四話 魔力鑑定
洗濯物を一通り紐に干し終わった後、下に降りてきた水分を絞り、服のシワを伸ばし直す。
幸いまだ日は高く、この天気なら日が暮れるまでに、乾きそうだ。
「ヨシユキさん、洗濯物は終わりましたか?」
頃合いを見計らって、レミが僕に声をかけてきた。
「はい無事終わりました」
と、僕は誇らしげに、紐に吊された洗濯物をさす。
「あらあら、手際がいいですね、素敵です」
レミさんが、ほんわかとした笑顔で僕を褒めてくれると、妙に誇らしい気持ちになる。
美人に褒められるのは、嬉しいものだ。
「でわでわ」
そう言って、レミはランタンのような道具を出してきた。
まだ明るいのに、なぜ? と一瞬思ったが、よく見ればそれは照明器具ではないようだ。金属とガラスで作られたケースの中にあるのは火種ではなく、赤色の石だった。
「あ、これですか? この赤い結晶は魔法石と言いますが、ヨシユキさんの世界にはないものでしょうか?」
「魔法石? 僕のいた世界にはないですね」
初めて見るその道具は、レミが地面に置いた瞬間、輝きを増し暖かい風を噴き出し始める。
「これは、火の魔法を応用して、温かい風を吹き起こす魔道具なんです。これを使えば、洗濯物はすぐに乾きますし、匂いも残らないんです」
それは僕の世界での、温風乾燥機のようなものだろう。
「便利なものもあるんですね」
ついでに言うと、洗濯乾燥機があれば僕の仕事も減るのではと思ったけど、さすがにそんな複雑な装置を作るのは難しいか。
「ヨシユキさんの世界には、魔法はないのでしょうか?」
「そうですね、僕のいた世界にはない技術です」
そこら辺のことを、まだ話していなかったが、嘘をついてもしょうがない。他の二人と違い、レミだけは僕に好意的に接してくれる。この世界のことを知っておくためにも知らないことは正直に話し、今のうちに色々と教えてもらおう。
「私たちの住む世界には『魔力』というものが存在するんです。体を動かす力が『体力』だとすれば、『魔力』は人間の精神力によって、神の奇跡や精霊の力を具現化する力と思ってください」
この世界の魔法は、僕がアニメやゲームで見てきた世界と、大きく違わなそうなので少し安心する。
となると、やはり僕自身、もう一つのチートの可能性を調べなければ。
「レミさん、その魔力って、何か測定する方法ってありますか?」
「えっ、確かに……ありますけど。よかったら、ヨシユキさんも測定してみます?」
その返事に、僕は心の中で小さくガッツポーズをした。
この世界でも、僕の体力や腕力は大したものではないみたいだ。
高校でも体育の成績は中の下で、授業は真面目に受けるが運動センスはない。熱血体育教師からすれば、一番つまらない存在だった。
だから異世界転移をして、体力チートがないと知っても、残念ではあったけど、深く失望もしなかった。
それは魔法のチート能力への希望があったからだ。
僕はどっちかというと、戦士系よりも魔法系。ゲームで好んでつかっていたキャラは、付与魔術系。
そんな僕には魔力関係のチートこそが相応しい。
「どうせなるなら、賢者のような万能魔法職がいいな」
などと、つい楽観的になる。
『魔力鑑定具』を取りに行ったレミの手には、台座に乗ったメロンぐらいの大きさの透明な球体があった。
「これが魔力測定の道具……」
「はい、このクリスタルが魔力鑑定具になります」
クリスタルの材質は水晶だろうか? それにしては持っているレミに、あまり重さを感じる様子もない。かなり軽い素材の未知の物質できていそうだ。
「魔力鑑定は有料サービスなのですけど、ヨシユキさんは、洗濯干しを頑張ったので、特別に無料です」
「無料のサービスですか、ありがたいです」
嬉しそうにいう僕に、小首を傾げて微笑むレミ。
その仕草だけで、彼女の胸元のメロンサイズの塊がポヨンと揺れる。それも僕にとっては、嬉しい無料サービスであった。
「では、鑑定前に魔法について、簡単に説明します」
ほんわかした雰囲気のレミが、急にキリッとした表情になる。
「この世界の魔力は、七種類に分類できます。木、火、土、金、水、そして光と闇」
西洋の四元素ではなく、東洋の五行説に近い分類、それに陰と陽の概念もあるのか。
「この球体に手をかざし、意識を集中してください。そうすれば、ヨシユキさんの持っている魔力に応じて強い光を放ちます。そしてもう一つ注目するのは、その光の色。これは魔力の種類を示します。木なら緑、火なら赤、土は茶で、金は黄色、水は青。そして光は白く、闇は黒く輝きます」
そう言ってレミが、クリスタルに手を乗せ、すっと目を閉じる。
「これが私の魔力です」
今まで無色透明だった装置が、青色の光を放ち始める。
「おお、すごい! 本当に光ってる」
「ただ私は、錬金術師なので、私自身の持っている魔力は大したことはありませんが」
と、レミは少し謙遜して見せる。
けど、僕にとっては、初めての魔力測定だ。初めての経験、そして魔力の実在を目の当たりにして、興奮を隠しきれない。
そして僕が測定する番だ。
「レミさん、眩しいかもしれませんので、目を閉じていてください」
もし僕の魔力が強すぎて、レミが目を痛めたら大変だ。
念の為、警告してから、僕は目を閉じ、装置のクリスタルに手を乗せて精神を集中する。
数秒が随分と長く感じる。
閉じた瞼越しに、眩しさは全く感じない。
「えっと、ヨシユキさん……」
そして聞こえてきたのは、困ったようなレミの声。
僕がゆっくりと目を開けると、目の前にあったのは真っ白になったクリスタル。
「えっと、これは?」
色から判断すると光属性。なのだが、クリスタルは艶のない真っ白の玉になっており、全く光を放っていない。
「おそらく……属性は光。なのでしょうけど、ヨシユキさんにはその、肝心の魔力が全くないと、鑑定結果が出ました」
言葉を選びながら、言いにくそうに説明するレミ。
「ということは……」
「ヨシユキさんには、魔法の才能はないのかと」
恐れていた事実を突きつけられ、僕は膝から崩れ落ちる。
「僕には、なんの能力もないのか……」
先ほど、洗濯かごを持ち上げた時を考えれば、僕には秀でた体力も筋力もない。
そして、この魔力鑑定の結果では、僕には魔法の才能もない。
「魔力がない人も、この世界は大勢いますし、そう言った人でも魔道具を使えば便利に生活できますし」
落ち込む僕を、レミが慰めてくれる。
むにゅ。
そして、崩れ落ちた僕の方に、柔らかく重い感触がのしかかった。
その暖かさと心地よさが、落ち込んでいた僕の心を、少し慰めてくれる。
「ヨシユキさんには、優しさと誠実さがありますから」
優しく耳元で励ましてくれるレミ。
そうだ。
確かに、異世界転移した僕に、なんのチート能力もなかったのはショックな事実だ。
だけど考えてみれば、僕の目的はこの世界で勇者になることでも、無双することでも……ましてやハーレムをつるくことでもなかった。
アニメとかで見ていたシュチュエーションに、つい舞い上がってしまった。
僕の目的は、元の世界に無事に戻ることだ。
だったら、一ヶ月の旅を無事に終え、帝都に着ければそれでいい。
「ありがとう、レミさん」
現状を受け入れた僕は、励ましてくれたレミにお礼を言った。
「で、二人して仕事をサボって、何してるん?」
「えっ」
「はわわわ」
いつの間にかニカが、そばに立っていた。
僕達を交互に見る目つきは、俗にいうジト目。何かを疑うような表情。
「さ、サボってません」
「そ、そうですニカさん。私はただ、ヨシユキさんの魔力を鑑定しようと」
「それがサボっとるちゅうんや」
呆れたようなニカの声。
「で、ヨシユキにはなんか、チートなり面白いスキルなりがあったか?」
「えっと、魔力測定しかしてないんですけど……どうやらヨシユキさんには、魔力はないようで」
その言葉を聞いたニカは、フッと僕のことを鼻で笑う。
「異世界人やから、チート能力あるとは限らんからな」
そういえばニカは、何人か異世界転移した人間を知っているって言ったっけ。どうやら、この世界では転移者とはいえ、そうそう特別な能力を持っているとは限らないのか。
自分が特別劣っているわけではないと知って、少し安心すると同時に、残念さも正直残る。
「チートなんか持ってる異世界人は、特別な存在や……そう、特別やった」
一方で、ニカは急に何かを思い出したように、しんみりとする。
「そんなわけで、ヨシユキ。魔力鑑定は本来、有料のサービスや。ちゃんと給料から引いておくで」
いつもの感じに戻ったニカが、レナからクリスタルを奪い、僕に告げる。
「え、ひどい、給料から天引き……って、僕に給料が出るんですか?」
てっきり一ヶ月間、タダ働きかと思っていたので、嬉しい事実。
「当たり前やろ、ニカ商会は働かざるもの食うべからずやけど、人をタダ働きさせるような商人道にもとる真似はせん」
ニカは子供が鞠で遊ぶように、クリスタルを手で弄ぶ。
彼女の細い指の上でくるくると回るクリスタル。随分軽そうだけど、これ、一体なんでできているんだろ。
「そういえば、ニカさんも魔力鑑定してみます?」
レミが興味深そうに提案する。
「アホ、ウチが魔力を測る意味あるか」
「そうですね、商人には魔力は重要ではないですしね」
「そう言うことや。じゃあ二人とも、洗濯物終わったら、次は夕飯の準備してな」
ニカは僕達に次の仕事を命じると、繁々とクリスタルを見る。
「それにウチが魔力測定して、この高い魔力鑑定具を壊したら大損や」
かろうじて聞こえる声で、ニカは独り言を呟いた。