第六話「デルヒノ樹海」
俺達はデルヒノ樹海に向けて歩き出した。
砂漠では座り込んでいても体力を消耗する。
やはり早く移動してしまった方がいい。
ナミはガゼにあるアイシャの屋敷での一泊後、キャラ変した。
元々惹きつけられる何かがあった上、更に魅力的になったわけだが、もし俺の為のキャラ変だと考えられると胸が痛む。
そりゃ暗いより明るい方が本人にとってもいいし、お互い若いんだからなりたい自分になればいい。
でも、無理すんなよ?
って砂漠での徒歩での移動の方がある意味苦痛か。
トボトボ足跡をつけながら八人は歩いていく。
あの時ギルガメッシュが食料を掻っ攫てきて本当に助かった。
どうやら脅して食料を背中に背負わさせたようなんだけど、アレが無かったら到底ここまでは辿り着けなかった。
デルヒノ樹海は大陸の中心部に位置する世界樹がある場所だ。
そう、ガゼも今は無きココナツ村も、どちらかというと大陸の南側にあるんだ。
その更に南で俺はナミに出逢ったわけだが、運命と思いたい。
顔も可愛らしいしヒュドラの毒や青魔法には、これから先も世話になるだろう。
「…………初めは自信なかったんだ。メシアの隣にいられるって。でもアスカちゃんの存在を知り、火が付いたっていうか……もっと女の子らしく居ようって」
俺はお前の言う「メシア」っていうのがよく分からない。
いや救世主って意味なんだけろうけど剣技なんか「クロス斬り」しか使えない……。
ドラゴンに勝ったのも仲間の力ありきだった。
う〜んナミちゃんを手放しくたくないなぁ。
アスカという第二候補(?)がいるからまだ心に安定が保たれている。
十七歳の自分は女慣れしているかと言えば、それは断じて違った。
候補が二人いるからまだ安心っていうのは……つまり……その……人間の当たり前の特性なわけで……二人に失礼な考えはしたくない。
アスカは今のところ「ヒーリング」の一つ覚えだが、その存在が如何に大事かは百も承知だ。
将来性もありギルガメッシュとは若干打ち解けている。
アスカが俺以外の男と打ち解けるのはある意味珍しいことだった。
悔しいというわけではない。
ギルガメッシュはイイ男だし、彼に恋愛感情は無いだろう。
要はココナツ村時代俺以外に興味を示さない一匹狼キャラだったのだ。
いつから俺を想っていたかは定かではないが、こうして見るとアスカも凄く可愛い。
ただ愛情が深い分、嫉妬も大きいだろう。
次にハウルだが、中級魔法が使えるようになってその存在感は異様に増した。
天才魔道士此処にあり、と言わんばかりだ。
元々潜在能力があったのは確かだが、スギに操られていよいよ力の正体を露わにした、といった感じか。
寡黙さも増し、いよいよスギへのリベンジに燃えている様子だが、彼は黙っていた。
レダス。
高い身体能力は憧れるものがあるが、伸びたのは弓矢の威力とその遡上効果だった。
彼が望めば毒や麻痺といった状態異常を矢による攻撃で引き起こす事ができるらしい。
誠実で敵として戦ったことを心底謝ってきたが、悪いのは俺にとって四天王らだけだった。
これからも特に仲良くしていきたい男性の一人だ。
レイさん。
皆が旅立ってから急成長する中、若干遅れをとっているように見えるが、注目すべきはそのリーダーシップだった。
腕力もそこそこあり、決して侮れないのが彼だった。
そして何より優しい。
ココナツ村を焼かれて誰よりも怒っていたのがレイさんだ。
まだ「ガキガキ」言ってくるが本心ではどう思っているか俺には分からなかった。
アイシャさんはその怪力が何処から沸いて来るのか分からないほど細身っていうか、スタイルが良かった。
ヒュドラに次ぐチームの主力と思ってたんだけどハウルさんたちの台頭をどう思ってるかは分からない。
今だ謎多き女性なんだよな。
頭の薔薇いつまで経っても枯れないし……。
そしてギルガメッシュとは絆が芽生えつつあった。
ドラゴンとの戦いで、いよいよ俺の力の将来性を信じてくれたみたい。
乗せるのは相変わらず俺だけのようで、俺は他の六人に遠慮して歩いていた。
おっ、樹海らしきモノが見えてきた。
早く果物にありつきたいぜ。
十七歳の俺にとってアーケオスさんの死はショック以外の何者でも無かったが、これ以上仲間を失わない為にも強くなる必要があった。
南の森とはまたちょっと違うようだ。
デルヒノ樹海。
世界樹とは一体なんなのか。
そして天?神?に挑む俺達に未来はあるのか。
遙か先の研究所を見据えた俺達は、緊張感を拭えないまま樹海に踏み入った。
ーー
世界樹。
この国の中心に聳え立つ樹木。
俺達は果実を齧りながらその場所へと歩み寄った。
「マーク、お前歩きながら食べるのか?」
と貴族のアイシャにいぶかしがられたが、俺は女子たちに昼食を譲り渡したんだ、と気にしない。
既に夕方になりかけていたが、世界樹の前にはある男が待っていた。
「まさか、ハイ!?」
とアイシャが構える。
黒髪ドレッドヘアーで背中には大剣を背負っていた。
なんだこのオーラは。
常人じゃない。
あのジンすら凌ぐ独特のそれは近づくことすら容易にはさせない。
「アレは!?」
ナミが指差す方向に石版はあった。
だが先ずはこのバケモノを何とかしなければならない。
容姿は若く見えるし……剣の模様は蛇なのか?
「大剣アナコンダ。知ってるよね?」
いや知らない……知っているのはアイシャの方か。
いや待てよ。
「マイアを知ってるのか?」
「当然。マイアは俺様の孫だ」
駄目だ話しているだけで立ち眩みしそうだ。
一体どんな修行をすればこのレベルに達するのか。
マイアは孫?
どおりで「ヨシ様」なんて言い方をしてたはずだ。
「これからコレと戦うのか?」
とハウルは呪文詠唱を始め、レダスは弓を引き絞っている。
駄目だ、今のレダスの矢程度じゃ掠り傷すら付けられない。
ハウルの呪文なら何とかだが、そもそも詠唱が終わるまで待つとは到底思えない。
「やめろ!コヤツとは戦うな!」
アイシャの声が樹海に木霊した。
「……マイアは俺の仲間だ」
「そうだね。俺様も君には興味あるんだよね〜」
大剣アナコンダは大剣スネークと何か繋がりが。
いや、この感じ……。
コードネーム「ハイ」は俺の……。
「爺ちゃん……」
両親に会う前に祖父との出会いを果たした事になる。
そしてマイアは従兄弟か。
まさかレイさん、知ってたのか?
知っててココナツ村で俺を養ってたのか?
正直に言え!
俺の言葉にサングラスをかけたレイは静かに語りだした。
「知っていた。お前の祖父の血筋はあまりに強力なあまり帝国に目をつけられていたんじゃ。そして……」
「君の父さんは帝国に殺された」
信じられない事実をハイは告げた。
つまりは息子だろ?
平気なのか?
だが彼の目は真っ赤に充血していた。
「事実を隠してもらいレイさんに預けるしかなかった」
「俺の血筋が四天王と一緒だってのか?納得いかねー」
父さんの仇……帝国は絶対に滅ぼす。
「君のお母さんにならいつか会えると思う。マーク希望を持て」
既にお互い戦闘モードでは無くなっていた。
他の四天王三人と違う何かを感じさせる彼は黒服に身を包んでいた。
あの石版にはなんて書いてあるんだろう?
俺は気絶しそうになるのを何とか堪え、ハイに近づいていった。
「天は息子たちに天使の翼を授けた、だってさ」
さっき砂漠で俺達は三男スギの翼を目の当たりにした。
この巨大な石版に書いてある事が本当なら次男ハイにも翼が宿る事になる。
「飛べるよ、俺様も。真の漢になれば君も飛べると思う」
実の孫に対し「君」はよそよそしかったが、取り敢えず敵ではないようだ。
「いつかアンタとも戦う事になるのか?」
「或いは、ね……」
この怪物の恐ろしさをレイやアイシャは熟知しているようなのだが、帝国への忠誠はガクやスギ程じゃ無さそうだった。
そもそも石版に書いてある事が本当とも限らないわけで、何か帝国の陰謀が見え隠れしていた。
ハイは静かに告げた。
「中級剣技ハヤブサ斬りを教えちゃおっかな〜」
ハヤブサ斬り。
初めて聞く言葉だった。
願ったり叶ったりだが、今の俺に習得できるのか……?
「俺様の一族なら中級剣技くらい問題ないよ。さあ準備できてる?」
俺は大剣スネークに手を掛けた。
祖父……随分カッコいいじゃんかよ。
一族の俺ならきっと習得も不可能じゃないって事だ。
ナミが俺をメシアって言ってた事がほんの一パーセントだけ分かった気がした。
「これは君を護る武器になる……勿論大切な人もね」
ハヤブサ斬りは颯の如きスピードで駆け抜け、連続斬りを見舞う技のようなのだが、敵一体に対してでも有効打と成り得るようだ。
俺は真剣だった。
今回はクロス斬りとは訳が違う。
俺はアスカの方を一瞬チラリと見た。
(俺が護ってやるからな)
ナミの正体はヒュドラ、いやヒュドラの正体はナミ。
どっちか分かんないけど兎に角彼女は強い。
護る対象として見据えるならアスカだった。
もうすぐ日が暮れる……だが俺は自分の可能性を信じ今日中に会得してみせる。
何故かは分からないが「ハイ」は僅かにニッと笑った気がした。
高速移動からの連続攻撃。
ハウルに火を灯してもらい、修行は夜まで続いた。
「マーク、ちょっと休憩したら?」
「いや、休憩すべきなのはお前達だ。ずっと歩いてて疲れただろ?」
「……もうちょっと自分に自信持って良いと思うよ」
「えー何だ聞こえねえ!」
ハイと剣を交わすたび、彼が力を抜いているとは言え、その重さが感じられた。
単に力だけでなく人としての奥深さも剣から伝わる。
真夜中になった頃、俺は中級剣技ハヤブサ斬りを習得した。
ーー
翌朝俺達はデルヒノ樹海の隅にある研究所に辿り着いた。
コンクリートの四角い建物で何者かが押し入った跡が見受けられた。
中にいたのはスギではなく、末っ子のガク。
そして彼に立ち向かう姿勢を見せるマイアと、アレ?鎧の男ジン……?
ジンが何故ここに居るかは理解できなかったが、十人の力を合わせれば四天王と戦えるかもしれない。
ガクの実力は未知数だがマイアやジンといった男たちは何れも強者で、早くもハヤブサ斬りが役に立ちそうな場面と言えた。
マイアが言った。
「マーク、良く来てくれた。第二の首都ガゼは僕らがジンの部下達とともに陥落させた。今まさに四天王の一角を落とすまたとない機会」
マイアや俺にとってガクも親戚である。
だが父を殺されていたりと帝国には良い印象を持たない。
無論マイアに加勢するつもりだった。
ハイが味方に付けば百人力だったが、居ないものはしょうがない。
「自分の運命は自分で切り拓け」と彼は言っていた。
「拙者は心を入れ替えた。古い政治を塗り替える」
とジン。
「ボク達はスギ兄さんの作った薬でより強力になれる。アイシャ、キミも飲んだんだろう?」
そうかそれでアイシャさんはあんな怪力を発揮できたのか。
恐らく貴族として帝国に仕えていた時代に飲んだんだろう。
しかし十対一の数的不利の中、ガクは落ち着いている。
「ボクは神の子ガクだ。キミたち虫ケラが束になったとて勝てん。そして蛇女……あの時はよくもボクの手を噛んでくれたな。かかってきやがれ……虫ケラども」
ナミの前に立ち塞がり、笛を構える。
三男スギが何故此処に居なかったかは疑問が残る所だが、末っ子ガクを倒す千差一隅のチャンスだ。
笛を吹こうとしたが、その前にガクの放った衝撃波に襲われた。
あの時、アーケオスさんが受けたのも同じ技だろう。
流石兄弟使う技も似てくるってか。
あまりのインパクトに俺は後ろにいたナミもろとも尻もちをついた。
もし「戦いの詩」を演奏出来ていればマイアの中級剣技の威力は一点五倍になる。
冷静な戦力分析が、今や俺の武器とも言えた。
レダスの「麻痺矢」。
紙一重でかわされる。
なんて反射神経だ。
当たれば或いは動けなくなっていたモノを。
だがここぞとばかりに黒魔道士ハウルが中級魔法の呪文詠唱を開始する。
そしてアイシャは拳を交える為に駆け出していた。
ギルガメッシュが元の人間の姿だったらどれだけ良かっただろう。
でも弱音を吐いても仕方ない。
立ち上がり、中級剣技ハヤブサ斬りの構えを見せる。
俺の技の構えを見て感心を見せたのが従兄弟のマイアだった。
「それなら僕も」と同じ構えを見せる。
ジンとアイシャが同時に攻めかかった。
だが薬を飲んだガクの体術の恐ろしさは計り知れない。
左右の手で攻撃を受けきってみせ、「ハァーッ!」とエネルギーを放出した。
青いオーラを抽出したような攻撃に、思わず壁に打ち付けられるジンと、アイシャ。
この感じ……ガクは三男スギの研究の影響を少なからず受けてるかもな。
知ったことか。
俺はハイ一族の誇りをかけて、タブルハヤブサ斬りを見舞ってやらぁ!
息もピッタリだった。
目にも止まらぬ連続斬り。
この動きは相手も予想外だったようで、反応出来ずにいた。
そして敵とすれ違い、部屋の奥でマイアと共に剣を抜き切った構えを見せる。
大ダメージ必至だった。
ここぞとばかりにハウルが中級炎属性魔法「インフェルノ」をしかける。
物凄い熱気は部屋中に充満した。
ファイアーボールを優に超える規模の業火は、敵の身体に火傷を負わすには十分過ぎた。
見たかこれが連携の力だ。
一人ひとりは弱いかもしんねぇ。
だけど仲間との絆が威力を倍増させんだよ。
ナミの青魔法「スロウ」によって動きが鈍くなったところを、レダスの麻痺矢。
今度は二本同時に命中した。
「や……やるじゃないか。だがスギ兄さんが研究している『全てを超えし者』が必ずやお前達を殺すだろう」
「皆、避けろー!」
ガクは自爆した。
木っ端微塵になる研究所。
皆真っ黒に顔を汚しながらも生きていた。
俺達はついに……四天王の一角を倒したんだ。
麻痺状態になれば袋叩きは免れない。
あの時、敗北を悟ったのだろう。
「マイア……俺の父さんの名前分かるか?」
「……アーロン……」
「父アーロンと勇者アーケオスの墓を建てたい」
「モドリ玉ならあるよ?まあ僕たちはキミと常に行動を共にするつもりは無いんだけど。墓の件はどうぞ好きにしたらいい。ガゼの町に建てるかい?」
頷く。
ガクと闘い、一人も失わないのは奇跡だった。
俺達はマイアのモドリ玉に厄介になり、ガゼの町に戻るのだった。