第八話「アクス雪原」
(此処は……夢の中の世界……?ムニャムニャ……もうちょっと寝かせて。ん?何だこの音、やけに大きい。もう朝だってか?ーーってうわ!)
地震のような衝撃音で俺は目を覚ました。
窓から外を見渡すと黒い鎧を着た男たちが暴れ回っている。
物凄い殺気の持ち主たちだ。
そして衝撃音の主は…………!
俺はその姿を見て絶句した。
体長二十メートルの、銀の鱗を持つ巨竜。
その強さは成熟したヒュドラをも上回るとされてる。
ナミもヒュドラだが彼女は十六歳と若い為、ヒュドラも体長十メートルに留まっている。
大人のヒュドラは十五メートル程で、この銀竜はそれよりも更に大きい。
城を半壊させることすら容易いだろう。
俺は手早く廊下に出た。
勿論自身の大剣も一緒にである。
取り敢えず皆と合流しなきゃ。
巨竜のせいで廊下の屋根が剥き出しになっている。
遠く?いやそんな遠くはねーけど聞こえる巨竜の咆哮を他所に、俺は廊下を走りだした。
(出たな黒騎士!)
廊下の反対側からこっちに向かってやって来る。
無論殺しにかかって来るのだろう。
それなら容赦しないぜ?
俺の大剣「スネーク」が鈍く緑に光り出す。
剣と剣のぶつかり合い、鍔迫り合いとなった。
うう……凄い怪力だ。
(でも……負けてられないもんね)
俺はスネークから沸いてくる謎の力で敵の大剣を押し崩し、バランスが崩れた所を大剣を横に振るった。
ザンッ
一人、あの世に送った。
だが少なくとも三十人はこの町に送り込まれているようで、送り主は帝国と見て間違いなさそうだ。
帝国の技術で黒騎士を量産させたのか……。
三男スギが開発に関わっている可能性も十二分にありそうだ。
廊下を真っ直ぐ行くと、ジンが血を流して座り込んでいた。
これは……相当マズイ。
さっきの黒騎士にやられたのか!?
「おい!ジン、しっかりしろ!」と肩を揺さぶるが返事はかなり力の無いものだった。
「拙者はもう持たない……そしてマイアは帝国に捕まった。少なくとも投獄、最悪死刑だろう。拙者はお前にこの国の未来を……賭ける事にした。ハイの子孫らしく気高く生き……ろ」
それがジンの最期の言葉だった。
待てよ待てよあの黒騎士そんなに強かったのか!?
だってジンがサシで負けるくらいだぞ。
まさかアーケオスのこの光……とんでもない性能なのかも。
俺は目を閉じ祈るとエンジン音がする外を見た。
レイさんが運転する飛空艇だ。
「マーク、飛び移れ!」
とアイシャさんが手を伸ばしている。
日が差す城の廊下からジャンプした。
閉まりかけの飛空艇の入口になんとか飛び移った刹那、それはスピードを上げるのだった。
ギルガメッシュ……皆いる!
俺は一先ず安堵した。
「ぐうたら最後まで寝過ぎだのぉ」
「マイアが……捕まったらしいんだ。助けに行かないと」
「今戻っても死にに行くだけだ。お前もあの黒騎士の強さ目の当たりにしただろ?」
え?ハウルさんも怖れるくらいの強さ?
俺……倒したんだけど。
やっぱりなんか変だ。
昨夜スネークにアーケオスさんらしき者の光が宿ってから……急激に俺の戦闘力は上がっている。
この剣……やっぱり大事にしないと。
「アルマゲドンが追って来る!」
アルマゲドンとは巨竜の一般的な呼び名だった。
吐き出された火の玉は飛空艇に直撃し、俺たちを乗せた舟は遥か雪原に放り出された。
「出ろ、出ろ!皆出ろ!爆発するかもしれんぞー!」
レイさんの合図で皆一斉に外に出だす。
うわっ寒いー。
そして次の瞬間、飛空艇は爆発した。
アルマゲドンは回れ右して去っていく。
アイシャさんが言うにはあの巨竜は長男ヨシのもので、その思考は彼に支配されているという。
これ以上遠くでの単独行動は咎められたか。
俺たちの死を連想させるような、それくらいの規模の爆発だったが、俺たちは何とか生きていた。
だがこれからが問題だ。
ハウルが言うには此処は北西のアクス雪原。
近くに港町があるそうなので、取り敢えずは其処へ向かうのが良さそうか。
「マイアは……俺の従兄弟なんだぞ!ホントに何とかならねぇのか?」
「運命とは時に皮肉なものだ」
ハウルにポンッと肩に手を置かれた。
もしかしたら彼も傭兵として仲間の死を経験してきたのかもしれない。
だけどよ。
「ジンほどの強者が敗れたのじゃろう?ソナタ、よく生き残ったな」
「コレ……昨日から大剣が鈍く光ってて。多分、アーケオスさんなんじゃないかって勝手に思ってる」
レイとアイシャが顔を見合わす。
「ソナタがもし本当に黒騎士を一人でも倒したのなら、我々の絶対的エースとなろう。まあ、生き霊のお陰というのは否定できんが」
「勇者への挑戦、早くもマークが一歩リードですか?」
とレダス。
力を得たのは確かに大きい出来事だが……マイアはやっと出来た俺の家族なんだぞ。
会った回数は少ないかもしんねぇ。
でも諦めきれねーよー。
「取り敢えず港町行こ。話はそれから」
とナミ。
確かに立ち往生してても仕方ない。
特に薄着の俺たちは。
「行こう」
地図に精通しているハウルに従い、俺たちは港町ジルカスを目指すのだった。
ーー
俺たちはアクス雪原にやや足を取られながらも、黙々と歩いていた。
寒くないと言えば嘘になる。
あの東の方にあったディオラ砂漠と雲泥の差だ。
何者かの魔力が働いているとしか思えない気温差だった。
俺はハウルに創造主について何か知らないか聞いてみる事にした。
「創造主も元は善良な人間だった。ハモンと呼ばれる異人を剣に宿らせ、一時期は彼女が三人いたらしい」
「な、なぜ此方を見るのじゃ!?」
「いや、別に……」
「………………」
「それって俺のアーケオスさんを宿らせたと似てるよね?」
「まあな……お前も悪の道を行くなよ?」
彼女三人って時点である意味悪の道だと思うけど……。
いやでも俺だって悪意あって二人を好いてるわけじゃないんだ。
なら一緒か……。
俺はズシンズシンと雪に足を嵌まらせるアイシャさんの後ろ姿を見ていた。
貴族様が文句も言わずに済む旅の内容じゃない、とこれまで幾度となく思ってきたわけだけど…………彼女三人かぁ。
俺は自分が悪の道を行くなど考えた事も無かった。
ただ創造主は帝国の基礎を造ったとされるようで、良い悪いは置いといて、凄まじい能力の持ち主と言えるだろう。
手を頭の後ろで組みながらどこまでも続く雪原を八人で歩いていく。
風が冷たい。
正直寒いのは苦手だった。
まるで南国のようなココナツ村で育っただけある。
それはそうとナミちゃん達大丈夫かぁ?
君達俺以上に薄着だぞ。
ギルガメッシュが運んできたものは、特別寒いところで過ごす人用の食べ物じゃなかった。
ハウルさんよぉ〜ここらで休憩にしねぇか?
アンタなら火を点けられるだろ。
「風が遮られるあの岩場の陰までもう少しじゃ」
さすがリーダーしっかりしている。
俺はこの気候を可能にした創造主を恨みながらも、イソイソと岩場の陰に移った。
早速ハウルが火を点けるわけだが、ナミちゃん達は既に震えていた。
ごめん流石に俺の上着は貸せない……南国育ちってマジで寒さ堪えるんだよ……ああもう、いいよ貸すよ。
一瞬躊躇したものの、衣一枚のナミちゃんに上着を被せた。
全くとんでもない所に来たもんだ。
冗談抜きで風邪引いてもおかしくない。
あ、ナミちゃん唇紫になってる。
俺は憎き創造主について質問を重ねる事にした。
「噂ではアクゼの何処かのビルでまだ生きてる。
だが歩くのがやっとだそうだ」
そんな事まで知れ渡ってるのか。
「俺はいつか創造主と闘うのかなぁ?」
「想像を絶する力を宿していた全盛期に比べ、今なら闘いやすいだろう」
俺はハーッとため息をついた。
世界は広い。
中級剣技ハヤブサ斬り以上の技を使える人間が、この世界には何人いると言うんだ。
笛の音の効果だって言ってしまえばランダムだし、安定しているとは言えない。
「だがお前、アーケオスさんの生き霊を大剣に取り込んだのじゃろ?それは思わぬ収穫だと思わんか?」
「あの黒騎士を倒したんですよね?」
「凄いと思う」
とレイ、レダス、ナミが口々に告げる。
いつの間にか仲間たちとも絆が芽生え始めていた。
苦難を共にしたから当然なのか?
いや、違う。
通じ合う何かがあったから、俺たちはここまで来たんだ。
「相棒、お前は真の漢だ。これからもよろしく頼むぜ」
うっひょ~遂にギルガメッシュから相棒って認められた。
でも創造主一族の「漢の証」である翼は生えて無いんだよな?
そうなんだよハイの孫だから背中から翼が生えるはずなんだ。
ああ、そうそうマイアを助けに行かねーと。
寒さで気が動転してた。
アイツは、大切。
数少ない生き残った家族だし、きっとめっちゃいいヤツなんだ。
俺は色々思案しながらもマイアの無事を祈っていた。
皆でパチパチと燃える焚き木が隙間風で消えそうになるのを見守る。
それにしてもジンも根はいいヤツだったのか。
それを考えると創造主が元は善良な人間だったのも何となく頷ける。
ハモンの生き霊か……こっちはアーケオスの生き霊である。
こうした生き霊というものが齎す遡上効果が、人を勇者たるものにのしあげると考えられなくもない。
アーケオス……いつか返事してくれよ。
俺はギルガメッシュに付いた雪を払いながらも、近くにまで迫った港町ジルカスに思いを馳せるのだった。
ーー
俺たちは港町ジルカスに到着し、ちょっとオシャレな占いの館に寄ってみた。
よく当たると噂らしいんだ。
ジルカスは大理石で出来た家々が立ち並ぶ豪華絢爛な町で、占いの館も上品?つーかなんつーか……嘘くさい感じはしなかった。
館の中は薄暗く、水晶を手前に置いた老婆が座っていた。
「マイアって男を助けたいんだ」
「お主ら『レジスタンス』じゃな?船でアクゼまで行くのは吉と出ておるのぉ。今長男ヨシ率いる黒騎士軍団は全員南の統治に精を出しておる。次男ハイはある女子を捜しにディオラ砂漠に……。三男スギの研究が完成する前に、アクゼに運ばれたマイアに会うことは理論上は可能じゃ」
マイアはアクゼに!?
俺が老婆と目を合わせると彼女は「フム……」と神妙な顔つきになった。
「船でいる間座禅を組みなさない。お主が自身の力に気付く、良き機会じゃろう。ん?」
老婆はハウルを見て何かを感じ取ったみたいだった。
「恐るべき潜在能力……!ソナタにはコレを売り渡そう」
譲り渡すじゃねーのかよ!
差し出されたのは金のロッドだった。
「その名も『グレンウォンド』ソナタほどの実力者なら上級魔法すら扱えるようになるじゃろう」
マジかよ……それは何としてでも買わねーと。
貴族で金持ちなアイシャさんが渋々払い、俺たちは占いの館を跡にした。
結果論だが聞いて良かった。
国の首都アクゼまで船で移動すればいいわけだ。
スギの研究とは無論「全てを超えし者」だろうが、俺とハウルが力を合わせれば不可能はない。
座禅を組むのも是非とも行っていきたいところだ。
「ん?どうした?」
「さっきのグレンウォンドを買ったせいで八人分の船代が出せぬのじゃ。何処かでクエストを受注せねば」
そりゃ大変だ……。
何でもかんでも貴族様の厄介になるのも悪いしな。
「それなら酒場の掲示板に記してある事が殆どだろう」
「よっしゃあ、早速行ってみようぜ」
ジルカスの酒場は……えっとあっちか。
こういう類の事は流石傭兵だけあってハウルが詳しいな。
にしても綺麗な町だなー。
「アスカ、大丈夫か?顔色悪いぞ?」
「いや、何だか私だけ弱いままだな……って」
「そんな事ねーよ。アスカの白魔法には世話になりっぱなしだ」
アクス雪原で敵に遭遇しなかった訳ではなかった。
体長十二メートルのギガマンモスも偶然見かけたし、子マンモスとは戦闘にもなった。
俺達八人は誰一人欠けちゃいけない、強い絆で結ばれつつあるんだ。
俺達八人はジルカスの酒場へと足を踏み入れた。
確かに中央に掲示板らしき物がある。
早速どんなクエストがあるか読んでみよう。
俺達はマダムの護衛や武器の素材集めといった内容のモノを見ていった。
ん?
麒麟討伐で手に入る角でギルガメッシュを強化出来るんじゃないか?
ああでも益々アスカが孤立するか。
俺達が顔を見合わせているとアスカが、
「皆強いよな?マークとハウルなんかバケモノ沁みてる。いつか私が居なくなったら……思い出してくれるかな」
「何馬鹿なことを」
サングラスを掛けたレイが怒り出す。
「冗談よ。ギルガメッシュの強化は賛成。次の敵はスギだしね」
「………………」
俺はなんて言葉をかけたらいいか分からなかった。
いやこういう時は頭じゃなくて心で!
「俺は生き霊、ハウルは杖のおかげで強くなったんだ。なんて事ねーぜ」
アスカ、薄っすら笑った気がした。
「では受けるのは麒麟討伐のクエストでよいな?」
アイシャの言葉にレダスが頷く。
相棒ギルガメッシュも酒場の門を潜って傍に来ている。
彼の強化は素直に嬉しいところだ。
呪いの馬の姿でもそこそこ戦える彼こそ、パーティーのエースに本来なら相応しいはずだったのだ。
「しかし、また雪原に厄介になるのかぁ?」
「でも麒麟の危険度はコカトリス以下よ」
問題は麒麟が幻の生き物で中々出現しない事だった。
ただその生き血は万能の薬となるらしい。
「決まりだな。ギルガメッシュが麒麟の角を装備すれば彼なりの闘い方ができるじゃろう」
アイシャは俺と並んでサブリーダーの一角なんだろうか。
うおー俺も負けてらんねぇ。
リーダーシップを取るには若すぎるのも確かだが、レイさんはもう五十歳でそれはそれで体力に問題が出てきそうだ。
アスカお前最高だよ、っと肩にポンッと手を置く。
半年前の自分なら考えられない行動だった。
ナミで言うメシアに、一歩近づいたかなぁ。