)

 おそらくあの光は……

 と僕が謎の光に考えを巡らせようとすると、横から照れくささの混じったレミの声が聞こえた。

「みっともない姿をお見せして、申し訳ありません」

 一度テントに戻ったレミは、黒いワンピースに着替え、僕に頭を下げてきた。

 この魔女っぽいワンピースなら、胸元もバッチリ覆っていて、レミが屈んでも胸の谷間が見えることはないので、気まずさを感じることもない。


「ところでレミさん、イシスは腰が悪いの?」

 僕は自分の中の仮説を裏付けるため、レミに聞いてみた。

「ふへ?」

「いや、イシスって、いつも腰が痛いってぼやいてるから」

「そういえばイシスさん、確か昔、戦闘で腰を痛めたって言ってました」

「それで、ずっとあんな調子なの?」

「う〜ん、確か腰の骨が折れていて、ちゃんと僧侶の治癒魔法で治したって言ってましたが……時々痛みが出る『呪い』だけは残ったみたいですね」

「治癒魔法? それに呪い?」

「この世界では傷ついた体は、神の祝福を受けることで治癒するのです。僧侶やその上級職の司祭、他にも戦闘もこなす聖騎士などいろんな職業の人が使います。属性で言うと、光ですね」

 なるほど、まさにゲームの世界だ。

 いや聖職者が医療を担っていた時代もあるから、決して変な理屈でもないか。

 けど僕の世界で昔、聖職者が行っていた医療は、ほとんどが科学的根拠が乏しく、その効果は自然治癒やプラセボ、もしくは生存バイアス。

 だが魔法が実在する世界では、聖職者の祈りの力、その回復魔法がどれだけの効果があるか、確認しておきたい。果たして、アニメやゲームのように万能なのか。

「戦いで傷ついた体や、折れた骨、それこそ切断された手足も、ひょっとして元に戻るとか?」

「そうですね。もちろん手足をつけたり、傷口を瞬時に塞ぐのは、かなりレベルの高い治癒魔法の使い手でなければできませんが。そして帝都の最高司祭様ともなれば、魂さえ現世にあれば、灰からも人を蘇らせれると言います」

「すごい!」

 限定的な条件ながら死者蘇生もできるとなれば、この世界の魔法は現代医学とは別の方向で発達していると思っていいだろう。確かに、これだけ効果があるなら、この世界での医療は医師ではなく聖職者による神への祈りに独占されていても、おかしくはない。

 けど、そんな治癒魔法に対し、ふと疑問が残った。

「イシスは腰の怪我が治ったのに、痛みは残ったの?」

 僕の疑問は答えるのが難しいのか、イシスはぽっちゃりと下唇ときゅっと引き締め考え込む。

「異世界からきたヨシユキさんに正確に説明するのは難しいんですけど……魔法で体が治っても、痛みや不快感だけは残ることが、よくあるのです。この世界では、これは神に抗う悪魔の『呪い』の一つだと捉えてます。おそらく神は人間の信仰心を試すために、あえて試練を与えているのではないかとも」

 なるほど。

 怪我の治癒と、痛みや不快感の存在はまた別物ということか。

 そしてそう言った痛みは「呪い」と呼ばれ、神の試練や信仰心に結び付けられている。

「イシスさん、ああ言った性格なんで、全然信仰心ないですしね」

 レミはふわっとした笑顔でそう言った。


(そういえば……)

 僕の中で、沙耶香さんから聞いた話が思い起こされる。

 彼女が言うには、痛みにはいくつかの分類があるという。

 純粋に怪我や病気など原因が特定できる痛みもあれば、特に長引く痛みの中には、神経の興奮や、脳の痛みをコントロールする機能の問題などで、痛みがいつまでも取れなくなることがあるらしい。

 そんな痛みに悩んだ人たちが、沙耶香さんのマッサージで何人も回復しているのを、僕は見てきている。最初は現代医学で解明できない東洋医学の奇跡だとも思ったけど、彼女はそんな僕に向かってにっこりと微笑んで教えてくれた。

「人の手によって癒されることで、消える痛みも多いのよ」


 その言葉を思い起こし、僕はひとつの決意を固めた。

(そうだ、この世界にも、人の手による癒しで消える痛みがあるかもしれない)

 それは、チートも魔力もない僕が、この世界で役に立てるスキルとなるかもしれなかった。

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